「――あ、…えっと。お、起きた?君はその…随分と長い間、気絶してたんだけど。」
僕の意識の中に割り込むような形で声をかけてきたのは…多分、先輩。名前が思い出せなくなっているのは、頭にあった情報のほとんどを失っているからなのか、これが僕らにとっての初めましてだからなのか。答え合わせをしようにも、手段も方法も捻って出るものではない。僕の喉が第一声を弾こうとする。
――あなたは、誰ですか。
遮ったのは僕の体と存在する自我につけられた、唯一無二のものに対する質問。反射的に唇が音の形を発した。そこでやっと、僕は何者なのか自覚をすることができた。
「――█、███、ゆう…」
復唱する先輩。不規則に不安を煽るように揺らいでいた青い炎が、怪しく嬉しそうに光っている。僕の名前の音を、呪文みたいに幾度もリズムをつけて呼んでくるものだから、段々と不気味さを帯びてきたのだ。まるでこの時を待っていた、或いはもう既に何か超えてはいけないものを大きく超え、その全てを限りなく踏み荒らした挙句、最後の希望さえもたった今砕き終わったような…。
「フヒヒッ、いやぁ〜中々簡単に教えてくれそうになかったもんで、苦労しましたぞ!君は僕の手を掴んでおいて、お人好し振り撒くのは流石にモラルを疑うといいますか…いや、君が浮気性なやつという可能性はないとは思いますがね?君にとって僕が信頼ならないのかと思うのも厄介だし…いっそのこと全部任せた方が楽じゃない?僕にさあ。」
早口で捲し立てる彼に呆然とするばかりだった。それ自体は身に覚えのない懐かしさはあるものの、同時に告げられた事実と自分の置かれた状況の危険さを、再び自覚してしまった。
僕が逃げ出すことも最初から分かっていたのだろう。先輩は僕の右手をぎゅっと掴んだまま、身を詰めてきた。距離が近いことへの違和感、彼があまり好むことのない行動だったはずだと脳内の引き出しに仕舞ったままになった、遠い昔――?の会話の数々。彼を助けにも行ったことはある、彼と共に協力したこともある。その度に学年の差と実力の差を感じてひどく劣等感を抱いたことも、あった。
「君にとって、思い出していい事ある?少なくとも…かなり時間を共にしてた僕には分かるよ、会えもしないし、今後思いつく限りの方法を試してみたって会えるわけのないやつに期待するだけ無駄なんですわ。虚しさで苦しめられるくらいなら、僕とオルト…それに君が望むクラスメイト達でも良い。…良くないし、それも拙者が独り占めしたいけど…とにかく、君が今生きてる時間を楽しむべきだよ。」
――監督生氏、じゃないか。今の君に言うなら、████ユウ君、だよね。
機械いじりの得意な先輩は指先が寂しくなったらしい。もう一度僕を呼びながら、体格差を見せつけるみたいにお互いの指を植物の根のように絡ませた。