昨日は特別な日、今日からは当たり前の日 す、と目を開けると、力強い腕に抱き締められているような気がした。いや、気がしたではなく、本当なのだ。
「れぇ、くん」
自分でも驚くほどに甘えたように呼んでしまったのは先ほどまでの出来事が原因だ。
零と、身体を重ねた。初めてのことだった。
気づけば好きだった目の前の人と気持ちが通い合って、ただの相棒だけではない、恋人という名前が追加されたのは少し前のこと。
好きな人と心が結ばれて、身体も、と思うのはごく自然のことだった。
薫にとって零は初めての人だった。
今まで恋をしたことがあったと思っていたけれど、実のところきちんと誰かを好きになったのはたぶん、零が初めてだった。
恋をして、気持ちを伝え合って、それなりの段階を踏んで、零から「薫くんを抱きたい」と言われた時、世界中の幸せが零と薫の間に凝縮されたような、そんな心地がした。
それに頷いて、先ほど、二人は初めての夜を迎えた。
朔間零は人間を愛している。それは恋人になる前からわかっていたことで、今更そんなことに嫉妬なんて覚えたりしない。
けれど、先ほどの彼は、その全てを薫に向けていた。
家族や友人の羽風薫に与えられる愛とも、アイドルの羽風薫に与えられる愛とも違う。
たった一人の羽風薫に与えられた愛だった。
いつも優しい零がいつも以上に優しく、甘やかすように薫を頭のてっぺんから足のつま先まで余すことなく愛したのだ。
まるでもう、零なしでは生きていけないような感覚に薫は少しだけ怖くて、それでも手を伸ばさずにはいられなかった。
その愛に薫は少しでも応えることができただろうか。
そう不安に思ったのが顔に出たのか零は何度も薫に愛を囁いたのだった。
かくして優しく甘い夜は無事終わりを迎え、今こうして並んで横になっているわけである。
少しだけ頭を動かして辺りを見回すと、星奏館の零の部屋だということに気づいた。
同室の二人がいないということでやってきたこの部屋。毎朝のように訪れていたこの場所だったのに明日からどんな顔をすればいいのか。
もう寝よう、と目を閉じると薫は身体を抱き寄せられた。
「……!?」
「眠れないのかえ?」
「零くん」
夜に強いこの人が薫より先に寝ているなんてことは滅多にないけれど、零とのことを思い出していた姿をもしかして見られていたのだろうか。
「薫くんが考え事をしていたようじゃから邪魔しないように我輩大人しくしておったんじゃよ」
そう言いながら、零は薫の顔にキスを降らせるように唇を寄せた。
「れぇ、くんのこと、かんがえてた」
大人しくしていた、という割に薫に触れる手が熱くて薫は甘く声を上げた。
「ならいいんじゃけど」
気づけば薫を押し倒すような体勢になっていて、零が薫を見下ろしている。
「いいんだ」
「うむ、これで他のこと考えておった、とか言われてしまったらどうしようかと」
ちゅ、と音を立てて顔から首に唇が這って、手はすっかり部屋着の中にあった。
「まあ、考えておっても薫くんの一番は我輩じゃし? 薫くんは我輩のなので」
「零くんが好き」
「え」
「零くんが好きだなって、考えてた」
ぽ、と零の顔が赤く染まるのがわかった。
「う、うん……」
「もっと好きになりたい」
「おぬしは……」
はあ、と零が息をついた。
引かれてしまっただろうかと零を恐る恐る見ると、零の顔は真っ赤で、小さく我輩も、なんて返事が返ってきた。
「もっと好きにさせてね」
その言葉の返事は噛み付くようなキスだった。