山陽本線の「陽」、と彼は言った。
自身も山陽の名を冠しているのに。わざわざ本線の名前を出す必要なんてないのに。
「なんでわざわざ本線で表現したんです?あなたも“山陽”じゃないですか」
思わず問いかける。
「山陽と言えば本線でしょ?」
彼は当然だと言わんばかりの態度。確かに、それはそうだ。でも、それでいいのだろうか。篠山はもういないと言った彼は確かに前を向いていた。そんなこと、俺もとっくにわかっている。だからこそ。
「上官は、それでいいのですか?」
「それって?」
「いや、その…」
この感情をどう伝えればいいのか。普段、もういない彼の面影に執着している自分を、初めて憎んだ。確かに自分はその影に固執している。けれど彼の決意や覚悟を、無理やりにでも壊して、踏みつけて、否定してしまいたいわけではない。目の前にいる彼が今どんな気持ちで山陽の名を名乗っているのか。どんな気持ちでその服に袖を通しているのか。理解しているつもりだ。だって、俺だから。
「あなたにとっての山陽は、本線なのですか?」
「うん…ていうか、なんだろう。本線はさ、かっこいいから」
これ、本人には内緒ね。そう言って照れくさそうに笑う。その笑顔は、あの頃とまるで違っていて、だけど確かに面影があって。思わず泣きそうになる。
いつだか彼は言った。本線はとてもかっこいいと。それは今でも変わらないのだ。彼にとっての山陽は、あのころからずっと本線なのだ。
「上官は昔からそうですもんね!」
浮かんだ涙をごまかすように、上官の背中を強く叩く。なに!?急に!驚きと困惑の混ざったような表情。そんな上官の顔が、どうにも愛おしくて、俺はもう一度、今度は優しく上官の背中を押した。