特殊設定山盛りちょこっとファンタジーの冒頭 昔の話をしよう。
昔々のそのまた昔、おとぎ話の世界のような、剣と魔法と、悪い魔物とそれと戦う神の軍勢がいた時代。神々は、自分の手足として魔物と戦う人間たちに力を与えた。
ある神は海をも切り裂く刃を、またある神は山をも吹き飛ばす魔法を、そして他の神はどんな攻撃も防ぐ盾を。誰よりも早く走れる足、岩をも砕く腕力、そして何柱もの神々の中で最も優しき神が与えた力が——
「こういう力ってわけなんだけど、どう思う?」
突然そんなことを言った男は、ボタボタとその頭から血を流しながら、つい今しがたまで死の一歩前に足を置いていた青年を見下ろした。
二人は国境を超える長距離列車の四人掛けのボックス席で、偶然はす向かいになっただけの仲だ。つまり、まったくの赤の他人だ。今まで交わしたのは乗り込む際の軽い会釈のみで、青年が現在血だらけになっている男の声を聞いたのはそれが初めてだった。わけが分からない。
わけが分からないといえば、この状況だ。通路側に座っていた青年も、ふらりと中央の通路を歩いてくる人物がいたことには気付いていた。ガタガタと揺れる列車で、次の停車駅までは相当に間がある時分、ふらふらと車両の中を歩いているのは珍しいと思ったからだ。すぐ横で立ち止まったのを見た時も、ああそこに座っている男の知り合いかと、思っただけだった。おもむろに立ち止まっていた男が、長いコートの中からバールのようなものを取り出した時も、それを振り上げたのを見た時も、まったく現実味がなくて。
「お前、名前は」
「…………あ……」
「あ、じゃなくて。お前の、名前」
青年の意識を現実に呼び戻したのは、現実逃避を始める前に見たばかりの血だらけの顔だった。大怪我のはずなのに、声だけ聞けば何事も起きていないかのようだ。座席のシートに押し倒されでもしたのか、青年からは覆い被さるようになっている男の身体が邪魔で、その背中の向こうで聞こえる喚き声の主がどうなっているのかが分からない。
「リ、チャード……」
「リ・チャード?」
「違っ……リチャード・クレアモント、です」
「そう。じゃあ、リチャード。目を閉じてからゆっくりスリーカウントだ。数え終わったら全力であっちの車両まで走れ。何を見ても、止まるな」
「で、でもあなたも怪我を」
「大丈夫だ」
喋るうちにも、二度三度と男の肩が揺れる。青年が白い顔をさらに青くして身体を起こそうとするのを留めるように、男の手のひらが青い目を覆った。
続いて、はっと小馬鹿にするような、もしくは自分を嘲るような短い笑声に混じって、呟く声が聞こえる。
「俺は、死なないから」
今時、こんな猟奇的な出会いがあるだろうか。
それでも、青年——リチャード・クレアモントとその男——中田正義は、無差別連続殺人魔と同じ車両に乗り合わせるというなんとも数奇な縁によって巡り合ったのだ。