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    riddele

    riddele(りでる)です。
    少しいかがわしい文字置き場です。
    近頃は専ら💎商です。
    最近ホームページ開設しました。
    https://gracesxaglaia.web.fc2.com/

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    riddele

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    5月に出したい🎃のネコチャンの話から派生した話。
    主人公はネコチャン。
    続きは書き上がったら本になります。

    ##特殊設定

    あなたと出会う物語 人間なんて嫌いだった。
     勝手で、不躾で、嫌な顔で見下ろしながら痛いことをする。
     きれいだと、かわいいと撫でたその手で、目隠しをして箱に入れて遠く置き去りにする。
     優しいふりをしてわたしたちをだます。
     覚えているがいい。
     一つ目のわたしの命が終わっても、わたしたちには九つの命がある。
     こんな冷たい箱の中で。
     見えなくなった目の向こうで。
     次に目を開ける二つ目のわたしが、きっと——。




    ∞Second Time∞


      その猫は、元は真っ白な猫だった。
     長い尻尾と立った耳、豊かな毛並みと金色の散った青い瞳がその猫の自慢だった。けれどその自慢こそが目立つ原因でもあり、カラスなどの他の動物とも喧嘩が絶えない日々。
     寝床と定めた箱の隅で丸くなり、今日もお腹が空いては食料を探しに外に出る。
     その猫は、初めからそこに住んでいたわけではなかった。
     一体いつ頃、どこから流れてきたのだったか——記憶の中に家族の姿はなく、自由気ままな一匹暮らし。縄張り争いをするほどには地域の猫と揉めず、時折情報を交換しては他猫に目をつけられないところで食べ物を探す。今ではそんな毎日を過ごしている白猫にも、少し前までは一つだけ目的があった。

     猫に九生ありと言われる。童話やおとぎ話の類と思われてはいるが、有名なその話が事実であることを知る人間は多くない。もちろん、どの猫でも死ねば次の命を得られるわけではなかった。
     猫が次の命を得るためのたった一つの条件——それは、『強く想いを残して死ぬ』こと。
    ——その白猫は、二つ目の生を得た猫だった。

     猫が次の命を得るのが、どんな想いによるものか。それは猫それぞれと言うものだ。
     たとえば、強い執着。
     たとえば、強い憎悪。
     たとえば、強い悲しみ。
     たとえば、強いよろこび。
     それがどんなものであるにしろ、そのまま生を終えることが出来ないほど執念深いまでの想いが、次の命へ次の生へと猫を誘うのだと言う。

     二つ目の生を生きる白猫ももちろん、例に漏れず。
     その猫は一つ目の命が終わる時、次の命を得られたならばどうしても果たしたい目的があった。目を閉じる瞬間に、命が沈んでいくその時に抱いた、ただ一つだけの強い望み。

    『ゆるさない』
    『わたしを捨てた、あの家』
    『箱に詰めたあの人間の匂い』
    『絶対に見つけ出してやるんだから』

     強く、深い、恨みの気持ち。
     二つ目として生を得たその時にあったのは、一つ目の時の最後にずっと抱いていた気持ちだけだった。



     白猫は、冷たい箱の中で目が覚めてから何日も、一つ目の記憶を辿って、匂いを辿って彷徨った。記憶が曖昧になってしまうその前に、想いが薄れてしまうその前に、なんとしてでも想いを遂げなければ二つ目となった意味がないと思っていた。
     そして、その日。白猫はようやく目的の場所を見つけたのだ。
     二つ目になって数日なのか、数か月なのか。遠く離れたその町で、ようやく辿り着いた見覚えのある道の先の、見覚えのある家。
    『こんなに遠くにあるなんて。それでも、やっと見つけた。間違いない』

     一つ目だったあの頃、白猫がごはんの匂いに期待して何度もくぐった塀の穴はいつものように開いていた。さも当然だと言うように変わらないそれに、ぐつぐつと煮えた怒りは収まらないまま。爛々と目を光らせて、鍵が壊れていることを知っている窓から白猫はその身を躍らせた。
     あの人間を見つけたら真っ先に飛び掛かってやるのだと、そう強く心に決めて。
     けれど。

    「きゃあああ! 何⁉ 猫⁉」
    「えっ⁉ うわ、どこから入ってきたんだ‼」
    「いいから早く追っ払ってよ! やだ泥だらけ!」

     中にいたのは全く知らない匂いの人間たちだった。

     甲高い悲鳴を上げる酷く匂いの強い人間も、恐ろしく眦を吊り上げて棒を振り回す大きい人間も、飛び込むように入ってきた狂暴そうな犬も。一つ目の頃の白猫の記憶にはないものばかりで、驚いて立ちすくむ余裕もなかった。
    『どうして? この家なのに! あの人間をどこにやったの⁉』
     パニックになりながら叫んでも、白猫の言葉は人間にも犬にも届かなかった。
     その猫には理由などわかるはずもなかったが、目的としていたはずの家にはなぜだか肝心の人間がいなくなっていて、代わりに違う人間と犬が住み着いたらしかった。振り回される棒から逃げて、噛み付いてこようとする犬を飛び越して、ジャラジャラと並んだ物を蹴り落としながら見た部屋の中には、白猫が知っていた物は何もなく。

     確かに、この家であったはずなのに。
     どうしてここではないのだろう。

     得たばかりの二つ目の命が引きちぎられそうな心地になりながら、白猫は入ってきた窓を必死に目指した。大きな怒声と恐ろしい牙からようやく逃げ出す頃にはへとへとで、もう追いかけてこないとわかるまで一体どれだけ走ったのか。高かった日はすっかり傾いて、今夜の寝床を探さなければと思えども、すぐには動けそうになかった。

    『あの家なのに。あの人間はどこなのかしら』
    ——こんなに葉っぱだらけにして、——は本当にいたずらっ子ね。

     白猫がふと己を見れば、慌てて逃げまわったせいであちこち葉っぱはついているし、毛並みもボロボロだ。せめて少し落ち着こうと毛繕いをしようとすると、一つ目の時に聞いたことのある声が聞こえた気がして首を振る。
     もしかしたら、人間も縄張りを追われることがあるのかもしれない。それならきっとこの近くにはもういないのだろう。
     そう思うと、わざわざ必死にここを目指してきた事すら恨めしく、なぜこんなにも怖い思いをしなくてはいけないのかと白猫の人間に対する嫌悪は増すばかり。そうして走れば走った分お腹も空いて、いいことなんて何もないように思えた。



     あんな恐ろしいところにはもう近寄りたくない。
     路地を駆け回り、地域猫の縄張りに入ってしまっては取っ組み合いをするうちに一体どこをどう流れていったのか、白猫がふらりと辿り着いたのが今の場所だった。
     群れをつくっているところ、縄張りのあるところを刺激しない場所で食料を探そうとすると、人間や他の動物と喧嘩になることは少なくない。それでもささやかながら日々のごはんが得られて、雨露をしのげる寝床もある。その猫は二つ目になってから、ようやく少し落ち着くことができた気がしていた。
     その頃の白猫の姿と言えば、一つ目から自慢だった毛並みは薄汚れ、真っ白だった色はくすんで灰色のようになっていた。つつかれ齧られた耳は少し先が欠けてしまったし、尻尾の毛もよくよく見れば禿げてしまったところがある。それでもここを居場所とするならば、喧嘩の時は目を逸らした方が負けなのだ。青い瞳に金を燃やして、毛を逆立てて。

     ただ逃げるだけなのは、もう嫌だった。



    『これはわたしの! いい加減にあっちに行きなさいよ!』

     その日も、白猫は日々の糧を得るためにカラスと戦っていた。
     見つけたのは絶対にこちらが先だったのだ。だというのに、後から来たカラスは家族なのか群れなのか、寄ってたかって何羽もその大きい羽を広げて降りてきて、折角のごはんを横取りしようとしてくる。空を飛べない猫の爪は、毛を逆立てて前足を振り上げてもすぐに空にバサバサと飛び上がってしまうカラスが相手では思うように届かない。猛禽類と言うほど鋭くないとは言えど、代わる代わるごはんを奪っていこうとする嘴と爪はこの日に限ってしつこくて。耳障りな鳴き声が上から横から追いかけてくる。
    『ああ、もうしつこい。痛い。わたしだって今日はまだごはんを食べてないのに』
     それでもこれ以上傷だらけになるより、いっそこのごはんは諦めた方がいいのだろうかと一瞬弱気になった時だった。

    「こらー‼ 何してるんだ、あっち行けー‼」
    『⁉』

     急に人間の大きな声がした。
     いつかの家で聞いた恐ろしい声とも、棒やホウキを振り回してくる金切り声とも、物を投げつけたり蹴ったりしようとしてくる酒臭い野太い声とも違う声だった。
     白猫がびっくりしてその場から逃げようとする前に、突然頭の上から何かが落ちてくる。
     落ちてきたものが何かわからないまま、視界は真っ暗。
    『何⁉ 何なの⁉ 真っ暗で何も見えない‼』
     真っ暗な何かに閉じ込められて驚いた猫だけれど、うにゃうにゃとよくわからない何かに爪を立てているうちに、それが布のようなものだと分かる。これは一体何なんだと、動けば動くほど絡みつくようなそれからようやく頭を出した猫が見たのは、人間の背中だった。

    「あっち行け! さっさと行けってば‼」

     それは、不思議な光景だった。
     さっきまで猫と食べ物で争っていたカラスを相手に、何かを振り回しながら大声を出している。その人間が発しているのは白猫も聞き慣れた言葉だったが、それは自分に向けられたものではないようだった。
     地面に伏せ、先程まで視界を塞いでいた布から顔だけ出して見上げるその背中はなんだか初めて見るもののようで、本当ならば今のうちに逃げてしまえばよかったものを、白猫はついその場を動き損ねてしまった。
     自分も飛べるわけではないだろうに、大きなカラスを相手に立ちふさがったその人間がどうしてそんなことをしているのか、不思議だったのかもしれない。

    「あー……びっくりした。おーい、ネコさーん? あ、いた」
    『‼』

     ようやくカラスが諦めて飛んで行ったのを見てから、その人間はくるりと振り返ってしゃがみ込んだ。
     急に自分の方を向いたことに驚いて、先程降ってきた何かに引っ込みかけた白猫だったが、隠れるために潜ったそれはあっさりとめくりあげられてしまって飛び上がる。警戒して下がろうとするも、気付いたら黒い何かごとひょいと猫の身体は持ち上げられてしまっていた。

    「思いっきりやられたなあ。怪我してる……ああ、でも」
     もうあと少し、爪が届く距離まできたら思い切り引っかいてやろう。
     そう思うには、目の前の人間の顔は今まで見てきた怖い顔をしていた人間とあまりに違っていて。
    「すっごく綺麗な目だなあ」

    ——すごく綺麗ね。大好きよ、——。

     昔、一つ目だった頃に、聞いたことのある響き。

     この人間は今何を言ったんだろう。
     そう思って白猫が少しだけヒゲをそよがせていると、「もう大丈夫だぞ」と言う人間にそのまま更に持ち上げられそうになって、慌ててそこから飛び出した。とん、と蹴り出した下でその人間がバランスを崩して尻もちをついたようだったけれど、怖い顔で追いかけてこられる前に距離を取らなくては。
     とたたた、と少し離れてから白猫が振り返った先、先程の人間はまだ座ったままきょとんとしていたようだったので、そのまま立ち去ってしまおうと思ってはたと思い出す。
    『ごはん! 取られずにすんだんだから持って行かなくちゃ』
     きっとあの人間がいなくなったらまたカラスたちが戻って来るだろうから、早くに回収しないといけない。たとえ人間が追い払ったのにしても、あのごはんを守ったのは自分なのだから、自分のものだ。
     そう考えた猫は、警戒を解かないように、もう一度人間のいる方までそろりそろりと近寄った。今度は退路も確認しながら置き去りにされた食料を目指す。じりじりと進んで、ごはんをくわえて走り去るまで、その人間はその場を動かなかった。

    「ははっ!」
     猫が通り過ぎてしばらく。怖い声ではない何かが聞こえて振り返ると、その人間は笑って猫の方を見ていたようだった。
    『……変な人間』

    ——それが、二つ目の白猫と変な人間『セイギ』との、初めての出会いだった。



     それからしばらく。あんな変な人間とはもう会うことはないだろうと思っていた白猫だったけれど、時折ちらちらとその姿を見かけることに気が付いた。
    『あれ、またあの人間』
     黒い髪に、黒い服。
     あのくらいの大きさの人間がよくしている格好で、その他に特徴的なのといえば明るく光るようだった瞳くらい。それなのに、どうして見つけてしまうのだろう。
     一度、気まぐれでカラスを追い払ってくれただけ。
     ただそれだけだというのに、見かけてしまえば『あの人間だ』と目が向いてしまう。
     白猫が観察していたところ、あの人間はガッコウとかいう人間がたくさん集まっているところに通っているらしかった。呼ばれて返事をしているのだから、『セイギ』というのがその人間の名前なのだろうと思う。
     朝と夕方。その人間があの日空から落としてきた黒い服を着て一日二回通るその道は、猫の普段の行動範囲とも近かった。ごはんを求めて歩き回る時間帯、何気なく歩いてくる姿がちらりと視界に入る度、ついついじっと眺めてしまうのだ。

    『なんで、こんなに気になるんだろう』

     猫は不思議で仕方がなかった。
     見ていたって、お腹が膨れるわけではないのに。
     見ていたって、こちらを向くわけでもないのに。
     たとえこちらを見たとしても、他の大きな人間たちのようにあっちへ行けと大声を出されるかもしれないのに。
     それでもどうしても、目が向いてしまう。
     覚えてしまった足音に、ピクリと耳が動いてしまう。
     塀の上から見下ろしながら、あの人間がこちらを見ればいいと尻尾が揺れてしまう。

     そうして、時々ぱちりと目が合いでもすれば。
    「あ、あの時の」
    『!』
     どうしてだかびっくりして逃げてしまう。
     とたたた、と少し離れてから振り返って、あの人間が自分を追いかけてこないことをつまらなく思ってしまう。

    ——綺麗だなあ。

     そんな言葉をもう一度聞きたいなんて思っていることが、白猫は不思議で仕方なかった。



     季節が何度もめぐって、あの人間の黒い服が白い服になって、また黒い服になって、白い服になって。
     引っかくことも撫でられることもない距離でじっと眺めているうちに、いつの間にかあの人間は行動範囲を変えたようだ。朝と夕の一日二回、いつもあの人間を見かけていた道で、その姿を見ることがなくなった。
    『今日もいないのね』
     同じような背格好で、同じような服を着て、同じガッコウとやらに吸い込まれていく人間はたくさんいるのに、いつもこの道を通っていたはずの人間の姿はない。
     そのことがなんだかとてもつまらなくて、いつものカラスとの喧嘩にも張り合いが出ない。元気が出ないのはお腹が空いているせいだと、せっせとごはんを集めても、今までより味気ないような気がして面白くない。
    『別に、気になんてしてないんだから』
     まともに顔を合わせたことなんて初めの一回だけで、後は見かけただけの人間。ただそれだけのことだ。
     けれど、もしかしたらいつかの誰かのように、縄張りを追われてどこかに行ってしまったのかもしれない。もしかしたらいつぞやの執念深いカラスに顔を覚えられてしまって、今頃どこかで追いかけられて逃げているのかも。もしかしたら。もしかしたら。
     そんな『もしかしたら』があるかもしれないし、ないかもしれない。そう思うと、自分に断りもなくいなくなったことがもやもやとして——もちろん断りを入れる必要があるわけがないことも分かっているけれど——気付くと白猫の尻尾はぱしんぱしんと地面を叩いている。
    『あの人間を気にしてるわけじゃ、ないんだから』

     ただ、お腹の中がもやもやするから。
     このままここにいても落ち着かないから。
     春の陽気に誘われて、ちょっと遠出をしてみたくなっただけ。
     そんなことを言い訳に、気付けば二つ目の白猫は、またふらふらとあちこちを歩き回るようになっていた。



     特別その人間を追いかけたわけではない、と白猫は思う。
     けれど、二つ目の白猫がその人間を見かけなくなってから、なんだか生活に張り合いがなくなったのは本当で。わざわざ探したのではないけれど、随分と時間が経って、二つ目の命が終わってしまう、その時に。

    『あの人間は、どこに行ったんだろう』

     最後に思ったのが、それだった。




    ∞Third Time∞


    『あの人間は、どこに行ったんだろう』

     三つ目の命を得た時、初めて目を開けて思ったのは、それだった。



     あの人間に初めて会ったのは、白猫が二つ目の時。
     ある日突然いなくなってしまったその姿を探しに出たのは何故なのか、理由は白猫にもよくわからない。ただ、探して、歩いて、探して、眠って、気付いたら二つ目の命を使い果たしてしまっていたようだった。
     二つ目の命が終わる時、きっと自分は三つ目にはなれないだろうと白猫は思ったけれど、何かの強い想いが残っていたのかもしれない。閉じた瞼は三度開かれることとなった。
     あの人間を観察していた土地を離れ、目を覚ましたのは当てのない旅の途中のこと。白猫自身、どこをどのように移動してきたのかわからないまま、それでもなんとなくこちらのような気がして、時に走って、時に眠って。
     折角もう一度目覚めることができたのだから、三つ目の命まで終わってしまう前に何とかしてあの人間を見つけたかった。
     
    『ああ、なあんだ』

     そうして、ようやく。
     あの頃とは全く違う、元の場所から遠く離れたその場所で、あの人間を見つけた時に。

    『こんなところにいたのね』

     お腹いっぱいごはんを食べた時のように、その白猫は三つ目になってから初めて、満足して足を止めることができた。
     しばらく観察できないでいるうちに黒でも白でもない服を着るようになったその人間は、それでもあの頃と同じ匂いがしていて、いつの間にか背丈も大きくなったような気がする。
     きっと今なら、カラスを追い払うのにも苦労などしないのだろう。
     もしかしたら、どこかであの時の自分のように襲われた他の猫を助けたりしていたのかもしれない。
     あの頃に見上げていたよりも幅が広くなった背中を見た時に、何故だかふとそんなことを考えてしまって、せっかくすっきりしたはずのお腹の中がまた少しもやもやした気がした。

     それでも、もう大丈夫だ。

    『こんな遠いところにいるなんて。やっぱり人間も縄張りを追われていたのね』
     見つけるまでに、とても長い時間がかかってしまったけれど、でも、見つけた。
     二つ目の旅立ちを決めたあの時からずっと面白くなくて、お腹の中がもやもや、そわそわしていたけれど、それはきっとあの人間が自分の見えるところにいなかったせいなのだから。こうして見つけたなら、もう安心。

     二つ目から三つ目にかけて移動してきた白猫は、これでようやく自分も心置きなく落ち着ける場所を探すことができると喜んだ。
    ——どうしてあの人間の姿が見えるところにいないともやもやするのかまでは、気付かないまま。



     移動してきた白猫が腰を落ち着けた行動範囲の中には、その人間をよく見かける場所があった。四角い箱があっちもこっちも走り回るこの場所は、どこを見ても人間だらけ。その分ごはんは多かったけれど、それがよく手に入るところは争奪戦だ。そうした中で、ごはんが見つかることが多い通りのすぐ近く。
    『あ。あの人間。……また、キラキラしてる人間と一緒』
     あの人間が視界に入ると、つい足を止めて眺めてしまうのは、あの頃と同じ。
     黒かったり白かったりする服ばかり着てガッコウとやらに行っていた頃、一人で歩いている姿を見かけることが多かったはずの人間は、いつの間にか金色の眩しい人間と一緒にいることが多くなったようだった。

     キラキラとお日様の光を弾くような、金色の髪。
     透き通るような、滑らかな白い肌。
     晴れた春の空のような、青い瞳。
     そして、時々香るいい匂い。

     まるで妖精か何かが大きくなったみたいなキラキラして眩しい人間といる時のあの人間は、よく喋るしよく笑う。
     嬉しそうに、楽しそうに。
     弾むように、歌うように。

    「綺麗だ」

     ずっと白猫が聞きたかった言葉だった。
     もう一度、その音が聞きたいと思った。
     けれど、その声が向けられているのは自分ではなく、金色の人間に向けるあの人間の声は今まで聞いたどんなものより優しい音のようで。折角もう一度聞きたいと思っていたものが聞けたのに、白猫のお腹の中は何故だかずっとそわそわ、もやもや。
     そうして、もう一つ。
     あの人間——『セイギ』が、金色の人間を呼ぶ時に言う言葉。

    「リチャード」
    ——リチャード、ほら、こっちにおいで。

     白猫は、その音を知っていた。
     悲しくて、やりきれなくて、恨めしくて、忘れかけていた一つ目の記憶。
     優しい誰かの笑う声と、撫でてくれる指。

     『リチャード』——それは、一つ目の時につけてもらった自分の名前と、同じ音だった。

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    riddele

    MOURNINGパラレル・ファンタジー・年齢操作・めちゃくちゃ特殊設定
    でも書き出しだけ書きたかったので供養
    ゆくゆくは………………いや、ゆくゆくは……どっちかのCPに……左右なしかな……
    続きはいつか書きたくなったら
    特殊設定山盛りちょこっとファンタジーの冒頭 昔の話をしよう。
     昔々のそのまた昔、おとぎ話の世界のような、剣と魔法と、悪い魔物とそれと戦う神の軍勢がいた時代。神々は、自分の手足として魔物と戦う人間たちに力を与えた。
     ある神は海をも切り裂く刃を、またある神は山をも吹き飛ばす魔法を、そして他の神はどんな攻撃も防ぐ盾を。誰よりも早く走れる足、岩をも砕く腕力、そして何柱もの神々の中で最も優しき神が与えた力が——



    「こういう力ってわけなんだけど、どう思う?」

     突然そんなことを言った男は、ボタボタとその頭から血を流しながら、つい今しがたまで死の一歩前に足を置いていた青年を見下ろした。
     二人は国境を超える長距離列車の四人掛けのボックス席で、偶然はす向かいになっただけの仲だ。つまり、まったくの赤の他人だ。今まで交わしたのは乗り込む際の軽い会釈のみで、青年が現在血だらけになっている男の声を聞いたのはそれが初めてだった。わけが分からない。
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