雷雨【前編】ニアは雷が苦手だ。
ニア自身がそう言った訳ではないが、見ていれば分かる。
任務中に雷が鳴ると肩をビクッと跳ねらせるし、レスターか僕がいるところに移動して、素知らぬ顔してまた遊び始める。レスターの方が体が大きくて安心感があるからか、信頼しているからか、僕よりはレスターの方に身を寄せる確率が高いのだが。
ニアは気付かれてないと思ってるのかも知れないが、ニアが雷が苦手なことは、SPK捜査員全員が気ついている。
残業をしていたら、雷が鳴り出した。
モニタールームの真ん中で真っ白なパズルを組み立てていたニアは、雷の音を聞くと、床に散らばったパズルのピースをかき集めて土台に乗せ、それを持って、デスクでパソコン作業をしている僕の方に来た。
僕の少し後ろに座ると、またパズルで遊び出す。
ニアも僕も何も言わず、雷雨の音とキーボードを打つ音がする以外は、静寂の時が流れた。
一時間ほどして、なんとか残業が片付く。
雷は止むどころか、さっきより近付いている気がする。
……ニアを残して帰宅していいのだろうか?でも、そんなことを聞いたら、プライドを傷つけてしまうのだろうか。
「ニア……、その、帰って大丈夫ですか?」
「?終わったならどうぞ帰宅して下さい」
ニアはいつも通りのそっけない口調で、そう言う。
……まあ、いくら雷が怖いと言ってもニアも十八歳なのだし、心配することもないだろう。
パソコンを閉じて席を立ち、椅子の背もたれにかけていたスーツを手にし、「お疲れ様でした」と告げ、ロッカールームに行こうとした。
その時、窓の外が青く光り、今夜の中で一番大きな音がした。近くに落ちたのかもしれない。そして、モニタールームの照明が消え、真っ暗になった。
「ニア、大丈夫ですか?」
キョロキョロと見渡してみるが、ニアだけでなく、何も見えない。
少しの間立ち尽くしていると、左腕に何かが触れ、びっくりする。その何かは、僕の左腕を掴んだ。
「ジェバンニですか?」
「……はい。ジェバンニです」
どうやらニアらしい。ニアは僕の左腕に腕を絡ませ、ギュッとしがみつき、身を寄せてくる。
「ごめんなさい」
「いえ……」
抱きついていることを謝っているのだろうか。
なんだろう、この状況。なんか緊張する。
「あの、電気はすぐに復旧すると思いますよ」
「はい」
「……あの、怖いなら今日は泊まりますが」
「大丈夫です」
ニアがそう言った瞬間、また轟音が鳴り響く。
ニアは体を跳ねらせ、更に強くしがみついてくる。
「……ジェバンニ」
「はい」
「今日は帰らないでください」
いつも物怖じしない喋り方をするニアが、僕の腕に顔を押し付け、囁くようにそう言う。
ニアの体が温かいということが、レスターではなく僕に甘えてくれているということが、なんでこんなに嬉しいのだろう。
……どうかまだ、雷が止みませんように。