夜の静寂を切り裂いて戦いは終わった。
長い長い一日だったと、ピッコロは思う。地面は深くえぐれ、レッドリボン軍の基地は跡形もなく消え失せていた。視線を横に移せば、悟飯が娘のパンと無邪気にじゃれ合っている。
「じゃあね、バイバイ、気をつけてね」と、あちこちから声が飛ぶ。
「ピッコロさん、少し話したいことがあるので、夜にそちらへ行きますね」
「なんだ、今言えばいいだろう」
「今じゃどうしてもダメなんです。二人きりじゃないと」
「お前がいいならそれでいいが……今日は休んだらどうだ?」
「大丈夫ですよ、ボクは。ピッコロさんは大丈夫ですか?」
悟飯のその問いかけに、ピッコロは「ああ」と曖昧に返事をした。
「よろしくお願いしますよー!」と手を振る悟飯に、それを真似るパンが並ぶ。ピッコロは笑みをこぼしながら、ゆっくりと手を振り返した。
静寂に包まれた夜。ひときわ鋭い気を感じて、ピッコロは外へ飛び出した。夜の約束を忘れていた訳では無い。ただ、思っているよりもずっと強い気を感じていた。
「悟飯……お前……」
「どうですか、ピッコロさん。ボク、あの時の姿になっていますか」
「ああ……確かに、あの時の……」
その気から伝わる圧倒的な力に、ピッコロは思わず息をのんだ。
「償いをしたいんです」
「償い?」
「ピッコロさんを傷つけてしまったこと。また守られてしまったこと……ボクはまた……またあなたを……」
「……そんなことを言いに来たのか。悟飯、お前はもう寝ろ」
ピッコロは半ば諦めたように、悟飯の言葉を遮った。
「ピッコロさんは……腕まで飛ばされて、血も流して……ボクを守るために、また傷ついて……ボク、もう、あなたが傷つくところなんて見たくない」
ぽつりぽつりと語る悟飯。その声は弱々しくても、瞳はまっすぐピッコロを見つめている。その瞳が、ピッコロをいつも拘束する。
「……バカめ。お前も無茶をしてただろうが。人の心配をする前に、自分の心配をしろ」
ピッコロは苦笑した。その顔を見た悟飯の目が潤む。
この人は、優しすぎる。
悟飯はそう思った。そして、たまらなく愛おしくなった。気づけばもう、ピッコロを抱きしめていた。
無言の時間が流れる。湿った夜気の中で、悟飯は何かを求めるように、ぎゅっと力を込めてピッコロを抱きしめ続けた。ピッコロは戸惑い、そして迷っていた。しかしやがて、そっと悟飯の背中にその大きな手が添えられる。
その手は、穏やかで、時に厳しく、けれど今はただただ安心を与えることのみを義務とする重みのある手だった。
「ピッコロさん……やっと、やっとボクにハグを返してくれましたね」
「ああ……やっと、お前を抱きしめられる。お前は強く大きくなった。もう、オレが抱きしめても壊れやしない」
「はは……そうですね。ボク、強くなりましたよ。ピッコロさんのおかげで」
悟飯は泣いた。ぽつりと言葉を零しながら。
「全部全部、ピッコロさんのおかげだ……ピッコロさんがいないと、ダメだなあ……」
涙が止まらない。まるで子供の頃に戻ったように、声をあげて泣いた。獣のように泣き続けた。
この世で一番強い男は、今夜だけ、この世で一番の泣き虫になった。
その背中を優しく撫でるピッコロの手は、今夜だけは厳しさを捨てていた。
二人のハグは、まるでピッコロが今まで返さなかった分まで埋め合わせるような、長く、深いものだった。
長い長い一日の終わりに、長い長いハグを。