one more…嫌じゃなかった。嵐のような熱の籠ったキスですら受け入れてしまった。
あまり顔を合わせるタイミングがなく、久しぶりにエルクの顔を見つけた。声をかけ呼ぼうとしたが、あの唇の感触をふっと思い出した。
アークは自分の唇を指でぷにっと触ってみる。
(意外と柔らかいんだな…)
チリっとした視線を感じて顔を上げるとエルクが何とも言えない表情でじっと見つめてきた。
何だその顔…とアークと不思議そうに見つめ返す。
あー…と後頭部をがしがしと掻きながらずかずかとアークの方へ近付いてきた。
「ちょっと来い」
「何でだよ」
「いいから…」
ぐいっと腕を掴まれて、人通りの少ない廊下へと連れ込まれた。その掴まれた場所が熱い。
そもそもエルクの属性的なモノもあって少し体温が高いと思う。それとは別に、先日の『無かったこと』にならなかったキスの時に掴まれた感触を思い出してしまう。
またそんな風にキスをされたらどうしよう…とアークの鼓動が早まる。
そんな時ふと自分と違う自分の事が頭をよぎった。あの自分ならどうするんだろうと。しかし16歳の自分なんてわからない。この不思議な艦で見かける16歳の自分は随分嫌な大人だと思った。
クールと言えば聞こえは良いが、冷めてるのと何かを諦めてる態度が気に入らない。それが自分の未来だと思うと何がこの先待ち受けてるのか…と不安にはなるが、俺はあんな風になるもんか、と変な反抗心が沸いてくる。
そんな考えを巡らせていると、エルクがふっと笑っていた。
「何だよ…」
「いや、何考えてるのか知らねーけど…ころころ表情が変わって面白いなって」
「は?面白いって…俺だって色々考えてる」
アークは、フンっと外方向き拗ねた素振りを見せた。
「ってか、こんな所に連れてきて何だよ」
「…あー…いや…さっきもそうなんだけど、あの日以来やたら指で唇に触ってるよなって…」
「え?」
そうだっけ…とまたふにっと唇に触れる。
確かにさっきエルクを見かけた時は触ったと思う。そして今も確認するように。
しかしエルク曰く…、あの日からよく自分の唇を指で触っているというのだ。
「…気付いてなかった」
「だろうなぁ…」
でも、そう思うとアークは少しムカついてきた。
知ってて無視してたのかだとか、そもそも自分はエルクを今日まで会えないのに、エルクは自分の事を見かけてた。
なら声を掛けろだとか。
「アーク」
「何だよ」
「言いたい事あるなら言えよ、ここなら人が来ないから」
「何にもない」
離せ、と腕を解こうとするものの掴まれた腕は簡単には離して貰えなかった。
あまりにも離して貰えない事にイライラするのと、自分が非力な事に何だか悲しくなってくる。
瞳に薄く涙が潤む。
「お、おい…」
「何だよ、大人ぶって…俺の話を聞かせろなんてよく言うよ…。あんな…キス…しておいて、何日も平気ですってか…?無かった事にしなかったくせに。そうやってあんたは俺の反応を知らない所で見て楽しんでたのかよ」
「…」
「俺は…、嫌じゃなかったけど…アンタにとってはあんなの何でもない事なのかよ…。俺は…」
アークは俯いてその後の言葉の詰まった。
好きとかそういう感情がエルクにある訳ではない。ただキスをされて嫌じゃなかった、という事実。
それに対しエルクから何も言葉として聞いてない。
だからこの怒り方はあまりにも子供過ぎたと。
言いたい事だって多分そんな事じゃない…じんわり目頭が熱くなり薄い涙の膜が粒になる。
そんな様子をじっと見つめていたエルクが、そっとアークの頬に手を添える。
目線を合わせるのは恥ずかしいのでアークは目を伏せ目がちにしている。
「嫌だったら、言えよ」
「え?」
と、ふと視線を戻すとエルクの顔が近付いてきて目元に唇を落としていた。
一瞬何が起こったのか分からないが、それがキスだと気付いて心臓が跳ねる気がした。そして自分の頬が熱くなっていく感覚がする。
「な、何だよ」
「無かった事にする気はねぇよ…ただ、一応アンタより歳上だ…自制しようと思ってた」
「じ、自制って…」
「アーク」
名前を耳元で呼ばれる。
先程より鼓動が早くなってエルクに聞こえてしまうのではないかと思うほど音も大きい気がする。
「…何…」
「嫌だったらちゃんと…」
「しつこい」
ぐいっとエルクのトレードマークのオレンジマントの襟を引き寄せ、もう一度自分の意志を行動に示そうと唇を近づける。
「だー!!だから!!待って!!」
「アンタがうじうじしてるからだろ!」
「いや!人の話聞いてたか?!」
「どーせやる事は一緒だろ!そーやって自分は大人だからってうだうだ言ってんのがダサい!」
「…ダサいか」
「カッコ悪い」
うぐっとエルクがアークの肩に額を載せ大袈裟にダメージを喰らったと言わんばかりの態度をする。
「…俺はさ…、これでも目指してる大人像がある訳」
「そんなカッコ悪い大人なんだな」
「いいや…俺が大人になり切れてないだけだ」
そう顔を埋めたままそっとアークの背中に手を回し抱きしめる。
「アーク」
「…何だよ…」
「せめてキスする時は目を閉じろ」
「アンタだって、目開けてた」
「本当に生意気だな」
ようやくアークの肩からエルクは顔を上げた。
今度こそ視線が合う。
無かった事にもうならない、運命が変わった訳でもない。アークの心の中で運命の相手は決まっているのだから。
だからこれが現実でも都合のいい夢でも15歳のアークにはどうでもいい。
「まぁ…俺もまだ大人になんかなれやしないよ」
だから。
「これからは我慢しねーで、キスするから」
そう宣言されてようやく唇が重なった。