陽だまりの歌「日和様、お帰りなさいま」
「爺や、お風呂沸かしてもらえるかな?」
「で、ですが日和様……その子は……?」
冷静沈着で滅多に感情を表に出すことのない、日和の世話係が珍しく言葉を失い目を見開いている。
「街で見かけてね。孤児でこれから売られるというから、ぼくが買い取って来たね」
日和の背後に、小さな男の子が立っていた。
年のころは五、六歳と言ったところだろうか。
栄養状態があまりよくないらしく、もしかしたらもう少し大きいのかもしれない。
「今日からこの子はぼくの子供だね。養子縁組の手続きも済ませて来たからよろしくね」
「は!? 養子をお迎えに!?」
「ぼくはまだ十八だけど、特に問題はないはずだね。これで跡取りがどうのと言われなくなるでしょう?」
「ご家族には……」
「これから言うね! それよりも早く! お風呂とこの子の着替えもね!」
日和の声に爺やは慌ててかけていく。
「何も心配いらないからね」
子供は特に不安げにしているわけでもない。
ただ無表情で日和の服の端っこを掴んでいた。
「ジュンくん」
君を貴族にふさわしい青年へと育ててあげる。
その場にしゃがみ込み、日和はジュンと視線を合わせ微笑んで見せた。
風呂に入れ髪を整え綺麗な服を着せれば、誰もが目を見張る美少年に変身を遂げるだろう。
貴族というのは本当にままならないものだ。
添い遂げる相手すら自分で探すことも許されず、ただ家の為だけに存在を続けなければならない。
何よりも「高貴な血」とやらが優先される排他的な環境に、日和は常日頃から疑問を抱いていた。
「ジュンくんを一人前に育てて見せるね」
まずは綺麗に笑えるように。
日和はめいっぱい、愛情を注ぐ覚悟を決めていた。
☆
「んふふっ」
「ジュンくん!? あまりはしゃいで転ばないでね?」
一面の花畑が見下ろせるテラスに陣取り、日和はたまった書類を片付けていた。
広く堅苦しい屋敷内の中でも日和が気に入っている場所でもあった。
花畑と言っても野花が勝手に咲いており、日和がそれを刈らないよう指示している者だった。
白や青の小さな花弁がまるで星々のように点在し、可憐に咲き誇っていた。
「おひいさん!」
ぱたぱたと軽い足音ともに、ジュンが日和の足元に駆け寄ってくる。
「これ、良い匂いがします」
「うんうん、それはハーブだね。よくみつけたね。うんうん、さすがぼくのジュンくんだね」
日和の愛を一身受け、ジュンはよく笑うようになっていた。
勉強も作法も、教えれば教えたぶんだけぐんぐんと吸収していく。
日和のいう言事もなんでもよく聞いてくれる素直な子供だった。
だがそれが時折、とても不安に思ってしまう。
(子供はもっと我儘を言うべきだね。うんん、そういう生き物なのだから)
少しでも悪いことをして日和に嫌われたら、ここを追い出されると思っているのだろう。
「ねぇ、ジュンくん」
「はい?」
本当のジュンの年は結局、分からず仕舞いだったがおそらく八歳は過ぎているだろう。
「ねぇ、ジュンくん。ぼくと悪い事して遊ぼうか」
「悪い事?」
幼げに振舞うのも、日和の庇護を受ける為無意識の防衛本能だと思われる。
「ほら」
日和はもらった花束をテーブルの上に置き、ジュンの手を取り花畑へと降りていく。
「何、するんですか……?」
「こうだね!」
摘んだ花をジュンの頭の上から振りかけた。
「!!」
「ふふっ、ジュンくんが葉っぱだらけになっちゃったね」
「おひいさ」
「ほら、ジュンくんも早くしないとお花に埋もれちゃうね?」
悪戯っぽく笑ってやれば、ジュンも日和に習って花を日和へと振りかけ始めた。
「あはは! ほら、ジュンくん頑張って!」
「おひいさん! ずるいっすよ!? おひさんの方がでかいんですから!」
「ほら、がんばぁれっ」
ジュンの愛らしい笑い声が庭に響く。
草まみれになった二人を、メイド長がしかりつけるまであと数十分。