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    exchira_oxchira

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    exchira_oxchira

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    律ちゃま、お誕生日おめでとうございます。あなたが生まれてきたこの世界を、憂うことはのなつが担当します。せめて、今日だけは、今夜だけは。
    愛されて、愛して生きているあなたを愛おしみます。これは、羨みかもしれません。のなつの夏に律ちゃまのお誕生日は来ないかもしれないけれど、のなつの夏に律ちゃまはいないのかもしれないけれど、いないかもしれないからこそ、のなつは律ちゃまを消費します。待ってて、君の夏で。

    あくるひその日は茹だるような暑さで、朝に撒いた水は30分もしないうちに干上がって地面から色すら消えてしまって、もう面影もなかった。昨日の夕方に降った大粒で大量な雨の恩恵すらも消え失せて、草花木果は喘ぐことも出来ず項垂れている。夏仕様に花など生けてある暖炉はけれど、この国の花では似合わないな、とは、この季節に入ってから毎日ぼんやり感じていた。そんなこと気にも留めないように、彼女は桃のカプレーゼを退屈してつつく私を見ている。満足そうに、夕日色のおめめを弧にして。私は本当なら、カプレーゼを食べるなら白ワインがいい。こんな夏には、着たいワンピースがあるし、実家に帰らない、と、…それってどこのことだっけ。誰がいるからそうしなきゃいけないんだっけ、ワンピースがしまってあるのはどこで、…ああまたこれだ。彼女といるようになってから、この屋敷に来てから?全部が曖昧模糊して、いやだ。ぜんぶ、ぜんぶ希薄になろうとしている。外との繋がり、他者との繋がり、…おかしいな、目の前の彼女だって、他者なのに、どうして今、一瞬含めないでいいと思ったんだろう。でも、こういう無駄なこと考えようとしちゃうのは、昔からだよね。ねえ。
     無意識に彼女にそう目線だけで問いかけたら、彼女はわかってるのかわかってないのかわからない顔で、けれど鷹揚に頷いた。それを認めてまた一瞬満足して、そしてまた、どうしてこれでいいと思ったのだろう、と疑問が湧いてしまった。鬱陶しい。汗のかいたグラスを手にし、中のレモン水を喉なんか鳴らして飲み下す。少しローズマリーが香るそれは、自分好みで、いつだって食事のテーブルにならんだ。多分、この屋敷ではじめて摂った食事の時から。
     グラスを少々ばかり乱雑にテーブルに置くと、クロスがその音を吸収して、ごと、と鳴った。いつもはどんな音にも鋭敏に聞き取って、顔を上げるといつもあの綺麗な微笑がこっちを向いているのに、その顔はさっきの、カプレーゼをつつく私みたいに少し退屈そうに、開け放たれた窓を、ひらめくカーテンを、緑のにおいのする外を眺めている。なんだか意外に思って、聞いても仕方ないってわかっているのに、どうしたの、口をついた。
     「ううん。…外の世界なんてなかったことにできないかなって、考えてたんだ。」
     「また変なこと考えてる。」
     「仕方ないだろ、君が、…君を証明するのが、君を認めるのが僕だけならいいのにって、いつも思ってるんだ。僕と同じように、君以外の外なんてなくて、君の世界はこのお屋敷の中だけで完結したらいいって、いつも言ってるでしょう。」
     「うん、だから、変なこと。」
    私がこともなげにそう返すと、彼女は首を竦めて笑った。その仕草が妙にチャーミングで、13歳の女の子みたいに見えたから、私も彼女ももうなんにも言わなかったけれど、やっぱり不満だった。
     やおら立ち上がって、自分にあてがわれているお部屋、窓も碌にないお部屋へ、やっぱりなんにも言わないで、振り返らないでゆく、いつも通り、彼女は自分についてくると思ったし、ついてきたから、足が勝手に歩調を合わせる。お部屋へ向かった理由は一つだけで、このお姫様扱いも甚だしいネグリジェから着替えるためだ。なにもかも面倒だって怠惰にしても、彼女は、ここは君の家だからね、って基本は好きにさせる。だから、せめてもの反抗に、本当に好きに振舞ってやるのだ、と決めていたけれど、それも最近逆効果な気がすることにやっと思い至ったりしている。なにもかも意味がないし、なにもかもが彼女を揺さぶっていることにくらい、ちゃんと気付いてるよって話だ。今日も彼女の支度した服を着るしかない身体で、何ができるっていうの。それでも、ひらひらの白のワンピースを着る私を見て、彼女は酷くうれしそうに笑った。
     
     
    さっきから、襟足に日焼け止めを塗り忘れた気がしてならない。どうにも外に出たがらない彼女の手を引いて、炎天下の中ただまっすぐに伸びるだけのアスファルトに、サンダルの靴底はもう溶けそうで、彼女にお部屋にいる時より涼しい格好をさせて出てよかったって思う。自販機はずいぶんの間、影も見てなくて、今目の端には何年も前のはやりの清涼飲料水の缶がひしゃげて風化して転がっている。外なんか出るんじゃなかったって思わせてくるのは皮肉にもあんなに飛び出して戻りたいって思い願った外の世界のほう。夏の前では、意思なんてなかったと同じだ。宗教勧誘の親子も家にこもってそうな日照りは傾き始めている。水筒くらい、持ってくればよかったかな。現金だけが眠っている三つ折り財布にも、今は意味がない。でも少し遠くで、ひっきりなしに大型トラックの轟音が耳鳴りみたいに僅かな主張をしている。きっと国道が近い。お互いの手に汗がにじんでぬかるむけれど、彼女が手を離さないから──彼女のほうからこの手を離すことはないってわかっていたけれど、私も手を離さなかった。だから、手の間が沼地みたいにじとついて、ずるんと幾度も滑った。その度、どちらがともなく絡めた指に力を込めて相手の甲を握った。国道沿いには気の利いたコンビニエンスくらいあるはずだ、それを目指す。元々あてどない旅だ、今まで歩いてきた道を逸れることを責める人間なんて、自分を含めて誰もいない。ただ、目指したい道を示す大型トラックの轟音が、その止めどない音が一体どちらの方向からしているかは、なぜかわからなかった。
     
     
    「今日はもう、ここに泊まろ。…大丈夫、一泊分くらいはあるよ。」
     宿泊全室6980円の褪せたネオンが纏わりついてくる闇の中で光っている。ゴム製ののれんを潜り抜けたら、今にも朽ちそうな自転車と二台の車、一台の野暮ったい原付が止まっていて、このホテルが辛うじて営業していることが分かる、それに思わず安堵が落ちた。このホテルは国道沿いらしく車での入室が基本で、車一台の駐車スペースの横に扉、その奥の階段を上がって部屋に入るというシステムらしかった。入室ランプの灯っていない部屋に、なぜか二人してこそこそと息を潜めながら入り込む。どの窓も当然木の蓋閉じられていて、入室ランプ以外で人の所在を確かめることはできないし、それは、部屋の中からも一緒なのにやっぱりなぜか、そうした。息を潜めたまま、かつんかつん、足早に駆け上がるみたいに階段を昇って二枚目の扉を引っ張り、部屋の玄関に雪崩れ込む。どっちがどっちかの手を強く引いて、狭い玄関スペースで絡み合って顔を見合わせた瞬間きゃらきゃらと、何が面白いかもわからないのに二人して姦しく笑い声を立てる。しばらくそうしておなかを抱えながら笑って、片手ずつで靴を脱ぎ散らかし、部屋の奥にひたひたと裸足が進む。大きな液晶テレビとベッドの前で立ち止まり、そこで漸く、どちらがともなく手を離した。手はもう、少しふやけた時の感覚がして、急に軽くなってしまったので、酷く寂しい気がした。傍に彼女はいるまんまなのに、なんで?彼女はまだべたつく掌を眺めながら少し笑っていた。夕飯に食べたハンバーガーのせいかな、とか。コーラは飲まなかったし、ポテトは二人でエムサイズ一つを分けた。レモンの味もローズマリーの味もしない水で、テリヤキバーガーを二人して流し込んだ。彼女はしきりに、てりやき、てりやきかあ、と繰り返して、おっかなびっくりハンバーガーを食んでいた。彼女とファストフードを食べたのも、彼女がファストフードを食べているのを見たのもはじめてだった。のに、なんだか懐かしかった。それだけだけど、細かなレタスが袋からすら零れたのを見たのは二度目だって、明確に思った。それが、べたつく掌のせいで蘇ってくる。いつもよりおいしかった、楽しかったって言ったら、彼女は流石に怒るのかな、悲しむのかな、なんて考えながら古い浴槽に湯を張る、栓をして、200のメモリまでコックを捻り、温度を確かめて、放置。彼女は狭い部屋の中、なんだかちょろちょろと検分していたので、お風呂沸かしたからね、って言い含めてからルームサービスのメニューを液晶テレビで操作する。いつも彼女が使っていると思しきシャンプーもボディーソープも当然なくて、仕方ないから実家にいるころに使っていたドラッグストアで298円のやつを注文して済ませた。なにしてたの?って尋ねる彼女がなんだか妙に可愛いのはいつもと立場が違うから?彼女が食べるもの触れるもの、いる場所、用意したのは自分。そう、いつもとは、まるきり逆。だから、彼女は私を愛おしむのかな、ってちょっと思ったけれど、違うんだろうなぁ。お風呂のお湯がメモリを使い切って止まったころに、リンゴーン、チャイムが鳴る、狭いソファにお行儀よく座っていた彼女は猫みたいにびくっと、人間みたいに大仰にこわばった身体を跳ねさせて、息を潜めて私を見た。私は、目だけで、いいから、って言い含めて、扉のむこうで人の気配がして、少ししてからもう一度リンゴーンが鳴った。彼女はまだソファの上で固まっている。ついうっかり、みたいな顔して自分から笑いが零れたのを隠しもせずに、扉を開けて、もう誰もいない玄関口の引き出された棚に乗せられたお風呂セットを取り上げる。知らなかったんだ、なんて言わなかったし、大丈夫だよ、とも言わなかった。けどそのまま、彼女をひとりで浴室へ追いやったのは可哀想だったの、かな?
     順番に、二人ともお風呂から上がるころには、もう彼女の手の感触なんて消えていた。彼女はもう髪を乾かし切って、安っぽい櫛で丹念に自分の髪を梳いでいた。さっきとは違ってベッドの上に座り込んでいる、ちょっとは落ち着いて、リラックスの形、いつも通りの形を取り戻そうとしているらしい。私は曖昧に水滴を拭いとっただけの髪を下ろして、隣に寝転がる。空気がひどく乾燥していて、明日起きる時には喉がかさかさかもしれないなとか思いながら、壁に掛けられているラッセンの偽物の絵画を眺めた。つくづくセンスのない部屋だと思わない?そんな目線を彼女に投げてみたら、いつの間にかこっちを、私を眺めていたらしい彼女と目が合って、その目がまた笑った。たしかに、と言ったのかもしれないし、ほんとうに、だったかもしれない。違いないようで、違いは明瞭なのにわかんない。けど、くふくふ笑いながら彼女が、足元で蟠っていたシーツを引っ張り上げて自分の隣に潜り込んだから、同意を得られたのは絶対だと思った。私達は、おでこを寄せ合ってひとしきりくふくふ笑いあった後、手を繋いで、キスの一つもせずに眠りに落ちた。私は彼女が寝入ったところを見なかったし、彼女も私の寝顔を見ずに眠った、んだろうなと思う。だからなの?起きたときにまた手が離れてて、すごく苦しかった。抗議してやりたいくらい寂しくて、寝起きの不機嫌にそれごと攫われそうだったけれど、私を恐る恐るに起こしたのが、珍しく酷く申し訳なさそうな彼女だったから、なんだか穏やかな目覚めになった。
     「おはよう。あ、あのね、…ごめん。お湯の出し方が、…ウン。」
     のっそり起き上がって彼女の目線のほうをみると華奢なガラスのテーブルにティーセットが並んでいて、成程、確かに屋敷にはウォーターサーバーなんてものはなかったな、と思い至りつつ目を擦る。半分濡れ髪で眠ったから酷くとっ散らかった髪の片方を耳にかけて、姿も仕草も冬眠明けの熊みたいなまま、ベッドから這い出しティーセットを通り越して、たまにごぽごぽ言う、海獣の胃袋みたいな電化製品の赤のコック、それの真下の赤の四角いボタンに同時に片手をかける。私なら自分の問題を解決できる確信が持てたらしい彼女が手際よく差し出した、安物のティーパックが掛かっているカップを受け取り注ぎ口へくっつけて、ボタンとコックを押しこめば満たされるカップを見て、彼女は、なんだこんなことかって顔をしていて面白かったので、もう一つのカップは彼女に頼んであげた。安物のティーパックからは、中で茶葉が大変愉快そうに揺蕩っていても中々紅茶は染み出してこない。それを待つ間、狭い、合皮張りのソファに座って、彼女はくちゃくちゃの私の髪を丹念に整えた。それはもう、嬉しそうに、名誉挽回だとばかりに。別にあのくらいで、…ハンバーガーを零したくらいで、ラブホテルに慣れてなかったくらいで、ウォーターサーバーの使い方が曖昧だったくらいで、あなたの、君の名誉は、存在は、価値は汚れたりしないのにな、と思った。髪が結いあがったころには紅茶は少し冷めていた。ウォーターサーバーのお湯は最高温でも沸騰はしていないから、冷めるのも早い。けど、別に不快じゃなかった。ファストフードで夕飯を済ましたおなかをたっぷりの砂糖で誤魔化して、ホテルの名前が刺繍されたバスローブをめいめいに着替え、昨日の服を纏ってから、今度は私が、彼女の髪を結った。彼女はそんなことを初めて言い出した私に、「そんなことしてくれるの。」ってちょっと驚いてから、「いいよ。」とおませなお顔で頷いた。いつもは一度結って垂らすだけの髪を、襟足から三つ編みを作って垂らした。なにしたの、どうしたの?って尋ねながら自分の髪に触れた彼女を見たのは、今度こそ、ほんとうに初めてだと、思った。確信が、あった。だから今日は、この旅はそれでいいと、決めた。
     
     
     階段を下りて、外に出ると、蝉がちらほら鳴き始めているころで、太陽と、蝉と、鳥くらいが起き始めたばかり。少しの寝不足に、眩しそうに目を細めて、眉を少し顰める彼女に関節のほんの小さな動きだけで手を差し伸べる。
     「ねぇ。律は、お屋敷にいなくても、律だったよ。」
     「律は、君は、私といれば、どこにいても、君だったよ。」
     「誕生日おめでとう、律。」
     
     「帰ろっか。」
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    exchira_oxchira

    DONE律ちゃま、お誕生日おめでとうございます。あなたが生まれてきたこの世界を、憂うことはのなつが担当します。せめて、今日だけは、今夜だけは。
    愛されて、愛して生きているあなたを愛おしみます。これは、羨みかもしれません。のなつの夏に律ちゃまのお誕生日は来ないかもしれないけれど、のなつの夏に律ちゃまはいないのかもしれないけれど、いないかもしれないからこそ、のなつは律ちゃまを消費します。待ってて、君の夏で。
    あくるひその日は茹だるような暑さで、朝に撒いた水は30分もしないうちに干上がって地面から色すら消えてしまって、もう面影もなかった。昨日の夕方に降った大粒で大量な雨の恩恵すらも消え失せて、草花木果は喘ぐことも出来ず項垂れている。夏仕様に花など生けてある暖炉はけれど、この国の花では似合わないな、とは、この季節に入ってから毎日ぼんやり感じていた。そんなこと気にも留めないように、彼女は桃のカプレーゼを退屈してつつく私を見ている。満足そうに、夕日色のおめめを弧にして。私は本当なら、カプレーゼを食べるなら白ワインがいい。こんな夏には、着たいワンピースがあるし、実家に帰らない、と、…それってどこのことだっけ。誰がいるからそうしなきゃいけないんだっけ、ワンピースがしまってあるのはどこで、…ああまたこれだ。彼女といるようになってから、この屋敷に来てから?全部が曖昧模糊して、いやだ。ぜんぶ、ぜんぶ希薄になろうとしている。外との繋がり、他者との繋がり、…おかしいな、目の前の彼女だって、他者なのに、どうして今、一瞬含めないでいいと思ったんだろう。でも、こういう無駄なこと考えようとしちゃうのは、昔からだよね。ねえ。
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