今でも転生五伏。
小学生五条と高校生伏黒が出会ったはなし。
「ねぇなんでどうして?」
なんでどうしてはガキの特権だと遠い昔に親父が言っていた気がするが、彼と会わなくなって五年以上が経つのでヤツの顔は覚えていない。
テーブルに放置したままのグラスがちいさく波打つ。カラン。茶色い液体の中で氷が溶けて色を薄くする。
「ねぇどうして?」
向かいの席で床につかない足をぷらぷらと揺らがせながら、ソイツは不満げに声を張り上げる。ついさっき学校の帰り道に声をかけてきたソイツは恵の顔を見るなり目を見開いて、口もあんぐりと開けて、初対面の筈なのにコチラの名前を知っていた。恵だよねと。
「知りませんよ。頭痛ぇから声抑えてもらえませんか」
「恵って年下にも敬語使う人なの」
アンタが相手だからだよと内心で毒づく。向かいの席でソイツは首を傾げる。
くりっとした大きな瞳は空色。肌は日に透けるように白い。その白よりずっと輝かしい雪原が散りばめられたような髪は、ふわふわとわたあめのように柔らかくて、掻き混ぜたら跳ねる短さ。
頬はまるい。顔は恵よりちいさい。当たり前だ。彼は自分を今は小学生だと名乗ったのだから。
「久しぶりですね、五条先生」
「元気してたわけ?」
「元気もなにも」
俺は今アンタのことを思い出したんですが。呟くそれは恵の疲労を濃く反映して、溜め息混じりに消えてしまう。
前世という概念があるらしい。それについては後述とする。
さて、今からおおよそ一時間前のこと。恵は高校からの帰り道で電車に乗っていて、乗り換えのために降りたところ声をかけられた。恵だよねと。
ソイツはランドセルを背負い、黒い通学帽と制服を着ていた。整った華のある目鼻立ち。声変わりもまだの、軽やかな鈴の音のような声。
「いい加減認めたらいいのに。今よりずっと昔に、おれとふかーい関係だったって。現におれのこと覚えてるんだろ」
「ふかーい関係ってなんですか。教師と生徒の他に何もないでしょ」
「本気で言ってる? あんなにかわいがってやったのに」
「ガキに言われたくねぇ」
高校生と小学生。喫茶店の隅で向かい合って、他人からしてみればひどく頓珍漢な会話をしている。
「ガキガキ言うけどさァ」
「ガキなんですよ。鏡見ました? どこからどう見ても百五十センチそこらだろ。百九十は絶対ないからな」
「大丈夫。今回のおれはそれを超える」
小学生のガキが何を言ってるのだ。メロンソーダの入ったグラスにささったストローの先が噛み跡だらけでちっとも吸えていない。極めつけはてっぺんにのっていたアイスなんて、五条先生は真っ先に食べてしまった。目を輝かせながら。
「大体、アンタと俺、今は接点ないでしょ。何の用ですか」
「……めぐみのいじわる……」
しゅんと五条の白い眉が下がり、恵はムスッと唇を尖らせた。いじわるなんて昔の五条は散々してきたくせに。
いや、そうじゃない。今のは俺の言い方が悪かった。
「あの後、おれ、それなりに恵のこと心配したんだよ。お前のことは可愛がってたし」
「アンタが心配?」
想像がつかない。
「お言葉ですが。アンタの心配には及びませんよ」
「どうして?」
「むしろ想像しなかったんですか。五条先生が死んでから、俺はそれまでの時間の何倍も生きた。具体的にいえば六倍くらい」
「……」
「五条先生は知らないだろうけど、おれは大人にもなったし、若い学生達を見守ることもあった。クソジジイって釘崎や虎杖に呆れられたりもした」
それでも五条と過ごした時間が一番だと、この人は信じるだろうか。あれ以上を探すのに、何度人生をやり直す必要があるだろう。たとえ見つけても、どうせまたアンタの傍でそう思うよ。
だから前世の概念はいらない。比べるものじゃないし一度きりでいいから。
目の前で小学生の五条先生は、みるみるまに頬を膨らませて、顔中で不機嫌を表現してくれる。くるくるとよく動く大きな瞳と、ちいさく尖ったくちびる。前髪が短いおかげでひたいがむき出しになっていて、幼さが余計に際立った。
「めぐみのばか!」
ぷくぅとまるまった頬が、言葉とともに戻ったかと思うと、また膨らんだ。
「アンタ、語彙力悪化してませんか?」
「しょうがないじゃん、おれ、今、小学生なんだから」
それはつまり悪ガキ度が増したと言ってもいいだろう。
「そもそも!」
「なんですか」
「恵だけなんだからな。おれが十年以上も面倒見てやったの」
「その節は大変お世話になりました」
「そうじゃない!」
いよいよ本格的に怒り出した五条先生は、席を立つと、腕を組み仁王立ちを決める。比較的BGMの大きな店を選んでよかったと恵は思った。ポップな音楽に重なり客の話す声が方々から聞こえてきて、五条先生の声などあっという間に目立たなくなる。
「なんで、どうしておれと恵の年の差がたくさん!」
「何か問題が?」
「これじゃ同じ学校になんないじゃん」
「そんなの、」
別にいいだろと恵は答えようとして、なにかに気づく。
「アンタ、人の顔見るなり、なんでどうしてって言いますけど」
五条悟はあそこで止まっているのだろうか。呪術高専の教師で最強の呪術師だった彼。友を失い、そして目指すべきものを持った。
「五条先生」
「なんだよ」
この人は今、小学生だ。思ったことや感じたことがそのままダイレクトに言葉に出る、いわゆる幼い子ども。恵だってそんな時期があったはずだ、たぶん。
「アンタが残してくれたから、俺はあの後それなりに悪くない人生がおくれました」
「お、おう」
不思議だ。昨日会って、その続きみたいに二人で会話をしている。思い出したのはついさっきで、なにもかもが信じ難い、あり得ないような出来事なのに。
「おかげで、アンタがいなくても充実した時間を過ごせたし、呪術師人生満喫しました」
「……」
「でも、五条先生がいた方が何倍も退屈しないし、絶対に飽きません」
昨日の続きみたいに会話をして、喧嘩したり嫉妬したり、何かに喜んだり。それができるくらいには、恵だって五条との時間はあの時で止まっているのだろう。
何十年、何百年経ったって、あの時は永遠に、今でも、
「だから嫉妬しないで下さいよ」
「べ、べつにしてねーし」
「久しぶりにアンタに会えて俺もよかったです」
ほら、そのジュース飲んだら帰りますよと目配せをする。すれば何故だか五条は頬を赤く染めて、まだ帰らない、おれと遊べと宣うではないか。
恵は眉根を寄せるはめになる。ガキのお守りは面倒そうだと溜め息を吐くのだった。
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今でも青が澄むならば、あなたが突き進んだ道は今もなお輝いているよ〜なんておもいます。この五伏はあと五、六年後とかにくっつきます。年下の悟に猛アピールされる^^
過去編映画公開おめでとうございます。
おでこでてる短髪さとるかわいいね。