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    ももも

    R18と原稿進捗rakugaki。かなり自分用で特殊な使い方するのでお気になさらず

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    ももも

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    無自覚季あく

    春の前冬の寒さが終わり、春の暖かさが広がる昼の街は、休日ともあって観光客でにぎわっていた。
    人ごみから逃れるように季肋たちが選んだ休息の地は、HAMAツアーズの寮からほど近い海の見える公園だ。
    そこまで行くのに、多少時間はかかるが春の景色を観察するのも一つの楽しみとし、足を進める。
    「季肋、みてみて絨毯て来てるゥ! ひゅー飛び込んじまうか!」
    前を歩いていたあく太の声に、季肋は視線を前に向ける。
    住宅の一つから伸びた枝には濃いピンク色の花が付き、そのすぐ下には散った花びらが、こぼした絵の具のように地面に伏していた。
    「汚れる、から、だめ」
    「堅実……! 汚したら潮先生激怒……!」
    渋い顔であく太は桜の絨毯前で、ぐ、と拳を握る。
    最近風が強かったからか、桜の花はだいぶ散ってしまっているようだ。その内葉桜になり、青々とした葉が生えるのだろう。そしたら春が終わり梅雨が近づく。
    ふと、桜にしては咲くのが早いことに気が付いた。辺りを見渡しても咲いているのはこの桜だけのようだった。
    「この桜、ちょっち色濃いよな」
    「ん、これ、河津桜、だ」
    普通の桜より、少しだけ早く咲く桜だ。
    「白っぽい桜ってポップコーンみたいだよなァ、オレ、あれをギュってやってみたい」
    ポップコーン。あく太らしい例えだ。確かに小さくてぽんぽんした花が枝に沢山ついていると似ているかもしれない。
    桜の絨毯を踏まないように乗り越えていく。
    ひゅう、と吹いた風はまだまだ冷たくて、冬と春の間に居るのだと実感する。降り注ぐ陽の光はこんなにも温かいのに、服から出た肌はひやりとしていた。
    振り返ると、青空に手を伸ばすように桜が揺れている。青とピンクというのは相性の良い色だ。自分が着る服に選ぶことのない色だが、嫌いではない。
    よそ見をやめ、再び前を向く。すると、あく太の髪の毛に桜の花びらがついているのに気がついた。
    「五十竹、あたま」
    「え? たまや? 花火にはちょい早いぜェ」
    「ちが、う。ほら」
    花びらを取って、あく太の前に差し出す。
    真ん丸の青い瞳に、桜の色が一瞬映りこんだ。青とピンクだ。春の色。
    ゆるりと細められた双眸に、春の光が溶けて輝く。あく太はいつでも元気で、表情もころころ変わるのに、今はすべてがスローに見えた。
    「花火も花びらも同じ花!」
    「ぜ、ぜんぜん、ちがう、と思う」
    何か頭に浮かびそうになったのに、強く吹いた風で忘れてしまった。
    指から離れ、宙を舞う花びらはひらひらとどこかへ消えて行った。
    「ホラホラ! 早く行こーぜ、海描くんだろ」
    「あ、うん」
    笑顔のあく太は、飛ぶような足取りで前へ進む。
    あく太はどちらかというと夏の方が似合うな、なんて後姿を見ながら考える。
    晴れた空はいつだって青いのに、季節によってまったく別の表情になる。さっきあく太の瞳に感じたのも、似たようなものなのだろうか。
    綺麗だな、と漠然と思った。桜が似合うような気もした。頭の中で言葉を並べるが、どれも正解には遠くて答えが出ない。
    「季肋? どしたん」
    「え、あ、なんか、その、桜、綺麗だって思って」
    「な! 春! スパークリングって感じする!」
    「スプリング……?」
    「そうそれェ」
    ばね、はねる、かがやくきらめく。言葉の意味を聞こえないように並べる。どれも目の前の人に良く似合う。
    それでも、この人を表す適切な語彙を持ち合わせていない。そんな気がする。
    もどかしい気持ちになり、早く絵が描きたくなった。口に出せない時は色に乗せて感情を表現する。自分を見つめ直したいときには、これが一番良い。
    「きろくーもうちっとしたらさァ、春休みじゃん? そしたら桜描きいかね? オレはカメラ係」
    描くのは自分だけだが、あく太はあく太で撮影するならば、付き合わせたことにはならないか。それならば、と季肋は小さく頷く。
    それを見て、あく太は笑みを深くする。
    「先生たちともお花見行きたいよな、あっでも大人は、ほら、アレするし……」
    「アレ?」
    「や、やらしいやつゥ……野球拳……」
    あく太が声をひそめ、頬を赤く染める。
    野球拳とは、じゃんけんをして負けた方が脱ぐやつか。なるほど、やらしいのか、首を傾げて良いのか頷いて良いのか少しばかり悩ましい。よく分からないがいかがわしいものなのだろうと判断して、季肋はとりあえず一度口を閉ざす。
    「とり、あえず……。二人で、行くか」
    「おう、んじゃオレは良い場所探しとくな!」
    「ん、ありがと」
    季肋の言葉に、あく太はぱっと笑顔に戻った。
    春休みになるころには、桜はどうなっているのだろう。どうせなら、満開の時期が良い。だけど中途半端な季節でも、十分楽しいと感じている。
    この人と一緒だからかな、誰かが傍に居ると、見えるものが違うのかな。あれこれ考えても答えはでない。
    言葉で語れる感情にまだ成長していない。だから、もっと一緒に居たい。自分の中の不思議な感覚を胸の奥に押し込んで、走り出した友人を追いかけた。
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