それは男のロマンってヤツ「な、何そのカッコ」
「おかえり」
ブロロ……と噴かされたエンジン音が遠くに響く金曜の午後九時。
ご飯を作って待ってるね、と足繁く通う彼女からの通知に心を躍らせ帰宅した俺は、玄関のドアを開けたその奥に広がる光景に、ただ立ち尽くすしかなかった。
「ご飯にする? お風呂にする? それとも……」
しおらしく、伏し目がちな眼差しがやがて俺を射止める。
可憐な手付きが首に掛けたエプロンを取ると、その下からは到底彼女が持っているはずの無い制服が、胸元のスカーフが揺れるコスチュームがお披露目された。
「な、なな……、……セーラー服……」
ガシャン。持っていたコンビニの袋が手から滑り降ちる。と同時にはらり、とエプロンが音を立てずに床に捨てられた。学園の女王に君臨した経験を持つ彼女の所作は、一つ一つが優雅で目を奪われる。ストリップショーを見ているわけでもないのに、どうしてかイケナイ気持ちになってきた。卒業から三年。あどけなさが残っていた少女は既に美しい女性へと成長し、本物のクイーンへの階段を登りつつある。
しかし今夜身に纏っているのは、真紅のガウンではなく、正真正銘、セーラー服。
「七ツ森先輩」
「は!? な、何、その呼び方」
先輩!?
す、と一歩近付かれ、思わずその分後ずさる。
ヤバイ。静止画にも慣れてないのに、動かれると情報量が。いやいやしかも何その呼び方。
「逃げないで。ほらこっち来て、先輩」
「え? あ」
気が動転している俺の手を掴んで部屋の中へと引きずり込んだ彼女は、膝丈のスカートを翻して先を行く。
分かってる、分かってるよあんた。“理解”ってる。セーラー服はこうじゃないと。いや、ミニ丈のアレンジも嫌いではないけど。決して。それでもこの、時折覗く膝裏の無防備さはこの長さじゃないとお目見えしない。
プリーツスカートと同色のクルー丈ソックスが絶妙な絶対領域を作り上げ、紺色に上下から挟まれたことで肌の白さ際立っている。そっか、あんたの足ってこんなに綺麗だったのか。
……ってヤバ。俺ってこんなフェチあったっけ!?
学生時代、春夏秋冬問わずさらけ出されてた健気な生足に、今更モエる日が来ようとは。
「七ツ森先輩」
「ふぁい!?」
やっちまった。声裏返った。ダサ。
自己嫌悪に顔を覆う俺を彼女は小さく笑って、掴んでいた手を両手で包んだ。まるで聖母のような微笑みで、俺のクイーンは俺を許した。
「ふふ。ねぇ、どうかな? 似合う?」
「うん……似合う。……、」
キレイとかカワイイとかも言ったら、下心丸出しに思われるか?
……やめとこ。俺は立派な彼氏だし。そういうんじゃねーし。
「着せ替えしたいって言ってたから。してみちゃった」
「…………こっちの気も知らないで……」
あざと。あざといって流石に。可愛すぎ。この子は本当に。
俺の手を離し改めて全身を披露する姿に見惚れて胸が苦しい。だって、着こなしもパーフェクトなんだから。
上は短く、下は長く。完成されたシルエット。流石としか言いようがない。女性特有の凹凸がさりげなく引き立っている。襟から覗くリボンスカーフの膨らみや結び目のバランスだって最高。シワも無い。ここまではファッション的な評価。
そしてここからはオトコとしての見解。
見ないようにしてたけど、これはもうさ、見るしかないって。いや見せてんだろこんなの。少し腕を上げるだけで、うっすいお腹が見えてんだって。足もそうだけど、なんなの? もしかして誘ってる?
「……えっちな目」
「は!? そうさせてんのはソッチでしょ! ……な、なに?」
「先輩」
「ま、待って、アブナイって」
俺が。
色々な感情で壊れ始めた俺を見て、昔よりやや察しが良くなった彼女が壁際へと追い詰めてくる。
そっと身を寄せて、胸を押し付けて、背中へと腕を回してくる。
「うおっ」
「たまにはこういうのもいいかなと思って……ねぇ先輩、キスしよ?」
「あ、あんたね……どこでそんなこと覚えてきたの」
返事を待たずに唇を寄せようとする彼女が精一杯爪先立ちをした。身長差的に俺が屈まないと口付けられないというのに。カワイイ。たまんない。キスして欲しいんだ。
大人しく顔を近付かせようとして、ふと悪戯心が芽生えてしまった。
「……先輩なのに、タメ口?」
「……え?」
「ふう。……あんたから仕掛けてきたんだからな。いいぜ、付き合ってやるよ」
深呼吸をして、頭も心も落ち着かせる。やられっぱなしってワケにもいかない。
壁に完全に身を預けて胸元の彼女を見下ろす。虚をつかれたようなその表情に自然と口角が上がった。
「ほら。なんて言うの?」
「キス、したい、です」
「んー、悪くはないケド。驚かされたし、これだけじゃな」
指の背で頬を撫でる。柔らかくて滑らかで、日々の手入れの努力が伝わる肌質だ。元々キレイってのもあるだろうけど。
すんなりと運ばないコトに可愛い眉が少し下がった。うん、その困り顔も、スキ。
「……キスしてください、先輩」
「ん、いーよ」
屈んで、薄いピンクのソレに唇を重ねる。ちゅ、と軽く触れるだけで顔を少し離せば、物足りなさそうな視線がこちらに向けられていた。
マットなベージュのアイシャドウにブラウンのアイライン。控えめなマスカラと薄いチーク。メイクもちゃんと、学生服に合わせてナチュラルにしてる。そういうとこだよ、ホント。
「先輩、好き」
「あんたが本当に後輩だったら、俺、卒業出来なかったかも」
「……じゃあもう後輩やめようかな」
「え」
もう? この流れ、今からじゃない?
密かに焦る俺を置いて、ちゅう、と甘ったるいキスが送られる。そして何かを企んでいるかのように、こちらを見上げる瞳の奥がきらりと輝いた。
「あのね、実くん。本当の制服の方も、持って来てるの。……続き、する?」
「………………えっ?」