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    1nooo

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    雨の日に現れた幽霊?の話

    白い影 いつものように出勤準備をしていてふと窓の外を見た。天気を確かめるための習慣だ。そこに見慣れないものを見つけた。白い白い男。頭からつま先まで真っ白い。見慣れない、けれどもその姿かたちは知っている。ただその男は決して白い服などは纏っていなかった。
     七海は男の様子を観察する。窓の下、彼は俯いて静かに立っていた。不審に思いしばらく見つめていると男が顔を上げた。
     七海は息を飲む。顔は確かに彼だった。しかし憂いを帯びた表情は知らない物だ。彼はいつも目を隠している。それが無防備に晒され、人目を引く美しい青がよく見えた。これだけ美しい男がいるというのに、通行人は誰一人足を止めない。しっかりと目が合ったまま七海もまた動けなかった。
     あれは人だろうか。素通りする人々。その内に雨が降り出した。そうだ、天気予報では確かに雨を告げていた。それなのに男は微動だにしなかった。焦る様子もなく、じっと七海を見上げている。さすがにゾッとして七海は目を反らした。
     きっとあれは人ではない。ならば呪霊・・・七海が元いた世界のならず者。今の自分には関係ない、と出勤の準備を進めた。



     帰宅をしたのは日付を大きく回った時間だった。疲労のため息をつきながらスーツを脱ぐ。激務に追われ今朝のことはすっかりと忘れていた。何とはなしにカーテンを開ける。
    「っ!」
     男がいた。相変わらず七海の部屋を見上げ、佇んでいる。違和感を覚えたのはその距離だ。少し近づいている。油断した。相手が呪霊ならば目が合った瞬間に襲い掛かってきてもおかしくはない。余りに動く気配がなかったので放っておいてしまったが、少し近づいているということは、ここにも来るかもしれない。今どうにかしておくべきか。迷った末、七海はカーテンを閉めた。すぐに害をなさないならいい。自分は今、一般人なのだ。
     その翌日も男はいた。そして少しずつ近づいている。けれど七海は放置した。



     男に気を払わなくなって一週間が過ぎた。相変わらずの激務で回りにかまけていられなかった。実際家に帰るのは二日ぶりだったりする。疲れ切った手でネクタイを外し、換気をしようと窓に近付いた。すると男はいなかった。消滅したか・・・七海はホッと息をついた。シャツに手を掛け振り向く。
     そこに、男が立っていた。
     声を上げそうになり、ぐっと飲みこむ。全く気配を感じなかった。男の呪力も、呪霊の発する禍々しいものも。いくら一般社会に馴染んだとはいえ、体は覚えている。易々と背後を取られることはない。白い男は何も言わず七海を見ていた。
    「アナタは・・・」
     ふと男の名前を呼びそうになる。が、思いとどまった。彼の正体がわからないのだ。安直に名前を与えるのは危険だ。
    「アナタは、誰です」
    「七海」
     驚いた。名前を呼ばれるとは。意思の疎通は出来るということだろうか。
    「ええ、七海です。ご自身のお名前は?」
    「僕だよ」
     僕・・・といえば。五条悟。頭にそう浮かんだ。容姿を見れば一目瞭然だ。しかし、僕? 聞き覚えのない一人称に七海は戸惑う。もちろん本人ではないだろう、呪術によって作り出された者とも違う。正体がわからなかった。七海はため息をついて追及をやめた。
     そっと手を伸ばすとしっかりと実態がある。冷たい体、サラリとした生地の服。五条たりえない白い白い服。とりあえず、と彼をへ導く。大人しく従った白い男はソファに腰を掛けた。不要とは思いながらも飲み物を準備する。その容姿に合わせた甘いカフェオレ。男はマグカップをとり、口に含んだ。
    (飲むことが出来る?)
     向かいに座ってブラックコーヒーを飲む。実態があり、言葉を交わせる。どうやら飲食もいける。これは何者なんだろう。幽霊とは呼べない、まさか五条が死んだとも思えないし、少なからず連絡もはずだ。それでは? 生霊・・・実態を伴う生霊? それともやはり誰かが作り出した呪力による幻影。触れる幻影とは。
    「僕はね」
     男が突然口を開いた。
    「どうしても、心配で。オマエが心配で。みるみる窶れていくし。だけどもう無関係だからさ。何も出来ないのが悔しくて」
    「それで来てくれたのですか」
    「うん。ねえ七海、少しでいいから傍に置いて」
    「・・・構いませんよ」
    「ホント? 僕、飲んだり食べたり出来るけど、特に必要じゃないから。風呂とかもいらないし。ただ一つ。僕の名前は呼ばないで」
     それは本当の僕だけの特権だから。
    「わかりました。ではなんと呼べば?」
    「好きにしていいよ」
     七海は考えた。けれどこの姿に他の名前など浮かばない。とりあえず二人だけなのだし、必要ではないだろう。こくりと頷きだけ返し、今夜はもう休みますと告げた。アナタはご自由にと加えて。
     寝室に消える七海を白い男はずっと見つめていた。



     そうして七海と五条らしき何かとの生活が始まった。



     白い男は眠っていることが多かった。朝起きると大体ソファで寝ている。彼を起こさないように朝食を取り、準備をする。彼が来てから七海はなるべく家に帰るようにしている。仕事の負担は増えたが、彼の顔を見ることが楽しみに加わったのだ。
     七海は五条に特別な感情を持っていた。それは学生時代から始まり、二人は慎ましくお付き合いなどもしていた。呪術界から足を洗う時に清算した関係だったが、こうして五条の顔を見れるのは、七海にとって嬉しいものだった。まだ好きなのだ。未練がましいと思いつつ、愛した姿を毎日見ることが出来るのは少々心が弾む。触れることが可能ともなれば尚更。そして彼は五条ではない。七海の秘めた気持ちは伝わることはないだろう。
     彼の正体について考えたが、もしかしたら式神のような存在かもしれない。触れることや自由に動けること。けれど動きは最低限にしている様子からそう思い至る。自分の心配して式神まで使役してくれていると思うと胸が熱くなる。終わった関係だからこそ、最後のプレゼントのように彼の存在を愛しく思った。
     帰宅すると笑顔を浮かべた彼が優しく包み込んでくれる。体力をつけるために鍛え続けている体は学生の頃とは段違いに逞しい。それなのに少しも気にしてないように抱き締めるのだ。この瞬間の為に頑張っている、と言えなくもない。けれど業績重視の生活はそう簡単に変わらない。
     七海が求めているのはカネなのだ。早くカネを貯めて、このように呪力の無駄遣いをしている彼を開放したい。
    「お出迎えせずとも大丈夫ですよ。もう遅い、休んでくださいね」
     そこでふと思いついたことが、うっかり口から飛び出してしまった。
    「一緒に寝ますか?」
     男は虚を突かれた顔の後、ニッコリと笑った。共寝ぐらいは許されるだろう。七海は男を連れて寝室へ向かった。奮発して購入した広いベッドに二人横たわる。狭くはないが広くもない。当然のように彼は七海を抱きしめた。
     体温のないサラリとした体。それでも七海はとても満ち足りた気持ちで眠りに落ちた。



     五条の式神(もうこう呼ぶこととした)は昼間はいないのかもしれない。通常勤務をしていれば、日中家にいることはまずない。式神を迎えてはじめての休日に、七海は相手をどうしたものかと悩む。
     普通の休みはそれはもう睡眠に充てる。そして乱れた部屋を見える程度に整え、まともな食事をして、また眠る。そう過ごすと完全に式神の存在を無視することになってしまうのだ。
    「今日は休みですが、何かしたいことはありますか?」
    「僕のことはいいから七海のことを優先して」
    「そうなると・・・寝ることになりますが」
    「寝るのいいじゃない。大丈夫だよ、何もしない」
     そう言われてはたと気付く。式神とはいえ、そういうことが出来るのだろうか。考えただけで少し体が熱くなる。けれども五条とは終わった関係だ。今更手を伸ばすのもナンセンスだ。
    「何も・・・する関係じゃないでしょう。私たち」
     自嘲気味に七海が言うと、式神はきょとんとした。そして悲し気な表情を浮かべて、そうだねと同意する。そんな顔をされては七海の中に迷いが生まれてしまう。思わず伸ばしそうになる手をぐっと握りこんだ。
    「では、寝ます」
    「七海」
     振り切るように寝室へ向かおうとすると呼び止められた。
    「その寝る、は僕も一緒でいい?」
     式神からの提案に驚く。毎晩共に眠っているので、なんら特別なことはないのだけど。昼間に二人で寝るというのは、いかんせん照れくさい。けれど嬉しい申し出だった。
    「ええ、もちろん」
     浮かれた気持ちを持って果たして眠れるだろうか? と不安になったが、ベッドに収まると疲労から睡魔はすぐにやってきた。
     ただいつものように来るはずの抱擁が、いやに時間が掛かっていた。



     パン屋の店員に蝿頭が憑いていた。
     いつも感じのいい女性で、強面の七海にも臆することなく話しかけて来る。見ないふりをしてしばらくを過ごしたが、ついに手を出してしまった。
     その時にもらった「ありがとう」
     七海は自然とスマホを取り出して電話を掛けていた。相手は五条悟。電話口で何やら笑っている彼をいなし、高専へ行く約束を取り付けた。
     帰宅した七海を迎えたのはいつもの式神。その彼に七海は報告をした。
    「高専へ行きます」
     式神は驚いたような顔をした。そしてすぐに七海の手を握って来た。冷たい手、しかしそれに随分と助けられた。
    「待ってる」
     そう言い残して彼は消えた。と、思ったらまたすぐに現れた。
    「最後に」
     唇にキスを一つ。七海は慌てて口を抑えるが、悪戯に成功した子供のような表情を浮かべて、彼は本当に消えていった。
     見守り終了、なのだろうか。誰もいないガランとした部屋にうすら寒さを覚える。彼はギリギリの所に留まっていた七海を正気に戻してくれた。もちろんきっかけは「ありがとう」ではあったが、それでも呪術師に戻ろうと思ったのは、やはり式神のおかげだ。
     毎日とは言えなくとも送り出しや添い寝をしてくれて、七海はどれだけ救われただろう。
     そして自分のそんな状態を微塵も自覚していなかったというのに、どうして彼は現れてくれたのだろう。電話の先で五条は笑っていた。全てを把握していたのかもしれない。
     彼の掌で踊らされ感は拭えないが、悪くない気分だった。



     高専へ行くと五条本人が出迎えた。式神を毎日見ていたので懐かしさは湧きあがらない、はずだったのだが、五条の井出達に七海は驚いた。黒いサングラスで覆っていた目は今は白い包帯が巻かれ、髪の毛は逆立っている。
     そして口調も変わっていた。式神特有の差異だと思っていたが、まさかの本体の口調であった。五条は上機嫌に七海を歓迎し、諸々の処理に口利きをしてくれた。
     本日の要件は終了、と言った時にようやく少し話す機会が訪れる。
    「式神の彼は、アナタの考えですか?」
    「式神? あー、あれね。どうだった? ちゃんとしてた?」
    「ええ、とても良くしてもらいました」
    「ちょっとちょっと、何よそれ。七海浮気?」
    「は?」
     今五条は何と言っただろうか。浮気。まるで二人に特別な関係があるような言いがかりだ。
    「アイツ、可愛い顔で作ったからって、やっぱり若い方がいいわけ?」
    「何を言ってるんですか、私たちはもう」
    「別れてないよ」
     ぴしゃりと言い放つ。七海は目を丸くした。終わってないと宣言され、どうしていいのかわからない。呪術界を去ったあの日、確かに明確な別れの言葉はなかった。けれども七海が戻ったのはあくまでイレギュラーだった訳で。
     式神と暮らしていた中、終わりを感じ取ったはずだと思っていた。彼はとても悲しそうな顔をしたから。それはもちろん五条本人にも届いているはずなのに。
    「僕は表立って動けなかった。恵みに聞いてね、見よう見まねでアレ作ってみたんだけどさ。なかなか安定しないし、七海は無視するし散々だったよ」
    「それは・・・すみません」
    「わざわざあんなのを作った僕の気持ち、わかる? 七海を見放すなんて出来なかったんだよ」
     五条本人が動けば、七海はマークされるだろう。ただでさえ夏油の離反により、五条や七海のチェックは厳しかった。一般社会に戻るとはいえ、七海の監視は続けられただろう。
     五条はそれ以上の情報を欲しがった。七海が幸せに暮らしているのかと。少し調査をしただけでも七海の社会生活は酷いものだった。
     金払いだけで決めたのか、ブラックのど真ん中を突く会社に勤務し、不規則不健康な毎日を過ごしている。とても見逃せるものではなかった。
     七海に万が一のことがあったら、そう思うとじっとしていられずに伏黒に頼んで簡単な式神を使役することにした。
     式神と七海が妙に仲良くなったのは五条の誤算だった。



    「アイツとナニかしちゃうんじゃないかと気が気じゃなかったよ。でも七海が求めるなら仕方ないかと」
     何をするというのだ。
    「でもせいぜい添い寝だったからね。それでも妬いたなー。僕が寝たかった」
    「アナタ・・・」
    「あ、でも一回チューしたね? ダメだよ、はいペナルティ。今すぐ僕にチュー」
    「頭大丈夫ですか・・・」
     むちゅっと唇を突き出して顔を近づける五条を嫌々押しのける。五条の気持ちがまだ七海にあることはわかった。それは嬉しい、嬉しいがこんな所でキスなんて出来るはずがない。
     んーんーと暫く強請っていたが、しおしおと諦めて五条は恨めし気に七海を睨んだ。
    「浮気者」
    「知りませんよ。私は被害者です」
     あー! 相変わらず可愛くない口だこと! と五条は叫んだ。学生時代に散々と言われた可愛くないというセリフ。そんな相手を選び、未だに思い続けるのだから五条もたいがい悪趣味だ。
    ふー、と重めのため息を吐き出せば五条は反応してニヤリと笑った。
    「今度は離さないから、七海」
     するりと肩に腕が回り、そのまま背中を抱きこまれる。式神の彼ではなかった体温。七海は胸が詰まるのを感じた。離さない、本当は一番聞きたかった言葉。引き留めて欲しかった。ずっと傍にいたかった。
     そうするには七海は弱すぎたのだ。だから離れた。式神を送ってきたのも単に爛れた生活を心配するものと。けれど違った。気付かないところで、確実に五条は七海を引き寄せていた。
     気づいたら笑ってしまっていた。腐っても最強とは、こんなところでも通用するのか。
     七海も五条を抱き返す。
    「では暖かい五条さんを、私にください」
     冷たいハグはじゅうぶん堪能した。今度は生きてる体温を感じたい。そして願わくば一日でも長く彼の隣に。
     七海は強くなると心に決めた。



     ありがとう、体温のない君。私は確かにアナタに救われました。これからはきっと、アナタの役に立ちます。
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