愛慕【前置き】
ボさんとハウさんは、夏目漱石の「月が綺麗ですね」のフレーズで思いを伝えあっている前提になってます。そこを、ご理解の上読んで頂けると幸いです╰(⸝⸝⸝´꒳`⸝⸝⸝)╯
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コポコポ
少し前に買った紺色のケトルから
ゆらゆらと白い煙が立ち上る
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--これがあれば、湯ぐらい沸かせるだろ--
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そう言った本人は今は居ない
白い陶器のコップにパックの紅茶を1つ入れ、その上から出来たばかりのお湯を注ぐ
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--茶葉から淹れようとするな。コレを使え--
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そう言って放おって寄こしたカラフルなパッケージの四角い箱
中には白いパックに入った茶葉が4、5個
「こんな便利なものがあるんだな」
透明だったお湯が少しづつ琥珀色にかわる
白い陶器から垂れ下がる紐に繋がった小さな紙を摘み上下に揺らす
揺らし終わったパックをシンクに置き温かな陶器を手にとる
琥珀色の紅茶を溢さないように、歩みを進める
2、3人が座れそうなソファの前にあるガラス張りの机に温かな湯気を燻らせるコップを置く
ガラステーブルの隅に積み上げられた紙の書類
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---積み上げるな。片付けろ---
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思わず漏れる苦笑い
藍色のソファに深く腰を掛け
天井を仰ぎ見る
「1週間か、、、」
1ヶ月の出張だと言っていたあの日から7日がたった
何をするにしても脳裏に声がよぎる
「重症だな、、、」
仰ぎ見ていた頭をもたげると、ソファの隅で何かがチカチカと光ってるのが目に入った
引き寄せられるように手を伸ばせば、そこには見慣れた名前が映し出されていた
嬉しいような
切ないような
一言で言い表せない感情が胸を締め付ける
返信をしようと画面に触れると、着信音と共に手の中のスマホが震えだす
急なことで落としそうになる
「、、、っ!、、と、も、しもし」
『フッ、、、なんだ、えらく他人行儀なでかただな』
「、、、ぁ、、いや、そんなつもりは、、、」
言い切る前に言葉が途絶える
暫くの沈黙
言いたいことはあったが、上手く言葉が出てこなかった
何か言葉を、と思考を巡らせていると電話越しの相手が、、、
『、、、、泣いてたのか?』
「なっ!違っ、、!」
『、、、、違うのか?』
「、、、、、」
言い返すことが出来なかった
実際に流れていないだけで、心の内は同じ状態なのだから
『、、、、どうなんだ?』
聴き慣れた低い声音が再度訪ねる
「、、、泣いてはいない。、、ただ」
『、、、ただ?』
「ただ、、、自分の部屋なのに、落ち着かないんだ」
『、、、、、』
電話越しに小さな息遣いが聞こえる
「、、、声が、、、声がしないんだ」
喉の置くから絞り出すように
押し留めていたものが溢れ出す
「俺以外の声がしないんだ、、」
小さな子供のようにソファの上で両脚を抱えこむ
自身でも何を言ってるのか分からなかった
勢いだけで伝えては相手を困らせてしまうだけだというのは頭では分かっていた
ただ、今日は気持ちが追いつかなかった
気づけば頬を温かい何かが伝う
止めようにも止まらない
堰を切ったかのように溢れ出す
声が聞きたい
熱を感じたい
抱きしめたい
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会いたい
『、、、、なぁ、ハウレス』
不意に名前を呼ばれ意識が電話越しの相手に戻ってくる
『お前に今、、、月は見えてるか?』
「月、、、?」
予期せぬ言葉に両膝に埋めていた顔を上げる
窓の外は薄暗く月は見えていなかった
なんと返答したものか考えを巡らせていると、それを察したかのように電話口から優しく諭すような声が漏れ出る
『外、見ただろ?、、、そうじゃねーよ。』
気持ちが高ぶってしまっている頭では
ボスキが言わんとしてることを理解するのが難しい
『、、、伝わらねーか』
「、、、、、、、 」
何かを考えこむようにボスキが黙り込む
『、、、、、って、言ってるんだ』
「、、、、、、?」
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『愛してる』
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「、、、、、っ!!」
脳内に衝撃が走り眼を見開く
『だから、泣くな』
憎まれ口を叩く普段の声からは想像出来ないような甘く優しい声音
「、、、、、あぁ」
短い返事を絞り出す
いつから自分はこんなに弱くなってしまったのか
いや、そもそも最初から強くなんてなかったのかもしれない
強くなければいけなかった
強くなければ誰かを守ることなど出来なかった
強くなければ
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崩れてしまいそうだった
1度崩れてしまったものを立て直すのは難しく
---強がるんじゃねぇよ---
自身のものより小柄で温かな掌に、優しく髪を梳かれ
---俺がいるだろ---
その掌に頬を寄せた あの日から
1人で立つのを止めてしまった
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あの時から、、、、、
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明日のお互いの予定を確認し電話を切った
スマホを机の上に置き、傍らにある陶器に目をやる
「すっかり冷めてしまったな、、、」
琥珀色の紅茶が入ったコップを手にとり中を覗き込む
揺れる水面(みなも)に自身の顔が映し出される
「情けない顔だな、、、」
自傷気味に笑い、ぬるくなってしまったコップの中身を一気に飲み干し空になったコップと共に立ち上がる。
キッチンまで行こうとした時にスマホの通知音が鳴り、歩みを止め振り返る
ガラステーブルに置いたままになっていたスマホを掬い上げると、片手で画面の操作をし通知者の確認をする
先程まで通話していた者からの短いメッセージ
自然と目尻が緩むのが自分でも分かった
「ありがとう」
小さく呟くと、掌に収まるサイズの小さな画面を親指で操作し、メッセージを入力した画面にそっと触れるだけのキスをする
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---俺も愛してる。おやすみ
ハウレス---