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    宇宙最強の陰陽師📟

    @nasunoheta_206

    🩷🐵過去作置き場🐶💚

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    POIPOI 3

    さるいお再掲 猿ちゃんと依央利がケンカする話

    去る者追いかけ、来る者拒みバタンとリビングのドアが閉まる音で依央利は目を覚ました。反射的に見た時計は深夜1時を回っていた。家事や奴隷としての仕事を終えてひと息つき、ソファに座ったら少し眠っていたらしい。先程音がしたドアの方に視線を移すと、猿川が立っていた。リビングの間接照明に照らされた猿川の姿に依央利はため息をを吐いた。口の端からは血を流した跡、頬には殴られたであろう青アザ、一張羅の上着や手には血が付いていた。
    「おかえりさるちゃん、こっち来て。手当てするから」
    依央利がそう言うと、猿川は無言で依央利の方に向かいソファに腰を降ろした。
    依央利はリビングにしまっている救急箱を取り出し、元の場所に戻る。
    「他に怪我してる所はない?骨折とか捻挫は大丈夫?」
    依央利がそう聞くと猿川は首を横に振った。どうやら会話を交わしたくないようだった。
    依央利は手慣れた手付きで猿川を手当てしていく。口の端をハンカチで綺麗にして、頬のアザのに湿布を貼って、ジャケットを脱がせて手に付いた血も綺麗に拭き取った。
    「また出かけてたの?悪い夢見て眠れなくなった?」
    「………」
    依央利が質問しても猿川は一言も答えない。依央利は心が重くなる感じがした。

    シェアハウスの中は21時になると、理解の就寝コールが始まる。他の住民達は一旦部屋に戻るが、30分もすればまたリビングに戻って各々やりたい事をする…というのが日常だった。
    今日も21時には例のコールが始まり、理解が騒ぎ出す前に依央利は部屋に戻った。同時に猿川も自分の部屋に戻るところを見ていたが、洗濯物を届けた時にノックをしても返事がなかったので、依央利は猿川が出かけた事を理解した。

    猿川が夜になると家から出て行く事がよくある。悪夢に魘され目覚めると眠れなくなり、それを紛らわせる為に夜遅く出かけ喧嘩をして血塗れになって帰って来る。そうして猿川が出かけた夜、依央利は猿川が帰ってくるまで待っている。そしていつもの様に手当てをする。猿川の帰りを待っている時間が依央利はあまり好きではなかった。

    「はい、手当ておしまい。痛くなかった?」
    「…別に」
    手当てを終えて依央利が再度質問すると、猿川はようやく口を開いたが、一言だけ。
    包帯や湿布を片付けながら依央利は幼い子供諭すように言う。
    「さるちゃん、これ以上自分を傷付けるのやめてよ。僕、昔からずっと言ってるよね」
    「………」
    猿川はまた話さなくなってしまった。依央利は少し猿川を見つめたが、猿川は依央利に目を向けようとはしなかった。
    救急箱を元の位置に戻し、猿川の隣に依央利が座ると、猿川の口からやっと二言目が出てきた。
    「…お前だって、自分を大事にしてないだろ」
    「今は僕の事じゃなくてさるちゃんの話を…」
    「昔からそうだ、”自分は空っぽ”とか訳わかんねーことばっか言ってお節介ばかり。自分の事大切にしてないヤツに”これ以上自分を傷付けないで“って言われても何にも響かねーんだよ」
    依央利は口籠もってしまった。幼馴染でいつもは誰にでも反発してばかりの猿川だが、依央利だけには素直になる事もあった。しかし今日は様子が違った。
    「響くとかそういうことじゃなくて、心配させるなって話。少しは心配してる人の気持ち考えてよ」
    話の論点を自分に向けられ、依央利は少し苛立ちながら反論する。そんな依央利の反応を見て、猿川は鼻で笑いながらまるで吐き捨てるように言う。
    「俺なんかに心配する方がバカだろ、同情ならいらねー。どうせ俺のことなんて…」
    パチンッ!
    猿川が言い切る前に、依央利は猿川の頬にビンタをした。猿川は一瞬の出来事に目を見開き、目の前の依央利を見つめた。依央利の瞳から涙がポロポロと溢れ出している。
    「さるちゃんこそなんにもわかってないよ。僕の気持ちも、自分の気持ちも。なにもわかってないじゃん。同情なんてしてないし、さるちゃんのことそんな風に思ったことなんて一度もない!」
    大声こそ出ていなかったが、依央利はしゃくり上げるほど泣きながら怒っていた。
    猿川は泣いている依央利から視線を外し、
    「…いおだって、自分こと何にもわかってないだろ…」
    と小さな声で言う。
    リビングには依央利の小さな泣き声だけ響いてる。そして少しの沈黙のあと、
    「もういい」
    依央利はそれだけ言い残し、部屋に戻ろうと立ち上がった。
    「いお…!」
    猿川が引き留めようと依央利を呼ぶが、依央利は振り返りもせず去り際に言った。
    「…さるちゃんなら、僕の気持ちわかってくれてると思ったのに」
    依央利の捨て台詞の様な言葉が、リビングに一人になった猿川の耳にしばらく残っていた。




    あの出来事の後、依央利はなかなか寝付けず朝を迎えてしまった。時計を見ると5時過ぎ、あと30分もすればイヤでも理解のモーニングコールで目を覚さなければならない。
    「よいしょっと」
    依央利はモーニングコールより先に起きる事にした。普段着に着替え、洗面台に向かう。鏡を見ると、明らかに泣きましたと言わんばかりに目が腫れていた。なんて言い訳しようかな…なんて考えながら顔を洗う。身支度を済ませているうちに理解の大きな声が聞こえ始めた。
    「おはようごさいまーす!朝ですよー!」
    依央利は苦笑いしながら、理解が更にうるさくならない様に先手を打ちに廊下に向かった。
    「理解くん、おはようございます」
    「あっ!依央利さんおはようございます!今日は早いですね!素晴らしいです、理解お兄さんが褒めてあげます」
    「ありがとう、でも奴隷だから当然の事です!朝からやることいっぱいなので!今から朝ごはんつくりますね!」
    泣き腫らした顔がバレないように、依央利はいつも以上にニコニコと笑って答えた。
    「依央利さんいつもありがとうございます、私はさっさと皆さんを起こして来ますので」
    理解も満面の笑みでモーニングコールを再開した。心なしか先程より声が大きい気がする。依央利はホッとしながら、台所に行き朝食の準備に取り掛かる。
    台所に立ち数分もしない内に、リビングのドアが開くと、先程まで笑顔だった理解が血相を変えて依央利の方に向かってきた。
    「依央利さん、猿がいません!」
    理解は猿川の部屋のドアをノックしたが返事がなく、ドアを開けると誰もいなかったと言ってる。
    「えっ…あっ!理解くん落ち着いて。大丈夫だから!放っておいて!」
    依央利も驚きこそしたが、猿川が家出する訳が無い事は知っていたし、何より今は猿川の話題から話を逸らしたいと思い理解を宥める。それでも理解は焦りを隠せずにいる。
    「いや、しかし何か良からぬことに巻き込まれているのでは…」
    「理解くん!さるちゃんのことはいいから!」
    依央利は自分でも驚くほど大きな声が出ていた。珍しく声を上げた依央利に、理解も黙ることしか出来なかった。
    「…ごめんなさい。理解くん、さるちゃんなら大丈夫だから…」
    「依央利さん…わかりました、依央利さんの言葉を信じます。私こそ朝からすみません、2階の皆さんも起こして来ますね」
    理解はそう言ってリビングを後にする、誰も居なくなった台所で依央利は蹲った。
    猿川がいない、きっと昨日の言い合いのあとそのまま出かけたのであろう。理解には猿川は大丈夫と言いはしたが、依央利の内心はどうすればいいのかわからなくなっていた。
    「…さるちゃんのバカ」
    依央利は涙を堪え、か細い声で呟いた。

    「依央利くん、ちょっといいー?」
    昼になり、テラがソファに座りながら依央利を呼んだ。
    「はーい!」
    流石は国民の犬、呼ばれればすぐに行く。
    「テラさん、なにかありました?」
    「依央利くん、これから一緒にカフェ行こう。今日は限定のケーキがある日なんだって。ケーキがテラくんに食べられたいって言ってるからついて来て」
    「承知しました!あっ、ふみやさんも誘いますか?」
    いつもはテラとふみやと依央利、3人でカフェに行く事が多い。依央利はふみやを呼びに行こうとすると、
    「ふみやくんはいい、今日は二人で行きたいの!依央利くん早く行こう!ケーキ無くなっちゃうから」
    そう言ってテラは足早に玄関へと向かう。依央利もテラの後を追いかけてリビングから出た。

    「単刀直入に聞くね、依央利くん、昨日猿川くんと喧嘩したでしょ」
    二人でケーキを食べ終えた直後、テラからの直球な質問に依央利は飲んでいたコーヒーを吹きかけた。
    「実は夜中に喉が乾いて、水飲もうと下に降りたら泣き声聞こえてきてさ。リビングのドア少し開けたら依央利くんと猿川くんがいて、依央利くん泣いてたから。僕、水も飲まずに部屋に戻ったんだ。お陰で朝から声ガラガラだったよ。まぁガラガラな声のテラくんも最高なんだけど」
    テラはペラペラと昨夜の出来事を話している。
    「聞こえてましたか…。テラさんすみません。でも本当に大したことないんですよ」
    依央利は言い訳をしようとしたが、テラがピシャリと言い切る。
    「大したことない喧嘩で泣くヤツがどこにいるんだよ。依央利くんが泣いてるところ初めて見たから、僕びっくりしちゃった」
    どうやら依央利の嘘はお見通しだったらしい。
    「それに朝ごはん食べた後、理解くんが僕に相談に来たし。”猿が朝から居ない“ことと”依央利さんの様子がおかしい“って。昨日の事もあったから、気になってさ」
    依央利の表情が段々と暗くなっていく。テラだけではなく理解にまで気を使わせてしまった事が、奴隷として申し訳なかった。
    「猿川くんと何かあったの?言いたくないなら、それ以上は聞かないけど。僕と理解くんは心配してるからさ」
    『心配』、その一言は昨日の言い合いの原因でもあった。それを思い出した瞬間、依央利の目から涙が溢れた。
    「どうした!依央利くん大丈夫?」
    「あっ、ごめんなさい…えっと…」
    自分の突然の涙に依央利も動揺してしまう。周りからの視線やヒソヒソ話も気になり始めた。
    「…場所変えよっか」
    テラはそう言うと伝票を持って席から立ち上がる。依央利は服の袖で涙を拭いながらテラの後を追った。

    「ここなら大丈夫かな?依央利くん、落ち着いた?」
    河川敷の近くの遊歩道、そこにはベンチがあり二人で座る。
    「テラさん、本当にごめんなさい。どうしてか涙が出てきて…理解くんにも迷惑かけて、奴隷失格ですね…」
    「別に気にしないで。さっきのカフェの視線は、みんなテラくんのオーラに圧倒されてたんだ。依央利くんを見てた訳じゃないよ。本当僕って最高だよね」
    そう言うテラに依央利はクスリと笑ってしまう。やっと柔らかい表情になった依央利を見てテラも安心したように一息ついた。
    依央利は昨日のことを少しずつ話し始める。
    「僕とさるちゃんは幼馴染って知ってますよね?さるちゃんは昔から喧嘩ばかり。いつもいつも傷だらけ、青アザや内出血なんて当たり前、酷い時は骨折したまま帰ってきた事がありました」
    「猿川くん、昔から変わらないんだね」
    「さるちゃんの手当ては僕の仕事。さるちゃんの為に奉仕出来た事が嬉しい反面、どうしてコイツは自分を大切にしないんだろうって思ってました。だからいつも手当てをしながら“これ以上自分を傷付けるのやめて"って言い続けたけど、さるちゃんは全く聞いてくれなくて…。昨日の夜はそんな気持ちが爆発しちゃって、さるちゃんと言い合いになってしまったんです」
    「猿川くんはなんて?」
    「“お前だって、自分を大事にしてないだろ”って。その言葉に思わずビンタしちゃって…」
    「ええっ!依央利くんが!?珍しい」
    「本当に奴隷失格です…。その前にさるちゃんの幼馴染失格かも…。正直僕もどうしたらいいかわからなくて…」
    そう言って依央利は項垂れてしまった。
    「はい、テラくんの意見言うね。今回の件はお互い様だと思う。二人とも正しくて、二人とも間違えてる。すれ違いすぎてるね」
    「テラさん…」
    「だってあの猿川くんが素直に聞く訳ないでしょ、聞く限りだと依央利くんも変に頑固っぽいし。ボタン掛け違えるのレベルじゃないでしょ」
    テラの言葉が依央利の心にズバズバと刺さっていく。
    「猿川くんが帰って来てもこのままだったら、みんな気まずいわ。さっさと仲直りして、あっ!これは命令ね!」
    「承知しました…ってええええ!」
    命令と言われて反射的に返事をしてしまったが、依央利は固まってしまった。
    「ちゃんと素直に気持ちを伝えろ!奴隷とかそういうの今はいいから!”本橋依央利“として猿川くんにちゃんと向き合いなよ」
    「…奴隷じゃなくて、僕自身としてですか…?」
    「だって依央利くん、猿川くんと一緒にいる時は奴隷じゃなくてただの幼馴染になってるもん」
    『奴隷じゃなく本橋依央利として』
    テラの核心を突いたような言葉に依央利は何も言えなくなってしまった。そんな依央利を見て、テラは柔らかい笑顔で最後のアドバイスをした。
    「猿川くんは、依央利くんの言葉を待ってるんだよ。ちゃんと自分の気持ちぶつけてみなよ」




    依央利がリビングから出て行った後、猿川は出掛けた。辺りは一面真っ暗だったが、そんな事はどうでもよかった。
    依央利が泣いている姿は今まで見た事がなかった。喧嘩が原因で骨折して帰った時は、泣くと言うより半狂乱になって怒られたのは覚えている。その時とは違う、猿川は夜の道を一人歩きながら考える。依央利にビンタされた事より、彼を泣かせてしまった事の方が猿川の中で大きかった。罪悪感なのか、それとも別の何かなのか。
    「クソッ!」
    猿川は苛立ちながら足を進めた。

    昼になり猿川は空腹だったことを思い出す。喧嘩場所にしている空き地や路地裏の道には良い相手はおらず、少し睨めば逃げて行く様な雑魚しか居なかった。鬱憤を晴らせないまま、気が付けば昼になっていたようだ。何か食べ物を買うために近くのコンビニを探そうとした時、スマートフォンが振動した。画面を見ると『伊藤ふみや』の文字が表示されていた。
    ふみやからの着信は滅多にない、そんな彼からの着信に猿川は舌打ちをして画面を睨む。しかしいつまでも鳴り続けるスマートフォンに観念して電話に出る。
    「あっ、もしもし。慧?」
    「なんだよ突然、お前に用なんて…」
    「これからファミレスで何か食べようと思うんだけど、絶対来ちゃダメだから」
    「行く、どこの店だ。教えろ」
    いつものように反発した猿川に、電話越しのふみやの声が笑ったように聞こえた。

    「パンケーキと、いちごパフェと、ソフトクリームと、プリンとチョコレートケーキをひとつずつ」
    大量のデザートオーダーに店員の顔が少し引き攣っている。
    ふみやと向かい合って座る猿川は、10分前の自分を殴ってやりたくなった。この性格のせいで、逆のことを言われると反発してしまうのが猿川だ。来るなと言われて行くと答えてしまい、電話を切った後に気付いたいつもの事だった。
    「慧も何か食べる?」
    「…いらねー」
    本当は空腹だが、これ以上余計なことを言わないように反発する。
    「そう、じゃあ全部俺が食べるね」
    「勝手にしろ」
    ふみやの急な呼び出しの意図がわからない、猿川はますます不機嫌になる。頼んだメニューが揃い始めたところで、ふみやが切り出した。
    「慧さ、依央利と喧嘩したの?」
    「はぁ?なんでテメーが知ってんだよ」
    「やっぱり?朝起きたら、依央利の目がパンダみたいに腫れてたから。気になって聞いてみたんだけど、やっぱり喧嘩してたんだ」
    「あっ!…やっぱりお前気に食わねー野郎だな…」
    ふみやに鎌をかけられ、猿川はあっさり認めてしまった。
    「まぁまぁまぁ、でも依央利の泣き腫らした目と慧が朝からいないって事は喧嘩でもしたのかなって誰でも気が付くと思うよ」
    ふみやはそう言ってソフトクリームを食べ始めた。ふみやのペースに乗せられると、全てを話してしまいそうになる。猿川は必要最低限の会話にすることにした。
    「俺といおが喧嘩しようが、お前に関係ないだろ」
    「ないね、でも一緒に住んでるから原因くらいは知りたいと思った。あと気まずいのも気を遣うから、仲直り出来るなら早めにして欲しいから」
    ふみやはそれらしい事を言いつつ、あっという間にソフトクリームを平らげる。
    「喧嘩してたとしても、絶対教えてやんねー」
    「だよね、別に俺も深追いするつもりはないよ」
    猿川の反発に、ふみやは飄々と答えながら今度はパフェを食べ始める。
    「つか、どんだけ食うんだよ!」
    「えっ?食べちゃダメなの?なんで?」
    「ダメとは言ってねーだろ!」
    「あっやっぱり慧も食べたいの?」
    「絶対食わねー」
    「慧、このデザート絶対食べちゃダメだから」
    「食わせろ、寄越せ」
    もはやお約束の展開に、ふみやは口元を緩めながらチョコレートケーキの乗った皿を猿川に渡す。
    「あっ!クッソ…、いいから寄越せ!」
    先程の電話と同じやり取りに、猿川は後悔しつつふみやからケーキの皿を受け取り、口に運ぶ。
    暫く二人は無言でデザートを食べていた。
    ふみやが最後の一皿を食べ終えると、慧に言う。
    「慧、“去る者追わず、来る者拒まず”ってことわざ知ってる?」
    「はぁ?なんだよいきなり」
    「この前読んでた本に載ってたから思い出した。別に意味はないんだけど、ちゃんと追いかけないと依央利、慧の前からいなくなっちゃうよ」
    ふみやは伝票を持って立ち上がる。
    「おい、どういう意味だよ」
    「どういう意味だろうね、あと天彦からお金もらったからちゃんとお礼言ってね」
    それだけ言い残し、ふみやはレジへと向かった。
    「それ絶対貰った金じゃねーだろ!」
    嫌な予感がして猿川も立ち上がって、ふみやを追いかける。
    『ちゃんと追いかけないと、慧の前から依央利いなくなっちゃうよ』
    猿川はふみやの一言の意味を考えることにした。

    「ただいま」
    「ふみやさん、おかえりなさい!」
    ふみやが帰宅すると、依央利が駆け寄って来た。
    「今日は商店街で安売りしていたので、夜ご飯豪華ですよ!もちろんデザートもたくさん用意しました!」
    「本当?楽しみだな」
    ふみやの反応に依央利はニッコニコだった。
    「手洗ってくる、あっ依央利」
    ふみやが依央利に呼びかけた。
    「どうしました?なにかやる事ありますか?」
    「慧、ちゃんと帰ってくるから」
    「…!!」
    ふみやはそう告げ、洗面所へ向かった。ふみやの一言に依央利は泣きそうになる気持ちを堪えて、リビングへと戻った。




    日付が変わろうとしている時間帯、玄関のドアがゆっくりと開く。
    猿川は電気が消えている事を確認し、リビングに誰もいない事に安堵した。音を立てないようリビングに入る。一息ついてソファに座ると、
    「…あの…」
    「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
    大瀬が真っ暗な台所の方から姿を表し、猿川は大声を上げてしまった。
    「なんだ大瀬か、いたのかよ…」
    「すみません、驚かせてしまいすみません…死にます…」
    「バカ!それくらいで死ぬな!」
    猿川は大瀬の事を止める。
    「で、何の用だ?まさかメシ食う為だけに起きてた訳じゃねーだろ?」
    猿川が問いかけると、大瀬は頷いた。
    「…いおくんなら、猿川さんの部屋を掃除すると言ってました…。あなたの帰りを待ってたんです…」
    猿川は立ち上がると、大瀬は言葉を続ける。
    「この前も、ずっと前も…いおくんは猿川さんの事を待ってました…。猿川さんが怖がらないようにって…、今日だけじゃなかったんです…」
    大瀬は何かに没頭している時、住民達と時間がズレてご飯を食べる事も多かった。大瀬が夜遅くにリビングに降りると依央利が半分寝ながらソファに座っているところを何度も見ていた。
    「つか…なんでみんな俺といおが喧嘩してるの知ってるんだよ…」
    猿川はため息を吐いて小声で文句を言う。そして大瀬に視線を向ける。
    「大瀬!」
    「…はい!」
    「ありがとうな」
    猿川はそれだけ言い残し部屋に戻って行った。
    大瀬は猿川が初めて反発しなかったことに驚きつつも、二人が仲直り出来ます様にと心の中で願った。

    猿川は104号室のドアを開けると、依央利がベッドに背を預けて床に座っていた。
    その音に気が付き、依央利は顔を上げる。
    「さるちゃん。おかえり」
    「…ただいま」
    一日振りの会話はとても短く、すぐに部屋の静寂に取り込まれた。
    猿川は依央利の隣に行き、ベッドの上に座る。
    二人とも言葉を発さず、時間が過ぎていく。最初に口を開いたのは依央利だった。
    「昨日はごめんなさい。叩いたところ痛かったでしょ?」
    「全然痛くない、なんならビンタされたことも忘れてたわ」
    絶対に痛かったはずなのに、いつものように反発して強がる猿川に依央利は頬が緩んでしまった。
    「今日一日、ずっとさるちゃんのこと考えてた。奴隷じゃなくて、さるちゃんの幼馴染として」
    依央利がひとつずつ言葉を伝え始める。
    「僕は自分を変えることは出来ない、誰かの為に尽くしてないと生きられないから。それはさるちゃんも一緒だと思う。もっと誰かを頼れって言われても、絶対に一人で抱え込むし。リュウくんの事だってそう、喧嘩をやめる気もない。僕達はお互いに絶対曲げられないところがあるでしょ?」
    「…おう」
    「だからこそ、僕はさるちゃんが傷付くのは嫌だしさるちゃんは自分を大切にしない僕が嫌い。自分達の曲げられない部分と相手を思いやる気持ちがすれ違ってたんだ…って今更気付いたんだ」
    服従と反発、彼らの欠陥している部分はきっと互いに相容れないのだろう。そして幼馴染である二人は相手をわかった”つもり“でいた事を依央利は猿川に伝える。依央利は立ち上がると猿川の隣に座り、猿川の顔を見て更に続ける。
    「それでもやっぱり、僕は自分よりもさるちゃんが大切なんだ。奴隷としてじゃなくて、“本橋依央利”として。それだけはわかって欲しい」
    依央利の真っ直ぐな眼差しに猿川は目を逸らす事をしなかった。
    「俺は、いおが自分を大切にしない所が昔から大嫌いだ。だからと言っていおの生き方を否定するつもりはない。ただ俺もお前と同じだ。他のヤツらよりいおの方が大切なんだよ…」
    最後の方は小さな声で聞き取り辛かったが、猿川も同じように依央利を真っ直ぐ見つめて言った。
    猿川の言葉に依央利は微笑みながら涙をながす、そんな依央利を見て猿川は慌てだした。
    「なんで泣いてんだよ!」
    「ごめん、さるちゃんの気持ちが嬉しくて…。嬉し泣きしてるだけだから」
    猿川は少しだけ呆れながら、依央利の涙を親指で拭う。
    「昨日から泣かせてばっかだな」
    「誰のせいだろうね」
    「さぁな」
    猿川がはぐらかすと、依央利が笑った。釣られて猿川も笑う。
    「テラさんがアドバイスくれたから、明日からもっと奉仕しないと!」
    二人でひとしきり笑った後、依央利が言う。それを聞いて猿川はふみやの言葉を思い出す。
    『ちゃんと追いかけないと、慧の前から依央利いなくなっちゃうよ』
    「アイツ、本当に何考えるかわかんねー…」
    猿川は、ふみやが自分をファミレスに呼び出した理由に今更気付く。テラは依央利に、ふみやは猿川にそれぞれ背中を押してくれたのだ。
    「いお」
    「なにさるちゃん?」
    「もし俺が居なくなったら、いおが俺を追いかけろ。いおが居なくなったら、俺がお前を追いかける」
    「え?それって離れないでってこと?」
    「バカ!違げーよ!」
    「はいはいわかりましたー、さるちゃんは本当に寂しがり屋だよね。今日は朝まで一緒にいるから安心して」
    「いやだから違うって…おい引っ付くな!」
    先程までの雰囲気は何処へ行ったのか、そんな事を思いながらまた夜が明けようとしている。







    おまけその1

    「おはようございます依央利さん、今日もセクシーですね」
    台所で作業をしていた依央利に向かい天彦が声を掛ける。
    「天彦さんおはようございます。朝ごはんならもう準備出来てますよ」
    依央利も挨拶を返す。すると天彦はニコニコ笑いながら依央利を見つめている。
    「泣き腫らした顔の依央利さんもとってもセクシーでしたが、やはり笑顔の依央利さんが一番セクシーですね」
    「…………え?」
    依央利は持っていた皿を落としそうになった。どうして天彦が泣き腫らしたって知っているのか。
    「天彦さん…」
    「はい、なんでしょう」
    「なんで僕が泣き腫らしたって知っているんですか?」
    「だって昨日の依央利さんの目、熟れた果実のようになっていましたから。きっとセクシーな涙のせいで泣き腫らしたんだろうと天彦は考えました。とても官能的でしたよ」
    天彦の返答に、依央利は全身から血の気が引くのがわかった。誤魔化すためにいつも以上にニコニコ笑顔を意識していたはずが、まさかバレバレだったとは…。依央利はその場にしゃがみ込んで頭を抱えた。
    「理解くんとテラさんだけじゃなくて、天彦さんにもふみやさんにも大瀬さんにも気を遣わせてしまっただと…!奴隷失格すぎる…、これは今まで以上に奉仕レベルを強化しなければ…」
    「依央利さん…?」
    ぶつぶつ何かを呟く依央利に、天彦は心配する。
    「天彦さん!今日から奉仕レベルを強化しますから!」
    「何故ですか?」
    「皆さんにご迷惑を掛けたので!今から新たな契約書を作るので捺印を!!」
    「依央利さんちょっと待ってください!理由を教えてください!」
    「滅私!貢献!奉仕!さぁ今すぐ捺印を!」

    奴隷契約に新たな内容が追加され、捺印を貰うために奔走する依央利の姿があったという。


    おまけその2

    前の日に依央利が大量に作ったデザートをふみやが食べている。まるでホテルのバイキングのようだ。
    「ふみやくんおはよう」
    「おはようテラ」
    テラがふみやに挨拶をして、向かい合うように座る。
    「依央利くんと猿川くん、仲直り出来たんだね」
    「そうだね」
    ふみやは相槌を打っているが、目の前のデザートに夢中だった。
    「ふみやくんが猿川くんを諭したんでしょ?」
    「え?なにが?」
    「いやだから、猿川くんになにか言ったんでしょ?」
    「え?」
    「は?」
    「まぁまぁまぁ」
    「なんで誤魔化すんだ伊藤ふみや」
    テラの核心をつこうとする言葉をふみや飄々とかわす。
    「俺はなにもしてないよ、ただ慧に教えてあげただけ」
    「なにを?」
    「去る者追わず、来る者拒まず」
    「ことわざの?」
    「そう、このことわざに、慧なら反発するのかなって思っただけ」
    「なんだそれは。で、結果はどうだったの?」
    「それが仲直りの理由じゃないかな」
    「はぁ?」
    ふみやは立ち上がり、その場を離れる。そしてテラに聞こえる声で一言。

    「去る者追いかけ、来る者拒み」
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    💖💖
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