うなななが同居する話2「本当にいいの?こんなめちゃくちゃなことして。」
「いいんだよ、クリスマスと正月があるから。お祝いなんだよこれは。」
危険な遊びなんか何も知らず、同級生の友人と秘密基地作ってはしゃいでるんだ、可愛いだろ。可愛い息子の可愛い遊びだよ。
馬鹿みたいだけど、秘密基地という響きはすごくいい。たしかに可愛らしい音をしている。
二つ布団を敷いて電気を消して、今日は終わり。
眠るまでこれからこの部屋でしたいことを話そうと言うので「とりあえず早く寝ないと、サンタさん来ないよ」と言うと、それは困るから少しだけ話そうかと返す。
「天井近いね」
「普通だと思うけど」
七緒にとってはね。大樹の楽しそうな笑い声が横から聞こえる。
「……大樹は家の仕事を継ぐの?」
「……そうなるかなぁ。」
「へぇ」
「大人になったらもうこんなこと出来ないだろうから、今だけはって自由に遊ばせてくれているような気がするんだ」
今までなかった鋭さに胸がキンと冷えた。初めて、返す言葉が浮かばなかった。
「明日望遠鏡を買いに行こう。確か屋上に上がれるんだよここ。そうだ、前に見た変な色と形の入浴剤を買うのもいいな。七緒はこの部屋に何が欲しい?また買い出しに行こう」
「花瓶を買って、薔薇を飾りたい」
僕が言うとそれもいいね、と笑うような声で返された。
こんな狭い部屋に薔薇を飾ったら、その香りだけで包まれていっぱいになりそうだ。わくわくする。
(略)
2人しかいないのにガラスケースの中に並ぶケーキを眺めていたらホールで1つ購入してしまった。
大樹がクラッカーの紐を引いた。パンっと音を立てて紙がちらちら落ちるのを見て僕も同じように紐を引いた。少し焦げたような匂いが留まっている。手を叩いて、乾杯をした。
「やってみたかったこと、やってもいい?」
大樹は僕が並べたフォークとナイフを手に取らず、一度席を立ってアルミホイルを手にして戻った。
「いいよ。僕もしたい。」
肉にかじりつく。品がなくてもいい。今は2人しかいないのだから、手も口周りもベタベタに汚した。大樹が口を大きくあけて肉に齧りつくのは随分と様になる。鳥もこんなに豪快に食べられたら本望じゃないかな。指についた油を舐めた。それでも気づけば無意識に拭き取る自分がいて、やっぱりできないんだなと前を見ると同じように拭う彼がいたので、僕たちには向いてなかったと思うことにした。
写真を撮ろうよと取り出したスマホを内カメラに変えて、ほら笑ってと言う。言われなくても口角はずっと上がったままで、グラスに少し口をつけてカメラを見た。ほら、楽しそうな2人だよと大樹が見せてくれた画面には思ったよりも浮かれた互いの姿が写っていた。
後輩に送ると4人からすぐに返信がきた。見るとどうやら今日は学年ごとに別れて集まっているようで、写真を求めるとすぐに送られてきた。それをすぐに保存して、向かいの彼に、大樹の後輩もいるよと見せると今同じことしてたと違う角度の同じ写真を送ってくれた。僕もお返しに後輩からもらった写真を大樹に送った。その間にもまた後輩達はパーティの写真をポンポン送ってくる。2年生は鍋をつついて、1年生はピザを頼んだようだった。
「マーサ、大丈夫かな。」
「なんか、これから三人で走るみたい。」
1年生たちから送られてきた今からマラソンします!と書かれたメッセージを見せると大樹は笑って、この部屋を途中休憩所にしてあげようかと提案した。
1時間もしないうちにチャイムが鳴り、初めての来客が三人、上がってきた。学校のジャージを着て鼻を赤くしているので、お疲れ様と声をかけ、冷たい麦茶を振る舞った。
「七緒、よかったね。」
大樹が目を細め頬杖をついて笑った。
(略)
学校から出された宿題をしたり、自習もしつつ彼は生徒会の会議に出かけたり、僕も後輩に誘われて外出をした。
大樹は家事の経験が全くないようで、一つずつ教えてやるとへぇと言いながら楽しそうに真似をした。なんでもすぐに覚えて上手くこなすので役割を分担した。
「ごめん、勝手にシャンプー借りちゃった。」
「どうして?」
「七緒が好きだって言うから、試したくなった。」
手を伸ばして撫でるとたしかに大好きなあのシャンパンローズの香りがする
「一緒に暮らしてるって感じだ。もっと早く使えば良かった。」
(略)
互いに聞いてはいけないことがあるような、そんな距離を測る行為は誰にでもあるのだろうし、理解しきれないこともある。その心地よさにまだ浸りたい。
言葉に、しない。絶対。
スマートフォンを手に取った大樹が「あ、ダメだ」と言い、どこかに電話をかけた。
「一度帰ってこいってさ。流石にこの時期はダメか」
どうやら家からの連絡があったようだ。「親族会みたいな感じ?」と聞くと「そうかもねぇ」と返される。
大樹が親の知り合いと時々食事会に行かなきゃいけない話は聞いたことがある。
「七緒も年末年始は一度帰ったほうがいいでしょ?」
昼飯を食べ終えて、大樹が皿を洗い、僕はこの家を留守にするための準備をした。
「じゃあ次は3日の昼とかになるかな。早い?」
「僕はなんでもいいよ」
宇奈月家みたいな特別な親族もない。
「家まで送る。」
「本当は、七緒と年越しそば食べたかったな」
残念そうに肩を落とした彼に、来年食べようと言いかけて、やめた。部屋の鍵を閉めた。
「元旦はどうするの?みんなで初詣に行く約束してたよね。」
「朝だけなら抜けられるかもしれない。適当に上手いこと言って必ず行くよ。」
(略)
楽しいから、もうそれだけでいいだろうというニュアンスを含んでいた。思ってることと違うことを口にしても察してくれるところとか、近づいたかと思えばまた引いてしまうところとか、それがちょうどよくて、だから大樹とは一緒にいられるような気がしている。あの遊びにも付き合っている。