灯台下暗し⚫︎
「だぁーーっ!今日という今日は許さへんぞぉ!」
ちょっと助けてくれないか。
そう言われて大阪から東京まで、律儀に駆けつける自分は、今回に限ったことではない。
呼び出された挙句、放置、というあまりの扱いも、今回が初めてではなかった。
「ホンマにアイツ…、俺のことなんやと思とんねん…」
「あら、奇遇ね。私もだいぶ、彼からの扱いに疑問を持っているクチよ」
紆余曲折あって、元に戻った工藤と、幼い姿のままでいる事を決めた灰原。
相棒と宣いながら、雑務雑用を彼女に押し付ける名探偵の姿も、服部は知っていた。
「ねぇちゃんも、難儀やなぁ…」
「近くにいるから、コマ使いのように使われる私と、大阪から、しょっちゅう呼び出されては放置されるあなた。どちらが良いのかは、悩むところね」
ふふっと笑う彼女に、服部の怒りは少し和らいだ。
「せやなぁ…けど、まだ雑用でもええから、頼まれた方が、ええかなぁ」
「あら、どうして?」
「前向きに捉えれば、頼られとる、て考えられるやろ?
…まぁ、なんかあった時、遠くにいる俺のこと、思い浮かべてくれとる、とも、取れるんやけど…。結局、なぁんも手伝われへんまま、帰ることになるやんか。
…俺なんか必要ないって、突きつけられとるみたいでなぁ、結構、堪えるんや」
「必要ない人のこと、頭に思い浮かべたりなんかしないと思うけど?」
「……せやな。そう、思おうとしててんけど…。ねえちゃん、気ぃついとるか?工藤が元に戻ってから、呼ばれた時、どんなに小っさい頼まれごとすらな、された事ないんやで?」
「そう…なの。でもそれは、江戸川君の時と違って……」
哀は言いかけてハッとする。
悲しげな瞳を携えた、平次の苦笑がこちらを向いた。
「せや。アイツが俺を呼ぶんはな、コナンの時の癖やねん。ホンマは要らんのに、コナンの時の癖が抜けへんで、つい、俺を呼んでまうんや。な?笑えるやろ?」
それは、確かに辛いかもしれない。哀は口を噤んでしまう。
新一が戻ってから、平次を呼び出した回数も、かなり多い。
もし自分が、昔のクセでつい呼んじまったけど、特に用がないから帰れ、などと言われたら、次の呼び出しには、絶対に応じないだろう。
せめて、電話口で要件を明確にさせたり…と、考えて、件の名探偵の、目の前の彼に対する遠慮のなさを、しっているから、言葉が見つからなくなってしまった。
多分、ほぼ確実に、しのごの言わせず、兎に角来い!と、一方的に言い捨てられる。
それでも、律儀に毎回駆けつけては、こうやって何も出来ず、最悪、呼んだ本人に会うことも無いまま、彼は帰路に着くのだ。
よくもまあ、そんな事を何度も繰り返せるものだと呆れるが、それだけ、彼が新一を心配しているのだと言うことが分かり、胸が痛んだ。
コナンだった頃を知っている自分は、彼が新一を心配する理由が、痛いほどよくわかるから。
「すまん。ねえちゃんにそないな顔、させたかったわけとちゃうんや。ただちょっとグチ聞いてもらいたかっただけやねん」
堪忍な、と付け加えた彼に、哀は泣きそうになった。
そして、他人事では無いそれに、沸々と怒りが湧いてくる。
「ねえ。なんだか凄く腹ただしくなってきたのだけど…工藤くんには、お仕置きが必要だと思わない?」
「お…おう」
ニッコリと、目や口は綺麗に弧を描いているのに、氷よりも冷たい笑顔で言われ、服部はたじろぎながらも、頷く事しかできなかった。
一方、新一は、事件を片付け、メディアに持て囃され、すっかり平次を呼び出した事を忘れたまま、帰路についていた。
(今日も難事件を解決してやったぜ!)
元に戻った新一の生活は順風満帆。
散々制限されていたものが、取り払われ、唯我独尊よろしく、満ち足りていた。
遅くなってしまったが、機嫌良く鼻歌を歌いながら、自宅付近にまで来て、ようやく、平次のことを思い出す。
(やべっ!あいつ呼んでたの忘れてた…!まぁ、どうせまた遊びにくるだろうし、そん時に飯でも奢ればいいか)
新一が呼び出すのとは別に、頻度は減ったが、平次は遊びに来る。
それは突然だったり、会話の最中にさらりと告げられたりと、コナンの時と変わらないノリに、油断していた。
大抵、呼び出してほったらかしても、そういう時に、何か奢ればチャラにしてくれる。
平次はそういう人間だ。
もちろん、と言うのは変だが、東西の2人が揃っている場で、事件が起こらないはずもなく。
そして、2人が揃っていて難航するはずもなく、阿吽の呼吸で二手に分かれ、電光石火のスピード解決。
そんな平次とする推理も、新一にとっては当たり前のものだった。
だから、気づけなかった。
最初から居るのと、途中で呼びつける事の違いに。
呼び寄せた平次が、いつからか、現場に顔を出さなくなっていたことに。
会うこともなく、彼が帰る事があることに。
一応、呼び出した手前の引け目はあるので、隣の家で、暇を潰しているだろう平次を思い、阿笠邸の門をくぐる。
「わりぃ、服部。事件解決しちまった…」
ドアを開けるなり、我が物顔で言い放つ新一に、呆れた声が降りかかる。
「大阪の彼なら、お昼を食べてとっくに帰ったわよ」
「え、あ、そうなのか?」
「ええ。彼も有名人なのよ?ここの所ろくに眠れてないってフラフラしてたわ。帰って寝たいってね。…あなた、彼の扱いが酷すぎるんじゃなくて?」
「…あー…。わざと、じゃ、ねぇんだけどよ。なんか、アイツなら許してくれるって思っちまって…。悪いとは、思ってるんだけど…」
流石に新一にも、少なからず自覚があるため、バツが悪そうに頷いた。
「甘え癖が抜けないのね。あなた、江戸川君の時、彼にひたすら甘えてたものね。まぁ、甘やかす彼にも、原因はあるのだけど」
「…なんだよ。今日はやけにアイツの肩、持つじゃねぇか」
「あなたが自覚しているよりずっと、見るに堪えないのよ。あなたがそれで良いなら良いけれど…後悔しないかしら?」
「どういうことだ?」
「彼も腕利きの、有名な探偵よ?明日死体になってたとしても、おかしくないわ。そうなった時、あなた、後悔しないでいられるかしら?」
珍しく冷たい笑みを湛えて灰原が新一を見据えた。
なんとなく、むっとした新一もまた、不敵な笑みを携える。
「アイツがそんなヘマ、するわけねぇだろ」
「そう。なら、いいわ」
自信に満ちた声音。力強い眼差しに、哀はふっと微笑んだ。
絶対的な信頼。
そんな感情を向けられる相手を、よくここまで蔑ろにできるな、と別の意味で感心する。
コナンだった頃を、引きずっていることは明白だ。
哀や阿笠博士、当時彼を工藤新一として扱っていながらも、献身的に支え続けた者たちは漏れなく甘えられている。
が、いつまでもそのままでは、手遅れになった時、新一は壊れてしまうだろう。
特に、1番ソレが顕著で、どうも悪化しているように感じられる、西の彼に何かあった場合、きっと、目も当てられない。
「おう、じゃましたな」
自信満々に去っていく背中を見つめ、哀は、頑張りなさいよ、と、心の中で声をかけた。
荒療治になるが、気づかせなければならない。
元に戻ってから、もう、一年が過ぎた。流石にそろそろ、周りを鑑みずにはしゃぎ回るのは、終わりにさせたい。
阿笠邸を出た新一はというと、流石に罪悪感が勝って、平次に電話をかけていた。
何度か平次からの着信もあり、なんだか責められている気分になる。
何度もなるコール音に、珍しいな、と思う。
昼過ぎに出たなら、とっくに帰ってるはずなのだ。基本的に、知ってる番号ならば直ぐに電話に出る平次。自分の番号なら、遅くても3コールで出て貰えるのに。
と、いうか、こんなにもコールさせられたことは、初めてかもしれない。
ふと、嫌な予感がした。そして、気づいてしまった。
微かに、着信音が近くで鳴っていることに。
一旦服部への電話を切る。すると、微かに聞こえていた着信音も切れた。
(……は)
もう一度、掛け直す。途端に聞こえ始めた着信音。よくよく耳をすませば、それは自分の家のポストの中から聞こえてくる。
(お、こった腹いせ……な、わけ、ねぇよな…?)
恐る恐るポストを覗けば、小包が中に入っている。
それを取り出し、新一は急いで家の中に入り、開けた。
「服部…!?」
箱の中に鎮座していたのはスマホだ。
モバイルバッテリーに繋がれ、画面がつけっぱなしになっていた。
その中に映っているのは、ぐったりした様子の平次の姿。
バストアップで映されている彼は、俯き加減で呼吸は浅い。目を閉じ、顔色が悪く見える。
肩の角度や腕の位置で、椅子に座らされ、拘束されていると推測できた。
「服部!服部!!」
映っている箇所には、特にこれといった外傷が見当たらない。が、具合の悪そうな彼に、つい、大声で呼びかけてしまう。
すると、それに反応するように、彼の目が開き、新一を見た。
「く、ど……」
どうやらただの動画ではなく、通話アプリで、ビデオ通話になっているらしい。
「服部!しっかりしろ!何があった!?どこか分かるか!?」
彼と話せることで、少しだけ冷静になれた。
だが、早く助けたいと逸る気持ちが、どうしても抑えられず、大声を出してしまう。
平次が何か言おうとすると、画面がブレて、変声機で変えた声が、聞こえてきた。
「やっと、ですか。遅すぎですよ。工藤新一。おかげでほら、あなたの友人はもう、意識を飛ばしそうじゃないですか」
「…誰だ」
「一般人ですよ。ただのね。まぁ、あなたの噂を聞いて、ちょっと知恵比べをしたくなった、多少ヤンチャな気質の、普通の人ですよ」
「…何をさせたい?」
「流石ですね、工藤探偵。簡単ですよ。彼を助け出せばあなたの勝ちです。ね、簡単でしょう?」
「いくつか質問しても?」
「良いですよ。答えるかどうかは、わかりませんけど」
「何故、服部を攫った?」
「たまたまですよ。あなたに近しい人なら、誰でもよかったんです。たまたま、決行しようとした今日、たまたま、フラついている彼を見つけた。たまたま、人気も無かったもので、ね。そのまま来ていただいただけですよ」
「服部に何をした?」
「具体性に欠ける質問ですが、まぁ、良いでしょう。ついでにこのゲームのタイムリミットも教えてあげます」
カタンと音がして、映像が少し遠のき、平次の後ろへと回り込んだ。
映し出されたソレに、新一は呆然とした。
座らされた椅子に固定された腕。その腕には短い管が刺さっている。
ポタリ、ポタリ、
規則的に落ちていくのは、平次の血液で、ソレを受け止めているバケツには、既に相当な量が溜まっていた。
「どうです?タイムオーバーまでに、時間はあまりないでしょうね。あなたがこんなに遅いのが、悪いんですよ?ちゃんと、彼のスマホから電話もかけてあげたのに」
なんということだろう。もっと早く、彼を。いや、そもそも、自分が呼びつけなければ…と、後悔の海に沈みかけたが、頭を振って意識を戻す。
自棄になるのは後だ。今は平次を助けることに集中するんだ。
「そうそう、警察に助けを求めてはダメですよ?もちろん、お友達もね?もし、少しでも怪しい動きがあったら…」
「っ!!やめろ!」
コツコツと足音がしたと思ったら、全身黒服の男が、ナイフを片手に、平時の顎を掬った。
かき切りやすいように、首元を曝けさせる。
「その時は直ぐにココを切り裂いてあげますよ」
「…ぅ……」
刃の側面で首元をペチペチと叩いている。いつでも殺せる。そう言いたげに。
「分かったから…!」
焦燥し切った新一の声に、ナイフの男は平次から離れていった。
「と、言っても、ノーヒントでは知恵比べでもなんでもなくなってしまいますからね。彼とお話しするのは、許してあげますよ。まぁ、もう、朦朧としちゃってますけどね。でもそれは、工藤探偵のせいですから」
「他に、何かあるか?」
「いいえ?では、勝負ですよ、工藤探偵」
そう言われたと思うと、スマホは元の位置に戻され、平次だけが画面に写っている。
コツコツと足音が二つ鳴り、バタンと戸が閉まる音がした。
少なくとも2人以上のグループ犯罪。新一はギリ、と唇を噛む。
「服部!おい、服部!なんでもいい、そこに辿り着けそうなヒントはないか!?」
「くど…。なぁ、今から大阪、いってくれへんか?」
「…は?」
「最後まで、耳は生きてるて言うやろ?…おれ、和葉の声聞きながら死にたいねん。今直ぐ向こてくれたら、一言交わすくらいは、できるかもしれへんし…頼むわ」
「なに、言ってんだよ」
「せやかて、ココ、分からんし。薬使われて、起きたらここやったから、どんくらい移動したか、寝てたかも、分からへん。今が何時かも分からんし。外から聞こえる音に、特別なもんはない。中見た感じ、どっかの一軒家の屋根裏部屋や。まぁ、広いし、窓もあるみたいやし、屋敷みたいな大きめの家みたいやけど、それだけや。こんなん、どう探せっちゅーねん」
「だからって、諦めるなんてオメーらしくねぇじゃねぇか!」
「ホンマになんも無いんじゃ。俺、少なくても数時間はここに居んねんぞ?時々、車が通る音がするくらい。どんだけ見てもどこぞの屋根裏部屋。なぁ、頼む。和葉に、会わしてくれ…」
「…分かった。けど、蘭に頼んで持って行ってもらう。どうにか怪しまれないように動く。俺はお前がくれたヒントを頼りに、何が何でも見つけ出してやるから。だから、ぜってぇ諦めんなよ」
「工藤…。堪忍…」
「俺が助けたら、もう一回謝ってもらうからな」
平次の謝罪を、新一を信じきれないことに対してのもの、と解釈した新一は、そう、答えた。
幼馴染の彼女に連絡して、事情を説明する。自分は10分後に家を出るから、20分後に、作り過ぎた夕食のお裾分けのふりをして、家に来て欲しいと。
机に置いてあるスマホを、和葉ちゃんの元へ届けて欲しい、と。
家を出た新一は、近くの喫茶店で地図を片手にコーヒーを頼んだ。
(先ず、場所の絞り込みからだ。服部の血は、500…いや、600mlほど溜まっていた。血液の落ちる間隔は、10秒に約3滴ほど。
つまり、6時間はあの形で居たはず。今は8時…。となると、2時までには服部を捕まえて、移動開始しなければならない。
そして、アイツが博士の家から出たのは、1時半頃だろう)
平次の生活習慣は基本的には、きちんとしている。新一もそうだが、大体正午にお昼を取るのだ。
また、平次が誰かと食べるときは、最後まで食べている事が多い。食い意地が張っているとも言えるが、周りの人間も気兼ねなく食事がとれる配慮でもある。実際、平次が1人で食べる時は、そこまで時間をかけないでいた。
昼を食べたら帰ると決めて、1時間ほど談笑しながら食事を楽しみ、片付けをして、ほな、さいなら、と、サクッと帰っていく。それは大体いつも、この時間だ。
新一はそれらを知っていたし、覚えていた。
(博士の家から帰る途中に、攫われたとなると、人気のないこの付近でのらず。
そうなると、あいつが襲われたのが、1時半から40分あたり。車で移動するとして、移動時間は10分から20分。
乱暴な運転で目立つわけにはいかない。この辺りは住宅街で細道も多い、となると、およそ10キロ圏内に、服部はいるはずだ)
スマホを広げ、着信履歴を確認する。
平次からの着信は2時を過ぎてから、何度かあった。つまり、自分の推理にほぼ間違いはないという事だ。
持ってきた地図の、アガサ邸を中心に半径10キロの円を描く。
(服部が、時々車が通ると言ったことから、ここと同じような住宅街、または郊外。そうすると、この辺りは無し。ここら辺も無し)
そうして出てきたのは、学校を挟んだ向かい側の住宅街。
新一は、会計を済ませて飛び出した。
(ない!なんで無いんだ!!)
住宅街に着いた新一は、片っ端から家を確認して、聞き込みも並行していた。
屋根裏部屋があるような家はなく、なんとか捕まえた近隣住民に聞いても、この辺りに屋根裏部屋があるような家は無い、と答えられる。
あれから2時間、走り回っているが、見つかる気配がない。あと2時間ほどで、平次の出血性ショックでの死亡確率が、跳ね上がってしまう。
(もっと、遠くなのか?それとも、計算違い?見落としがあるのか?)
じっと地図を見つめる新一。
たとえ範囲を広げたとしても、住宅街の範囲が広がるだけ。
ここの住宅街に屋根裏部屋のある家なんか無いよ。と、何度聞かされたことか。
もう一つの住宅街は、自分の家しか屋根裏部屋を持っている家は無いし。
(俺の家…しか、ない…!?)
さぁっと、血の気が引いて、新一は慌ててタクシーを拾う。
(もし、もし、そうだったら。蘭は…服部は……!?)
誰の助けも借りるなと言った、犯人の言葉が脳内に響く。
工藤新一の身内なら、誰でも良かったと言った言葉も。
蘭に電話しても繋がらない。
血の気が引きすぎて、震え出しそうな体をなんとか抑えつけた。
10分ほどで自宅に戻った新一は、躓きながらも、自宅へと入り、駆け上がる。
「蘭!いるか!?服部!!返事しろ!」
蘭の姿がないことから、ターゲットは服部のみとされたのかと推測し、屋根裏部屋へと駆け登った。
「服部!!!」
下から顔を覗き入れると、飛び込んでくる友人の姿。
そのまま獣のように駆け寄り、拘束を解いた。平次の命を削っていた針も引き抜き、止血をする。
「服部!服部!」
意識を失っているようでぐったりしている。触れた肌があまりにも冷たくて、温めるように抱きしめた。
蒼白な顔と、浅い呼吸に救急車を手配しようと、スマホを取り出そうとしたら、後頭部に硬い感触。
カチャリ
と、無機質な音がした。
「ギリギリ合格、と、言ったところですね。蘭さんが来た時は、彼を殺そうとしたんですけど…」
「俺が無理に頼んだことやし、それはちと卑怯が過ぎるかな…思てな」
「…え?」
犯人の言葉を継いだのは、腕の中にいる平次だった。
「言ったわよね。後悔しないか?って」
すっと、離される硬い感触と、よく知った少女の声に、ブリキのように新一は振り返った。
「あ、むろ、さ……?おき、や…はい、ば、ら……?」
「因みに、そこの彼は、本当に出血性ショック起こしかけてるから、雑に扱っちゃダメよ?」
「ごめんね、工藤くん。かなりリアルなドッキリ、みたいな感じかな?」
「すみません。この子に頼まれると、どうにも断れなくて…」
「さ、輸血するから、彼をベッドに運んでちょうだい」
混乱極まる新一だが、腕の中の冷たい平次、という真実に、言われるがまま、彼を介抱するために動き出した。
「しかえし……」
ゲンナリと新一が呟く。
平次がなんとか回復して、目が覚めたタイミングで、答え合わせとなったのだ。
あけすけな言葉に、多少なりとも憤りを覚えはするが、明らかに身から出た錆なので、怒れないのだ。
今回の事件は、被害受けた本人…ではなく、それとなく見守っていた灰原哀が、ブチ切れたことで始まった。
「あら、彼は大阪から東京まで走り回ってるのよ?それも、何度も。たかが一回、近所を走り回されたくらい、どうってことないじゃない」
余りにも身も蓋もない言葉に、新一は返す言葉がない。
「協力するに当たって、話を聞かせてもらったけど、工藤君は服部君に甘えすぎなんじゃないかな?どんなに優れた強い人でも、ピンチになる時はピンチになるし、逝く時は逝ってしまう。それに気づくのが、亡くしてからじゃ、意味がない」
「彼の言う通りですよ。実際、私たちが作った動機はあり得なくなんかない。そして、服部君が疲労困憊だったのは事実でした。弱ってる彼を襲うのは、蘭さんを襲うよりも簡単です。
また、ドッキリではなかった時。厳しいですが、蘭さんが現れた時点で、二人は殺されていました。冷静さを欠くのもいけませんね」
ぎゅう、と、新一の腕に力が入る。
「悪かった。なんとなく、甘えちまってるな、ってのは、思ってたんだ。けど、そんなに酷かったことには、気づけてなかった。コイツの優しさに甘え過ぎてた」
「ま、昨日も言ったけど、甘やかし過ぎる服部君にも、問題がないとは言わないけどね」
「ハハ…」
哀がジトっと平次を見やると、彼は苦笑する。
(まぁ、彼の場合、他人にも優し過ぎるから、仕方ないのかもしれないけれど)
「…ちゅうか、工藤、ええかげん離れへんか?」
「…ヤダ」
「ヤダてお前…もうコナンちゃうんやん」
まるでコナンの時のように駄々を捏ねる新一に、平次は苦笑する。
「わあってるよ!でも!お前があったかいの、確認できねぇと。…出来ねぇとっ!……っ。ホントに、お前、死体みてぇに冷たかったんだぞ!?なんで、ドッキリで本当に死にかけてんだよ…っ」
半ば叫ぶように言った新一の目には、薄く膜が張っている。
それを見た平次は、申し訳なさそうでいて、嬉しそうな顔をした。
「…しゃあないやろ、オレの演技で工藤騙せると思えへんし。なら、真実にするしかあらへん。小っさい姉さんもおったし、工藤が来る時間も計算通りやったし。間違ぉても、安室さん達が手当する事になってたし。
まぁ、オレの事でも、心配してくれるんやって分かったし、体張った甲斐があったんちゃう。見つけてくれて、おーきにな」
「心配しないわけねぇだろ。俺が、お前を。くそ。でも、そう思わせちまうような事ばっかしてたんだよな…」
新一はコツンと平次の背中にひたいをつけた。
「ごめん…服部。悪かった」
「ええよ。…俺も、騙して堪忍や」
「…おう」
そんな2人を見て、哀は眩しそうに目を細め、ふっと笑った。
「じゃあ工藤くん、あとのことは任せたわ。基本は安静で、薬を飲んでいれば、明日には帰れるようになると思うわ」
「それじゃ、僕たちも失礼するよ」
「折角なんですから、親睦でも深めるといいですよ」
そう言って3人は去っていった。
「親睦深める言うてもなぁ…」
「そうだな。俺らがする話なんて、あれしか無いもんな」
暖かな温もりを抱きしめながら、穏やかに会話する。
暖かい、コナンの時に何度も守ってくれた大きな温もり。とても大きいと思っていたけれど、とても小さくなってしまった。
いや、自分が大きくなったのだと、ようやく認識できた。
同じ大きさになった温もり、だけど暖かさは変わらず、どこまでも優しい。
守りたい。今からは、自分も。
「んじゃ、まずはオメーがヘトヘトになっちまった事件の話からだな」
ニヤリと笑って新一が言うと、平次もニヤリと笑い返す。
お互いの表情をみとめ、フハッと同時に笑い出す。
あぁ、どうしようもなく大切な存在だ。
ずっとずっと大事だったくせに、やっと自覚するなんて。
「ほんなら、最初からやな」
話し始めた平次を慈しむように見つめ、抱え直して耳をそば立てた。
あたたかな感情を、胸に芽生えさせながら。