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    FuzzyTheory1625

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    FuzzyTheory1625

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    不貞腐れアドラー

    食堂にて昼休憩を告げるチャイムが、ラプラス中央棟に鳴り響く。音の最後が消えきる前に、職員たちはそれぞれのペースで席を立ち、食堂へ向かう。
    かちかちと響く足音、ドアの開閉音、誰かのあくび。そのすべてが秩序の中の微細な乱れのようで、どこか窮屈だ。

    アドラー・ホフマンは、それらに一切加わらない。
    データ片手に食堂に向かうその姿は、今日もどこか不満げで、そして不貞腐れていた。

    白いタートルネックの襟元はへろへろに伸び、黒のロングコートの裾は椅子に引きずられた跡がついている。
    ぼさぼさのウルフヘアーをひとまとめにしたリボンも、ほどけかけていた。
    それでも誰も注意しない。だって彼は“最高責任者代理”。気分次第で昇格も左遷も決まる、厄介な天才。

    「……クソ、なんでこっちが言いに行かなくちゃなんねぇんだよ……」

    ぼそぼそと吐き捨てながら、食堂の自動扉をくぐる。
    そこに、既に座っていたのがウルリッヒだった。

    無音のように滑る白い義体。ぴったりと張りつくスーツに、短すぎる銀色の上着。胸元にはIDカード。
    そして——その頭部に浮かぶ磁性流体が、ふわりと揺れていた。
    形は今、ゆるやかなラッパのようになっている。おそらく「呼吸」のような意識的なリズム。感情は落ち着いている証だ。

    「おや、キミも昼かい?」
    「当たり前だろ。あんたのとこ、指示なしで動く奴いねぇんだからよ。」
    「うん、それはボクの影響じゃなくて、職場の文化だと思うが?」
    「はぁ……」

    アドラーは深いため息を吐き、無言で圧縮ポンプの前に立った。
    背面のインターフェースに職員カードをかざすと、「カチン」と音を立てて機械が起動する。
    数秒後、金属的な″シュウウッ″という音とともに、銀色のプレートに、栄養を圧縮した粘性の食塊が盛られた。

    今日はパスタ風らしい。形はしていない。

    「マジでさ、ここのメニュー、ほんとに人間向けか?」
    「基準値は満たしてるって聞いてるけどね。苦情ならミルトン部長に伝えておくよ。」

    ウルリッヒはそう言いながら、義体の太ももにあるチャージポットを開き、細いケーブルを差し込んだ。
    淡く黄色の光が点灯する。食事の代わりに今日も充電というルーチンをこなす。

    「あんたは食べないのか?」
    「ボクの義体は栄養は要らないからね。代謝もないしね。コーヒーだけで充分だよ。」

    そう言って、ウルリッヒは銀製の細い管にコーヒーを注いでいた。
    チャージポットと接続されることで、香りだけがかすかに空気に混ざる。

    アドラーは、ぶっきらぼうにスプーンを手にしながら、向かいの席にドスンと腰を下ろした。

    「……で?」
    「うん?」
    「ジェフの報告、また誤字だらけだったって?」
    「うん。7箇所。最初は気づかなかったけどね、エンコードが壊れてた。」
    「……俺が見逃したってことだろ。文句言いに来たのかよ、あんた」
    「いや? キミは見逃す人じゃない。だから疲れてるのかと思ったまでだ。」

    その言葉が、妙に腹にささった。

    アドラーは一瞬だけウルリッヒを見て、それから視線を逸らした。
    言い返さない。なぜなら“図星”だったから。

    無言で、つま先を伸ばす。

    そして、つん。

    ウルリッヒの脛に、ブーツの先が当たる。軽く。

    ウルリッヒは反応しない。磁性流体がほんの少し揺れただけで、言葉も視線も変わらない。

    つん、つん。

    二度目、三度目。

    アドラーの顔は正面に向いたままだが、目だけが斜め下に向いている。どこか、気まずい子供のような目。

    「……なんかさ、昨日、Xに“顔が死んでる”って言われたんだよ。俺」
    「ふーん」
    「なんだよその反応!」
    「キミの顔が生きてたら怖いじゃないか。」
    「てめぇ……」

    言いながらも、つま先が止まらない。
    ウルリッヒの脛を——ただ静かに、つん、つん、つん。

    「で、報告まとめたのか?ウルリッヒ」
    「ん。あと数分で上がる。そしたらボクが回しておくから」
    「……ったく。便利だよな、あんた。」
    「褒め言葉と受け取っておくよ。」

    アドラーの手元のプレートでは、機械食が半分も減っていない。
    スプーンを動かす指に、まったく力がこもっていない。食べているというより、ただ“触って”いるだけだ。

    ウルリッヒは、チャージ残量を確認し、磁性流体の端を軽く震わせた。

    そのときもなお——アドラーの足先は、地味にウルリッヒの脛をつついていた。

    理由なんてウルリッヒは知らない。
    でもきっと、どうでもいいんだ。知っていても知らなくても、ウルリッヒは同じように返す。

    だからこそアドラーは、つん、つん、と続けるしかなかった。

    理屈じゃない、しょうもない、どうしようもない不満のはけ口として。

    そしてそれは、いつもの昼食の静かなノイズとして今日もまた、誰にも気づかれずに消えていくのだった。
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