未定その日、佐々倉は担当していた事件が片付いたのもあって、いつもより早めに退庁することになった。普段から働き詰めな自分に、同僚や上司までもが気を遣ってくれたのだ。
此処数日は犯人の取り調べが佳境だったので、心身共に疲労が蓄積していたのは事実だ。ありがたくその好意を受け取って、佐々倉は明日からの非番に思いを馳せながら警視庁を後にした。
折角早めに退庁できたのだからと、少しばかりのリフレッシュも兼ねて、自宅までは遠くなるが、車通りの少ない海辺の道をゆっくりと走っていた。窓から吹き込む海風が、ずっと取調室に缶詰だった身には心地よく、心が洗われるようで、忘れていた眠気がじわじわと襲ってくる。
「少し此処で休憩してくか…」
道路脇に車を停め、目を閉じる。聞こえる波音にずっと事件で張り詰めていた心が、ようやく人心地着いたような気がした。
しばしの微睡を享受した佐々倉は、閉じた瞼に刺す西日でゆっくりと目を覚ました。
「くぁ〜あ、窓開けてたから流石に冷えるな…。眠気も覚めたし、そろそろ帰るか」
一度車を降りて、固まった体をほぐすように伸ばしていく。ふと波打ち際に視線を向けると、逆光の中、誰かが立っているのが見える。
その人影がどうにも見知った少年のもののように見えて、佐々倉はじっと目を凝らした。
「ん?あれは…やっぱり深町か?1人で何やって………っ!!」
晩秋の夕暮れに、1人で海辺に佇むその人影は、この冷え込む気候の中、上着も羽織らずに裸足で波打ち際に突っ立っていた。海風に髪を遊ばせたまま、足元を波がさらっても微動だにしないその様子に、言いようのない焦りが胸中を満たす。