Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    みずまわり

    ☆quiet follow Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 5

    みずまわり

    ☆quiet follow

    エイプリル主従フール記念 ノァレォ原稿をいいところまで晒す会

     エージェントの朝は早いかと聞かれると、そうとは限らない。ノアはいつもレオンよりも遅くに起きている。というよりも、レオンが起こしに来るから起きることができている。
    「おはようございます」
    「おはよう、レオン……」
    「電気、つけますよ」
     もごもごと口を動かすノアに一言断りを入れてからレオンはぱちりとスイッチを入れた。
    「まぶし……」
    「さっ、朝ごはんの支度はできておりますゆえ、わたくしと向かいましょうね」
    「はぁい……」
     ゆっくり起き上がるノアは眩しさに薄目で抵抗する。時計を見ればまだ七時。もっと寝ていたい。目が開ききらないノアにレオンはカーディガンを差し出した。
    「ありがとう」
     微笑んで会釈をするレオンは朝からスーパー執事全開である。例を一つ挙げるとすれば──ノアは朝食は軽い方が好きだ。レオンはそれを知っている。だから朝に用意するのは、さらりとしたスープと小さなバゲットがふたつ。スープには見た目の軽やかさからは信じられないほどありとあらゆる栄養が詰まっている。こんなにシンプルに見えるのに何故か元気になるんだよね、とまじまじとスープを眺めるノアを見ながら、レオンは内心ガッツポーズを浮かべている。
    「ふふ、全てご主人様のためでございますよ。栄養学も心得ております」
     ハウスキーパーいらず、なんというコストパフォーマンス。温かなスープを口に運びながらノアは思う。レオンを雇うと決めたのは父親だ。娘であるノアに仕え続ける義理は何もない筈であるのに、今朝もレオンは食べ終わった後の食器を静かに片していた。身支度してくるね、とノアが声をかければ行ってらっしゃいませ、と明朗な返事。アイロンが隅までかけられたぱりっとしたシャツとシンプルなスラックス。仕立てが良いのだろう、彼女のシルエットが綺麗に見える。カーディガンをハンガーに掛けておけば、レオンはノアが知らないうちにそれを片す。全てがレオンに把握されている。スーパー執事、恐るべしなのである。小さな洗面台に移り腕を捲ったノアはスキンケアを終わらせて、ポンプ式の化粧下地を手の甲にプッシュする。瓶が軽いな、と棚に目を動かすと、新品の箱が置いてあった。スーパー執事はストック管理も完璧、である。リキッドファンデーションを塗り広げ、フェイスパウダーをひとはたき。眉を整えアイシャドウに手を伸ばし、今日の予定を脳内で反芻した。今日はライダーの人たちとしか会わない、よね。少なくともきつい顔にする必要はないと判断したノアはピンクベージュのパレットを手に取った。きらきらのライトベージュ、肌馴染みの良いピンクベージュ、甘い香りのしそうなピンクブラウン。順繰りに重ねて、ノアはこっそり思う。──変身!
    「なんてね」
     小さく口の中で呟き、アイライナーはダークブラウンで猫目のように。チークはふわりと広く。リップはアイメイクと揃えるならこれ、とティントを取り出す。唇に載ったのはこってりとしたくすみピンク。これは今日のポーチにも入れておかなければとポケットにするりと忍ばせれば、『エージェント』の顔が完成。最後に、円筒の瓶に手を伸ばす。蓋を開けて左手首に一度、持ち替えて右手首にもう一度、香水を振りかけた。レディライクな香りを身に纏うようになったのは歳上の人達と多く携わるようになったからだ。わたしにはまだ早い気もするなぁとぼやくノアを、レオンはそんなことはございません、と微笑んで見守っていた。
    「レオン、いる?」
    「はい、貴方様のレオンはここに」
    「お願いして良い?」
    「もちろんでございます!」
     レオンは徐にブラシを取り出した。ノアの長い髪をどうやらレオンは気に入っているようで、一度寝坊をした朝に任せたところ翌朝も本日はどのような髪型にいたしましょうか?と問うたのだ。レオンの毎朝のタスクがひとつ、増えた。ノアは最初それを心苦しく思っていたものの、日々増え続けるヘアアレンジのレパートリーを見てその考えを改めた。今日はシンプルに結んだのち、顔まわりに動きを出して華やかに。
    「しごできスタイル?」
    「ええ。ご主人様の本日のメーキャップにもピッタリでございましょう」
    「ありがとう」
    ヘアオイルは無香料。とろりと重めのテクスチャを、レオンは掌で柔らかく薄く広げる。
    「失礼いたします」
    まとめ髪は手で揉むように、くしゃり。顔周りは力を込めずに、ほわり。レオンに触れられている間のノアは、宝石になった心地がするこの瞬間が嫌いではない。レオンの人生の分に加え、先代と当代の人生を支えているその手は大きく、そして少し固い。お待ちくださいね、と手早く洗われさっと拭われた手は、すぐに手袋の中に隠れた。
    「お待たせいたしました、では」
     二人は歩き始めた。歩幅が違うはずなのに足音は一人分。レオンは、ぴたりと距離を保ったまま静かに静かに影となる。
    「本日は忙しくなりそうですからね」
    「そうだね、ライダーサミットが十三時、その裏で十一時から十五時までライダーステーションのメンテナンスだよね?」
    「ええ。メンテナンス前に高塔戴天様が十時四十五分から十五分間、高塔雨竜様と共に打ち合わせにいらっしゃいます」
    「あれ、そうだったっけ」
    「はい。シミュレーションに気候の変化を反映できるような新システムの打ち合わせです」
    「そっか……。どんどん進化させないとだもんね」
    「えぇ」
     歩きながら一日の予定を確認。タイミングよく現れた扉を開けばそこは仮面カフェのキッチン。
    「わたくしは仕込みに回りますね」
    「わかった。今日も頑張ろうね」
    「はい。どうか、ご無理はなさらず」
     執事の祈りを主人はうん、と頷いて返した。カフェエプロンの紐をきつく結く。紫の猫のような仮面で顔を覆う。今日も、また一日が始まる。早番のスタッフとの引き継ぎを済ませ、ノアは表情筋をくにくにと動かした。接客の基礎は柔和な笑顔。人の出会いは一期一会。特にこういったカフェなどは、人生で一度しか訪れない人もいる。その一度を悪い印象で塗り潰さないように、あわよくば良い思い出として記憶に残るように、まずは素敵な笑顔です──そうスタッフから教わったことは記憶に懐かしい。この生活にもすっかり慣れた。慣れたというよりも、慣れるしかなかった。記憶が束の間すっぽ抜けたあの日から、ノアは『ノア』として生きるしかないことを察し、それを受け入れた。難しいことは少なくない。財閥の人間としての振る舞い、エージェントとしての活動、執事がいるという事実。執事がいるというのは現代日本に於いて随分と奇特なことである。身の回りが気が付かぬうちに整うということは恐ろしいことだと思わなければ、己はいよいよダメになってしまうという確信に近い怯えが毎朝自戒を迫るのだ。──だって、わたしはお父さんではないの。わたしは、お父さんのようになりたくはないわ。彼女が記憶の中の父親の顔の輪郭が霞んでいることに気がついたのはいつのことだろうか。娘の前で仮面を被るような父親ではなかった筈なのだが、それすらも『気がする』だけだ。感覚でしか父親のことを思い出せずにいる。せめて自分は、誰かに思い出してもらえるような存在でありたい。自分ではなくても、このカフェくらいは良い思い出として明確な輪郭と芳醇な香り、それに味覚が喜んだ記憶を刻みたい。ウェイターの顔になった財閥令嬢は、顔の体操を終えた。そうして、ダスターを慣れた手つきで掴みテーブルを一つずつ拭き上げていく。毎朝のルーティンはこれにて終了。彼女は腕時計をチラリと見やり、深く息を吸った。打ち合わせに、ライダーサミット。今日は長く重い一日になりそうだという予感が胸を走った。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    ❤❤❤❤
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    みずまわり

    DOODLEエイプリル主従フール記念 ノァレォ原稿をいいところまで晒す会
     エージェントの朝は早いかと聞かれると、そうとは限らない。ノアはいつもレオンよりも遅くに起きている。というよりも、レオンが起こしに来るから起きることができている。
    「おはようございます」
    「おはよう、レオン……」
    「電気、つけますよ」
     もごもごと口を動かすノアに一言断りを入れてからレオンはぱちりとスイッチを入れた。
    「まぶし……」
    「さっ、朝ごはんの支度はできておりますゆえ、わたくしと向かいましょうね」
    「はぁい……」
     ゆっくり起き上がるノアは眩しさに薄目で抵抗する。時計を見ればまだ七時。もっと寝ていたい。目が開ききらないノアにレオンはカーディガンを差し出した。
    「ありがとう」
     微笑んで会釈をするレオンは朝からスーパー執事全開である。例を一つ挙げるとすれば──ノアは朝食は軽い方が好きだ。レオンはそれを知っている。だから朝に用意するのは、さらりとしたスープと小さなバゲットがふたつ。スープには見た目の軽やかさからは信じられないほどありとあらゆる栄養が詰まっている。こんなにシンプルに見えるのに何故か元気になるんだよね、とまじまじとスープを眺めるノアを見ながら、レオンは内心ガッツポーズを浮かべている。
    3146

    recommended works