予行練習(未完)最初は、いつものレッスン後にヴィルサンに言われた言葉からだった。
「アンタもこの先先輩になるんだから、そろそろ後輩に対する接し方も身に着けておきなさい。同じ砕けた口調でも同級生のようにいくとは限らないわよ」
「後輩に対する接し方……ですか?」
1年の間でも3年生のインターン先の話題が出始め、自分達が先輩となる日も近くなっている。それを踏まえてのヴィルサンからの指摘だった。
「ポムフィオーレの先輩として入学してくる新入生達のお手本になるの。談笑するだけならともかく、状況によっては叱ったり褒める必要もある。寮生活だから一層ね。そんな時即興でアタシやルーク、他の先輩達の真似をするだけでは格好つかないでしょう」
「それはそう、ですけど……」
元々地元では同年代が殆どいなくて、年下なんていたとしてもほぼタメ同様に学校で遊ぶくらいだった。いとこはまだ赤ん坊だし。
先輩や同級生達との話し方は散々しごかれたのでようやっと慣れてきたものの、そんな認識だから後輩に対してはあまり考えていなかったのだ。
「……そうね、アプローチの仕方を変えるわ。エペル。アンタ入学して初めてアタシに会った時、ヒョロヒョロで弱そうと思って喧嘩ふっかけてきたんでしょう?サバナクローと違って筋肉も目立たないから」
「ゔ、そ、それは……」
「アンタが先輩でも同じことよ。かつてのアンタのように、相手の本質を見極めず見かけへの一方的な偏見のみで突っかかってくる無謀な輩は必ず現れる。その可憐さに「自分より弱そう」と油断したお間抜けさんの新ジャガがね」
とんでもなく耳が痛い指摘に胃をキリキリさせながら黙って聞いていると、ヴィルサンがこう続けた。
【中略】
そういう訳で俺は、後輩への適切な接し方をシミュレーションすることに決めた。
といっても、練習相手を探さなければならない。ジャッククンやデュース達に頼もうかと思ったけど、元々タメ口だから同級生に対する感覚と混合してしまいそうなのでやめた。笑っちゃいそうだし。
演技となるとヴィルサンに頼もうかとも考えたけどこれもナシだ。なにせヴィルサンは寮長であり、世にも末恐ろしい俺達の女王様だ。どれほど完璧に後輩を演じてくれたとしてもおそらく違和感が勝る。
マジフト部……ラギーサン辺りは報酬を潤沢にすれば喜んで応じてくれそうだけど、なんとなくあの部活内ではあまりそういった面を出したくなかった。
………となると、やはりあの人しかいない。
最初から最有力候補として思い浮かんではいた。演技力が高くて、寮長のような違和感や抵抗感がなくて、タメではなくて、親しみやすくて、嬉々として協力してくれそうな人。
そう、ルークサンだ。
✽✽✽
「先輩としての接し方の練習?トレビアン!なんて熱心なんだ!!エペルくんの後輩として入学する子達に浅ましくも嫉妬してしまいそうだよ…。私で良ければ是非とも協力させておくれ!嗚呼、先輩として己を律し初々しい蕾たちを導かんとするキミの成長と研鑽の姿をこんな特等席から観ることができるなんて!!!マーーーベラス!!!!!ボーーーーテ100点ッッ!!!!!」
「あの協力してくれるのは本当にありがたいんですがその辺で…」
「ノンノン!愛おしい後輩の成長、決して不変に非ず日々磨きがかって美しく羽化していく姿、刹那ばかり許された賞賛の時をみすみす逃す訳にはいかない!見てご覧、空もキミを祝福するかのように雲ひとつなく晴れ渡って………嗚呼、なんて美しい……うっうっ…………」
「まだ何も始まってないじゃないですか!〜〜〜も〜〜〜これくらいで泣かないでください〜〜〜〜〜!!」
想像を遥かに超えて、むしろ逆に想像通りなくらい大歓迎な様子のルークサンをどうにか落ち着かせつつ、ひとまず協力者を得られたことにホッとする。
ルークサンの涙がが落ち着いた頃に予定を話し合い、数日後に練習時間をを組んでもらえることになった。
✽✽✽
数日後。
「その、本当に良い……んですか?これから僕、ルークサンに対して、先輩役としてタメ口使うことになりますし……ルークサンには僕に敬語使ってもらうことに……なるんです、けど」
「勿論だとも!全身全霊をかけ、キミの練習相手に相応しい初々しき後輩を演じきってみせようじゃないか!」
約束の時間にルークサンの部屋にお邪魔して、案内されたベッドの縁に腰掛ける。
念の為の最終確認だったけれど、ルークサンは変わらず乗り気だった。なんなら俺の方がわけもわからず緊張し始めていた。
「じ、じゃあ……いきますよ」
「ウィ!いつでもどうぞ」
……ひと呼吸、置いて。
「えっ…、………と、…………る、ルーク"クン"、?」
「はい、エペル"先輩"!」
……
……………、
………っわーー……………。
なんだろうこの、この感覚。
演技とはいえ今の"先輩"は俺の筈なのに、形容しがたい緊張感やら恥じらいやらが湧き上がる。
俺に笑顔を向けるルークサンの眼差しが、普段とは全く違って見えるというか……今の先輩は、いやこれややこしいな、ルークサンは俺を慕ってくれる後輩で、それで……。
「……先輩」
「ヒョエッ」
「エペル先輩、どうかしましたか?」
「あっハイ………じゃない、ウン。ちょっと考え事してただけなんだ。ルーククン、は今日も元気そ…うだね。よかった」
「ふふ、気遣ってくれてありがとうございます」
だめだ無駄に緊張してしまう。このままでは外国語の初心者用教科書5ページ目辺りに記載されてる例文みたいな会話の応酬になってしまう。
こっからどうすればいいんだ…?
まずい。一応考えてきた先輩らしい会話パターンが完全に頭から飛んでいる。
「……先輩、今日は勉強会の約束でしたよね!誘ってくれてありがとうございます!私の部屋でよろしかったでしょうか?」
あ、今確実に助け舟入れられた。悔しいけど正直ありがたい。
とは言っても勉強会か、何を教えてあげられるだろう。いくら演技中と言えど現実の俺はルークサンが受けている3年のカリキュラムなんて未履修だし、3年の範囲まで完璧に理解できているほど優秀じゃない。運動…特に飛行術は自信があるけど、別にルークサン側も飛行術が苦手な訳ではない。何か他に……
………あぁ、そうだ。何も学校の勉強に限らなくていいんだ。それなら俺にもひとつだけ、持ち得る技術があった。