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    EN/匣になりたい

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    Ghostwire東京
    祓い屋二人ととある猫又の話

    猫又奮闘記お喋り好きの猫又が持ってくる怪しい依頼や珍品収集で報酬を貰うが、如何せん出費もなかなか嵩む。特にエーテル補給品や特殊札の作成に必要な墨は高い。サイドバックに残っている冥貨の残高を見て顔色を青くする暁人に、後ろから覗いてくるKKの「吉備団子や猫缶買いすぎだろ」の声にギクリと肩が揺れる。
    「仕事」で使用する道具は現世で言うところの現金ではないにしろ、猫又の店で揃える物は安くはない。それなのに暁人は冥食やら妖怪に与える菓子の無駄遣いに余念が無い。
    「KKだって煙草買ってるじゃないか」
    「微々たるもんだろ」
    「塵も積もればだよ」
    店の前で言い合いをしている二人を、角でじっと見ている猫又がいた。やれあの法具は高すぎたとか、依頼品をもっと高く見積もれば良かったと口論がエスカレートしてしまう前に、群青色の袢纏を着た猫又が間延びいた声で話しかけてきた。
    「冥貨貯蓄?」
    すこし歪に留られたホチキスの跡が残る紙束を二人は手渡された。これまた手作り満載の紙束には「めいちょのご案内」と手書きで描かれている。いわゆるパンフレットをKKと暁人に渡してきた猫又は間延びいた声で応えた。
    「はい~、さいきん元締さまがはじめた冥貨のちょちくぷらんなんです~」
    二人が猫又に案内されたのは、問屋からさほど離れていないシャッター街の奥に存在するとある施設だ。人間が訪れなくなった薄暗い場所は人ならざる者達が集まり、妖怪達のコミュニティと化していて、暁人でも見たことがあるような妖怪や、見たことがない妖怪が賑やかに行き交っている。あれは廃神社の神だと指をさすKK。
    袢纏を着た猫又達も忙しなく浮遊しており、屋台や問屋だけの商売ではないようだ。
    「元締て猫又の?そんなのいるの?」
    「左様です~」
    「この商工会を纏めてる奴か。手広く儲けてんだな」
    「お陰様で~」
    確かに妖怪のコミュニティがあるなら纏めあげる存在も、人間界のような自治体もある筈だ。屋台や問屋にもこれは一体何に使うんだと思いたくなるようなガラクタもあるし、各々の妖怪達が冥貨を払ってやりとりをしていると猫又は説明した。
    「そもそも妖怪に物欲なんてあるのかよ」
    「すくなからずは。しかし冥貨じたいのかちは、にんげんほど、せいかくではありませんね~」
    猫又が袢纏を翻して喋ると尻尾も揺れる。手作りパンフレットに目を通していくと、貯蓄システムは人間界と差異はない。預けて、貯めて、猫又商工会がそれを管理し、引き出したい時に引き出す。物価の概念は存在せず、使われなくなった場所に置き去りにされた物達はやがて付喪神となるか、取り込まれるかの二択だ。
    それを最大限に価値を見いだしているのも、あらゆる場所で屋台や商工会を開いてガラクタどころか呪物、法具、情報すら猫又商工会が手ぐすね引いている。お陰でKKと暁人も助かっているのだから相互利益は概ね良い。
    「預けられるなら、無駄遣いも減るね」
    「損はないとおもいますよ~」
    嬉々として契約書を暁人に渡そうとする猫又から、乱暴に横取りしたのはKKだ。文句を言おうとする暁人と猫又をひと睨みすると疑り深くパンフレットを指で弾く。
    「冥貨の価値をほとんど分かってねえ妖怪相手に、金勘定なんか出来るのか?」
    「それは、」
    「そっちで数字を操作する事も可能だよな。それとも法外な手数料でも請求するのか?ああ、法なんてあるかどうかも疑問だがな」
    KKの眼は氷のように冷たく、動揺する猫又を睨みつける。暁人もどちらをフォローすればいいか戸惑っている。
    物の価値も、冥貨の価値も管理しているのは猫又商工会だ。KKが言うのも一理ある。契約とはいえ、相手は妖怪だ。ひとたび疑いが浮上すると目の前の猫又さえ信用出来なくなる。KKが更なる追求をしようとして止まった。
    猫又は耳を伏せて、大きな眼に涙を溜めて泣いてしまったからだ。前足でパンフレットを抱き込んで、嘘泣きではなく本気泣きをしてしまって流石のKKも言葉を失う。
    「ですよねえ、むりですよねえ」
    「もしかしてずっと断られてるの?」
    「すばらしいぷらんなのは、わかっているのですが、妖怪あいてですから~」
    猫又の手にある手作りパンフレットを見ると数箇所がボロボロだった。断られ突き返される度に何度も何度も書き足したのを繰り返したからだ。
    「わたしは、元飼い猫でございまして、人間のつくるしすてむが、うらやましかったのです。ですがしょせんは、人間のまねごと、妖怪にはむりな話でしたね」
    「無理だなんて…」
    「よいのです。クビになるのはこまりますが、ほかの仕事をさがします…」
    二人に頭を下げて去ろうとする猫又にどうすればいいかと暁人はKKを見ると、彼は眉間に皺を寄せて何か考え込んでいた。思いついたのか、猫又を呼び止める。
    「この「めいちょ」プランに、割引システムがあるな」
    「はい、ございます。いっていのきんがくを入金すると、割引けんがもらえます」
    「具体的には?もっと何か増やせないのか?」
    「すみません~、そのへんはよくわからなくて~」
    割引券とやらも猫又もよく分かっていないらしい。KKはペンとメモ帳を取り出して何か書き出した。それを横目で見ている暁人も、KKが何をしたいのか気付く。
    「これに書かれている物を問い合わせろ。大量にだ」
    「ええと、むめいきのつう帳に、かード、それと、タオルでございますか?」
    「粗品つったら、そりゃタオルに決まってんだろ」
    「そーゆうものなんですか~?」
    「パンフレットはそのまま使うぞ。まずロゴマークが必要だな。ちょうどそーゆーのに強い奴がいるんだ」
    KKがスマホで誰かを呼び出している。その誰かは暁人は想像つくようだ。ふと暁人は猫又が首に提げているものに気付く。古いがま口財布だ。赤い金魚の形をしたそれ。猫又に聞くと先前飼い主がくれた大事なものだという。暁人は笑顔になった。
    数日後、凛子とエドが制作した「冥貨ちょちくプラン」計画書とその必要経費請求書を元締めに持っていき有無を言わさず許可をもぎ取り、猫又商工会のロゴマークと通帳とカードのデザインは麻里と絵梨花が作成し、金魚のがま口財布の改良はデイルが、そして最初の契約者代表はKKと暁人が。もちろん制作に関わった報酬もばっちり全員分請求も通すのも忘れずに。
    「あきとさんとけーけーさんのお陰で、クビにならずにすみましたあ。ありがとうございました」
    勧誘に苦戦していた猫又達に感謝されまくった。まだまだ冥貨の概念や物価の説明は妖怪達にするのは難しいが、無駄遣いを防げるのはありがたい。あとついでに無駄遣いが凛子にバレて正座付きで二時間も説教を喰らい、今後はしっかり冥貨用家計簿を付けると約束させられるのはまた別の話だった。


    大都会の眩い街灯から外れた、人間が立ち入ることが無くなった寂れたシャッター街のその奥、薄暗い施設に集まっているのは人ならざる者達だ。
    昔から存在する妖怪達の間で忙しなく働いているのは猫又達で、冥食を提供したりガラクタを売ったりしている。「猫又商工会」という看板を掲げたこの地域屈指のコミュニティセンターである。様々な経歴を持つ猫又が多く、そしてその手腕で屋台や問屋と手広く儲けている。そのなかの一匹の猫又が今まさに新たな悩みを抱えていた。
    その猫又は、自分の名前が「ちょちく」ではないと知ったのは随分経ってからだ。子猫の時に銀行の裏口に捨てられたが、そこの人間達に可愛がられていた記憶もあった。他の猫より金の匂いが鼻に染み付いて、違う名前で呼ばれていた記憶も薄くなるほど、遠い昔の話。
    いちど病気して老紳士に引き取られてからは、飼い主が息を引き取るまで「ちょちく」は飼い猫だった。「ちょちく」ののんびりとした性格や口調は元飼い主から移ったのかもしれない。ちょちくは結構長生きした方だった。元飼い主がちょちくの尾が二股に別れているのを見て見ぬ振りをしていたぐらいだから。
    仲良くなった地域猫達に誘われ「猫又商工会」の品物管理で数年働いていたある日、元締めに呼び出されたちょちくは新事業を任されたのだ。それが冥貨貯蓄プランというものだった。
    ちょちくが選ばれたのは、元飼い主が銀行員で看板猫だったから他より数字に強いからという理由だ。冥貨管理がよりスムーズになり他の猫又達の給与も上がると期待されたちょちくは、戸惑いながらも了承した。
    しかしそれは困難の始まりだった。人間の銀行から拝借した契約書やパンフレットを見様見真似で作ったが意味不明な点が多い。
    きんり?ろーん?冥貨を預けるだけではないのか。右往左往してなんとか計画書作っても元締めからOKがなかなか貰え図しまい。
    なにより問題なのが、同じ元飼い猫達は協力的だが元野良の猫又達はどこかちょちくに冷たかった。職種が違う猫又との弊害に振り回され、まったく進まず疲れきったちょちくが自室でめげていると、とあるものがちょちくの視界に入った。
    散らかったままの部屋の隅に落ちていた古い金魚がま口財布を見つけた。酷く懐かしい、元飼い主から貰ったものだった。猫又だったのに最後まで面倒見てくれた優しい元飼い主と最後の別れをして、それだけ持って泣きながら外の世界へ飛び出たのを覚えている。そのあと雨の中で縮こまっていたところを元野良の猫又に助けられたのだ。
    金魚がま口財布の中身があった。古い紙幣と、紙切れ。そこにはかつての家だった住所と、元飼い主のかすれた文字で「この子は…の…、…ます、…まいご…連れて…願い、ます…」よく迷子になるちょちくのためのものだった。大きな雫ががま口財布に零れ落ちる。ちょちくは
    紙幣と紙切れをがま口財布に大事に仕舞うと、新しい紐で首に降ろし部屋を飛び出した。
    こんな簡単なことどうして気付かなかったのだろう。子猫だった時のように、助けてくれる仲間は此処にも沢山いるというのに。猫又商工会に誘ってくれた焼き鳥屋の猫又スナギモに相談すると、彼は元飼い主がデザイナーだったというフォトショを紹介してくれた。事情を説明すとると、フォトショは快くめいちょ担当のメンバーに加わった。
    ちょちくをモデルにポスター作り、顔の広いスナギモが何度も修正したパンフを現場猫たちに配り歩いた。求猫に応じた元飼い主が本屋の猫又シャーペンが新しい筆と帳簿を受注してくれた。ちょちくの頑張りをみていた他の猫又達も時間がある時は妖怪アパートのポストにパンフを投函してくれた。
    週刊誌を出しているカメラを首に提げた猫又にお願いして「めいちょ」を宣伝してもらったのに、しかし何故か思ったより効果が得られない。確かに冥貨の価値は曖昧で、妖怪が買うものと言えば冥食かガラクタばかりだ。猫又達は同族のよしみで登録してくれる。問題は他の妖怪たちだ。
    妖怪達には妖怪達の自分ルールがあり、猫又商工会のように店を構える妖怪は多くはない。ただでさえ曖昧な価値である冥貨を預けて何の得があるのかと最初から聞く耳を持たない妖怪が殆どだ。約束してもドタキャンは当然。人間の真似をするなと叱責さえあった。人間の世界での銀行がどれだけ規律正しいのか思い知らされてしまう。
    これ以上停滞してしまえば「めいちょ」が停止になってしまう。ちょちくが仲間と共に徹夜して頑張ったのに応えられる事が出来ず、要らぬと突き返される度に何度も何度も書き足していたボロボロのパンフを抱えて知り合いの問屋へ向かおうとして、誰かの言い争う声が聞こえてきた。
    角から覗き見ると、問屋の前で言い争いをしていたのは二人の人間だった。最近この界隈を彷徨いていると仲間から聞いた。問題のある妖怪や魑魅魍魎や悪霊等を祓う能力を持っていて、色々なところで首を突っ込んでいるようだ。どうにもチグハグな二人組だとちょちくは思う。
    どうやら二人は無駄遣いのし過ぎだとお互い指差して争っている。ここの問屋は猫又サバゲーが魔改造した法具や特殊札など値の張る商品を扱っている。
    これはチャンスかもしれないと、ちょちくは思った。あの二人を勧誘すれば、何かが大きく変わるかもしれない。けれどまた断られたらどうしよう。不安は強いが、仲間達の顔が過ぎり、胸元にある金魚のがま口財布をぎゅっと掴む。意を決して二人に声を掛け、フォトショに作ってもらった名刺を差し出し笑顔を浮かべた。
    このあと二人が呼び出した他人間により緻密な計画書を元締めに叩きつけてゴリ押しで承諾し、猫又職員を集めたプレゼンは見事に居眠りで大失敗。
    それでも互いの協力で出来上がった桜印の通帳とNAINカードは美しく、ちょちくちょきんぎょのがま口財布は妖怪達に人気で、猫又商工会印のタオルは夜な夜な月夜に踊る猫又達の頭巾として重宝された。
    ちょちくは今日ものんびりとした笑顔と間延びした声で勧誘に走り回っていた。



    大雨の中、帰宅したKKは珍しく焦っていた。子供の幽霊でも心配したのだろうかと思ったが、出迎えた暁人と麻里に突きつけた丸まったコートの中にいる、ずぶ濡れの子猫をみて合点がいった。
    裏路地で縮こまっていたのを放っておけなくて、ビニ傘と猫缶を買って食べ終えたのを見届けて帰ろうとしたら着いてきたと。動物嫌いなのに不器用な優しさと相まって伊月兄妹は笑いを堪えていたのだが、
    「おい、こいつずっとゴロゴロ唸ってるんだ、病気じゃねえのか?」
    というKKの台詞に、二人は耐えきれず吹き出した。

    「ごれんらくありがとうございますにゃ~、みなのたよれる猫又スナギモです~」
    以前、猫又問屋に行った時にとある活動をしているとチラシを貰ったので半信半疑で連絡を入れたら本当に来た。ご丁寧に二足歩行でお辞儀する猫又に釣られる伊月兄妹。
    「そのせつは、ちょちくがおせわになりましたにゃ~」
    冥ちょ計画で宣伝担当をしていた猫又だ。茶色の眼に茶色の毛並み、鍵しっぽの短めの二股尾。橙色半纏の背中には焼き鳥屋のマーク。ああだからスナギモなのかと納得した。撫でたいのを我慢する兄妹の背後では、距離をとって様子見しているKK。
    「このこがそうですね?なんとかわいらしい」
    スナギモの説明では、捨て猫や迷い猫を保護する活動だそうだ。面倒見の良い野良の猫に預けたり、人間のボランティアを誘き寄せて保護させたり、猫又になりかけの猫を商工会に勧誘したりする。猫又ちょちくもそれでスナギモに助けられたらしい。時に虐待をする輩を懲らしめる事もあるという。
    「ではまいりましょうか~」
    「そのまま保護するんじゃないの?」
    「この子のおうちはきめてありますよ~」
    「ほら、KKもそこに隠れてないで一緒に行こうよ」
    「いやお前らだけで行ってこいよ」
    「拾ってきたのはKKでしょ、最後まで見届けなきゃ」
    「分かった、分かったからそいつを近づけさせないでくれっ」

    「オイラはもとのら猫ですが、よのなかはせちからいですにゃ。むりに外でいきるひつようはないのですよ~」
    静かな住宅地を歩いていくと、とあるいけで囲った一軒家でスナギモは立ち止まる。子猫と何かを話して、子猫は肉球から離れて生垣を抜けていく。
    スナギモとKKと兄妹は生垣の隙間から様子を見ていると、子猫は言われた通りに元気よく鳴き出した。庭に響き渡るその可愛らしい鳴き声に、中にいた住人が気付いたのか鍵を開けて出てきた。
    とある老夫婦だった。少し悲しそうな顔をしていたが、元気に鳴く子猫を見つけて、膝をついて優しく小さな子猫を抱き上げて涙を流しながら家宅へと戻って行った。
    嗚呼、ここの家主は最近飼い猫を亡くして、ペットロスだったようだ。子猫の姿を見て涙を流して嬉しそうに抱き抱えていたからすぐに分かった。先住猫がどれほど大切にされていたのか分かる。スナギモも兄妹も涙ぐんでいて、KKも隠れて目頭を抑えている。
    「このうちをしょうかいした猫又はげんきにやっておりますよ~」
    猫又ちょちくの手伝いをしたり、屋台で焼き鳥を売ったり、子猫達を保護したり、この頑張り屋さんな猫又スナギモにチュールを大量にプレゼントしてあげた。
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