バッファローのいたずら 冬なのに随分と暑い夜だ。
真夜中過ぎのイエローウエストのどこかの裏通りを、キースは鼻歌を歌いながら歩いていた。今晩は初めて行く酒場の雰囲気を楽しんだ後に、行きつけの店で飲み直し、例の如く自分がどこにいるか分からなくなるくらいに酔っている状態だ。ふわふわして気持ちがいい。たぶん、もうじき橋が見えてくる。タワーに戻るにはそこを通るしかない。
霧でも出ているのか、視界が悪かった。橋を渡り始めると、妙に揺れる気がする。トランポリンみたいに揺れて、大丈夫なのか? とキースは妙に冷静に考えた。
千鳥足でさらに数歩進むと、花のようないい匂いが鼻腔に届き始める。相変わらず橋はボヨンボヨンと揺れている。不思議と歩くのに問題はなかった。
霧に隠れた前方から何か音が聞こえる。
それは次第に大きくなっていった。
何かが大群で押し寄せているような、例えば、野生動物の群れのような音。
それはすぐに姿を現した。
「バッファロー!?」
バッファローの群れはキースの存在をまるで無視して突撃してくる。
逃げなくては。
そう思ったが、今になって橋の揺れがいよいよ大きくなり、キースは一歩踏み出すのが精一杯だった。バッファローの群れが、キースにぶつかる。
「なんで、バッファローが……?」
「いや、なんでバッファローなの?」
突然に誰かの声が聞こえて、キースはゆっくりと目を開けた。
鼻先がくっつきそうな距離に、マゼンダ色の瞳を持った顔があった。
「んんん……、ブラッ……いや、フェイス?」
「正解。だけど言い間違いで100点減点」
状況がさっぱり飲み込めていないキースに、フェイスが少し苛立った声で応えた。
言い間違いに気を悪くしたのも束の間、フェイスはなぜか勝ち誇ったような得意げな表情になる。
じょじょにキースの頭もクリアになって来た。
フェイスの背景は、タワーにあるキースの自室の天井で、ここはベッドの上。夢で橋が揺れまくっていたのは、ベッドのスプリングの揺れを勘違いしたらしい。そして、バッファローの群れの猛進にぶつかった衝撃は、フェイスが腹の上に乗っかっているから。
「お前、何してんの?」
「んー、ちょっとイタズラ」
キースははっとして、上体を起こし、部屋の反対側に顔を向けた。同室の友人はどうしているのかに思い至ったのだ。
「ディノなら、検査入院とかで今晩はラボに泊まるって言ってたよ。おチビちゃんはこの時間はもうぐっすりお休み中だし」
何も心配いらないよ、とフェイスは可愛らしく小首をかしげて見せる。
「そういう問題じゃ……」
フェイスが制止するキースの唇に人差し指を押し付けて、「しー」と言って黙らせた。そのまま押し倒され、キースは背中を再びベッドにつける。
押し黙ったキースに満足したのか、滑らかな指先は唇を弄び、顔のラインをなぞって猫にするように顎下を擽った。何がそんなに楽しいのか、フェイスはくすくすと一人で笑った。猫の相手ごっこに飽きたのか、今度はキースの上半身をペタペタと服の上から触り始める。キースの緩み切ったネクタイを、わざとらしいゆっくりとした速度で解いていった。
その気になり始めたキースが腕を伸ばす。腹の上に乗り上げているフェイスの太ももを撫でると、急にフェイスがその手をはたき落とした。
「まだダメ。キースはじっとしてて」
「なんでだよ」
「なんでも」屁理屈にすらなっていない答えを寄越し、フェイスは身体を折ってキースの唇に可愛らしいキスを落とした。
まるで、あやされてるみたいだ。フェイスは年下の恋人のイタズラに便乗することにした。
フェイスは何度かついばむようなキスをしたのち、キースの胸板に額を擦りつける。今度は自分が猫の役らしい。
眼前で揺れるフェイスの髪の毛から、夢の中で嗅いだいい香りがした。
触れたい。
そろり、とキースはフェイスの頭を撫でた。
フェイスは数秒それを楽しんだ末に、その手に噛み付いた。
「痛った! お前、本気で!」
「ダメって言ったでしょう?」
欲情を押し固めたみたいな艶やかな顔で言われて、キースは喉を鳴らして生唾を飲み込んだ。
素直に従うキースが余程気に入ったのか、フェイスはまた上機嫌になって、キースのシャツをズボンから引っ張り出し、ボタンを外していく。全て外すと、わざわざ裾のほうから肌に手を添わすようにして、シャツをはだけさせた。
「キースって暖かい」などと言いながら、また掌で腹筋の凹凸を確かめている。
正直な所、キースはそろそろ限界だった。フェイスも自分の尾てい骨に中っているモノの存在に気付いているだろうに、それは全くの無視だ。フェイスが腹の上でごぞごぞと動くたびに押され刺激されて、熱が集まって行く。
「キース、ちゃんと見ててね」
今度は何をするのかと顎を引いて視線を合わせると、フェイスは彼自身のシャツのボタンを外していくところだった。二つボタンを外すと、白い首筋と鎖骨が露になる。肌の上で揺れるネックレスが誘うように揺れていた。
四つ目のボタンを外すと、フェイスは袖を通したまま肩からシャツを落とす。
中途半端に胸の突起が見え隠れしていて、全部脱いでしまうよりも、むしろ扇情的だ。
フェイスは続けて自分のベルトを抜き取った。彼のスラックスも、かなり窮屈そうになっている。
次はどうしてやろうか、と考えているらしい無邪気さの残るフェイスの表情をしばし堪能したキースは、唐突に能力を発動させた。フェイスの身体が、ふわり、と宙に浮く。
「あぁ、ちょっと!」
悔しそうなフェイスの下からさっと身を起こす。獲物を狩るような素早さで、一瞬の間に形勢は逆転した。ベッドに押さえつけたフェイスを見下ろす。
「あんまり大人を揶揄ってると、どうなるか教えてやんねぇとな」
「アハ、俺どうされちゃうんだろ」
楽し気に笑みを漏らしたフェイスが、最後のひと足掻きとして、キスをぶつけてきた。