願望アオキは、何か欲しいものとかありますか?」
「いきなり何ですか。やけにご機嫌ですし」
「ほら、アオキは小生にして欲しいこととか、あれが欲しいとかあまり言わないじゃないですか。だから、ちょーっと気になって聞いてみたのですよ」
「怪しい……」
「酷い!」
「冗談ですよ……あまり、考えたことがないですね。元々そこまで物欲もありませんし。美味い飯が食えたらそれでいいです」
ある意味、想定通りの答えがアオキから返ってくる。覚悟はしていたがこうも思い描いていたままの受け答えをされてしまうと流石にへこんでしまう。今度、二人の関係が変化してから初めてのアオキの誕生日がやってくる。恋人としてなにかお祝いをしてやりたいと思い彼に望みを聞いた結果がこのザマだった。まだただの同僚だった頃に一度だけ祝いの言葉をかけたことがあったが、その時は「今更そんなことで喜べませんよ」とあっけなく返されてしまい酷く落ち込んだ。お互いにいい歳なのだから当たり前か、と思いつつそんな言い方しなくてもいいでは無いかと小言を返してしまった。
そんなこともあったなと思い返せるようになった今このタイミングでなら教えてくれるだろうかと、微かな希望を抱きながら尋ねたところ見事に玉砕。実の所、一度彼が作業をしている最中に軽く尋ねてみたことがあったのだが、恐る恐る聞いたことが災いし彼の耳にはその声が届いていなかったらしくあえなく断念した。
「そうですか……分かりました。あ、〇日の夜空けておいてくれませんか?たまには外に美味しいものでも食べに行きましょう」
「はぁ。多分その日は早く帰れるはずなので大丈夫だと思います」
こちらの話題を先に出しておくべきだっただろうかと思いつつ、少々唐突な誘いに困惑しながらもアオキは分かりました、と答えて寝室へと戻っていった。
『なんだ』
「コルさん、すみませんこんな時間に。少し相談が…」
『待て、アオキのことか』
「分かりますか。実はアオキの誕生日が近いのですが、欲しいものを聞いても教えてくれないのですよ」
結局アオキから聞き出すことが出来ず縋るような気持ちでコルサに電話をかけたが、あっさりアオキのことだと見抜かれてしまった。早々に目的を告げると、電話の向こうから盛大なため息が聞こえた。
『何故毎回ワタシに聞くのだ。アオキがハッさんに話す以上のことをワタシに言うとでも思うか?』
「う……何か知らないかなと思いまして」
『さあな。』
もう一度アオキに聞いてみたらどうだ、と至極当然の答えを告げるとあっけなくこの話題は終わってしまい、コルサの最近の進捗の話を延々と聞く羽目になった。
その後も、あまりしつこく聞き出すのも彼からの心象が悪くなってしまうかもしれないと躊躇っているうち、アオキから彼の望むものを聞き出すことが出来ないまま約束の日を迎えることとなった。
「お誕生日おめでとうございます。すみません、色々考えたのですがやはりアオキに美味しいものを食べてもらうのがいいかなと思いまして」
予約していたのは普段食事をするにしては些か上品さのある店であり、個室を用意していた。アオキは目の前に置かれたいかにもなデザートを眺め、ようやく合点がいったとばかりに顔をこちらに向けた。
「なるほど、そういうことですか」
「何がですか?」
「いや、散々聞いてきたじゃないですか。何が欲しいかって」
「まぁ今日のため、というのはあっています。小生が選んであなたの好みに合わなかったりしたら悲しいでしょう、お互いに。だから直接聞くのがいいかなと思ったのですよ」
これ以上隠していても意味がないだろうと思い正直に話した。折角だから彼の望みを何でも叶えてやりたいと思っているものの、本当に欲しいものがないのなら仕方ない。自分の少し恥ずかしい告白を聞いたアオキはカトラリーを持つ手を下ろし、顎に手を添えると考え込むような仕草を見せた。
「別にハッサクさんが選んでくれたものにケチをつけるつもりはないですよ。ストレートに言ってくれたら良かったのに」
「サプライズにしたいじゃないですか、こういうのは」
そう言うとアオキはまずいことをしたな、と言わんばかりに眉をひそめていた。
「……欲しいものが無くはないですよ。でも、物というよりかはどちらかというと願望みたいなものです」
「願望?何ですか?」
少し意外な返答に驚き、率直に疑問を投げ返す。アオキから過去に言われた言葉を思い出しても、自分に向けて放たれた願望はどれも「声がでかいからもう少し押えてくれ」だの「公共の場で大声で泣くのはちょっと」だのどちらかと言えばネガティブな類のものが多かった。今回もまた彼は何かを溜め込んでいたのだろうかと心臓が煩く鳴る。
「いや…自分のわがままでハッサクさんにプレッシャーをかけるのも」
「な!小生に直して欲しいことなら言って欲しいのですよ……!」
流石にここまで焦らされては聞かずにはいられない。一緒に暮らすようになってからお互いの価値観の違いが顕著になることもあり、その度に話し合いを重ねてきて今となっては上手く生活も回っていると思っていた。それでもなお、我慢していることがあるのなら改善をしたい。
「直すとか、そういうのじゃなくて」
言い淀んでいるのは明らかなのだが、かと言って絶対に口にしたくないというわけでもなさそうで余計に混乱していた。かけるべき言葉を選んでいるとアオキが口を開く。
「まぁこの先も、……に、して欲しいなと」
「へ?」
個室で静かな空間でも控えめな彼の声はちゃんと自分の耳まで届き、届いたが故にたまらず間抜けな声を出してしまった。
「二度は言いませんよ」
その言葉に自分がなんと返事をしたのかはあまり覚えていない。ただ、どこかへ飛んでいきそうな意識の中で自分の聞き間違いでないことを祈りながら今し方届けられた彼の精一杯の我儘を噛み締める。単純でいて切実なそれに愛おしさが全身から溢れてしまいそうだった。
「……その顔、写真撮っていいですか」
固まったまま動けないでいる自分に彼自身も強張っていたらしい体の力を抜いて、一つ息を吐いて表情を緩める。しかしその顔は室内の照明のせいというものではとても説明がつかぬほどに紅潮していた。
「抽象的ですし、言えないでしょう普通こんなこと」
全く喋らなくなった自分と対照的にアオキは普段よりも口数が多くなっている。少し気恥しげにしているところから本人もきっときづいているだろうからあえて口にすることは控えておいた。
「いい加減何とか言ってください」
「…アオキのお願い、小生がこの命をかけて叶えてみせますよ!!」
「大袈裟な……」
「それぐらい大切なお願いですからね」
「はぁ」
本当は、思いっきりその場で抱きしめていつか言おうと思っていた言葉も告げてやりたかった。流石に今はそのときではないと心に留めておいたが、一方ではまたひとつ2人で1歩先へと進むための確かな道筋が見えたような気がした。
「この先も、幸せにして欲しい」
そんなささやかで、切実なわがままを叶えるためにも。
(完)