その時は、いつか探してね「オレ、キツネより先に死んじゃうかもしれないなぁ」
唐突にそんなことを言い出したサトリにキツネは目を瞬かせる。
情事の名残のあるくしゃくしゃの布団の上に寝そべりながら上目遣いで見つめてくる少年は、言葉の割に深刻そうな表情ではなかった。
「なぜそう思ったのだ?」
「んー、だってさ…」
サトリはごろりと身体を転がして、キツネの太ももに頭を乗せて膝枕の姿勢をとる。
薄い単衣越しに伝わる体温は暖かく、キツネはその黒い髪に指を差し込んですいてみせる。
「キツネは純血っていうのかな…しっかりとしたモノノケだけど、オレは違うだろ?」
「あぁ…」
サトリが言わんとすることを理解したキツネは、なるほど…と頷いた。
人の血が半分流れているサトリは、己がどれくらい生きるのかが分からないのだろう。
既に人の寿命ほどを生きて、この青年と少年の間のような容姿をしているのだから、おそらくあと数百年は生きるのだろうとキツネは思っていた。
だが、人との混血のモノノケは今まで身近にいたことがないため、確証を持つこともできない。
実際、身体に関していえばサトリはモノノケより弱く、人よりは強靭だ。人に近い性質も、モノノケに近い性質もマチマチといったところで、寿命に関しては予想もできない。
100年、200年先にも同じように笑っているのだろうか。
はたしてこの子といつまで一緒にいれるか…とキツネは考え込む。
「ふふ、悩んじゃったか?」
「…ん?あぁ、まぁな」
当の本人が呑気なものだと覗き込めば、髪をすかれて気持ちよさそうに目を細めたサトリが幸せそうに笑った。
「オレは、キツネより先に死ぬのが嬉しいんだ」
「…そのようなこと」
自分の死を見すえたような口ぶりのサトリに、キツネは眉間に皺を寄せる。
触れ合った肌からキツネの心情を感じ取ったサトリが慌てて口を開いた。
「違うんだキツネ。早く死ぬ事が嬉しいんじゃない。キツネより早くってところが大事なんだ」
「…我を置いていくことがか?」
「意地悪だな…そうじゃなくて…」
サトリは困ったように視線をうろつかせる。
「キツネのいない世界を見なくて済むだろ」
「…結局置いていく気ではないか」
自分勝手な恋人に呆れてみせると、誤魔化すように腹へ頭を押し付けられた。
グリグリと頭を擦り付けて甘えてくるサトリの肩を軽く叩いてあげると、顔を上げた。
「もし、寂しかったらまた見つけてくれよ」
「えぇ…嫌だ。何度目だと思っておる」
「何度目…ってのは知らないけど。はっ、まさか知らない男か女の面影を俺に感じて…!?間接浮気だ!!」
「待て待て、嘘だ。冗談だ!」
「なら俺の手触ってみろよ」
ぷりぷりと手を出してくるサトリに、過去の詮索はよせと誤魔化す。
しばらくは、拗ねたようすだったサトリも本気ではなかったようで、すぐに表情を崩して笑った。
実際、彼とよく似た吉昌を無意識に探していた訳であるが、吉昌に恋慕を抱いていた訳ではない。彼の面影を探していたのは事実だけれども、キツネが好きになったのは紛れもないこの少年1人だけだ。
ただ、そのサトリとの出会いがいろいろと複雑なので、説明するのが面倒なだけだ。
「探してっていうのはまぁ冗談だけど。新しい人は探してくれよ」
「おぬしはまた…そのような」
「キツネは寂しんぼだから。キツネの中の、寂しさを埋めるひとつになったらオレはいいんだ」
「寂しんぼではないが…それはまことか?」
殊勝なことを言うが、少し寂しそうな目をするサトリに問いかける。
サトリは黙りこくって少し考えたあと、諦めたように、強がってもダメだな、と口角を上げた。
「やっぱり嘘。キツネの寂しさになりたい。ずっと、誰といても塞がらない穴になりたい」
わがままかな?と、笑うサトリがどうしようもなく愛おしくて、柔らかな黒髪に唇を落とす。
擽ったそうに身をよじるのを捕まえて、骨が軋まぬ程度に強く抱き締めた。
「なら、深く深く傷をつけられるようにそばにいてくれ。他の誰にも埋められないほどの穴ならば、余計にお主を探さざるをえないであろう」
「やっぱり探してくれるのか?」
嬉しそうに声を弾ませる少年に、キツネは苦笑して見せる。
サトリはキツネの首筋に顔を埋めると、小さな声で囁いた。
「なら、たくさん楽しいことしないと…な」
「ん、おぬし…まだしたいのか?」
「ん、ふふ、満足してたけど…もっとしたくなった…ぁ、んっ」
「そうか、それなら応えてやらねばなぁ」
埋めた顔をそのままにキスをするサトリに、仕返しだと背中をくすぐれば、その声はすぐに艶を帯び始める。
先程の余韻がいまだに残っているのか、思い出したかのようにふるりと身体が震えた。
そんな素直な様子が可愛らしく、口吸いをしようと顔をあげさせると、とろんとした目と視線が交差した。
あぁ、これは1回では済ませられないかも…とキツネははやる心を抑えながら、目の前の愛しい人を柔らかな綿の海に沈めたのであった。