お望み通りに「空。空、起きて。朝だよ」
優しい声に、ふと目が開いた。
体を起こして、ベッドの上であぐらをかく。レースのカーテンを透かして通る朝日が眩しくて、目を擦ってあくびをした。
……よく眠れた、気がする。寝起きでいまいち回りきらない脳みそを使って、昨日のことを思い出していた。……そうだ。アルベドの部屋で、一晩過ごしたんだった。二人で眠るには少し狭いベッドで寝たからか、ちょっぴり、身体の節々が固まっている気がする……。
「おはよう。早速だけれど、朝食にしよう。顔を洗っておいで」
促されるままにベッドから出て、洗面所へと向かった。顔を洗って、歯磨きをして。着替えてからキッチンへと入れば、香ばしいパンの焼けるにおいがする。トースト一枚と半分、よく焼いた目玉焼き、それから甘いカフェオレ。いつもの朝食のメニューだ。
半分のトーストにたっぷりジャムを塗り頬張ると、目が覚めるような心地よい甘酸っぱさが広がった。
バターの塗られたトーストを……一枚丸ごとは多いからといって、いつも俺と半分こにしている彼は、小さな口でさく、さくと音を立てながらパンを咀嚼している。
その様子は小動物みたいでとても可愛らしいのだが……こうもじっと見つめられては食べづらいだろうなぁとも思ってしまう。
「あの……そんなに見られると恥ずかしいんだけど……」
そう言われて、ハッとした。案の定だ、思ってたのにずっと見てしまっていた。「ごめん」と言って視線を下げて、自分の食事に集中する。
今日は休日だ。どちらも何の予定もなくて、部屋でゆっくりと過ごす事にしていた。
「ねえ、空」
「うん?」
「今日、これからのことだけど。ボクと一緒に街へ出かけないかい?」
……珍しい。今日は祝日だから、街はいつも以上に賑やかなはずだ。彼はどちらかといえば静かな環境を好んでいるし、こんな日に出歩こうだなんて……どうしたんだろう。でも当然、断る理由もない。
「いいよ! どこに行く?」
「ありがとう。服を買いに行きたいんだ。キミの分だけじゃなくて、ボクのも一緒に買おうと思うのだけれど……」
彼の言葉に俺は首を傾げた。なぜか俺を優先して考えているのはともかく。確かに彼はいつも同じ服、というか、騎士団から与えられた制服を着ているが……別に汚れてもいないし、特に気にしていないようだと思っていたからだ。
「どうして? 気に入ってるならそれで良いんじゃないの?」
「うーん……そうなんだけれど、ちょっと違うんだ」
言いづらそうに、しかしはっきりと否定の言葉を口にした彼に、さらに疑問が増えるばかりである。
「まぁいっか。行こう、付き合うよ」
「……うん」
彼が何かを言いかけていたことはわかったけど……それ以上詮索するのは、やめておいたほうが良さそうだと思った。
朝食を食べ終えて身支度を整えてから、二人並んで家を出た。
久方ぶりの街は、さすがの祝日といった雰囲気で賑わっていて、道行く人の数もなかなかに多い。
そんな中でも、やはり彼の存在は目立つようで……すれ違った騎士が振り返って彼を見ているのがよくわかる。当の本人はまるで興味なさげだが。彼がこんな賑やかな日に外に出てきているというのが珍しいのだろう。
「どこまで行くのか聞いてもいい?」
「もうすぐ着くよ」
そう言って、彼は足を止めた。どうやらタイミングよく、目的地に着いたらしい。そこは、以前彼と二人で買い物に来たことのある紳士服店であった。
中に入ると、店員さんがすぐに寄ってきてくれる。そして俺を見るなり「この方は?」と、アルベドへ声をかけた。彼と知り合いのようだ。
「恋人だよ。……一式揃えようと思っているんだ。頼んでも良いかな?」
その言葉に驚いて固まる俺をよそに、彼らはやりとりを進めていってしまう。
「かしこまりました! では、こちらのお席までご案内いたしますね」
そう言って通されたのは、窓際のソファセットが置かれた個室だ。……先程のあの言葉がどうしても頭の隅に引っかかっている。
恋人……だけど、それをそう親しくなさそうな他人に、こんなにあっさりと明かしてしまうだなんて。文句を言うつもりはないけれど、気恥ずかしくてちょっとむずむずする。俺とは違って、アルベドはいつもどおり、平然としているし……。
座って待っていれば、数分もしないうちに二人の女性が入ってきた。一人は背が高くすらりとした女性だ。もう一人は眼鏡をかけていて、いかにも仕事ができますというようなオーラを放っている人だった。二人はテキパキと俺の着る服を選び始めてくれる。
「えっ、と、あの、アルベドのほうは?」
「ボク? 今回は靴だけだから、キミが先でいいんだよ」
そ、そうなのか? もしかして、前回の来店でだいたいの用事が済んでいるのだろうか。……あれでもないこれでもないと色々試してみるものの、いまいちピンとこないものばかりみたいで。結局、最初に選んだものと同じものに落ち着いた。
「お待たせいたしました。それではサイズを合わせさせていただきますね」
二人がかりで採寸をされながら、ふと考える。これ、何のための衣装なのだろう? 俺と来る前に前もって相談に来ていた様子だし、きっと重要なものなのだろうな。
白を基調としたスーツのような衣装で、とても上質なもののようだ。そう遠くないうちに祭典か何かがあって、それに俺を連れ出したいとかで、選んでるのかな?
それを確かめたくてアルベドに聞いてみるものの、彼は微笑むばかりで答えてくれなかった。
「これで終わりです。ありがとうございます」
「えっ?」
突然の声かけにびっくりしてしまう。仕事が早いな……。ぼんやりしている間に、あっという間に終わってしまったようだ。
「サイズはぴったりですね。飛雲商会から仕入れた上質な生地なので、肌触りも良いでしょう? お似合いですよ!」
「えっと……ありがとう……?」
何も把握できていない間に事が進んでしまって、俺は戸惑いながらも礼を述べることしかできなかった。
「次は靴を見繕わせて頂きたいのですが……」
「ああ、お願いしようか。空はここで少し休んでいるといいよ」
そう言って、彼は一人で店員さんの後に続いて行ってしまった。……なんだか取り残されてしまったような気分になるが、仕方ないので言われた通りに待つことにした。
少ししてから、店員さんとアルベドが戻ってくる。今度は店員さんが小さな箱を持っていて、あの箱の中に靴が入っているのだろうなということが容易に想像できた。
「こちらでよろしいでしょうか」
「うん。ありがとう」
支払いを終えて、小さな箱の入った紙袋だけを手に、店から出た。先程ちらりと視界に入った金額は……かなり高額な支払いに見えたけれど、彼はそれを全く気にしてもいないようだった。当然といえば当然だ、彼はそういうものに困る生活なんてしていないのだし。
「仕上がり次第、ボクの部屋に届けてくれるから、キミはあまり気にしなくて良いよ。さて、次は……スイーツでも食べにいこう」
「行くっ」
提案に飛びつくように即答すれば、彼は小さく笑って歩き始めた。
「ここからなら……大通りの先に美味しいパンケーキを出すカフェがあるんだ。そこに行こう」
彼の足取りは軽く、上機嫌なものだった。彼が買い物ひとつでこんなに機嫌良さそうにしているのも珍しい。というか、今日は珍しい事だらけだな。賑やかな日に彼と一緒に街を歩くことも、ああいう服の買い方をすることも。これはこれで新鮮だし、彼の新たな一面を知れたから、収穫も十分だ。
「……ねえ、アルベド。今日の買い物って、何のためのものなの?」
パンケーキをナイフで切り分けながら、彼にそう質問する。彼も同じように、小さく切り分けられたパンケーキを口へと運び、ちらりと俺の顔を見た。そして、ゆっくりと咀噛して飲み込んで。
「帰ってから教えるよ。それまでは秘密だ」
「えぇー? もったいぶるなぁ……」
「はは、すまないね。……予想できないようなことではないから、気づいた時には、普通に明かしてもらえると嬉しいかな。そのくらいの、ちょっとしたサプライズの計画だよ」
そう言って、彼はまた一切れを口に運ぶ。そこまで言ってもいいの? 俺と共有できる、楽しいこと……なんだろうな。俺と何かしたいのか、それとも他の人も交えて? 考えてみたけれど、いまいちピンとこない。今は目の前の甘味に集中するか……と、たっぷりクリームを乗せて、口に運んだ。
「おいしいっ」
「それは良かった。……この店の生クリームは絶品だと評判なんだ。クリームを味わうためのパンケーキ、と題していてね」
確かに、今まで食べた中でもかなり上位に入るうまさだ。甘くてコクのある味わいで、けれどしつこくない。こんな店、俺一人で歩いてたら絶対知らなかったな。
「それで、どうかな。楽しめているかい?」
分かりきっているくせに、わざわざ確認しなくてもいいのに。そう思いながら素直に頷く。久々に二人きりで、自由な時間を過ごせているような気がして。いつもなら他の人も周りにいたり、邪魔が入ったりもするから……うん。すごく、楽しいな。
「そう。安心したよ。……ボクも嬉しい」
ふわりとした笑顔でそう言うものだから、胸の奥がぎゅっと掴まれたかのような感覚になる。めっちゃくちゃにかわいい。ああもう、だからきみってやつは……!
「……どうしたんだい?」
「んっ!?」
じっと見つめていたせいで、視線が合ってしまった。瞬きをして、こちらを見つめてくる緑玉の瞳。……うう、きれいだ。
「なんでもないっ!」
「そう?」
変なことを考えたせいで顔が熱くなる。不思議そうに首を傾げる彼にそれを悟られたくなくて、俺は慌てて誤魔化しながら頭を振った。
+++
「今日はありがとう、楽しかった!」
あれから……少しの日用品と実験用具を買って、彼の部屋へと戻ってきた。荷物を置いて、ソファに座って伸びをする。久しぶりの自由時間だったが、結構充実していたと思う。彼と一緒に街を歩いたり、普段買わないようなものを買ったり。うん、満足だな。
「ボクの方こそ。キミが楽しんでくれたようでよかった」
隣に来て座る彼が、嬉しそうに微笑む。その膝の上には服屋で購入した小さな箱が乗っていた。自然とそちらへと視線が向く。彼はきれいにラッピングされているそれを容赦なく破いて箱を開け、その中を見せてきた。
中に入っていたのは、予想通り、靴ではあった。けれど……。
「……ハイヒール?」
「そう。ボクのだよ」
言うなり彼は靴を脱いで立ち上がり、おろしたてのハイヒールを履く。少し小さめのサイズのそれを難なく履いた彼は、くるりとその場で回ってみせた。
「似合うかな?」
「うん。すごい綺麗」
「ありがとう」
照れくさそうにはにかんで笑う。彼はそのまま俺の手を取って、自分の方へと引き寄せた。その手に導かれるがままに立ち上がり、彼の腕の中に収まる。
彼とはほぼ同じ体格だけれど、こうして抱き合っていると、彼の細さをより意識してしまうなと思った。でも、丁寧に扱わなければいけないほどではない。繊細だけれど、あくまで少年の体だ。
「キミのために選んだんだよ」
「え? ……そうなの?」
ハイヒールのせいで、俺よりも少し背が高くなった彼を見上げながら聞き返す。
「女性ものの衣類は流石に選べなかったけど……。気に入ってくれてよかった」
彼は心底安堵したというように息をつく。そんなに心配することだろうか。俺だって、彼にそういうものを贈るときは緊張するし、なんなら妹や女性へのプレゼントだと偽って購入している。そう伝えてみれば、彼はゆっくりと頭を振った。
「いや、そういう問題じゃないんだ」
「じゃあどういう……」
言いかけたところで、彼が唇の前に人差し指を立てる。静かにしろということか? おとなしく唇をきゅっと結んで、彼の言葉を待つ。すると、彼の指が俺の唇からそっと離れていって……そして、頬に触れた。
「……ずっと考えていたことがあるんだ」
囁くような声だったけれど、至近距離にいる俺の耳にはよく届いた。
「この旅が終わったら、キミと離れ離れになってしまうかもしれないだろう? だから、……もしも、その時が来た時、後悔しないように。何か残したかったんだ」
「何を?」
「思い出を」
「……えーと……?」
意味がよく分からず、首を傾げてしまった。彼は小さく笑って俺の髪を撫でる。
「つまり、だね。……キミと、やりたいことがあって」
視線が俺の目から外れて、彼が俯く。少しだけ唇を噛んで……ちろりと唇を湿らせてから、彼はまた顔を上げた。
「二人だけで。結婚式をしよう」
「……はい?」
ぽかんと口を開けて、彼を見つめる。彼の表情は真剣そのもので、冗談を言っている様子ではなかった。結婚というと、男女でするものだと思うのだが。
俺の考えが間違っているのか、それとも彼の考えの方が正しいのか。どちらにしても、今すぐに答えを出すことはできない。頭が痛くなってきた。いや、本当に待って。そもそもこの国って、ていうか世界って、同性でも結婚できたっけ?
「それって、いつの話?」
「来月くらいがいいかなと思っているんだけど」
「ちょっと待って、急すぎるよ!」
「……そう、だよね」
あっさり引き下がった彼にほっとする。良かった。これでまだ粘られたりしたらどうしたものかと思っていたところだったのだ。少し考える時間がほしい、一日とか三日とか、そのくらいでもいいから。
「でも、考えておいてくれないかい?」
「うっ……」
しかし、それでもなお食い下がってきた彼に、俺は言葉を詰まらせる。
「その……確かに、ボクたちは同性だ。けどきっと、キミの渡ってきた世界では、同性でも結婚できる世界だってあっただろう? ボクはキミのそばに居たい。できることなら永遠に。たとえ、すべてを敵に回しても。ボクは本気だよ。だから、お願――」
「……ッ、ああもう! わかった、わかったからっ!」
もう、なんて告白をしてくるんだ! 根負けして叫ぶと、彼はぱあっと顔を輝かせる。その笑顔を見てしまえば、やっぱりダメなんて言えなくなってしまった。
「ありがとう、やっぱりキミは優しいね。……場所はボクの部屋。日取りも一週間後まで決めない。それでいい?」
「……う、うん」
嬉しそうに笑う彼に、優しくなんかないと反論しようとしたけれど、それは結局口に出せなかった。だって、本当は俺も同じことを思っていたからだ。
……彼と一緒に、次の世界へ行きたい。旅の最後に、二人で永遠の誓いを立てたいと。でもそんなこと、恥ずかしすぎて言えるわけがないじゃないか。
優しくなんてない。自分から言い出せなかっただけの、情けない人間だ。
ソファへとぼすんと腰を下ろして、天井を仰ぎ見る。顔が熱い、きっと真っ赤になってしまっているのだろうな。
「ふふ。楽しみだね」
楽しげに笑う彼も、俺の隣へと座ってきた。……どうして彼は、こんなにも俺に執着しているのだろう。愛してくれるのだろう。あまつさえ、結婚したいだなんて言ってきてくれるのだろう?
……アルベドは俺のことを好きだと言うけれど、その理由は実は未だによく分かっていない。いや、理解していないわけではない。ただ、実感が湧かないだけ。
俺には何もない。空っぽだ。確かにこのテイワットで、他人に通用する「名乗れる身分」くらいは手に入れられたけど、記憶にはいくつもの欠けがあって……少しは取り戻せたがまだまだ不完全なまま。
そんな俺に、なぜ彼はこんなにも好意を寄せてくれるのだろう。ちらりと彼を見てみると、視線が合ってしまった。ずっと見てたのか、俺のこと。
「……今日選んだ服はね。結婚式のために、用意したものなんだ」
そう言われて、ようやく話が繋がった。そうか、じゃあこのハイヒールも、それ用のものなのか。彼の脚へと視線を下ろす。うつくしい細いシルエットの、白のピンヒール……。……って、ことは。……ドレス、着ようとしてる? それとも、あの店で用意するなら普通に男ものなのか? 頭の中で思考がぐるぐるする。けど、深く考えてはいけないなと頭を振った。楽しみにしておくくらいにしよう。
「ねえ、空」
「なに?」
声をかけられ、また彼に視線を向けると、彼は微笑みを浮かべたまま俺を見つめ返してきた。
「キミはボクのことが好き?」
「もちろん、大好きに決まってる」
「そう、嬉しい」
彼は幸せそうにはにかむ。ボクも、と返された言葉と共に、唇を塞がれた。触れるだけのキスをして離れていく彼をぼんやりと見送る。
「ボクもキミを愛しているよ」
「……知ってる」
照れ隠し半分でそう言うと、彼は可笑しそうに笑って、もう一度唇を重ねてきてくれた。今度はさっきよりも深くて長いもの。
……やられっぱなしというのも、ちょっとつまらないかも。そんな気持ちになってきて、俺は目の前にある彼の髪に手を差し入れた。さらりと指の間をすり抜けていく絹のような感触が心地良い。そのまま、彼を引き寄せて唇を重ねた。
「……ん、ぅ……」
彼が小さく声を漏らす。薄く開かれた唇の間に舌を滑り込ませると、彼の体がぴくりと震えた。
逃げようとする彼の頭を掴んで、奥の方へ逃げる彼のそれを絡め取る。くちゅりと水音が響いて、彼の体温が上がった気がした。
「っふ、ぁ、……っは……」
苦しくなったのか、彼の手が俺の腕を掴む。それでも構わずに彼の口腔内を貪っていると、やがて弱々しく胸を押してきた。
「っ、ごめん!」
慌てて体を離すと、彼は肩で息をしながらぼうっとしていた。その頬は赤く染まっていて、瞳が潤んでいる。その姿が妙に色っぽくて、どきりとした。
「……そ、そろそろご飯の準備をしなくちゃいけない時間かな」
「そっ、そうだね」
わざとらしく話題を変えた彼に、俺は苦笑いするしかなかった。流石に照れくさかったらしい。それに、まだ日も沈んでいないし……。
「じゃあボク、着替えてくるから」
「うん」
立ち上がったアルベドが寝室へと向かうのを見送った後、大きくため息をつく。
……俺って、ヘタレなのかな。
なんというか……もっと積極的になりたいと思うことはあるんだけど、いざとなると怖気づいてしまう。自分から誘ったこともないし……。ベッドの上では俺がいわゆる男役なのだけど、いつも彼にリードされてばかりだ。
俺だってアルベドに触れたくないわけじゃない。むしろ逆で、触れたいと思っている。やり返すような形なら、いくらでも触れられるのにな。
……結婚がどうのって話すら、彼からさせてしまった。プロポーズなんて、俺から言わないといけないことだったはずなのに。……情けない。
「……空?」
はああ、と大きな溜息をついているところに、当の本人がやってきた。
「どうかしたのかい?」
心配そうな表情をした彼に、なんでもないよと答えて誤魔化す。今更本当のことを言う勇気もない。俺からプロポーズしたかった、なんて。
「……もしかして、ボクとの将来について考えてくれていたのかな?」
「……うぐ」
図星を突かれて思わず動揺してしまう。そんな俺を見て、彼は嬉しそうにクスクスと笑った。
そんなに顔に出てたかな。両頬に手を当てて触ってみるが、まあ当然こんなことでそれが確認できるわけもない。ただ……頬が緩んでいたことだけは、確かだった。
「大丈夫だよ、空。ボクに任せて。これ以上ないほど幸福な時間を、これから一緒に過ごそう」
優しく頬を撫でられて……額に口づけられて。やたらと情熱的なことを言ってくるから、なんだかちょっとくすぐったくて……愛おしくて、たまらなくなった。
思わず彼を抱きしめて、耳元に唇を寄せ、囁く。
「ずっと、俺と一緒に居て欲しい」
「もちろん。お望み通りに」
即答だ。彼の肩に顔を埋め、すぅ、と深く息を吸う。僅かに香る甘い匂い。確かな温もり。それが、幸せで仕方がなかった。