次のライブに向け練習に励んでいた來人は、主任からの呼び出しを受けレッスン室を出た。
「この間のおもてなしライブを見てくださった遊園地の方からいただいたんです!」
そう言って5枚のチケットが主任から來人に手渡される。遊園地の入場券───どうやらEv3nsを招待してくれているらしい。
この間もみんなで海へ遊びに出掛けたばかりだ。結成当初に比べてかなり仲が深まった彼らとならきっと楽しめるだろうという期待を胸に、來人はチケットを受け取った。
「そうか、それは嬉しいな。さっそく4人にも伝えてみよう」
お願いします、と会釈をしてくれた主任にこちらも笑顔で会釈を返し、レッスン中の4人の元へ足早に向かう。
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待ちに待った当日。空いていると教わった平日に訪れたからか、比較的人はまばらで身バレも気にしすぎることなく楽しめそうだ。
「ね、ちぃたちの写真dazzleにあげるよね? みんなであの動物のカチューシャつけよ〜!」
「え、動物のカチューシャ……?あぁでも、招待してもらったんだしSNSに写真のアップはマストだよな……」
少し怪訝な表情を見せた太緒も含め、5人は千弥の声に連れられて遊園地のショップに足を踏み入れた。
店に入ってすぐ目に入る位置に、さまざまな動物のカチューシャが置かれている。
「……ファンのみんなが喜びそうな飾り物だね。ニュシィにはこれが似合うんじゃない?」
潜は千弥にうさぎの耳が生えたピンクのカチューシャを差し出す。
「マツィはこれで、プルシュにはこれがいいかな」
次々とカチューシャを見繕う潜に乗せられて、太緒の頭にはくまのカチューシャが、幾成の頭には白猫のカチューシャがつけられる。
「潜さん、なんか機嫌良さそうっすね……」
「これは……自分に似合っていますか?」
幾成の問いに、來人が答える。
「あぁ、似合っているさ。なぁ潜、俺に似合うものも選んでくれないか?」
「……お前は自分で選びなよ」
先程までの上機嫌が真逆になってしまったかのようにそっぽを向いた潜に、千弥が黒猫のカチューシャをあてがった。
「くぐりぬはこのネコぴが似合うんじゃない? らいてぃんはこのワンコがいいと思う!」
「こういうのも悪くないかもしれないな。千弥、ありがとう」
「ニュシィが選んでくれるの? いいよ、特別につけてあげる」
最終的な目的はdazzleへの写真のアップだ。遊園地の知名度アップにもつながるよう、園の定番デザートを購入して撮影したり、フォトスポットを訪れたり───。
写真撮影だけで多くの時間を費やしてしまったが、動物のカチューシャを身につけた5人の姿は後日ネット上で大きな反響を呼んだのだった。
今後の仕事に繋がるチャンスかもしれないということは忘れないでくださいね、という生行からの忠告にも応えられただろう。
「さて、そろそろアトラクションにも乗るか。主任からはジェットコースターとお化け屋敷をぜひ体験してきて欲しいと言われているが……」
「この遊園地のウリらしいっすもんね。感想とか、SNSに共有した方がいいかも」
「うんうん。それに、主任ぴの期待には応えないとね! ちぃはまずジェットコースター乗りたいな〜」
「あぁ。だが、夜からの天気が怪しいらしい。もしかしたら早めに帰らないといけなくなるかもしれない……ここは二手に分かれるか」
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暗く、不気味な雰囲気をまとった館内に潜はため息をこぼした。
「はぁ……足を引っ張ったら承知しないよ」
「もちろんだ!どんな仕掛けがあるのか楽しみだな」
千弥たち3人と分かれた2人は、暗い館内を進む。
目を輝かせながら歩を進める來人の姿に、潜は余計にうんざりとした気分になった。
館内は暗くて古びた街並みを再現しているようで、作り込まれた雰囲気がとても恐ろしいと話題らしい。
確かに思っていたより広く、気を抜くと道に迷ってしまいそうなほどだ。
「……?」
さっきまで前を歩いていた來人の姿が見当たらない。迷いそうだと思っていたところにこの有様だ。
きっと気になるものでも見つけて足早に先へ行ってしまったんだろうと思い、潜も先へ進むことにした。
「ちょっと、來人……」
暗い空間に、ひゅうと冷たい風の音が響く。途端に世界に1人きりになってしまったかのように感覚になる。このお化け屋敷が評価される理由が分かった気がした。
「……っ」
そんなことを考えていたら、パタパタとせわしない足音が近づいてくる。
「すまない、潜。先へ行きすぎてしまったようだ……どうした?驚かせたか?」
「ふざけないで、早く行くよ」
「あぁ」
本当に気が使えない男だ、と心の中で悪態をついた。こんな男が戻ってきて少し安心しているかのような自分が気に食わない。
「そうだ潜、またはぐれてしまわないように手を繋ごう」
「……は?」
とんでもないことを言い出したかと思えば、來人はさっそく潜の手を引いて進み始める。
振り払う気力もないままに着いていくと、これまでいた街を抜け、病院のような施設に入った。
忠実に再現された内装に、どこか懐かしい匂い。ロビーを抜けると、病室のような空間が現れた。
「あ……」
窮屈な白いベッドに、あまり満足に外も見えない窓───なんだか思い出したくもないことを思い出してしまいそうな感覚がして、潜はひっそりと息を飲んだ。
「潜……?どうした、怖いのか?」
「……はぁ、そういうわけじゃ、」
「大丈夫だ。目を瞑っていてもいいから、手は離すなよ。もうすぐ外に出られそうだ」
「ちょ……っ」
手を引かれ進んでいくうちに病室を抜け、長い廊下の先が見えてくる。確かに出口が近づいてきているのだろう。
時たまゲストを驚かせるためであろう仕掛けが2人を襲ったが、來人は臆することなく歩を進めていった。
「ほら、潜、もう出口だ。3人も外で待っていてくれている頃かもしれない」
「……そうだね、君のおかげで災難だったよ、來人」
「?思っていたより広い屋敷だったな。大変だったが、いろいろ見応えがあった」
そう言って満足気な來人を屋敷の外で千弥たちが待ち受ける。
「あ!らいてぃん、くぐりぬ、おかえり〜どうだった?」
「内装が凝っていて、面白かった。今度はみんなで行こう」
「はぁ……僕は遠慮しておくよ」
「じゃあ潜、次は一緒にジェットコースターだな!」
「君は本当におめでたいね、來人」
"神様"みたいな君が暗闇から連れ出してくれたなら。
そう微かな期待に胸を躍らせていた過去のことなんて、もうどうでもいい。きっと、そう。