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    FurinaI0I3

    フリセレとか、夢絵、コテ同とか

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    FurinaI0I3

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    メインストーリーに沿ったフリセレフォカの小説※タップ推奨

    白熊の旧夢※この小説は
    第四章一幕「白露と黒潮の序詩」から
    第四章五幕「罪人の円舞曲」
    まで全てのネタバレ、捏造、原作多少改編が含まれます。
    ※原作とは違う部分が多くありますので、この小説を読んで履修はしないでください。





    私はただのぬいぐるみでは無い、自我のあるおかしいぬいぐるみ。どうして自我があり、話せるのか自分でも分からなかった。他のぬいぐるみに話しかけても返事は無い。初めて人間に話しかけてみると、すごく恐がられた。呪われてる、気味が悪いと言われてゴミが沢山あるところに置いていかれて。何度か人が通るけどゴミ捨て場のぬいぐるみなんて汚いと思うのか、誰も私に触れようとしない。このままゴミになるのか。そう思うとなんだか嫌な感じがしたけど、特に生きていたい理由もないからそこから動こうともしなかった。
    少しして、心優しいおじいさんに拾われた。優しく水で汚れを落として、タオルで拭いてくれる。少しシワの多い手が暖かくて、すごく心地いい。前と同じようになることが嫌で、おじいさんのいる時には少しも動かずにいた。おじいさんはお店を経営してる人だったから売られるのかと思っていたけれど、私の事をカウンターの上に置いてくれた、周りに他のぬいぐるみ達も添えてくれて、人間で言う友達ができた気がして嬉しかった。みんなモラを払う時にカウンターに来るから、私を見て撫でてくれたり、可愛いって言ってくれたり、それなりに…いや、とても幸せだった。こんな日がずっと続くといいなって思うくらい、近くで時を刻む時計が止まってしまえば。そう思っても、時間は過ぎていく。
    このお店は、少しづつ来る人が少なくなって、おじいさんも元気に動くことが難しくなって行った。

    お店に髪の短い、可愛い女の子が入ってきた。ぬいぐるみの置いてある場所をしばらく見回って、「う〜ん…」と、ぬいぐるみを見て悩んでいる。どうやらどのぬいぐるみを買おうか迷っているみたいだ。辺りを見回して、カウンターに座る私を見つける。すると私の元に駆けつけて、じっと見つめたあと、おじいさんに声をかけた。
    「おじいさん!この白熊さん、すっごく可愛いんだけど…買えたりするかな…?」
    何を言い出すのかと思ったら、まさか私のことを買いたいだなんて。色んな人に優しくされては来たけど、ゴミ捨て場において行かれるほど変な私が、モラを出すほど求められるなんて思いもしなかった。私は今まで非売品で、売り物にせず、おじいさんが大事にそばに置いてくれたけど…。どうするのかと思って、目だけを動かしおじいさんの方を見る。おじいさんは女の子の問いかけを聞いて、嬉しそうに、でも少し寂しさを含めた声で言葉を並べた。
    「その子はね……まあ、いいだろう。私のような残り短い人より、お嬢ちゃんのように未来のある子に任せた方が、この子も幸せだろうね…。モラはいらないよ、連れていくといい。」
    残り短いってなんだろう、もうおじいさんと離れなくちゃ行けないのかな?寂しいな。とは言っても声を出したくないから何も言えない。私を抱えて、おじいさんは私を女の子に渡そうとする。
    「ええっ!それは申し訳ないよ!どうか受け取ってくれないかな…?こんなに可愛い子を何もなしに貰うなんて…」
    申し訳なさそうな顔でおじいさんを見る。おじいさんが私を女の子近づけると、何故か少し胸が暖かい。なんというか…雰囲気や声、全て今まで見たことないくらい優しい子だ。本当に私で良いのかな、他にも可愛い子いっぱいいるのに。渋々といったように、少し悩んでおじいさんは答えた。
    「うーん…そこまで言うなら仕方ない。貰っておくよ。」
    「ありがとう、おじいさん!」
    おじいさんにモラを渡して、女の子は私をふんわりと優しく抱きしめる。私の顔を見て、元気に言った。

    「可愛いしろくまさん!これからよろしくね。」

    ━━━━━━━━━━━━━━━

    私にかけた最初の言葉。
    優しくて可愛らしい声、きらきら動く瞳。人間の気持ちなんてちゃんと理解出来ないけど、長い時間をかけて少しづつ理解した、これは正しく恋だった。

    女の子のことを全て知った時、ただ、すごく可哀想な子だと思った。1人で何千、何万人の人を騙し続けなきゃいけない。自分を偽って他人の思う「水神様」にならなきゃいけない。もしもバレてしまったら、この国の全ての人が消えてしまうかもしれない。普通の女の子が背負うには重すぎて耐えられやしないものを抱えて生きようとしていた。女の子…フリーナちゃんは、それが苦しくて耐えられなくて、毎日のように私を抱きしめて泣きじゃくっていた。私の体に涙がじんわりと広がったとき、すごく苦しかった。私とは比にならない程の孤独、悲しさ、寂しさ。何もかもが伝わった気がして。休んでもいいのに、いくら苦しくて泣いても休まずにみんなの望む「水神様」を演じて、何日も、何幕も演じ続けた。毎日のように泣きじゃくっていたのに、少しづつ泣く頻度が少なくなっていく。それでも相変わらず私のことを抱きしめて眠っていた。あの頃の記憶はあまりなくて、いつ聞いたかはっきり覚えていないけど「ちゃんと抱きしめて眠ると絶対に悪夢も見ないんだ。キミはまるで、おとぎ話の獏(バク)みたい」って。その獏が何か知らなかった私は、フリーナちゃんのいない隙に本を見て調べた。熊に似た体の悪夢を食べてくれる存在、らしい。今まで自分をぬいぐるみだと思っていたけど、自分だけ話せることもおかしいし、もしかして本当は「獏」だったのかな?なんて思いながら、たまにフリーナちゃんが泣く日をずっと続けて過ごしていった。

    ━━━━━━━━━━━━━━━

    それから数十年くらい経ったある日、フリーナちゃんがどんな夢を見ているのか気になり始めた。「キミが人になって夢に出てきた」と話しかけてくるものだから、どんなふうになっているのか気になって仕方がない。かと言って夢に入る方法なんて分からない…そもそも夢もよく理解できない。フリーナちゃんが眠ったあと、ダメ元でおでこをつけて、フリーナちゃんの夢の中に行けますように、と唱えて目を閉じた。

    目を開けると、ふわふわとした明るくて心地のいい群青色の空間にいた。
    ここはどこだろう、なんでここにいるんだろう。働きにくい頭で考えながら立っていると、どこからかフリーナちゃんが走って駆け寄ってきた。すごく笑顔で、嫌なことを全部忘れて、今を楽しんでいるような、そんな顔で。ぎゅっと握った私の手を引いてどこかへ向かう。小さなアイスクリーム屋でクマの形をしたアイスを買って二人で食べたり、わたあめを食べてみたり、私は何かを食べたことがないのに、まるで当たり前のように口に含んで咀嚼している。目を閉じる前にした行動からして、きっとこれはフリーナちゃんの夢の中なんだろうな、と気づいて少し寂しくなった。本当に、こんなふうになったらいいのに、二人で笑い合って、好きなことを堂々とできるようになったら…。
    「どうしたの?セレデーネ。」
    ぼーっとしてしまっていたのか、私の顔を不安そうに顔をのぞき込んできた。フリーナちゃんの手が私の手を握る。
    「楽しくなかった…?」
    捨てられた子犬のような顔で目を潤ませている。それを見て、夢の中くらいは悲しい顔をさせたくないと思い、私は慌てて理由を考えた。
    「ううん、フリーナちゃんが可愛くてぼーっとしてた。」
    手を握り返しながらそう呟くと、フリーナちゃんはくすぐったさを感じる笑顔になって、少し頬を染めながらで言葉を返した。
    「なんだいそれ〜!セレデーネも可愛いよ!」
    「わっ」
    飛ぶように抱きついてくるフリーナちゃんを抱き止めようとするけど、勢いが強かったのか支えきれず後ろの方に倒れてしまう。床は布団のように柔らかくて、痛みも感じなかったから、そのままフリーナちゃんを抱きしめ返す。
    「嬉しい、ありがとう、フリーナちゃん。」
    「ふふ、…セレ〜」
    悲しいのか嬉しいのか分からないような顔で私に笑いかける。
    さっきから呼ばれている通り、フリーナちゃんは私に「セレデーネ」という名前をつけた。たまに「セレ」と愛称で呼んでくることがある。それは疲れが酷い時や、寂しい時のサインだった。
    いつもなら出来ないけど、自分の手を回して優しく撫でる。フリーナちゃんは嬉しそうに笑って「もっと撫でて欲しい」とおねだりをする、満足できるまでずっと撫でて、ぎゅっと強く抱きしめた。それなのになぜだか少しずつ、悲しそうな顔に変わる。抱きしめる時苦しかったかな、と思っていると、フリーナちゃんが泣き出してしまった。どうして泣き出したのか分からなくて、顔を見て涙を拭うが、大きい瞳からは涙が止まらず溢れてくる。
    「起きたくない…このままここに居たいよ、セレデーネ…」
    どうやら、ここが夢の中だと理解していたらしい。私が優しく宥めようが、抱きしめようが、泣き止まずにわんわん泣き続ける。こんなに弱くていい子で、人一倍寂しがり屋なのに孤独に立ち向かって、色々な人を守るために頑張って…。出来ることなら、私が代わりたい。代われるならとうの昔に代わっている。いっそ私の見た目がフリーナちゃんと一緒になれば、代わりに水神になれば…そう思ったことはある。それができたらどんなにいいことだろう。でも、人の姿になれたとしてもフリーナちゃんはきっと代わりをさせてくれない。寂しがり屋なのと同じくらい自己犠牲心が強いし、そもそもその予言がフリーナちゃんが全うしなきゃ行けないものかもしれないのだ。
    フリーナちゃんを守れない自分が嫌で、悲しくて仕方なくて、苦しい。私が守らなくちゃ行けないのに…。
    「助けてあげられなくてごめんね。」
    喉が苦しくて熱い。息ができなくなるくらいの何かが込み上げてきて、少しずつフリーナちゃんが見えにくくなっていく。
    「違う、そんなこと言わせたいわけじゃなくて…泣かないで…」
    そう言われて、自分が泣いていることに気づいた。涙を流すってこんな気持ちなんだ、思っていたよりも止めにくくて、フリーナちゃんは毎日こんな苦しい気持ちをしていたのかと思うともっと涙が溢れてくる。白くて小さい手が私の涙を優しく拭ってくれた。その手を握って、途切れつつも言葉を並べる。
    「私、人間の姿になる。今はフリーナちゃんのことは嫌な夢を消して、見守ることしか出来ないけど…でも、絶対私が守るから、人間の姿になって、フリーナちゃんをいつまでも守り続ける。」
    そもそもぬいぐるみが人の姿になることなんてできるのだろうか?きっとそう簡単に叶うことは無い。けれど絶対に人間の姿になって、私がフリーナちゃんを守らなくちゃ。フリーナちゃんはかなり驚いた顔をしている。
    「そ、それは…うん、分かった…セレデーネが頑張るなら、僕も頑張らなくちゃね!」
    少しだけ寂しさの混じった顔であたかも元気そうに笑う。無理しなくたっていいのに…。
    「無理しちゃダメだよ。それと、寝る時は私を傍に置いてくれれば会えるから。」
    「本当?やった…嬉しいよ、明日はどんな風に過ごそうかな…」
    嬉しそうなフリーナちゃんと裏腹に、周りが明るくなり始めた。もう朝になるのかな?またあんな風に苦しい日が…なんて思ったけど、これからは人間の姿になる練習をして、約束を守るんだ。
    「またね、フリーナちゃん。」
    私がそう言うと、フリーナちゃんは溶けるように消えていった。これで起きたのかな…目を瞑って眠り、目を覚ますと、寝起きのフリーナちゃんが欠伸をして、ぬいぐるみの私に「おはよう、セレデーネ」と元気に挨拶をしてくれた。

    ━━━━━━━━━━━━━━━

    人間の姿になるにはまず何をしたらいいのかな?とりあえずフリーナちゃんの姿を想像してみる。う〜ん…と何となく力を込めてみるけど、まぁ無理だ。フリーナちゃんの部屋を出て近くの本棚に行く。おとぎ話の本を見てみたり、「まほう」の本を見てみたり。関係があるか分からないけど、不思議なものはなにか参考になるものがあるかもしれないと思い、必死に文字に目を通す。でもどこを見たって、「人間以外を人間にする方法」なんて見つからなかった。どうしてだろう?やっぱり自力で探さなくちゃいけないのかな。
    フリーナちゃんの部屋に戻って、早速自分の姿を考える。暇潰しのための紙とペンを出して、服装や髪型を書き出す。とは言っても、しばらくフリーナちゃんの服しか見ていないから、どんな服がいいのか全然分からない。フリーナちゃんと全部一緒にする訳にもいかないし。というか、絵ってどうやって描くんだろう…。試しにフリーナちゃんを描いてみる。ふにゃふにゃとした青い線が引かれていくが、自分でもどこを描いているのか分からなくなる程歪んだ絵だった。写真と見比べても分からない、もしかして壊滅的に絵が下手なのかも…。頑張ろう、そう思ってこの持ちにくい手で頑張って絵を描いた。

    沢山描いてやっとフリーナちゃんらしきものがかけた!嬉しくてぬいぐるみなのに顔が緩んだ気がする。これはフリーナちゃんの机に置いておこう、そう思って後ろを見ると、紙が大量に散らばっていた。軽く二十枚ほどだろうか、全てフリーナちゃんらしきものが大量に書かれている。私こんなふうになるまで描いてたの…?今日の帰りは十六時頃と聞いていたから時計を見ると、既に十六時を越している。急いで紙を丸めてゴミ箱に入れていく、ぬいぐるみの手だから丸めるのも精一杯だがどうにかなるだろう。
    残りの一枚を丸め終わり、ゴミ箱へ入れると部屋の外から足音がした。焦りながら元の場所へ戻る。
    「ただいま、セレ…はぁ…」
    よたよたと歩いて勢いよくベッドに倒れ込む、だいぶお疲れみたい。私のことをぎゅっと抱きしめ頬ずりをしてくる、すごく可愛い。けど大丈夫かな、早く休んでほしいな…最近はよく疲れた顔をしている。まだやることが残っているのか、私を抱き抱えてベッドから起き上がると、自分の机に向かっていく。机の上の紙に気づいたみたいで、不思議そうな表情になった。フリーナちゃんがその紙をめくると、歪だけどフリーナちゃんに見える絵、私が頑張って描いたもの。
    「これは…もしかしてセレが?ふふ、こんなにかわいい手で僕のことを描いてくれたの?それに「いつもおつかれさま」って…」
    すごい、上手、ありがとうと、まるで小さい子を褒めるように言う。頑張って文字を練習してよかった。あの時みたいに目がきらきらしていて、本当に喜んでくれているのかと思うとすごく嬉しい。沢山紙は使っちゃったけど良くかけてよかった。ぽかぽかして嬉しい気持ちでいっぱいな時、フリーナちゃんがゴミ箱を覗いた。
    「あれ?こんなに紙あったかな。」
    まずい、紙を沢山使ったことと絵が下手なのばれる…!焦ったけど、フリーナちゃんが抱っこをしている中動く訳にも行かない。くしゃくしゃになった紙を広げると、さっきの絵よりも歪なフリーナちゃんの絵が描かれている。沢山の紙を全部広げて、フリーナちゃんが全部まじまじと見つめた。恥ずかしい…。それ机の上に置くと、嬉しそうに私を抱きしめた。
    「ふふっ、なんで捨ててるんだい、これも頑張って描いてくれたんだろう?嬉しい…ありがとう、セレデーネ。」
    優しさのつまった笑顔で褒められる、見られるのが恥ずかしかったのに、次は嬉しさとくすぐったいような気持ちでもっと恥ずかしい。抱きつきたくなる衝動を抑えて、嬉しさを噛み締める。フリーナちゃんが上手くかけた私の絵を額縁に入れて、壁にかけた。びっくりしたけど嬉しさが勝ってなんでもいい気持ちになる。残りの紙は綺麗に伸ばして大事そうに机の中にしまった。
    「久しぶりに一緒にお風呂に入ろう、沢山綺麗にしてあげるからね!」
    そう言ってお風呂に向かう、一週間ぶりのお風呂は暖かくて、すごく心地が良かった。

    ━━━━━━━━━━━━━━━

    それからまた、数十年が経った。未だ私は人間になることが出来ない。毎日のように絵を描いて自分がどんなに姿になりたいかを考えて、やっと決まったのに、毎日のように祈っても、どれだけ頑張っても人間の姿になることは出来なかった。日に日に疲れた顔になるフリーナちゃんを見ているのに、救えないことが苦しくてたまらない。どんな風に顔向けすればいいか分からないけど、今日もフリーナちゃんの夢の中に入る。しばらくすると、フリーナちゃんが私に気づいてゆっくり歩いてきた。以前とは違って、凄く弱々しく手を握る。
    「セレ…キミはいつになったら姿を見せてくれるんだい。」
    悲しそうな顔で、私の目、正しくは目があるであろう位置を見つめてくる。その目はあまりにも暗くて、ひゅ、と息が詰まりそうになるけど、ゆっくり声をかけた。
    「…絶対、みえるようにするから…まだ、人間の姿になれないの。」
    貴方を本当に守りたいと思ってる。支えたい、私が全部悪いことから守ってあげたいって、毎日思ってるのに。何が足りないんだろう、毎日考えてる。はやく、早く人間にならなくちゃ。そんなに悲しい顔をしないで、私が理由で悲しまないで欲しい。フリーナちゃんは少しだけ微笑んで
    「そう…ならいいんだ、待っているよ。早く会いたいな。」
    どれだけ待たされても、相手が傷つかないように優しい言葉をかけてくれる。ごめんね、早く逢いに行くために、急いで見つけないと。起きたらもっと急いで資料を探そう。例えば…外に出てみるとか。
    その夜は隣に座って、お話をした。手を繋いで、たわいのない会話をしたり、面白い話をしたり。たくさん笑って、沢山好きって言い合った。そんな時間もずっと続かず、周りが眩しくなってきて、朝を迎えようとしている。私は一応のためフリーナちゃんに、今日やることを伝えた。
    「もしかしたら、今日は一緒に寝られないかも。」
    「えっ…どうして…?」
    一気に悲しそうになるフリーナちゃんを慌てて宥める。泣きそうになったものの、一旦落ち着いたようで続きを話した。
    「夜中まで人間になる方法を探しに行きたいの、もう時間を惜しみたくないから。」
    そう言うと、少し考えた後、眉を下げて口を開いた。
    「分かったよ…で、でも、遅くても一時には帰ってくるんだよ!セレが居ないと眠れないかもしれないし…」
    不安そうな顔のフリーナちゃんの頭を右手で頭を撫でる。もふもふと肉球で撫でられるのが相当気に入っているみたいで、毎晩のように右手で撫でてしまうようになった。そのおかげで、姿が見えていなくても、私の右手は肉球で出来ていることが分かるから、安心させてあげられる。
    「絶対帰ってくるね、フリーナちゃんに動いているところは見せてあげられないけど。」
    「えー、見せてくれたっていいのに…」
    口を尖らせるフリーナちゃんに、だって恥ずかしいから、とかつて嫌なことがあったことは内緒にして話す。聞いたらフリーナちゃんに心配かけそうだし。
    周りが目も開けないほど明るくなり始めた、そろそろ起きなくちゃ。
    「またね、フリーナちゃん。」
    そう言うと、笑顔で頷いて、静かに目を閉じた。

    ━━━━━━━━━━━━━━━

    朝、フリーナちゃんが部屋を出ると同時に、私は窓から紐を垂らして下まで降りる。だいぶ高いところだが、ぬいぐるみなので死にはしない。
    地面に足がついて、見つからないように辺りを見渡した。人通りが少なそう、早めに本のたくさんある所へ行かないと。ぬいぐるみが動いているなんて、見られたら直ぐに捕まってしまう。静かに歩いて、バレないように…
    「あれ?ぬいぐるみが動いてる?」
    そう簡単にはいかなかったようで、すぐに見つかってしまった。逃げようと走るが、小さい体じゃ大したスピートが出なくて抱え上げられる。こんなに早く見つかるなんて…。顔を見ると、人間では無い可愛くてくるんとした角の生えたの生き物。一体誰だろう、もしかして私と同じようにぬいぐるみ?だとしても、とにかく逃げないと、夜にはフリーナちゃんのところに帰らなきゃいけないんだから。手足を使って一生懸命抵抗するが、全然痛くないようで優しく宥められる。
    「暴れないで、怖くないよ。」
    丸くて小さな手で私の頭を撫でる。優しくて、すごく落ち着く手。申し訳なくなって抵抗するのをやめた。すると安心したようで、さっきと変わらない優しい声で私に問いかける。
    「貴方はどうしてここに来たの?」
    どうしよう、声を出してもいいのかな?普通に話しかけて来てくれているし、優しそうな子だから気持ち悪いって思ったりはしなさそうだけど、少し怖い。話しかけて変な風に思われたら、落とされたら…考えると話す勇気が無くなっていく。でも話さなかったらどこかに持っていかれるかもしれないし、降ろされてもまた他の人や同じような子に見つかるかもしれない。それなら声を出した方がいい。口をゆっくり開いて、震えながら声を絞り出す。
    「本を見たくて、出てきた。」
    声を出したことに、その子は驚かずに話を聞いてくれた。

    この優しくてふわふわした子はメリュジーヌという種類の、カロレという可愛らしい名前をした子だった。偶然近くを歩いていると、私を見つけて、気になって声をかけたらしい。私が事情を話すと少し驚きながらも「…それなら手伝ってあげますね」と言って、抱えて本のある場所へ向かってくれる。人前で動けない私からすると凄くありがたい、こんなに優しいなんて…もふもふしているものはこれから信じよう。
    ぽてぽてと音がしそうな足で、本屋へと歩く。人通りの多いところを進めるから、むしろ見つかってよかったのかもしれない。落とさないようにと思っているのか、苦しくない程度にぎゅっと抱き締めてくれている。優しくてかわいいな。そう思いながら進んでいくけど、なんだか周りの視線が冷たい、どうしてこんなに怖い顔を向けられているんだろう。陰口を言う人や、石を投げてくる人、直接嫌味を言ってくる人もいる。カロレさんは先程の明るさなんてなくなって、少し暗い顔をしながら本のある場所に着いた。このお店のおじいさんは優しい人のようで、嫌な顔ひとつせずカロレさんを見ている。私が話せることをバレないようになのか、小さな声でどんな本が見たいのかを聞いてくれる、けれど具体的になんと答えればいいのか分からない。とりあえず何か見てみたくて、クマさんのいる本がいいと話す。あまりにも抽象的過ぎたのかびっくりしていたけど、絵が可愛い絵本を選んでくれた。
    最初は三匹のクマさんが出てくる本で、人間がクマさんの家に迷い込んで、ご飯を食べたり、お昼寝をする絵本だった。なんだかとってもほっこりする。でもこれじゃないかも…。
    ほかのも見てみたいと言うと、ほかの絵本を選んでくれる。クマさんがお花の種が入っている袋を見つけて、他の動物さんのところに持っていこうとするけど、袋には穴が空いていて種をこぼしてしまう、でも歩いてきた道にはお花が咲き誇っていた。という絵本。絵本って見るだけでほっこりする、フリーナちゃんに見せたい…でも、これでもないかも…。
    他には無いかな、と聞いてみるけど、クマさんの絵本がこれしかないらしい。カロレさんは少し考えたあと、難しそうな本を手に取って見せてくれた。
    「これはどうかな?悪夢を食べる獏のお話で…」
    そう言われた瞬間、大きな声を出して動き出しそうになった。どうにか我慢して、これがいいと小さな声で言うと、私の欲しかったものを見つけられて嬉しいのか、とっても可愛い笑顔になる。カロレさんが自分のポケットからモラを出そうとしていたから、慌てて止めて、私の持っていたモラをバレないように渡す。フリーナちゃんが「何かに使うかもしれないから」と、私のためにわざわざ書いてくれたメモと共に机に置いてあったものだ。でもカロレさんはそのモラを私に返し、自分のモラで本を買った。なぜそうしたのか分からず、というかびっくりして見つめる。でもただ笑って私を見返すだけだった。

    また人通りの多いところを過ぎ、最初に出会ったところに着く。地面に下ろして貰うと、さっき買った本を渡してくれた。ここまでしてもらったのに本まで買ってもらうなんて、申し訳なくてモラを渡そうとするが、どうしても受けとって貰えない。
    「どうして、受け取ってくれないの?」
    ただ疑問に思って、遠回りもせずに聞いてみる。すると少し悲しそうな顔をした後に、小さな口から話してくれた。
    「もうすぐ要らなくなっちゃうから…とにかく、他にも困ったことがあったら言ってくださいね、私はマレショーセ・ファントムの一員ですから。」
    そう言って、直ぐにどこかへ行ってしまった。生きていく上ではモラは必要だと思うのに、どうしてそんなことを言うのだろう、人間では無いメリュジーヌだから?そうだとしても、あの悲しそうな顔がつっかえてしまう。あの顔は今までに見た事がない、メリュジーヌを初めて見たけど、人間ほど表情が読み取りやすい訳でもない、でもカロレさんの顔はすごく悲しい表情で…。それの不快感が取れないまま、本をどうにか抱えて、部屋へ戻った。

    ━━━━━━━━━━━━━━━

    次の日、私はカロレさんが心配になって、本を読んでもらうことを言い訳にしようと、昨日と同じ時間に窓から外へ行った。地面に足が着くと、まるで待っていたかのようにカロレさんが駆け寄ってくる。昨日の悲しい顔はなくて、何か困ったことがありましたか?と聞いてきた為、本が難しくて読めないと言うと、毎日少しの時間だけ本を読んでくれることになった。
    「まず「獏」は、悪夢を食べてくれる架空の生き物…なんだけど、これはそれのおとぎ話が一番最初にあります。あとは色々な説明があって、難しいことが沢山書かれていますね。」

    ━━━━━━━━━━━━━━━

    むかし、あるところに心の優しい女の子がいました。その女の子は、毎日辛いことを頑張って、心優しい故に他の人からの無茶なことも全て引き受けてしまっていました。その度に少しずつ女の子は苦しくなっていきます。女の子は苦しさと辛さが限界を迎えてしまい、夢の中でたくさんの悪夢を見てしまうようになります。怒られる夢、なにかに追われる夢、色んな人に嫌われてしまう夢。毎晩、毎晩、女の子は泣きながら飛び起きてしまいます。苦しい、もう悪夢を見たくない、そう願って過ごしていました。そこに、悪夢を食べてくれる「獏」が現れます。獏は言いました。「私は獏、貴方の悪夢を全部食べてあげるから、仲良くしてくれる?」女の子は悪夢が無くなるならと、獏と仲良くすることにしました。遊ぶところは夢の世界で、空に大きな時計があります。それが何かと聞くと、獏は「なんでもないよ」といい、あまり話そうとしませんでした。おままごとや隠れんぼ、鬼ごっこ。沢山遊ぶことで悪夢を見なくて済むのなら、このまま遊んでいてもいいかもしれない。そう思って、女の子は獏と遊び続けていました。
    それからまた少し、時間が経って。女の子は沢山大きくなって、走り回って遊ぶことが難しくなりました。獏はあまり笑わなくなり、ただ毎日お話をするだけ。ある日、獏は言いました。「どうして私は生き続けるの?」難しい質問に女の子は答えることが出来ず、ただ黙ってしまいます。出会った頃よりもずっと悲しい顔をしている獏に、無意識に「ごめんね」と口から零しました。その言葉を聞いた獏は泣き出して、いかないで、そばにいて、忘れないで、と言い続けます。空の大きな時計の針は零時の鐘を鳴らして、また夢の中から消えてしまいました。それからも獏は、女の子を待ち続け、同じように現われ、遊び、消えていく女の子と一緒にいよう頑張っていましたとさ。

    ━━━━━━━━━━━━━━━

    思っていたよりも重苦しくて、あまりいい気持ちはしない。カロレさんも悲しそうに本を眺めている、私も多分同じ顔をしているのだろう。今日の時間はこれでおしまいらしい。手を振って、その日はすぐに帰った。

    それからカロレさんは約束を守って、私のことを待っていてくれた。今日は二枚目、明日は三枚目、明後日は四枚目。短い時間だったけど、部屋で暇を持て余していた私からすれば楽しい時間だった。
    今日もまた、部屋を出てお話を聞く。私は何となく気になって、カロレさん自身のことを聞いた。大切な人はいるのか聞くと、ヌヴィレットさんという人、ヴォートランさんという人、メリュシー村にいるメリュジーヌの仲間たち、嬉しそうにお話を聞かせてくれた。貴方にはいる?と聞かれて、フリーナちゃんのことが大切だと言う。事情を知っているから、楽しくお話を聞いてくれて…時間を忘れていた。
    カロレさんに用事があるという理由で、今日の待ち合わせは遅めの二十時頃、長く話したせいで、短い針は既に零時を越している。さすがにカロレさんもまずいと思ったのか、バイバイと言って、急ぎ足で帰って行った。今までまたねとしか言われたことないのに…バイバイってなんだろう?聞きたいけど早く帰らなくちゃ、明日聞いたらいいよね。本を抱えて少し早めに登る。窓について部屋に入り、安心したけど…
    「フリーナちゃん…?」
    私が遅くなると分かったのか、疲れた顔でベッドに先に寝ていたであろうフリーナちゃんが苦しそうに目を閉じている。何が起こっているのか分からない。なにか悪い夢を見ているのかと思い、急いで夢の中に入った。
    夢に入ると、いつもと違い周りが真っ暗。少し進むと、フリーナちゃんの声が微かに聞こえた。こんなこと一度もなくて、走って向かう、すると舞台上に上がるフリーナちゃんが震える足で立ち、無理やり声を振り絞って、目の前の観客に声を出していた。
    「違う、僕は神だよ、正真正銘のフォカロルスで、だから…!」
    悪夢だ。
    苦しそうな顔で今にも泣きそうになりながら何かを訴えている。
    止めなきゃ、私が悪夢を消すんだ。けどどうすれば…フリーナちゃんに声をかけても、目の前のことに必死で返事がない。見ている観客の位置に行っても、私には気づいていない。私の中に焦りが募っていく。急がなきゃ、早く助けてあげないと。強く握った手からがり、と音がするほど爪が引っかかる、すると、その場所に少し傷ができた…と言うより、そこだけ引き裂かれたようになって、元の夢の中の色が見える、よく分からないけど、なんだか食べられそう。全部切り裂いて、食べてしまえばいいのか。
    急いで夢を切り裂いて口に含んで呑み込んだ。呑みにくくなっても、フリーナちゃんが少しでも早く悪夢を見なくて済むように口に入れる。観客を食べ終わると、フリーナちゃんの声が止まる。さっきよりも少し落ち着いて居るけど、観客がいなくなったことに困惑しているようだ。きょろきょろと辺りを見回している。
    目が合って、私がいることに気がついた。
    「せ、セレ?どうしてキミがここに……」
    心底驚いたような顔で舞台の上から見ている。
    「どうして今日は夜いなかったんだい、僕は寂しくて…あれ…?ということは、ここって…」
    フリーナちゃんがそう言うと、舞台の闇がぱらぱらと散っていく。自分が見ていたものは悪夢だと気づいたようで、いずれその舞台は消えていった。どうやら悪夢を消すことが出来たみたいだ。舞台から降り、俯いているフリーナちゃんに駆け寄って声をかける。何故か返事がなく、不思議に思い顔を覗くとなんと涙を流していた。
    「もう…!セレデーネが悪いもん!なんで早く帰ってきてくれなかったんだい!」
    ぽかぽかと少し泣きながら私を軽く叩いてくる。相当怒っているみたい…。用事が長くなっちゃって…と言い訳すると「それは僕よりも大事なことなのかい!」なんてセリフを吐く。そんなわけない、フリーナちゃんが一番大切、と言ったけれど、次はいなかったじゃないか!セレデーネの馬鹿!と言い出して止まらない。どうにか宥めようとひたすらに謝る。しばらく私に怒った後、先程よりも沢山涙が溢れ出して、小さな声で私に言った。
    「本当に、怖かったんだよ…もう居なくならないで…」
    ぐす、としゃくりあげて、私を抱きしめる。まさか私がこんなに影響を及ぼしていたなんて…。私のせいで泣かせちゃった、本当に心から反省してる、もうこんなことがないようにしなきゃ、心だけでも支えてあげないといけないんだから。
    「もう夜は居なくならない、ごめんね…ちゃんと傍にいるよ。」
    割れ物に触るかのように優しく抱きしめて、右手で頭を撫でる。ずっと変わらない体の小ささ、こんなに小さい子を守れていないなんて、私は本当にダメだ。抱きしめて優しく撫でた後、夜は絶対に一緒に寝るようにしようね、と約束した。

    ━━━━━━━━━━━━━━━

    次の日、私が居なくなることを恐れたのかフリーナちゃんが部屋を出る時にだいぶごねていた。絶対に帰ってきてよ、次夜中に帰ってきたら次の日から全部鍵閉めるからね、なんて。本当に昨日の夢が怖かったのだろう。こんな風に私と一緒に寝てから悪夢を一度も見ていなかったし、仕方がないのかもしれない。けれど少しでも早く人間になるためには本を見なくちゃいけない…いつもよりも遅めにカロレさんのいる所へ向かう。けれど、カロレさんの姿は見当たらなかった。少し遅くでてきたからどこか他のところに行っちゃったのかな?と思いしばらく待ってみたが、来る気配が全くない。その日はカロレさんに会うことを諦めて、部屋の中で過ごした。

    それから何日も経った。窓から外を覗いたり、見に行ったりしても、カロレさんは現れない。どうしたんだろう?なにか危ないことでもあったのかな…。でもカロレさんがどこにいるのか分からない。家の場所も聞いていないし、どこで何をしているのかなんて詳しく聞いたことがないからだ。ただ一つだけ、マレショーセ・ファントムの一員ということぐらい。フリーナちゃんなら何か知っているかも、そう考えて、私は夢の中でフリーナちゃんにカロレさんのことを聞いてしまった。

    悲しかった。
    あんなに優しくていい子が、人では無いというだけで周りから嫌われ、悪口を言われて。初めて外に行った時のあれだ。どうして人間はそんなことができるのだろう。過去の出来事を思い出す。ぬいぐるみが話したから気持ち悪いって、捨てられたあの時。私は特になんとも思わなかったけど、カロレさんはちゃんと感情があった。苦しいとか辛いとか、他人を思う気持ちだって…。人間優しい人ばかりじゃない。カロレさんの大切な人は今頃どうしているんだろう、大丈夫かな、他にも被害にあってる子は…そんなふうに考えていると、フリーナちゃんが心配してくる。大丈夫だよ、と言うとほっとしたのか笑顔になる。フリーナちゃんはとても優しい子、他の人に悪い目で見られたり、嫌なことをされたり、悪いことに狙われてもおかしくないと思って、心配になって強く抱き締めた。びっくりして恥ずかしそうにした後、手を回して同じくらい抱き締め返してくれる。カロレさんの分も、私はフリーナちゃんをもっと守らなくちゃ。優しい子は、みんな私が守って苦しい思いなんてさせないように。

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    あの悲しい事件から、結構な時間が経った。まだ人間の姿になれない私は、もうどうすればいいのか分からない。毎日のように頑張っているフリーナちゃんに比べて、私は…。どうしてもそんな悪いことばっかり考えてしまって、フリーナちゃんと話す時はぎこちなくなってしまう。それを汲み取ったのか、そんなに焦らなくてもいい、僕は大丈夫、なんて言ってくる。演じ始めてからもう四百年だ。苦しさに少し慣れたような顔をしているけど、そんなわけが無い。私は一体、どうすればいいんだろう。
    私は人間の姿になりたい。難しいかもしれないけど、そもそも存在している理由が分からないような私だから、少しくらいの奇跡を信じたっていいじゃないか。鏡の前に立って自分の姿を見る。白くて丸い体、ただ可愛く飾られただけの見た目。こんな体じゃ守れない、もしも神様がいるなら、このフォンテーヌに本物の水神様がいるなら…


    「フリーナちゃんを助けるために、人間の姿にして欲しい。」


    鏡がぼやけて、私ではない誰かの顔が見える。


    「その願い、叶えてあげよう。」


    フリーナちゃんに似た声だけど少し違う、知らない声。私は鏡の前で倒れた。

    目を開くと、薄暗いどこかに座っていた。立ち上がろうと足元を見ると、長い肌色の脚が見える。膝を曲げ、床を蹴ると、こつんとパンプスの良い音が聞こえた。なんだろう、まるで自分の体みたいに自由に動く。
    何故か床に落ちていた手鏡を拾い、覗くと自分の顔が見えた。ピンクと水色の入った目。瞳の真ん中は雫の形になっていて、フリーナちゃんを思い出させる。自分が人の姿になったことに驚きを隠せず、しばらく自分の体に触れていると、ぺた、ぺた、と足音が聞こえて、顔を上げる。
    そこに居たのは、フリーナちゃんによく似た、鏡の前で見た人だった。
    「その体はどう?キミの考えたものを少し捻ったんだ。気に入ってくれたかな。」
    なんだか儚くて、すぐに消えてしまいそうな雰囲気を纏っている。この人は誰?そもそもここは?この姿は?目を点にして見つめていると、胸元まで近づいてきて、リボンのあるところに、何かをつけた。それは少し重みのある、神の目というものだった。神の目をつけるなんて、もしかして…。
    「貴方はもしかして、本物のフォカロルス様?」
    そう聞くと、頭を縦に動かす。少しすると真剣な顔で口を開いて、私に問いかける。
    「キミは人の形になって、罪を背負うことになったとしても、受け入れられる?」
    優しい顔とは裏腹に、重くて、難しい質問。今の私には簡単なものだ。
    「うん。人の姿になってフリーナちゃんを守れるなら、それ以上望むことは無いよ。」
    期待していた答えだったのか、フォカロルス様は小さく笑う。
    「そう、思った通りだね。期待していた答えで良かったよ。」
    フォカロルス様がそう言うと、またさっきと同じようなふわふわとした強い眠気に襲われる。
    「そろそろ時間だ、また会おう、セレデーネ。僕と話したことは内緒にしてね。」
    次また会える時があるの?そう聞きたかったけど、眠気が止まらずゆっくり目を閉じる。眠りから冷めると、鏡の前にはあの時見た白い髪の可愛い女の子がいた。

    膝を曲げて伸ばし、鏡の前に立つと、自分の髪や服が全て写り込む。やっと人間の姿になれたんだ。嬉しい、凄く嬉しい!これでフリーナちゃんと沢山お話できる、ちゃんと癒してあげられる、お買い物だって、好きなことだって沢山してあげられるんだ!鏡の前でくるくる動いて、自分の姿を眺めた。所々に雫があしらわれていて、私の考えた瞳もそのまま。元々の私と変わらない声、神様ってこんなこともできるんだ…。にこっと笑ってみたり、頬をふくらませて怒ってみたり。フリーナちゃんの真似をしてみるけど、あれほど可愛くて優しい笑顔にはならない。気持ちが大事なのかな?いつもフリーナちゃんがどんなことで笑っているのかを思い出してみる。私が面白いことを言った時、嬉しそうにした時、私が…。一緒にいる相手が面白くなったり、嬉しそうにしていると笑顔になるのか、そう考えて、フリーナちゃんが楽しそうに笑う顔を浮かべる。口の端を上げ、可愛くて明るい声が聞こえた気がして、自然と口角が上がった。鏡で見ると、ちゃんと笑顔に似た顔になっていて、また嬉しくてさらに笑顔になる。

    ひとりで遊んでいると、外から足音が聞こえてきた。いつも聞いている、頑張って部屋まで歩いてきている音。フリーナちゃんが帰ってきた!ドアから少し離れたところに立って、出迎えようと抱きしめる準備をした。
    扉が開いて、フリーナちゃんの瞳に私の姿が写る。
    「フリーナちゃん!おかえりっ」
    一直線に腕を広げて飛びついてくるフリーナちゃん。バランスを崩して少し硬いカーペットに寝転がった。びっくりして何も言えないまま抱きしめ返すと、フリーナちゃんが興奮気味に私の名前を聞いてきた。
    「絶対にセレデーネだ!僕には分かるよ、その声はセレデーネ!」
    あの一瞬で私だと理解して、飛びついてきたのか。可愛すぎる。フリーナちゃんは私が人の姿になったことが相当嬉しいのか、若干涙ぐみながら私を見ている。その嬉しそうな声で、さっきみたいに口角が上がり笑顔になって答えた。
    「セレデーネだよ、やっと会えたね、フリーナちゃん!」

    そのあとはしばらく抱きついて離れてくれなかった。そろそろ離しても大丈夫だよ、と言っても、ぎゅっと抱きしめるともふもふだし暖かいし離れたくない、なんて答えられ、私がベッドに座っても抱きしめて離さず、ただ甘やかしてあげるしか無かった。
    抱きつき終わると、私の白熊の手のような右腕をみて、そこはどんな風になってるんだい?瞳をきらきら輝かせている。もふもふそうな手を見て触りたくてたまらないんだろう。
    「フリーナちゃん、触っていいよ。」
    「本当?ふふ、それじゃあ……」
    私の右手を握って肉球をぷにぷにと触る。優しく触ってくれるから、なんだかくすぐられているみたい。顔にぷにぷにしたり、ぎゅっと手を握ったり。肉球の感触に満足すると、自身につけていた帽子を外して私の手を頬に寄せ、撫でて、と言った。夢の中でしたように優しく頭を撫でると、嬉しそうな笑顔になる。ひとしきり撫でられた後、ゆっくり口を開いた。
    「セレデーネは本当にいたんだね。」
    話を聞くと、夢の中だと姿が見えなかったし、現実でぬいぐるみは動かない。何より撫でられた感覚も全てちゃんと覚えられないから、ただ夢の中だけの存在だと思っていたらしい。まだ心配そうなフリーナちゃんを抱き締めて、指を絡める。
    「心配しなくても大丈夫、私はここにいるよ。って言っても、遅くなっちゃった私が悪いけど…」
    そんなふうに言うと、会えただけでも嬉しいよ、と優しい言葉をかけてくれる。本当に優しい子なんだから。これからは私がたくさん優しくする番、悪いことから守って、寂しい時はそばに居よう。
    そろそろ眠ろうという話になり、服を着替えようとしたけど、夜着るものがなかったため、フリーナちゃんのお下がりを貰う。寝る支度を終わらせたあと、二人で抱きしめあって眠った。

    「…今はこれで良い、いずれ二人で償おうね。」

    またひとつ、嘘ができたことも知らずに。

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    少し冷たく、吸い込みやすい朝の空気を感じながら目を覚ます。今日は珍しくフリーナちゃんより先に起きた。少し体を動かして時計を見ると、まだ四時付近になっていた。体を元に戻し、すやすやと眠るフリーナちゃんの方を向く。指で頬をつついてみると、思っていたよりも柔らかくて、触り心地がとてもいい。もっと触れたくなって、さらに頬をつついたり、痛くならない程度に優しく摘む。自分の頬はどうなのかな?と思って、触ってみる。けれど、人肌と言うよりは、人肌に似た柔らかいぬいぐるみの感触。少し残念に思いながらも、自分の頬から手を離し、起きる気配のないフリーナちゃんの頬を堪能した。もちろん痛くない程度に優しく。

    沢山触ってフリーナちゃんを眺めていると、時計が六時に回ろうとしていた。その時、特徴的なまつ毛がぴくりと動いて、きらきらした瞳がゆっくりと姿を現す。しばらくぼーっとしていたが、目の前に私の顔があることにびっくりしたのか、わあっ、と声を漏らし、ヘッドボードに頭をぶつけた。痛そうに声を出すフリーナちゃんに、何をしたらいいのか分からなくて、焦りながら冷やせるものを探す。だが周りに冷やせるものが特にない。どうしようか考えようと手を動かしていると、昨日フォカロルス様に付けられたものを思い出した。これを使えばどうにかできるかな?
    手をなにか握るように丸めて、柔らかい水の塊を作ろうとする。頭に当ててもびしょびしょにならない、小さくて冷たい水…。手に冷たい水があるような感覚になって手を開くと、クマの形をした柔らかいスライムのような水が出来る。それを優しくフリーナちゃんの頭に当てて、様子を見守った。
    少しすると痛みが収まったようで、穏やかな顔になる。不満そうにしながらも、フリーナちゃんが熊の形をした水に触れて不思議そうに見つめた。
    「全く、セレデーネは近すぎるよ…それで、これはなんだい?」
    柔らかい水の塊にちょんと触れたり、つまんだり。面白そうなものを見つけて遊んでいる子供のようで、とっても可愛い。私は人の姿になると同時に、神の目を授けられたことと、水を想像して、いい加減に形を作ったことを話した。すると、私よりも嬉しそうにして、凄いじゃないか!と、沢山褒めてくれる。神の目を受け取れる人はそう多くは無いらしい。すごく嬉しくて素直にお礼を言った。

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    それからはまた色々あった。ご飯を作ろうとして、私が塩と砂糖を間違えて入れようとしたり、無理をし過ぎだから休んでと言ったら、キミに何がわかるんだい!と言われ大きな喧嘩をしたり。最初は怒られたり喧嘩したりする事が多かったけど、一つひとつちゃんと仲直りをして、少しずつ仲良くなって。いつの間にかお互いに知らないことはないくらいまでの関係になった。神の目を無くすと願いを忘れる、ということを聞いて、神の目を体に埋めてしまったことはものすごく怒られたが。相変わらずフリーナちゃんを支えることしか出来ないけど、この少しのことを積み重ねて、結果的には大きな支えになっていることを願い続けて。

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    もう少しでフリーナちゃんが水神様を演じ続け、五百年が経とうとしている。今日はフリーナちゃんが涙を流しながら帰ってきた。どうしたのかと聞くと、泣いていることに気づかなかったと言う。それも今日で二回目らしい。もう限界なのかもね、と疲れきった顔で言葉を零す。心配になって抱きしめると、押さえ込んでいた分だけ泣き出した。いつになったら終わるのかな。早く、フリーナちゃんが水神様じゃなくて、自分になって幸せになれるのかな。強く抱き締めて、気が済むまで泣いてもらう。泣き疲れて眠ったフリーナちゃんの目元をタオルで温めながら、早くこの苦しみが終わるといいな、と考えていた。

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    ある日、テイワットを旅している、金髪の異国の人と白い髪の女の子の話を聞いた。どうやらフリーナちゃんが自ら出迎えたため、大きな話題になっている。フリーナちゃんからは話を事前に聞いていて、ある国の栄誉騎士、ある国の英雄、ある国の…とにかく色々な物事に巻き込まれやすく、お人好しで、更にはとても強い。経歴を聞いただけて頭がパンクしそうだ。でもいい人ほどなにか裏にあるかもしれないし、フリーナちゃんに直接危害を出してきたら…私が先に関わってみなきゃ。
    幸い人間の姿になったこの百年間、人間とはだいたい話せるようになった。フォンテーヌではむしろ私を知らない人はいないくらいだ。所々理解できないことはあるけど、そこが面白そうにされていたり、意外と優しい人が多くて関わりやすかったり。大分仲良くなれたと思っている。この感じで旅人さんと話そう、そうと決まれば早く向かわなければ。
    フリーナちゃんが部屋を出た少し後に、誰にも見えないように窓から出る。地面には草が生い茂ってふかふかしていて、怪我をする心配は無い。旅人さんを探し、偶然を装って声をかけよう、そう思っていたのだが。見つけた時には二人の有名な魔術師と話していて、次は人間を倒すスネージナヤの執行官…。その後私が親猫からはぐれた子猫に気をとられている間に、すぐどこかに行ってしまった。次の日、見つけた時は劇場まで入っていった。劇場にはチケットが必要になるから持ってなければ入れないはず…。人脈が広く、誰にでも話しかける人ということは確かだ。あれだけ話しやすく多くの人から信頼されていそうな人なら、フリーナちゃんも大丈夫かな…。いかにも優しそうな雰囲気はあった。自分が忙しくても、周りに困っている人が居たら、助けに行っちゃいそうな感じがする。警戒心が薄れて、疑い続けるのは失礼なんじゃないか、と思ってしまう。今日は話しかけずにフォンテーヌを歩き回ろう。そう考えて、いつも行っている沢山のプクプク獣がいる所へ向かい、しばらく体をつついてじゃれていた。

    だいぶ暗くなるまでじゃれた後、フリーナちゃんが帰る頃かな、と思い、急ぎ足で部屋へ帰る。壁をよじ登り、窓に着いて部屋に入る。椅子に座っていたフリーナちゃんが帰ってきたことに気づき、笑顔で出迎えてくれる。
    「おかえり、セレ!」
    まただ。私の事をセレと呼んでいる。最近は特に増えてきていて、本当に限界が近いことを嫌でも感じてしまう。近づいて少し冷たい手を握った。
    「無理やり笑わなくていいよ。」
    「ふふん、何言っているんだい、この僕」
    「フリーナちゃん。」
    「…はは」
    すっと目線が落ちて、床を見つめる。苦しさと疲れ、強さと愛情、色んな感情が混ざって、何も読み取れない瞳から涙が落ちる。どんなに綺麗にしようとしても綺麗にならない、強い汚れのようなものが張り付いてしまった瞳。
    「もう嫌だよ、僕は、いつまでこうしていればいいの。」
    「やめたい、けど、やめたらみんな消えてしまうんだろう?」
    でもその奥にあるのは、やっぱり優しさで。ただ少しだけ、他の人より優し過ぎた。どうして知らない人のためにこんなに頑張れるのだろう。
    「フリーナちゃんはとっても凄いの。優しくて、強くて…どんなに嫌なことであろうが、血の繋がらない赤の他人のために全てを背負ってる。私はただ悪夢を消すことしか出来ないけど…どれだけ時間が経とうとも一緒。少しでもいいから、フリーナちゃんの抱えているものを軽くしたい。泣いてもいい、どんなに弱音を吐いたっていい、それくらい凄いことをしているから。」
    「セレデーネ……」
    私の肩に顔を埋め、外に聞こえないくらいの声で泣き出した。何も言わずに頭を撫で、今だけは本当のフリーナちゃんでいられるように、帽子を外した頭を、優しくぎゅっと抱き込む。
    「偉い、本当に凄い、きっと大丈夫。」
    いつか絶対に報われるはず。私でも消すことが出来ないこの悪夢が終わって、普通の世界が見られる日がきっと来る。
    「今日は夢が見たい?ぐっすり眠りたい?」
    「…夢がみたい。」
    「分かった。夢で会おうね、フリーナちゃん。」
    泣き腫らした瞳を閉じたあと、目を温めるようにぬるめのタオルを当てる。しばらく温めていると眠ったようで、すぐに夢の中へ入り込んだ。

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    「セレデーネ、ふふ、来て!」
    「わっ…!」
    フリーナちゃんに手を引かれ、どこかに連れていかれる。ふわふわの床を歩きながらフリーナちゃんの顔を見ると、笑顔でどこか楽しそう。しばらく歩くと、大きなお店が見えてきた。フォンテーヌ内で見かけたことがある…宝石のお店だ。
    「実は二人でお揃いの指輪を買いたくて、少し前から具現化できるように頑張ってたんだ。」
    ドアを開くと綺麗な鈴の音がして、ガラスの箱の中にキラキラしたものが見える。青色や赤色、透明なものまで沢山あって、面白いものを見ている気分。
    「沢山あるだろう?夢の中で具現化するのが大変だったんだから!」
    そういえば3年ほど前から私より後に起きることが多かった。もしかしてこの指輪を夢の中に出すために頑張っていたのかな。
    「すごいね、フリーナちゃん。」
    「ふふ、ありがとう!どれがいいか好きに選んでね。」
    そう優しく言われ、ガラスケースの中を眺める。同じように見えるけど縁の金属が違ったり、キラキラした宝石の切り方が違ったり。お揃いだからフリーナちゃんに似合うものがいいな、考えていると、フリーナちゃんがガラスケースの中から一つ一つ取り出していた。
    「開けても大丈夫なの?」
    「本当はダメだけど…ここは僕の夢だからね、何しても大丈夫さ!」
    少しだけ悪い顔で笑うフリーナちゃん、今までこんな顔見たことがなかったから新鮮で、なんだか面白くて私も笑顔になってしまう。
    透き通った青色の付いた指輪を取り、近くで見つめる。少し傾けると光に反射してきらきらと輝く。まるでフリーナちゃんの瞳みたい。私が指輪をじっと見つめていると、セレデーネ?と私の顔の前に手を振られる。はっとしてフリーナちゃんを見ると、柔らかく、面白そうに笑っていた。
    「そんなに見つめて、もしかして宝石を見た事がないのかい?」
    「うん、こんなにフリーナちゃんの瞳に似た石は初めて。」
    「へっ?も、もう、セレデーネったら…」
    顔を赤く染めて恥ずかしそうに俯く。何か変なこと言っちゃったかな…?大丈夫?と顔をぺたぺた触ると、眉を下げて私の手を下げる。
    「と、とにかく!他のも見て!」
    顔の赤みが引かないまま、私の背中を押して他の指輪を見せる。どれも綺麗で、フリーナちゃんに似合う寒色で見ていて楽しい気持ちになる。色んな宝石を見て、一際輝いて見える宝石があった。じっと見つめていると、ひょこっとフリーナちゃんが顔を出す。
    「うん?それは…コバルトスピネルだね。僕も気に入ってて…」
    フリーナちゃんの声が聞こえ、振り向きたいけど目が離せない。すごく綺麗で、ほかの何よりも際立っている。フリーナちゃんが気に入ったものだからだろうか?
    「フリーナちゃん、私これが一番好き」
    取り憑かれたように話す私に、フリーナちゃんが焦りながらわたわたしている。ようやく目が離せるようになって、フリーナちゃんの方を向くと、心配そうに見つめていた。綺麗すぎて見惚れていた、と言うとほっと息を吐く。
    「ふふ、やっとセレデーネとのおそろいを買うことができるね!かけてこんな風に見られるようになったんだ。本当に具現化が大変だったんだから。」
    ふふん、と自慢げに言いながら、褒めて欲しそうにちらちらと見ている。こんなに色んな色を分けるのも、一生懸命頑張っていた事も褒めると、嬉しそうに照れた。
    「これでまたほんの少しだけ頑張れそうだ、ありがとう、セレデーネ。」
    儚くて、嬉しさと悲しさで溢れた表情が、光に照らされて見えにくくなる。もうこんな時間なのか。
    いつの間にか夢から出てしまったフリーナちゃんを追いかけて、私も目を覚ました。

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    これといったすることも無く、自分の部屋に閉じこもって本を読んでいる。四百年前も読んでいた本だ。最初の物語を読んでは、悲しい気持ちが溢れる。嫌だなぁ、何度も愛すのに忘れられちゃうなんて。本を撫でながらぼんやり考えていると、フリーナちゃんの部屋のドアが開く音がした。

    ドアを開いて覗くと、毛布に顔を埋めているフリーナちゃん。ベッドの端に座って、へにゃりと落ち込んでいるあほ毛をちょんと触る。すると生きているみたいにぴん、と動いて伏せたままのフリーナちゃんがこちらを向き、私の服の袖を引く。
    甘やかして、と言われて、ベッドの上に足を乗せる。頭をのせて、フリーナちゃんが仰向けになると、この数日間にあったことをお話された。
    魔術師さんの劇場をいつものように見に行ったところ、入れ替わりマジックで殺人が発生。フリーナちゃんが魔術師さんを犯人だろうと言うと、審判官さんに告発と受け入れられてしまった、そんなつもりはなかったらしい。今日どうにか頑張って裁判に挑んだが、魔術師さんが旅人さんに弁護され、魔術師さんが犯人ではなく、その事件の被害者が犯人であったことを導き出す。旅人さんに対して他の人の協力もあり、事件はフリーナちゃんの負けになりながらも解決。だが状況的におかしい証拠を出した人が問い詰められ…その事件の主犯によって水になって溶けた。
    目の前で人が消えるなんて、怖いに決まってる。一人で勝とうと頑張ったし、いつもより甘えん坊になるのも当然だ。フリーナちゃんが起き上がり私の方を向いたため髪を撫でる。先にお風呂に入っていたようで、まだ髪がしっとり濡れていた。近くにあったタオルで髪を拭き、すぐに眠れるように準備をした。電気が明るすぎず、髪を拭かれる心地良さに眠たくなったのか、うとうとしながら目を閉じかけている。先程よりも静かで、ゆっくりになったフリーナちゃんの心臓の音が聞こえそうだ。そんな中、フリーナちゃんが口を開く。
    「水で人が溶けてしまうなんて怖いね。そんな水絶対触りたくないよ…。」
    腕で自分を守るように抱きしめた後、震えながら私の手にすり寄る。確かに、触れただけで人を水に溶かしてしまうというのは聞くだけだと分からないけど、実際にその様子を見ていた人からすると怯えてしまうだろう。フリーナちゃんの頬を手で包んで、安心出来るように子守唄を歌う。安心したようで段々と呼吸が落ち着いて、瞼が完全に落ちた。眠ってしまったみたい。膝からゆっくりと下ろし、隣に寝転がる。フリーナちゃんの夢の中に入ろうかと迷ったが、疲れきった体と頭のことを考えると、夢に入らず沢山眠ってもらった方がフリーナちゃんのためになりそうだ。
    フリーナちゃんの手を握って、静かに目を閉じた。

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    数十日後、なんとなく部屋を出て、フォンテーヌ廷を歩いていた。久しぶりに本屋に行って、何かフリーナちゃんの好きそうな本がないかを探す。絵本はあんまり見ないし、小説ものかな。何冊か手に取って、パラパラとめくる。フリーナちゃんが好みそうな内容は…考えながらゆっくり本を選ぼうと思ったけど。
    誰かがこちらを見ている気がする。
    首だけを動かし、後ろを振り向いてみても見当たらない、隠れて見ることが上手な人なのだろうか。女の子だからって弱く見てる宝盗団かもしれない。本を元の場所に戻し、いつもと同じ歩幅で人通りの少ない場所へ向かう。バレないよう、動物につられてどこかへ行くように動いた。
    ある程度開けた場所に行き、息の音が聞こえるであろう場所に長柄を投げる。
    がさりと避けた音がして、草むらの中から白い髪の小さな女の子が出てきた。何故か空に浮いている。
    「お、おい!オイラたちは悪いやつじゃないぞ!」
    「えっ?」
    女の子は特徴的な話し方で焦ったように私に伝えてくる。あまりこの辺では見ない格好で、白い髪。もしかして…?考えているうちに、後ろから金髪の珍しい服装の人が出てきた。申し訳なさそうな顔でこちらを見ている。着いてきていた正体は、あの有名な旅人さんだ。どうして私を尾行してきたの?意味がわからなくてさらに混乱してしまう。
    「あ、あの…どうして着いてきたの…?」
    「えっと、おまえの雰囲気というか…な、何となくフリーナにそっくりだったんだ!」
    驚いた、今までそんなことは一度も言われたことがないのに。確かに服装に似てるところがあったり、瞳も同じだったりと似てるところはあるけど、ファンぐらいにしか捉えられることがなかった。初めて会ったはずなのに。
    「私、ただのファンだよ。服装も似てるところがあるけど、それはただ好きなだけで。」
    フリーナちゃんの近くにいることが他の人にバレてしまうのはダメだ、フリーナちゃんに迷惑をかけてしまう。いつも通りただのファンだと嘘をついた。だがそれが嘘だと確信しているかのように、私の発言を信じないでただ見つめている。少し怖くて、早く離れようと言い訳を考えて口を動かす。
    「そろそろ用事の時間になりそうだから、帰るね。」
    足を動かし、どこかへ向かおうとしたが、女の子の小さな手で袖を捕まれ阻止される。
    「オイラたち見たんだ!ちょっと前におまえが窓からフリーナの部屋に入って、むぐ」
    袖を掴まれていない片方の手で口を塞ぐ。慌てて人の来なさそうな場所に移動して、なんで知ってるの、早く答えて、と半ば脅すように聞き出す。どうやら私は確認したと思っていたけど、偶然近くに旅人さん達がいて、窓に入るところを見かけたらしい。最悪だ、こんな形で出会ってしまうなんて…。
    「私に何を聞きたいの?できる限りなら答えるから、そのことは誰にも言わないで、じゃなきゃ…」
    「じゃなきゃ…?」
    「…この場で消えてもらう。この長柄で刺される覚悟はある?」
    「ひええ…!」
    なんといえばいいか分からず、どこかの本で見たセリフを吐きながら長柄を向ける。みんなにバレたら今までのフリーナちゃんの努力が全て消えてしまうかもしれない。そんな目に遭わせたくない。
    「わ、わかった…沢山あるな…ひとつずつ聞いてもいいか?」
    顎に指を添えてこちらに質問をしてくる女の子、パイモンちゃんは、私が頷いた後、少しずつ質問をしてきた。その会話に旅人さんも自然と混ざる。

    「まず、フリーナとどんな関係なんだ?」
    「勝手に侵入したただの泥棒かな…」
    「えっ…」
    「冗談だから!大切な友達だよ。」

    「その生えてる熊の耳としっぽって本物?」
    「ううん、違うよ。…っていつも言うけど、実際は普通の人間の耳とこの耳はどっちも聞こえるの。こっちの方が聞き取りやすいかな。しっぽも本物。」

    「なんでフリーナと友達なのを隠してるんだ?」
    「そりゃフリーナちゃんに迷惑がかかるし、私自身にも何か悪いことが起きたら怖くて嫌ってフリーナちゃんが言ってたよ。」
    「なるほどな…」

    それから二、三個ぐらい質問され、少し離れたところに二人で話しに行った。聞きたいことがある程度終わったみたいだ。話すことはないだろうし、ずっとこの場にいなくても大丈夫そう。
    「もう帰ってもいいかな?もうある程度話したと思うし…」
    「そうだな…そろそろいいんじゃないか?旅人。」
    「うん、ありがとうセレデーネ。」
    少し考えるようにしながらも、私に対してお礼を言う旅人さん。バレた以上はフリーナちゃんに迷惑をかけないために釘を刺しておいたほうがいいかもしれない。
    「もう一度言うけど、私とフリーナちゃんが仲良くしてることは他言無用だよ。誰かに言いふらすような真似をしないでね。もし言おうものなら二度とフォンテーヌで口が聞けないようにするから。」
    パイモンちゃんが少し狼狽えながら返事をする、早く帰ってフリーナちゃんにこのことを知らせなくちゃ。

    ━━━━━━━━━━━━━━━

    「ええっ!?セレデーネのことが旅人にバレた!?」
    「ごめんね…」
    フリーナちゃんが帰ってきてリラックス出来るいい香りのお茶を渡した後、今日あったことを伝えると、驚いてむせかけてしまった。布で口元を拭こうとすると、大丈夫?何もされなかった?と私の心配ばかり。大丈夫だよ、と言うとほっと息を吐く。
    「どうしよう…外に出たらまた旅人に声をかけられるかもしれないし、暫くは部屋にいたらどうだい…?」
    「そうした方がいいかな…」
    確かに、これ以上こちらのことを探られないように会えない部屋にいた方がいい。けど急に街に現れなくなることがフォンテーヌの人に不思議がられたりしないかな?
    考えながら顔を上げると、ふたつの優しい瞳が心配そうに見つめてくる。優しい子なんだから。
    「そんなに心配しなくても大丈夫だよ、今日から暫くは部屋の中にいる。」
    「そ、そうかい…?うぅ、あの旅人、やっぱり他とは違う…今までバレたことなんてなかったのに…思っているよりも警戒した方がいいね。」
    焦慮を思わせる顔で指を顎に当て、考え込むフリーナちゃん。私のせいでこんなに焦らせてしまった、これからもっと考えなくちゃ。
    「一応釘を刺しておいたから、フォンテーヌのみんなに知られることはないと思うよ。」
    「そう…って、そんな危ないことしちゃダメだろう」
    「むへ…」
    ほっぺを引っ張られて伸ばされる。大丈夫だよ、戦えるし…なんて言い訳をしようとすると、セレデーネは変に怪我するからダメ!と怒られる。一人でも少しくらいは戦うことだってできるのに…。何となくムキになってちょっと嫌がりそうなことを言ってしまった。
    「し、死なないし…」
    「なっなんてこと言うんだい!この前腕が取れて帰ってきたじゃないか、 大事な子の腕が取れて帰ってきた時の、僕の気持ちを……!」
    ぐす、と鼻をすする音がして顔を上げると、泣きそうな顔で見つめている。目に涙を溜めて、私の肩を弱々しく掴む。
    「ち、違うの、ごめんね、ムキになっちゃって」
    「ばかぁぁ」
    「わあぁぁ」
    私を大きく揺らしながら泣き出してしまった。ムキになって傷つくことを言った私が悪い。私だってフリーナちゃんが少しでも怪我したらと考えるとものすごく嫌なのに、なんであんなに自分勝手に言ってしまったのか…。慰めようにも大きく揺らされすぎて何が何だか分からない。
    急にぴたりと止んだと思ったら、ぷいとそっぽを向く。慌てて謝ろうと覗き込むとほっぺを膨らませて…かわいい…じゃなくて。
    「ごめんね…もう言わないから…」
    「ふん、僕はセレデーネに怪我して欲しくないだけなのに…」
    「も、もう無謀なことしないから…」
    「いいもん、ひとりで猫触りに行く。」
    「えっ」
    走って部屋を出ていくフリーナちゃん。怒らせちゃった…。追いかけたいけど、そんなことをしたら更に怒っちゃいそうだ、このまま待つしかない。
    早めに仲直りしないと…戻ってきたらすぐに謝って、もうあんなわがまま言わないって約束して…明日はケーキを買いに行こう。戻るまで頭を回しながら辺りをそわそわと動く。大丈夫かな、うぅ、あんなこと言わなきゃ良かった…。今のうちに家の事全部終わらせちゃおうかな?フリーナちゃんの事だ、あまり遅くにはならないはず。しばらく家を綺麗にして待とう。

    ━━━━━━━━━━━━━━━

    …遅い、遅すぎる。あれから一時間ほどは経った。普段は三十分程度で帰ってくるのにあまりにも遅すぎる。酷いこと言っちゃったし遠くに行ったのかな?迎えに行かなきゃ。でもどこに行けば…フォンテーヌには動物がどこにでもいる。フォンテーヌ邸内にも、少し遠いところにも。何か手がかりは?向かう場所がわかるような…。申し訳なく思いつつフリーナちゃんの部屋を少し見回ると、フリーナちゃんが持つには珍しい暗い色の手帳らしきものを見つけた。いつも可愛いデザインのものが多い故に、どうしても目立つ。表紙を見ると日記であることがわかった。もしかしたらここになにか書かれているかも…。
    めくろうとした瞬間、ガチャリと扉の開く音がした。
    「良かった、ごめんね、ものすごく反省してて…フリーナちゃん?」
    足や肩が異常に震えている、様子がおかしい。すぐに近づくと手を力強く握られる。
    「セレ、こわい、助けて」
    「大丈夫、落ち着いて。」
    何とかベッドまで誘導して背中をさする。私が見ていない間に何かあったんだ。水を飲ませたいが、離れようとすると酷いくらい強い力で引き止められる。
    「セレ、嫌だ、怖いよ…」
    「私がいるよ、ゆっくり息を吸って。」
    相当怖かったらしく、心臓がバクバクと速く動き、落ち着く様子がない。強く抱きしめられる事に、同じように抱きしめる力を強くする。耳元で聞こえるフリーナちゃんの泣き声。涙が私の体に染み込むと同時、異様な恐怖が全身に伝わった。ゾクリと背中に寒気が走って気持ちが悪い。

    少し時間が経つと落ち着いたようで、強く握っていた手を下ろす。フリーナちゃんが握っていたところは強くシワになっていた。
    「こわかった…」
    「大丈夫、私がそばに居るよ。とりあえず今日は寝よっか。目の腫れは消えるようにするから。」
    「うん…」
    タオルを用意しようと離れようとすると、やっぱり離れられたくは無いのかぎゅっと裾を握ってくる。困ったな、このまま一緒に寝てしまえば目元の赤みが明日も残ってしまう。
    「フリーナちゃん、ちょっとだけ行かせて欲しいな。」
    「い、いっしょに行く…!」
    「だめだよ、疲れたでしょ…?」
    「じゃあだめ…」
    なにか私の代わりになるものはないかな。周りを見渡すが大きなぬいぐるみは無い。大きくて私の代わりになるもの…。
    そうだ、神の目を使えばなにかできるんじゃないか?
    私がぬいぐるみだった頃の姿を思い浮かべて、水を具現化する。目の前にゆっくりと水色の大きな物体が出来上がって、やがて私と同じ見た目の大きな水の塊ができた。
    「これを抱きしめててくれる?すぐに戻るからね。」
    「わぁ…セレだ…」
    ぷにぷにとしたそれを渡すと、私に似たそれが安心するのかすぐに抱きしめる。すぐにお湯で温めたタオルと冷たいタオルを用意して戻ってくると、倒れるように眠っていた。あのぷにぷにを抱きしめながら。そのぷにぷには短い手でフリーナちゃんの頭をぽんぽんとしている。ぬいぐるみの時の私そっくりだ。というか、どうやって動いてるの…?近づいてみると、こちらに気づいてタオルを渡して!と言わんばかりに手をこちらに向けている。
    ひとつずつタオルで温めたり冷やしたりを繰り返すと、最初よりは目の腫れが引いて、随分と穏やかな顔になった。やった!とぷにぷにとハイタッチをする。
    「神の目ってすごい…」
    今はぽてぽてと部屋を歩き回っているぷにぷに。たまに転んではふるふると顔を振って、立ち上がって歩き回っていた。
    少し考えるように止まったかと思えば、机の方に行ってあの日記を取り、私の方に近づいてきた。何かを訴えるように日記をぺちぺちしている。私にその日記を見てほしいの?と問えば、違う!と首を振る。日記の少し下の部分をずっと指していて、その日記をよく見てみると名前を書くところだ。ぷにぷには自分を指し、その場所を指す。
    「もしかして、名前が欲しい?」
    すると笑顔になって首を縦に振る。
    生み出したばかりだから名前が無いんだ。確かにずっと「ぷにぷに」と呼ぶのはなんだか寂しいし、私と同じ名前にする訳にも行かない。期待を込めたまるいキラキラとした目がこちらを見る。
    「う〜ん…くまちゃん?」
    まりにも安直すぎてじとー、っとした目で見られてしまう。名前を決めるって案外難しい。フリーナちゃんはどんな風に私の名前をつけたんだろう?本とかで調べてつけようかな、とは言っても難しく考えると待たせちゃいそう。ぷにぷにからは今すぐ名前をつけて!という気持ちを感じる。
    優しさ…確か、可愛い響きの言葉を見かけたような…。
    「…マーシィ!」
    「♪」
    慈悲や優しさ、思いやりを表す言葉。優しいこの子にぴったりな言葉が浮かんできた。マーシィは名前が気に入ったのかぴょんぴょんと跳ねて嬉しそうにしている。私も名前をつけて貰えた時こんなふうに嬉しかったな。名前が無い時は自分が存在しているなんて撫でられることでしか確認できなかったけど、名前をつけられてからは撫でられなくても私がここに生きているって感覚になれた。
    ずっと昔のことを思い出していると、マーシィが眠たいのかフリーナちゃんの寝る布団に潜り込んだ。まるで本当に生きているようにすやすやと寝息を吐いている。鼻からしゃぼん玉のようなものがぽわぽわと出てははじけて、綺麗に見えた。私もそろそろ寝なくちゃ。眠くなりまぶたが落ちかけている目元を擦り、マーシィを真ん中に布団に入る。ダブルベッドでも少し大きいサイズのマーシィがいるからぎゅうぎゅうだ。水元素で出来ているはずなのに心做しか暖かい。ゆっくり目を瞑ると睡魔に襲われる。明日は早く起きれるといいな。

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    外が少し明るくなったところで目を覚ます。いつの間にかマーシィは居なくなっていて、フリーナちゃんの顔が近くにあった。目の腫れは収まっていて、泣いたことがバレることは無さそうだ。フリーナちゃんの朝食を用意しよう。そう起き上がったところ、窓からカタ、と音がして窓を見ると何か人の影が見えた。まずい、私を見られた。でもなんでわざわざこんな所まで?昨日フリーナちゃんを怖がらせた人?急いで長柄を取り窓を開ける。まだ離れようと走っているところだ。
    目の前に飛び降りるとその人は尻もちをついた。
    「うわっ」
    「何が目的?わざわざあんな所まで見に来るなんておかしい。」
    「…ま、まさかフォンテーヌで有名なあんたが水神様と一緒に居たとは。」
    見た事のある服装、仮面、ファデュイ。何のためにファデュイがフリーナちゃんの部屋を?私のことも知ってるみたい。いや、そんなことはどうでもいい。フリーナちゃんの部屋にいたことを誰かにバラされる訳には行かない。
    「どうして貴方のような人がフリーナ様の部屋に来たのかは問わない。私がフリーナ様と一緒にいたことは口外しないで。」
    「それは無理だ。」
    こんなことじゃ引き下がらないことは知ってる。
    「なら私と勝負しよう。私が勝ったら言うことを聞いて。」
    「…いいだろう、お前みたいな小娘に負けるわけないからな。」
    ファデュイが武器を向けると同時にこちらも武器を向ける。真面目に戦った事なんて少ないから負けるかもしれない、でもここで何もしないのはまずい。静かな朝に似合わない金属の音、無理やりにでも勝たないと。

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    「なんで腕がちぎれてもなんともないんだよ!」
    少しの間で腕がすぐ破けたけど、そのまま戦っていたら右腕が完全に破けてしまった。かなり不便だしまたフリーナちゃんに怒られちゃう。その前に直せたらいいんだけど。
    「早く降参して。私は死なないし、このままずっと戦ってたら上の人に怪しまれるよ。」
    「…分かった!俺の負けだ!」
    すぐ飲み込んでくれるとは思えない、きっと嘘だろう。
    「嘘つかなくていい、適当に聞いて私の話したこと以外を話すつもりでしょ。今殺されるか私との約束を守るか選んで。」
    もちろん殺すつもりは無い、殺したらむしろこっちが不利になるし。脅しのためには仕方がないのだ。
    「嘘じゃない、本当だからその先端を向けるな…」
    どうやら本当に約束は守ってくれるみたい。武器を引き、耳打ちする、「フリーナ様は朝まで眠ることも無くひとりですすり泣き、怯え続け、ケーキさえも喉を通らない状況」だと伝えて欲しい。
    ファデュイは納得したようで逃げるように私から離れていった。あまり信用ならないけど、先に諦めてしまうよりはまだ希望がある。私がフリーナちゃんと一緒にいることがバレてしまえば大問題。スチームバード新聞社の記事のネタにされてしまえば終わりだし、フリーナちゃんに心配をかけてしまう。
    取れた腕を持ちながら帰ろうとすると、いつの間にかマーシィが現れていた。心配そうな顔で私の腕を見つめている。
    「大丈夫だよ、マーシィ。縫い付けて2、3日すれば全部治るんだから。」
    そう言うとマーシィは私の左腕を引き、私を少ししゃがませた。目を閉じてむんとした顔をして、私の右腕に手を当てる。ぽわぽわと泡がでてきたと思えば、泡が弾けてなくなる。また泡が出てきたかと思えば体がぽかぽかと暖かい。
    マーシィが右腕を触る。感覚があって、手を動かすことも出来た。どういうこと?もしかして…マーシィが直したの?
    「すごいすごい!マーシィそんなことも出来るの」
    ただすごくてマーシィを持ち上げてはしゃぐ。腕はなんの問題もなく動いていて、縫い目もなく、むしろ元よりも綺麗になっている気がした。マーシィは褒められたのが嬉しかったみたいで、目を細めて笑っている。可愛くて傷も直せるなんて、フリーナちゃんに伝えなくちゃ!
    「…そうだった!早く帰らないとフリーナちゃん起きちゃう!」
    マーシィを抱きしめ、急いでフリーナちゃんの部屋に走る。何事もなく部屋について、ベッドへ行くとゆっくりと眠るフリーナちゃん。起きていたら今頃騒いでいただろうから本当に良かった。
    マーシィも安心したのかまたフリーナちゃんの近くに行って、冷たそうな手でフリーナちゃんの頭を撫でる。私もフリーナちゃんの朝ご飯を作った後に寝よう。
    ベッドに潜るとフリーナちゃんの手が当たる。少し冷たくて、自分の手もひんやりとするのが分かった。温めるように両手を握り、目を閉じて静かに眠った。

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    目を覚まし、いつものように体をぐーんと伸ばす。少し遅めに起きた、フリーナちゃんは既に部屋を出たみたいだ。
    机の上に紙があることに気づいて、手に取る。
    (昨日はごめんね、目を冷やしてくれてありがとう。でも沢山怪我するのはダメだよ)
    隣に小さく怒ったような絵が書かれているのが可愛くて、つい我慢できずに笑ってしまう。近くにあったペンを手に取り、その文章の下に
    (頑張って怪我しないようにするね)
    と書き足して、フリーナちゃんの机に置いた。
    外に出ようかと考えたけど、旅人に目をつけられている可能性を考えるとそう簡単に出ることは出来ない。
    フリーナちゃんと約束した通り部屋にいよう。

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    あれから少しした頃。不安に感じながらも部屋で過ごしている。私がいなくなっていることを不思議に感じているフォンテーヌ人はいるが、特に探している訳では無いらしい。旅人さんに限っては幸い何故かメロピデ要塞にいる。
    それと最近、フォンテーヌの水位が高くなっているように感じる。フリーナちゃんに秘密で部屋を出て水辺に行った時、心做しか水位がおかしくなっている気がした。あの予言が近づいているのだろう。なんとも読み直した本を閉じ、窓から外を眺める。
    フリーナちゃん…本当に、大丈夫かな。あの予言さえ越すことが出来れば、誰も苦しまずに済むかな。

    夜になり、フリーナちゃんが帰ってくる。珍しく少し苛立っているような、辛そうな表情をしていた。
    「はぁ…セレデーネ、ケーキを持ってきてくれるかい?一緒に食べよう。」
    「わかった。」
    本当に珍しい、こんなふうに言うなんてフリーナちゃんらしくない。急いでケーキを持ってくると、フォークで刺してぱくりと食べる。皺を寄せたままの眉間、治ることなく紅茶を飲んでため息を吐いた。
    「僕だって頑張ってるよ…僕だって…っ」
    大量の涙が溢れ出し、ケーキを無理やり口に含んで飲み込む。手を優しく握ると少しびくりとして、弱々しく手を握り返す。
    「…がんばってるよ……」
    喉奥から絞り出すように出された声。指で涙を拭うと、小さな声ですすり泣き始めた。何か嫌なことがあったのだろう。掘り返さないように何も言わずに抱きしめる。ほとんど力の入っていない腕で優しく抱きしめ返され、そのまま静かに撫で続けた。

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    翌日。フリーナちゃんがいつもよりも何時間も早く部屋を出てしまった。机の上が資料や本でいっぱいになっていて、少し確認するとやはり予言にや水位のものばかりだ。昨日誰かに予言について言及されて、少し焦っているところだろうか。
    今日は少し外が騒がしい。色んな人がポワソン町に向かって走って向かう。あの量は異常だ、何かあったのだろうか。窓から目を背け、ベッドに倒れ込む。なんだか心地が悪い。少し眠ろう…。
    しばらくして起き上がると胸元の心地悪さが無くなっていた。もう大丈夫だろう。そろそろフリーナちゃんの帰る時間だから、軽食と甘いケーキを用意しないと。
    ケーキを用意していると、ガチャリとドアの開く音がした。おかえり、と言いながら出迎えると、俯いたフリーナちゃんが居た。
    「ポワソン町の人達、守れなかった。」
    え?
    「みんな、水に溶けたんだ。」
    「フリーナちゃん。」
    「守れなくて、僕、ぼく、」
    フリーナちゃんは何も悪くないのに、どうしてこんなに苦しそうな顔をしているのだろうか。人が死んで悲しい、苦しい?そんな顔じゃない。謝りたくて謝りたくて、自分を責めている顔。そんな顔しないでよ。フリーナちゃんが何をしたの?
    「フリーナちゃんは何も悪くない。偉いよ、ただ今回はどうしようもなかったの。」
    「だからお願い、そんな顔しないで…」
    どうしたらいいの、私にあの予言を止めることは出来る?できない、フリーナちゃんがこんなにボロボロになってもまだ止められない。それなら旅人さんに?ダメだ、フリーナちゃんの計画がバレる訳には行かない。
    …フリーナちゃんじゃなきゃダメなんだ。
    フリーナちゃんの顔を埋めさせるように強く抱きしめる。謝らせない、絶対にごめんなさいなんて言わせないから。

    ━━━━━━━━━━━━━━━

    「セレ、行ってくるよ」
    フリーナちゃんは私の名前をまともに呼ばなくなってしまった。そもそも本人はこの癖を理解しているのか、疲れていて何も覚えていないのか。フリーナちゃんにセレと呼ばれる度にあるはずのない心臓がギュッとして痛い。…私にフリーナちゃんを救う資格なんてないのかな。私なりに支えていたつもりだけど、意味なんてなかったのかな。…ダメだ、何も出来ない私がこんなふうに落ち込んじゃ。フリーナちゃんなら出来るかもしれない、もう少し、もう少しで…。
    「…ごめんね、フリーナちゃん…」
    ベッドの上で何度も謝る。頼りなくてごめん、変われなくてごめん、私が助けられなくてごめん。

    「私、私は…せめてフリーナちゃんだけでも……」

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    「なるほど、そういう事か…ふむ、「ドラマ」のための努力を褒めてあげよう。」
    まさかこんなことになってしまうなんて、見事に嵌められてしまったよ。
    「今までずっと、何かを避けてきたことは認めよう。」
    きっと上手くいく。大丈夫、セレデーネと一緒に頑張ってきたんだ。
    「この水神フリーナが、審判で本当の意味の「正義」をキミたちに見せてあげよう!」
    フォンテーヌの民、僕だけが守れる人達。

    (僕が必ず、キミたちを守ってあげるから。)

    ━━━━━━━━━━━━━━━

    窓の外は、曇りの影響で少し暗い。今にも雨が降り出しそうだ。
    少しでも罪滅ぼしをしようとフリーナちゃんの部屋にある大きな鏡を綺麗にしている。フリーナちゃんはこの鏡を大切に扱っているのか、埃ひとつさえも無い。

    持っていた布が、手からするりと抜け落ちる。拾おうとしゃがむと、足の力も抜けてしまう。体が異様な程に重たい。私の意思に反し、掃除用具を片付けずに鏡に寄りかかる。外は先程よりも暗く感じた、嫌な予感がする。何が起きるの?
    起き上がりたいのに…

    すごく、眠い。

    ━━━━━━━━━━━━━━━

    「もう少しの辛抱だよ、フリーナ。僕の思惑通りだ…あと少し…」

    何かが少し悲しそうな声で話しかけている。
    腰下まで伸びた髪は吹いてもいない風に揺られ、消えてしまいそう。

    「…また会ったね、セレデーネ。」

    ここは…

    「大丈夫かい?少し手荒くなってしまったね、でも仕方ないんだ。キミはきっとこの舞台を壊してしまう。」
    上から心配そうに見つめる雫の瞳孔。
    フォカロルス様…
    重い頭をゆっくりと上げ、少しづつ立ち上がろうとするが足元がおぼつかない。フォカロルス様が手を差し伸べてくれて、その手を掴んでやっと立ち上がった。
    ここは彼女と最初に出会った鏡の中だ。
    そういえばフリーナちゃんは?もう少しの辛抱って?
    「…もう少しであの予言が本物…いや、嘘になる。」
    嘘になる?どうして?
    「確かに気になるだろうけど、これはあまり知られたくないんだ。何も話さないことを許して欲しい。」
    フォカロルス様は相変わらず悲しそうな声でぽつりと話している。いつ聞いても儚くて悲しくて、寂しくなる。
    「まだ時間はあるから、少しいいかい。」
    小さく返事をするとフォカロルス様はいつの間にかあった椅子に私を連れて座り、私の肩に寄りかかって人間のように甘える。少し強く手を握り、存在を確かめるように甲を撫でる。
    「ふふ、ずっとこんな風に人間らしい事をしてみたかったんだ。まだ二回しか会えて居ないけど、キミなら許してくれるだろう?」
    あれを歌っておくれ、子守り歌だったかな。フォカロルス様から優しくおねだりをされては、逆らえない。


    大丈夫、怖がらないで。
    白熊が悪い夢を食べてくれるから。

    大丈夫、怖がらないで。
    優しい夢が貴方を守ってくれるから。

    また起きたらケーキを食べよう。
    明日がいい日になりますように。


    優しく、小さな声が周りに少し響く。フォカロルス様は静かに歌を聴いている。恐怖心が少し消え、安心した時のフリーナちゃんと似たような顔をしていた。何度も子守唄を歌うと、満足したように柔らかなまつ毛を動かして目を開き、私を引いて光の強い方へ向かう。


    フォカロルス様の手は私の手を優しく、ほんの少しの力で掴んでいる。


    ねぇ、フォカロルス様。どうして手が震えてるの?

    「もうすぐでお別れだよ、あと少しで彼女は救われる。」

    どうして怯えてるの?

    「僕は水神、魔神フォカロルスとして、民を守る義務がある。」

    何を…怖がってるの?

    「さぁ、キミの望んだ、彼女が救われる結末だ。いや…キミが望まなくても、これは定められた運命だったね。」

    ねぇ、また、フリーナちゃんと会うんだよね…?

    「…そんな運命は無いんだよ、セレデーネ。」

    震えの止まった両足を進め、私から離れていく。

    待って、行かないで─────!

    ━━━━━━━━━━━━━━━

    もうすぐでこの歌劇は終わる。天理の死角を狙い、彼女の心を犠牲にして手に入れた希望。
    予言はされた通りに行われる。歯向かうことは出来ない。僕にはこの方法しか残されていなかった。
    この機会を逃す訳には行かないんだ。

    神座を壊し、魔神フォカロルスはここで死ぬ。

    やっとここまで来れたんだね、フリーナ。完璧で、不完全で、僕の愛しい人。これからは人として幸せに生きるんだよ。
    青く鋭い正義の柱は僕に真っ直ぐ落ちてくる。


    あぁ…叶うなら…まだ死にたくなかったな


    ━━━━━━━━━━━━━━━

    ぽたり。
    しょっぱい雫の落ちる音がして、少し暗い水の中で目を覚ます。こぽ、と、自分の体から空気が出る音が聞こえた。鏡が目の前に立ち上がっていて、いつもより白くなった自分の顔色が見える。少しも笑わず、ただ鏡の中から私を見つめていた。
    フォンテーヌが沈んでいる。窓の外まで、全てが青い水の中。部屋の中の家具が浮いていて、不思議な世界に思えた。
    「人々は海の中に溶け、水神は自らの神座で涙を流す」だったかな。きっと、もうフォンテーヌの人はみんな…フリーナちゃんも…。あんなに頑張ってたのに…。
    また一人になってしまった、フリーナちゃんを守れなかった。守るって、幸せにするって約束したのに。
    泳ぐことももがくこともなく、ただ水に沈んでいく。
    段々と心が苦しくなる。体に水が染みて重たい。空気の出る音すらもしなくなった。
    …目を瞑ろう、何も考えたくない。

    ━━━━━━━━━━━━━━━

    「…!セレ…!」
    心配そうな、元気な声が聞こえる。目を開けると、涙を流すフリーナちゃん。ぽたぽたと私の顔に涙が落ちてくる。
    そんなに泣いてどうしたんだろう。
    「目が開いた…!セレデーネ、見て!フォンテーヌの民はみんな生きてる、予言から救われたんだよ!」
    珍しいね、そんなふうに夢みたいなこと言うの。
    「ねぇ、聞いてるだろう?おねがい、セレデーネ…」
    さらに大粒の涙が私に落ちる。なかないで、フリーナちゃん。大丈夫だよ、私が何とかするから。
    フリーナちゃんの頬をびしょびしょの服で撫でる。フリーナちゃんは目を見開いて、また大きな声で泣き出してしまった。
    「よかったぁ、よかった…!セレデーネ…!」
    …そっか、救われたんだ。フリーナちゃんと、フォカロルス様が頑張ったから。
    「…おつかれさま、フリーナちゃん…フォカロルスさま……」
    窓から差し込む光に照らされたフリーナちゃんは、この世界の誰よりも幸せに笑って、私を強く抱きしめた。

    これで、長きに渡る五百年の舞台の幕は下りる。



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