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    ォオ爺チャマとしろう

    執事閣下、フェンヴァル相手左右固定のジジイ(88)

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    フェンヴァル。閣下の肖像画と人間界に城をもって滞在していた設定の話

    ##フェンヴァル
    ##執事閣下

    泡沫夢幻の肖像 ヴァルバトーゼは、人間界に城を一つと魔界・人間界各地に屋敷をいくつか保有していた。人間の血が食事であるヴァルバトーゼにとっては魔界から出向くより、人間界に留まって向かうほうが都合のよいこともあったからだ。
     祖先から継承したという城はいかにも厳かで、年季を感じるものであった。
     石造りの外観をしており、眼の前には湖が広がっていた。周囲は色の濃い森で人の気配はない。ただ野生生物が弱肉強食の中で生存していた。
     城の監視塔へ登ると手前は青々とした緑で、奥に薄い青緑の霞かかった山々が悠々と広がっている。
     二人は、この静かな場所から夜な夜な狩りへ向かうのであった。

     ヴァルバトーゼが狩りに行く以外は広い城に、主人と従者の二人きりだ。
     古い城は夏は高地らしく快適だが、冬は凍りつくような底冷えする寒さである。
     それでも従者であるフェンリッヒは広い城を丁寧に磨き、手間をかけ庭園を作り上げた。
     自分たちが不在の間は、人間の庭師とメイドが手入れをしていた。ヴァルバトーゼは軽い催眠をかけることができる。
     戻ると朦朧とした庭師とメイドに不在の間のやり取りをした。
    「ご主人様、おかえりなさいませ」
    「留守の番ご苦労。また留守にする間は頼む」
    「はい、いつでもお呼びください」
    「ご主人様、今の時期はダリアが見頃でございます。派手で色づきのいい花ですよ。気に入っていただけりゃいいんですが」
     メイドと庭師は満面の笑顔を浮かべゆっくりお辞儀して、そのまま気を失った。
    「わたくしが村まで送ってまいります。ヴァル様はお部屋でお休みください」
    「ああ」
     悪魔と契約したとは夢にも思わぬだろう庭師とメイドは、マメで堅実な人物だった。
    給金をはずんだおかげで城はいつ戻ってもホコリも少なく、庭園は季節の花々や緑に包まれていた。

     動物たちは恐れを知らぬのか、よくヴァルバトーゼの近くにその体を寄せてきた。
    小鳥たちは歌い、鹿は踊るように走って見せた。野犬はフェンリッヒに従い、城の周囲を警備した。
     ただ、時折産まれてくるのかアルビノの個体だけはけしてヴァルバトーゼに近づこうとはしなかった。白き動物は聖なるものとされている。
    本能的にわかっているのか、時折ぢっとこちらを見ていたが視線を向けるとすぐに逃げてしまった。
    「命が惜しいか」
     アルビノは自然界では弱者である。
    すぐに淘汰される生き物をわざわざ殺そうと言う気にもヴァルバトーゼはなれなかった。

     森深き城での暮らしは時折ヴァルバトーゼを狙いにやってくる悪魔がやってくる以外は平穏であった。並の悪魔が元・月光の牙と暴君ヴァルバトーゼの二人に太刀打ちできる訳もなく無様な死に様を晒すのみであった。

     初夏も終わりころのことだった。庭にはゼラニウムや早咲きの百合が咲いていた。青々とした緑や花は色の濃いのから薄いのまでがひろい庭の隅々で生命力を光らせていた。
     フェンリッヒは、かねてからこの見目麗しい暴君の姿を肖像におさめようと考えていた。
    そこで、風変わりで有名な悪魔絵師を城へ招いたのだった。
     彼女は東方の魔界出身で、悪魔同士の抗争よりも人間界の豊かな自然や生物、人間模様を好んで描く画家だった。
    「作品に着手する前に、ヴァルバトーゼ様をスケッチさせていただけないでしょうか」
    「かまわん。見られてやましいこともない」
     暴君は手短に答える。
     絵師は許諾を得ると、さらさらとヴァルバトーゼのスケッチを残していった。
     スケッチは膨大で、絵師が腐心して描いていることが伺われた。
     静かなときの中で、自然とそこに存在するヴァルバトーゼの存在を、絵師は描写していった。
     出来上がった肖像のヴァルバトーゼは麗しく、フェンリッヒにとって満足のいく作品だった。
    「素晴らしい出来だ。謝礼には色をつけておく」
    「ありがとうございます。暴君ヴァルバトーゼ様を描けるなんて、望外の喜びですわ」
    「それと、お前はヴァルバトーゼ様のスケッチを随分と描いていただろう。あれも譲って貰えないだろうか。もちろん望む分の謝礼は払う」
    「ええ、構いませんわ。フェンリッヒ様には、あの絵も大事にしていただけることでしょう」
     絵師の返答にフェンリッヒは平静を装いつつも、飛び上がるほどの喜びを感じた。
    キャンバスの中のうつくしく、全盛の時を収めた主人も素晴らしいが、スケッチの主人は生きているかのようでどちらも選び難いほどの魅力を持っていた。


     出かける、とふらりと主人が出ていって3日が経過していた。
     いつもより遅い帰りに従者は少しの胸騒ぎを感じている。
     ――探しに行くべきだろうか。
     考えが頭をよぎったとき、大きな扉が開く音がした。
     主人が帰ったのだ! すぐに出迎えへ向かうと、そこには、残酷な光景が広がっていた。
     

     フェンリッヒはこの日をけして忘れないだろう。
     喪失の悲しみと、氷に咲く炎のような憎しみが生まれた日を。
     

    「ヴァル様、どうかお食事を」
     ヴァルバトーゼの前には、老若男女様々な人間たちがかろうじて息をしている程度で重ねられている。
    「俺はもう、人間の血は飲まぬと言っている」
    「そんな。……そんなもの……。死んだ人間の女との約束など守る必要はないでしょう!」
    「死せれば約束を果たすこともできん。どれだけお前が死体を積み上げたところで、徒労となるだけだ。畏れを得ることもせず、無駄に殺すのはやめろフェンリッヒ」
    「ヴァルバトーゼ様……」
     フェンリッヒは血が出るほど強く唇を噛んだ。
     顔も知らぬ女がただ憎かった。いっそこのような事態になるのならば、己が殺したかったと願うほど強い憎しみと殺意がフェンリッヒの中からへどろのように湧き上がった。
     主人が飲まぬと拒む以上、無理に飲ませることも出来なかった。
     なんとか飲ませようと小細工を弄したところで主人には看過され、フェンリッヒは力を失い続ける主人をただ黙って見ていることしかできなかった。

     ――暴君ヴァルバトーゼを見かけない、誰ぞに負けて傷ついているらしい。力を失った今が好機だ。
     そんな噂が悪魔たちに広がるのは早かった。
     元々が目の上のたんこぶだったのだ。弱っているなら、それに付け込むにこしたことはない。
     そして悪魔たちは、利害さえ一致すれば協力もする。
     居所は割れていた。城も、魔界の屋敷も放棄せざるを得ず、ひとところに留まることはできなくなった。
     力を失ったのならばまた取り戻せばよいのだ、とその時のフェンリッヒは考えていた。
     若い自分の甘さに気付かされるまでは。

     必要最小限の荷物を持って、逃亡する日々が始まった。
     眠りも浅く、疲労がたまる。路銀は徐々になくなっていった。ヴァルバトーゼは血を飲まない。力は失われていくばかりだった。
     そんな折には、悪魔絵師から買い取ったスケッチがフェンリッヒの心を癒やしてくれた。
     力強い暴君ヴァルバトーゼがそこにいる。主人は力を失っても気高く、誇り高い。
     ならば報いねば、とフェンリッヒは誓う。従者として。シモベとして。

     何度目かわからないほどの襲撃。主人をかばい、押し寄せる悪魔を殺していく。
     悪魔の一人が、魔法使いだった。フェンリッヒが気にかけていた荷物を狙って、ファイアを放った。
     あの中には。あの中には。

    ――走る。走る。走る。フェンリッヒは二足の最速で走った。

     けれど、魔法が届くほうが、早かった。
     紙の燃える音。煙。じりじりと消えていく。フェンリッヒの、大事なものが。
     どこに力があったというのだろう。フェンリッヒは秘技とも言える技を解放していた。
     叫び声。血のしぶき。痛み。…………息遣い。

    「フェンリッヒ」
     主人の声で現実に引き戻された。いいや、残虐な行いをする自身との日常とに境などなかったのに、ただ主人の冴え冴えとした言葉が炎を小さくしたのだ。
    「もう殺してやれ」
     見れば、スケッチを燃やした悪魔は死なないギリギリのところで、細かく分解されていた。
     フェンリッヒが少しずつ細切れにした悪魔は、のどを震わす気力もないのか『い、だ、、、タ、け、で、』と何かを懇願しているのだけがわかった。
     鋭い爪を持った手が、死にかけの、もうとっくに精神は死んでしまっている悪魔の頭を掴む。
     ざくろが弾けるように、フェンリッヒの逆鱗に触れた悪魔は絶命した。


     ――冷静を欠いている。
     余裕のない状況に、フェンリッヒの精神も徐々に削り取られている。
     だが。今はもう、ないものに執念を燃やすことはしない。
     本当は暴れ出して、何もかも壊してしまいたい。
     なにより思い出を捨て去ってしまうようで、自身が万全でもないことと併せて悔やまれた。
     精神がきしんで血管がひとつひとつちぎれていくようだった。
     だが、惜しむ自身を律せよ。
     堕落せず。甘んじず。前進しろ。閣下のために生きる限り、どのような悪魔にでもなれ。


     ヴァルバトーゼは日に日に弱るばかりだった。路銀ももうない。追手は少なくなってきたものの、まだ安心はできない。
     魔界の下層を過ぎた辺り。もはや、形を保つのも難しいのか、ヴァルバトーゼは威厳ある男性の姿からあどけなさの抜けない少年の姿へと変容してしまった。
    「ヴァル様……?!」
     フェンリッヒはいたく驚いた。眼前の主の姿は、暴君と呼ぶにはあまりにも幼く、小さな存在だったからだった。
    「……どうやら、魔力消費を抑えるために身体が小さくなってしまったようだな……」
     ヴァルバトーゼは自身を分析して、小さくなった手を眺めていた。
     人間の血さえ吸えば、姿かたちも、力も、きっと戻るに違いないのに。それでもヴァルバトーゼは頑なに拒んだ。
    「フェンリッヒ」
    「はい、ヴァル様」 
    「ここまで手を貸してくれたこと、礼を言う。ここまで付き合わせたが、お前の望んだ暴君は、この先もきっと戻ることはない。お前だけならばまた傭兵としてでも生きていけるだろう。だから」
     いつも自信に満ちたヴァルバトーゼには珍しく――いや、初めての――弱気な言動だった。
    「ヴァルバトーゼ様」
     フェンリッヒの声は、強い拒絶を含んでいた。
    「わたくしが、そのように浅い覚悟で月に誓ったとお思いなのですか。命を賭したとお思いなのですか。わたくしを、見くびられては困ります」
     フェンリッヒは小さくなった主人の手を強く握った。主人はいつも体温の低い方だが、魔力切れの影響でか氷のような冷たさをしていた。
    「貴方様のいらっしゃる場所がわたくしの居場所。いつまでも仕えさせていただきます。ヴァル様にはわたくしが必要で、わたくしにはヴァル様が必要なのですから」
    「フ、頼もしい限りだ。我が最優の忠臣にして友よ。ならばこの身尽きる時までけして離れるな! 共に覇道を行くぞ! フェンリッヒ!」
    「御意に。ヴァルバトーゼ様」 
     フェンリッヒは、自身も体力が少なくなっている自覚がありながらも小さくなったヴァルバトーゼを背負った。驚くほど軽く、華奢な体つきだった。だが主人の胸に誇りは曇らず輝いている。それだけでフェンリッヒには十分だった。
    「たとえ地獄へでも。あなたとならば、どこへでも」
     フェンリッヒは歩き出した。それが本当に地獄へ行くことになり、あまつさえ400年もの間プリニー教育係になることを知らないまま。

    ==========

    「ヴァル様、あの城はどうなったでしょうね。ヴァル様が先祖から譲り受けた、高原にあるあの城は」
    「もうないだろう」
     ヴァルバトーゼの言葉はフェンリッヒより思い出のこもったものであったからか幾分か沈んで聞こえた。しかしフェンリッヒの郷愁が聞こえを変えたのかもしれなかった。
    「あの爽やかな風、しんと凍る冷たさ、鳥の鳴き声、栄華を誇った花々、湖にうかぶ小舟、静けさにけぶる山……」
     フェンリッヒの脳裏に鮮明にうつる城の姿は四季すべてがうつくしく、また儚かった。
    「失われたものを懐かしく思うのはよいことだ。誰かが記憶の端に留めねば、いずれ本当に喪われてしまうのだから」
     ヴァルバトーゼは視線を少し伏せた。彼の脳内にもまた城の情景が映し出されているに違いなかった。
    「なあフェンリッヒよ。たとえあの場所が壊れたとしても俺とお前が思い出せば、少なくとも記憶の中には存在できる。たまにはこうして口の端にあげようではないか」
    「はい、閣下。喜んで」
     今目の前にいるヴァルバトーゼも、肖像の中のヴァルバトーゼとは違う形をしている。
     もし暴君の姿に戻っても、時は戻せないのだから同じ悪魔でもありようが違う。
     思い出もかたちあるものも儚く消えるのだ、いずれは。
     不確かなロープ渡りのような世界で、それでもフェンリッヒはヴァルバトーゼの存在が楔であり、よすがであった。
     人間界に、あの城はもうないだろう。屋敷も、森も、庭も。時とともにすべてがあぶくのように消え去ったに違いなかった。
     400年。けして短くはない時間だ。
     無駄にしたとは思わない。ヴァルバトーゼは全盛期とまではいかないものの、力を取り戻しつつある。
     フェンリッヒの心には、全盛期の暴君の思い出とともにいつも燃えたスケッチが片隅にあった。
     フェンリッヒの明晰な頭脳はスケッチの内容を覚えておりいつでも脳内で再生することができたが喪失の悲しみの癒えることはなかった。
     唯一残ったのは麗しき暴君の肖像のみだ。
     400年の間、フェンリッヒのよすがとなった肖像は今でも部屋に飾られている。
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