空っぽ人間は自分を愛する夢を見るか「依央利くんって、自分のこと嫌いなの?」
それはある日の晩酌中、依央利と一緒にお酒を飲んでいたテラに言われた一言だった。
「えっ?どうしてですか?」
「いや、悪気は無いんだ。気分悪くしたらごめんね。ただ自分を殺して誰かの為に尽くしてる依央利くんを見てると、自分のこと好きじゃないのかなって思って」
そう言うとテラはワインを一口飲んだ。依央利はうーんと考えた。目の前のテラほど自分が大好きではない、かと言って大瀬ほど自分が嫌いではない…?同居人達のベクトルがぶっ飛んでいるので、そもそも基準がわからない。まず第一に自分には何もない、空っぽ人間、無我。これしかない。
「好きか嫌いかって言われたら、僕にはわかりません。奴隷は奴隷、本橋依央利は空っぽ人間なので。あっ!テラさんはどっちがいいですか?」
依央利は考えた答えをそのまま伝えた。むしろ自愛のカリスマであるテラに決めてもらえたら、どちらにしても負荷が増えて嬉しい…なんて思っていた。テラははぁ、とため息をついた。
「また言ってる、僕は依央利くんの考えが知りたいのに。正直倒れるまで誰かに尽くしてるのは見てられないんだよね。もっと自分を大切にして」
「でもテラさん、いつも僕に命令してくれるじゃないですか。本当にありがとうございます!これからももっと命令してください!」
「僕は倒れるまでやってくれって命令したことないよ、自分を殺してまで従ってること自体テラくんには理解出来ない」
テラはテーブルに頬杖をつき、依央利を見つめた。依央利もワインを一口飲み、ポツリと呟いた。
「僕は誰かに仕えてないと生きてちゃいけないから…。さぁこの話はおしまい!テラさん、明日のカフェは何時に行きますか?ふみやさんも誘って行くの楽しみですね!あっ用意とかなんでも命令してくださいね!」
話題を変えて普段の奴隷に戻ってしまった依央利を見て、テラは再びため息をついた。
いつからこんな生き方をしているのだろう。自分でもずっと一緒にいた幼馴染にもわからない。きっと知っている、でも知らないフリをしているだけかもしれない。
『無我』或いは『自己犠牲』
空っぽ人間には自愛も内罰もない…。
本当に自愛も内罰もないの…?
あの日から数日経った夕方のこと、珍しく猿川が早めに帰宅していた。リビングにはテラと猿川の二人しかいない。テラはふと思い出した様に聞いてみた。
「猿川くん、前にも聞いたけど依央利くんって昔からあんな感じなの?」
「いお?そうだな…いつからって言われたらわからない位にはアイツはずっと変わってない」
雑誌を見ながら少し気怠そうに猿川が答えた。
「依央利くんは自分の事嫌いなの?」
「知るかよそんなもん、つかお前ほど自分好きなヤツいねーだろ」
「だって本当のことじゃん、テラくんってカッコよくて可愛くて非の打ち所がないから好きになるしかないでしょ。当然のことでしょ」
「あー!わかったから!今はその話じゃねーだろ!…少なくとも自分の事大切にしない野郎ではある…」
猿川がそう言った直後、ドタンッ!と玄関の方で大きな音がした。
猿川とテラが玄関まで行くと、依央利が入り口の所で転んでいた。周りには買い物したであろう荷物が散乱していた。
「いお!大丈夫かよ」「依央利くん大丈夫?!」
「いったー…思いっきり転んじゃって…。ケガとかしてないので大丈夫ですよ!ごめんなさい、すぐに片付けて夜ご飯作りますから」
立ち上がろうとした依央利の顔が少し曇った。
「依央利くん?どうしたの?」
「…いっ…!なんでもないです!気にしないでください!奴隷に心配は不要です!これくらいの負荷、造作もないです」
明らかに怪我をしているのはわかったのに、依央利はそれを隠そうとする。テラが指摘しようとした時、猿川が依央利に近づき肩を殴った。
「猿川くん?!」
「ありがとう」
「依央利くん?!?!」
猿川は無言のまま周りに散らばった荷物をまとめて持ち上げた。
「あっ!さるちゃん返して!僕が運ぶから…」
「うるせぇ、俺に命令するな」
猿川は荷物を持ってそのまま台所まで行ってしまった。
依央利は何かぶつぶつ文句を言っていたが、テラははっとして依央利に向き合った。
「依央利くん、ケガしてるでしよ。ほら手当てするよ」
「いや!いいです!奴隷には不要…」
「これは"命令"!テラくんに手当てしてもらえるなんてご利益しかないんだからね」
「わかりました!手当てお願いしまーす」
命令と言わないとさせてくれないのかとテラは少し笑って二人でリビングに向かった。
転んだ拍子に少し手の平を擦りむいただけで、特に目立った怪我はなかった。膝も少し赤くなっていたので氷で冷やしている。
テラは依央利の手の平に絆創膏を貼りながら、依央利に伝えた。
「依央利くん、また最近休んでないでしょ。理解くんが言ってたよ。なにもないところで転んでたら誰でもわかるんだから」
「ごめんなさい…でも大丈夫。最近はいつもよりは休めている方なので気にしないでください」
「なーにが"気にしないでください"だよ、バカ」
荷物をまとめた猿川が依央利に近づいてデコピンを一発。依央利は反射的にありがとうと言っている。
「お前のそういうところすげー嫌い、誰でも無理してるのにしてないって嘘つくところ」
「さるちゃん…」
「依央利くん、この前も言ったけど。好きでも嫌いでも、自分をもっと大切にして」
「テラさん…ごめんなさい、自分の生き方は変えられそうにないんです…だって空っぽだから、無我だから、誰かに仕えてないとダメだから。でも壊れそうになっていたら、蹴ってでも叩いてでも僕を止めてくださいね」
依央利はそう言って笑った。
「よし、猿川くん任せた!」
「なんでだよ!今の流れ絶対そうじゃないだろ!」
いつからこんな生き方をしているんだろう。
『滅私、貢献、奉仕』
『無我』或いは『自己犠牲』
空っぽ人間には自愛も内罰もない…。
そんな空っぽ人間は、自分を含めた7人で大きな家に仮住まいをしています。
彼らは何処かしらの欠陥があります。
それでも彼らとの生活は、空っぽ人間に彩りを与えています。
いつか知ることが出来るでしょうか?
自分の事を大切にするということを。
空っぽ人間は自分を愛する夢を見るか