首絞めプレイ金属の扉が閉まる音が、実験室に重く響いた。鈍い反響がコンクリートの壁に跳ね返り、まるで空間そのものが二人の存在を閉じ込めるように沈黙した。天井の蛍光灯は最低限の光しか放たず、薄暗い光がウルリッヒとアドラーの輪郭を淫靡に浮かび上がらせる。影は鋭く、まるで二人の間に横たわる決して超えては行けない境界線のように揺らめいていた。
アドラーは無言で椅子に腰を沈めた。黒いロングコートの裾が床を擦り、ボサボサのウルフヘアがリボンで乱雑に束ねられている。首元の白いタートルネックを、わざとらしく、挑発的に引き下ろす。布が肌を滑る音が、静寂の中でやけに大きく、湿った響きを帯びていた。喉仏が、ゆっくりと、だが確実に上下する。汗が首筋を伝い、肌に光る。緊張と欲望が、彼の血管を脈打たせていた。
「ウルリッヒ。」
目は合わせない。視線は宙を彷徨い、どこにも焦点を結ばない。だが、その声は真っ直ぐで、まるで鎖のようにウルリッヒを絡め取った。低く、掠れた声。命令とも懇願ともつかぬ、熱を帯びた響き。
「……締めてくれ。限界まで。」
その言葉は、まるで自らを差し出す生贄のように、実験室の空気に溶け込み、ねっとりと漂った。
ウルリッヒは一言も発せず、アドラーの背後に滑るように立った。内心では、嫌悪と戸惑いが磁性流体の奥で渦巻いている。だが、ラプラス製の義体はそんな感情を微塵も見せない。白いピッチリしたツナギが薄光を反射し、銀色の短い上着が微かに揺れる。頭部の磁性流体が、感情を映すようにゆっくりと形を変える——今は、静かなだがどこか不穏な波紋のような形状だ。嫌がっていることを、アドラーに悟らせないための仮面だった。
義体の指が、アドラーの首筋に触れる。冷たくはないが、人間の体温とも異なる、異様なまでに「正確」な温度。指先が汗で湿った皮膚をなぞる感触は、まるで精密機械が対象を愛撫するかのように繊細で、しかしその奥に潜む「力」を、アドラーは知っている。感じている。首筋を這う指に、アドラーの体がわずかに震えた。
「圧力は……キミの限界までか?」
ウルリッヒの声は静かで、まるで実験計画書を読み上げるような平板さだ。だが、その底には、嫌悪を押し殺した微かな震えが隠れている。磁性流体が、一瞬、鋭く乱れた形状に変化したが、すぐに滑らかな仮面に戻った。アドラーがそれを気づくことはない。
左右から、義体の両手がアドラーの喉に添えられる。掌は柔らかく、まるで人間の皮膚を模したような滑らかさだ。だが、その柔らかさの裏に、鋼のような力が潜んでいる。義体の指が、ゆっくりと、しかし確実に首に圧を加え始める。アドラーの喉が締め付けられる感触は、まるで鎖が絡みつくように生々しく、彼の息を淫らに奪った。
「……少しずつ。徐々にだ。」
ウルリッヒの言葉は、優しさの仮面をかぶった刃物だった。内心では、この行為の倒錯さに吐き気を覚えながらも、彼は手を止めることなく進める。まるで、壊れる寸前の限界点を探る実験者のように。
手に、力が込められる。アドラーの呼吸が一瞬で浅くなり、喉が締め付けられる感覚が脳に直接突き刺さる。心臓の鼓動が速まり、耳の奥で血流の音が鳴り響く。首筋に浮かぶ汗が、義体の指に絡みつき、滑りを生む。恐怖ではない。むしろ、感覚が極限まで研ぎ澄まされる中で、倒錯した陶酔がアドラーの全身を侵食していく。
「まだ大丈夫か?」
ウルリッヒの声は、冷静さを装いつつ、どこかぎこちない。
「はは、弱ぇな。」
アドラーの声は掠れ、震えていた。唇がわずかに開き、熱い吐息が漏れる。そこには恐れと欲望が絡み合い、剥き出しの情念が滲み出ていた。目はウルリッヒを真っ直ぐに見つめ、挑むように、壊されることを望むように光っていた。首筋に浮かぶ汗が、蛍光灯の光を反射し、淫靡な輝きを放つ。
「なら、キミの望む通り限界まで絞めるよ。」
ウルリッヒの声に、ほんの一瞬、感情の揺らぎが混じる。嫌悪と義務感が磁性流体の奥で衝突するが、彼はそれを押し殺す。磁性流体が、鋭く、獰猛な笑みを模した形状に一瞬変化したが、すぐに平静を取り戻した。義体の手に、より強い力が込められる。今回は容赦がない。圧力は一気に増し、アドラーの喉を確実に、執拗に締め上げた。
アドラーの呼吸が途切れ、唇が震え、目尻に汗が滲む。喉に走る圧迫感は、まるで心臓を直接握り潰されるかのようだった。視界が揺れ、肺が空気を求めて痙攣する。だが、彼は抵抗しない。むしろ、その暴力的な圧力に身を委ね、沈み込んでいく。首を締められる感覚が、脳に覚醒と陶酔を同時に叩き込む。唇の端から、唾液が混じった白い泡が滲み出し、顎を伝って滴り落ちる。倒錯した快感が、彼の全身を支配していた。
「まだ、まだ行けるだろう。」
ウルリッヒの声は、冷たく、だがどこか抑えた熱を帯びていた。内心では、この行為の異常さに耐えきれず、磁性流体が一瞬、乱れた形状に揺らぐ。
アドラーの唇が開き、言葉にならない喘ぎが漏れる。顔が赤みを帯び、額に汗が浮かぶ。目が虚ろになり、瞼が痙攣する。唇の端から泡が溢れ、喉から湿った、絞り出すような音が漏れる。意識が遠のく。視界が暗くなり、点滅する光の残像だけが残る。だが、彼の口元には、かすかに笑みの形が浮かんでいた。壊されることへの、倒錯した期待。
ウルリッヒの手は、さらに力を増す。義体の指は、まるで生き物のごとくアドラーの喉に食い込み、脈打つ血管を圧迫する。アドラーの体が椅子に沈み込み、肩が震え、指が無意識に椅子の肘掛けを掴む。喉から漏れる音が途切れ、泡が唇から溢れ、床に小さな水たまりを作る。視界が完全に暗転し、彼の体が一瞬硬直する。
そして、次の瞬間、アドラーの頭がガクンと前に倒れた。意識が途切れ、力なく椅子に沈み込む。唇から泡が滴り、首筋に汗が光る。静寂が実験室を支配した。
ウルリッヒは手を離し、アドラーの倒れた姿を見下ろす。内心では、嫌悪と安堵が交錯する。義体の指が、ゆっくりとアドラーの頬をなぞる。冷たく、正確な触感の中に、ほんの一瞬、感情が滲む。それは、支配と親密さの狭間にある、名前のつけられない何かだった。磁性流体が、複雑な形状に変化する——満足ではない、後悔でもない、ただただ複雑な感情の波。
「なぜキミがこんな関係を望むのか理解に苦しむよ。」
ウルリッヒの声は、静かに、しかしどこか疲れたように実験室に響いた。