「Qさん!」
青山カズキの初撃に追随した大井南の合図に合わせ、Qは高く跳躍する。空中でぐるりと回転し勢いをつけると、自重と重力を味方に地上のエネミーへと殴り込む。ズドン、と激しい音と共に放たれたQの一撃は、残敵の尽くを破壊した。
煙と砂埃の中、ゆらりとQが立ち上がる。辺りには機械系エネミーから落ちたと思わしき破片や瓦礫が散乱しているのみで、敵影は見られなかった。
「どうやら終わったようですね。お疲れ様でした。Qさん、青山さん」
「お疲れ様。Q、怪我はない?手を見せて」
「無事だ、問題ない」
戦闘の終了を確認した三人は砂を払いながら勝利を分かち合う。
荒れ果てたトーキョー国ではあちこちが戦場へと様変わりしてしまった。トラッシュトライブとしてゼロへの反逆を企てた以上敵対する者も多く立ちはだかり、結果常に戦闘の可能性を孕んだ日常が根差すこととなった。各々が多少の気疲れや疲労を見せることもあるが、それでもトラッシュトライブは前進し続けている。
「おや……失礼、連絡が」
と、まるで見計らったかのようなタイミングで大井のスマートフォンが通知音を鳴らす。大井はスムーズな手付きで簡潔に内容を確認すると、すぐさまカズキ達に向き直った。
「お二方、只今五反田さんから連絡がありましたのでそちらに合流してもよろしいでしょうか? 私一人で十分とのことですので、離脱という形になりますが」
戦闘が付き物な街とはいえ、敵が無尽蔵に湧いて出る訳ではない。今まで蹴散らしてきた敵の残骸を素通りしながら引き返す程度であれば、高い戦闘能力を持たずとも無傷で目的地まで辿り着くことが可能だろう。
「分かった、くれぐれも気を付けて」
カズキの返答を受け止めた大井は綺麗なお辞儀を見せると、足早にその場を立ち去った。残されたカズキとQは視線を交わらせると、何とも言わず同じ方向へと歩き出す。
「本当に怪我はしてないの? 君、素手で殴り込むでしょ」
「ああ、だが掠り傷に過ぎん」
「掠り傷でも怪我は怪我でしょ。無理しないでほしいな」
「……この程度、無理の内には入らない。カズキこそ、大丈夫なのか」
「当然。Qが攻撃を引き受けてくれてるお蔭で無傷そのものだよ」
カズキの口調が大袈裟な抑揚を見せる。主に人に毒を吐く時に見られる傾向ではあったが、今回は違う意味合いを含んでいるらしい。その様子からカズキの不機嫌を察したQは立ち止まり、人より大きな手を開いて見せる。
「そこまで言うのならば、お前自身が見て確認すると良い」
「なら遠慮なく」
差し出された左手をカズキが取る。エネミーの突起にでも引っかけたか、或いは地面を直に殴るタイミングがあったからか、原因は定かでないものの指の表面には木材を擦った時のような軽度の傷が見られた。しかし逆に言えばその程度の傷があるのみで、Qの主張通り大きな裂傷や出血は見られない。
「確かに大した怪我は無いみたいだけど、化膿でもしたら事だし後で小石くんに薬を貰いなよ」
「ああ、そうしよう」
納得してくれたと見たQが手を下げようとして、まだ解放されないことに疑問を抱く。Qの視点からは、手の傷を見る為に俯いたカズキの顔を目視することができない。かといって覗き込むようなことをするタイプの人間ではないQは、カズキが手を放すか喋り出すかを待ち続ける。
間も無く、カズキがはっきりと言った。
「あのさ。君、傷付きながら戦うことを望んでない? そうだとしたら許せないんだけど」
鋭い語気で言い放ったカズキは、Qの手を掴んだまま見上げて話す。
「Qとしての戦闘スタイルが結果的にタンクに近い役割になる、っていうのは理解してるけど。でもそれだけじゃない風に見えるんだよね」
Qは口をつぐんだまま、カズキを見つめる。近頃はお互い緩んだ顔ばかり見せ合っていて、こんな風に明らかな怒りを含んだ表情を見たのは久し振りだった。自身に笑うことを思い出させてくれた、ずっと想ってくれていたカズキに今も尚このような顔をさせてしまう。Qの心にズキリと痛みが走り、その小さな衝撃が口を動かした。
「そう……だな。確かに、私は傷付き闘う事を望んでいるのだろう」
「どうして」
「……高揚と、安堵……だろうか」
自覚していなかった感情が突然形を持ち、口から紡がれる。カズキの前だからこそ、カズキが相手だからこそ、たとえ己の意識の及ばぬ領域で本能の如く根付いていた気持ちだったとしても言葉として溢れていくのだろう。
「あの時からずっと、私の中で燻っている強さへの渇望……それが高揚に繋がっているのだと感じる。大きな力を持たぬであろう者だとしても、それらが一纏めにかかってくると期待を抱かずにはいられない」
カズキの左手に、そっと触れる。壊れ物に触れるかのように、そっと。
「そして、安堵……私は多くの物を傷付けた。その罪は何をしても消えることはない……故に私が傷付き、誰かの為に力を振るうことがそれらへの贖罪となっているように錯覚してしまう」
饒舌になった己に驚きを抱えつつ、最後にぽつりと消え入りそうな声色で言う。
「私は……卑怯だ。自己満足の為に、お前をそのような顔にさせてしまうのだから」
それきり口をつぐんでしまったQは、カズキの出方を窺う。重ねられた左手が払われることはなく、けれど重ね返されることもない。返答はなく、しかし意図的に黙っている訳でもない。カズキの言葉を待つ間が酷く長く思えて、鳳家に引き取られてからの夜を思い出しては過去の行いを悔いる。
「全く、仕方ないね」
突然清々しい声色でそう発したカズキに、他ならないQが狼狽を見せる。感情が追い付かないまま左手をぎゅっと握られると、落ち着かない瞳でカズキの表情を求める。
「呆れるよ。前者はともかく、傷付くことに安堵するなんてマゾみたいな性質があったなんてね」
「ち……違う」
「どうだか。痛くされたいなら僕だってしてあげるけど?」
「違う、私は……」
「はいはい……ホント、許せないね。でも、今までの出来事を全部背負って生きていくのがどれだけ苦しいものかっていうのは理解できる。だから、許せないけど見逃すよ」
どこまでも包容するカズキの底抜けに明るい声が、Qの耳に心地よく溶けていく。傷付けてしまうばかりなのに、カズキはいつも味方をしてくれる。寄り添って、共に歩もうとしてくれる。心を蝕む痛みが和らぎ、やはり罪悪感をも抱きつつ安堵した。
「安堵するって言うけどさ、傷付く以外でもあるでしょ。何も知らないトラッシュの皆と話すのは罪悪感を生むかもしれないけど、僕は違う。僕じゃQの寄辺にはなれないのかな」
「そんなことはない。現に、私は今安堵している……だが、それとは別の話なのだ」