It's up to you.「今日も元気でつやつやですねー」
日課の水やりの任務を果たした喜多が、葉っぱをつついて嬉しそうにしている。
俺は、諦めて彼が葉っぱとコミニュケ―ションを取りやすいように机に突っ伏してやっている。授業中に、寝るときの体勢。
昼休み、弁当を食べた後だから本気で寝てしまいそう。
「葉っぱが元気だと、嬉しいです。ねー、おまえ元気だねー」
明らかに、葉っぱにかける声のトーンが一段高い。彼は葉っぱを溺愛している。
「緑で、ピカピカで、かわいい……」
―― 至近距離、吐息を感じる距離で甘い声を出さないでほしい。被弾する。
告げるなら今だ。
水を差すようで悪いけど、早いうちに事実は伝えておいたほうがいいと、少し前から俺は思っていた。
うん、伝えるなら、今かもしれない。
彼に理解ができるかどうかは別問題として。
「……葉っぱはね、時が来るまでは、元気だよ」
少しでもショックを和らげてやろうと、葉っぱになりきって高い声色で話してやった。
喜多が、え?という顔をした。
「時が来るまで、って、いつか枯れちゃったりとかする感じですか?」
喜多がジタバタおろおろした。
「え、でも、春夏秋冬、いつでも緑でピンピンキラキラしてたじゃないですか、去年は。え?ちょっと、先輩どういうことですか?」
吐けと言わんばかりに肩を掴んで顔を上げさせられた。
「喜多君、喜多君、本体を揺さぶるのやめてぇ~」
「先輩、ふざけてないで」
必死。必死オブ必死。
やっぱりショックはデカかったか、そうか。おまえ、葉っぱ大好きだもんねぇ。
クソ。面白くないからいじめてやる。
「ふざけてないよん。本当に、いつかは取れて、そこから先は生えてこなくなるって聞いたよん」
「取れる」
喜多が痛ましそうな顔をした。
「大人になったら、生えてこなくなるらしいよん」
「大人になったらって、いつどのタイミング何時何分何秒、地球が何回回ったとき」
こんなざわつく教室内で言ってしまったのはまずかったかもしれない。だから来い来い、と招いて、耳元に直接こそこそ話で言ってやる。
「―― まあ、アレだね。死んでも妖精さんにならないような出来事を経験したときだね」
「……」
喜多の白い頬が一瞬にしてピンクに染まった。
わぁ、おもしろい。ちょっと気が済んだ。
「……。」
無言。めちゃくちゃ視線が泳いでる。おもしろい。面白ついでに畳みかけるようにささやいた。
「あ、喜多、意外とそっちのコトは知ってる感じ?」
喜多が、頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。
「知らないわけないじゃないですか……思春期舐めないでくださいぃ……。あー……」
「想像した?」
「―― 正直、……しました」
消え入りそうな声は震えている。
下から睨め上げた顔は真っ赤。MAX真っ赤。ぐるぐるが同化してしまいそう。
完全に溜飲を下げて、俺は声も高らかに笑ってやった。
けっこう本体も愛されてるみたいでよかった。
「いつか、を決めるのはお前に任せてやるからねん……」
悩め悩め、少年。
こっちはもう、覚悟はできている。
―― というより、お前の気が変わらないうちに、どうか、いつか。願わくは。
「ほら、そろそろ昼休み終わるから、2年の教室に帰りなー」
とりあえず迷い無く子どもな現時点ではそういう意味で背中を押すことはできないので、ひとまずは教室から追い出すために彼の背中を押した中学3年の俺なのであった。