Dearest そんなある日、神しか口にすることの許されていない禁断の果実を、出久が誤って食べてしまった。
それに気付いた神は激怒し、出久を天界裁判に掛けると言い出した。今までのことがあるだけに、出久も焦凍もそんなことになるなど予想もしていなかった。
そして天界裁判にかけられた後は堕天使となるか、それさえも叶わず命を絶つか…そんな選択肢しかないこともあり、目の前が真っ暗になった。
確かに一介の天使が神だけが許されている物を口にするのは許されていない。他の天使が同じことをしても、裁判は開かれるだろう。
けれど人間界へ何度も降りたり、そこでは禁止とされる天使の力を使ったことでも、今まで神から叱られはしても裁判に掛けられることなどなかった。
堕天使とされればもう天界で過ごすことはできない。
焦凍とも一緒にはいられない。
裁判の日まで出久は暮らしていた所から離れ、裁判を司る天使の支配下に置かれる。ほぼ幽閉に近いが逃走や反乱を防ぐための措置となっているのだった。
名のある上級天使や反乱を企てた場合などは公開の裁判とされたり、記録に残されることもあるが、出久の場合は下級天使で禁断の果実の摂取という罪状としては重いものではない。この裁判を不審に思う者もいたが、神が下したことに意義を唱えるなどできることではなかった。
鉄格子が嵌められた小さな窓が一つあるだけの狭い部屋で、出久は膝を抱えて座り込んでいた。
堕天使となることが怖いとは思っていない。堕ちてしまえば焦凍と会えなくなってしまう。出久はそれが耐えられないのだ。
焦凍の気持ちは分からないが、出久は焦凍のことが好きだった。ずっと一緒にいて行動を共にしている間に、焦凍といることが当たり前になり、離れることなど想像もしなかった。このまま裁判になり、天界を追放されることになると、きっともう二度と会えない。
「そんなの…嫌だ…もう会えなくなるのかな…」
天使は愛情や恋などの感情は禁忌とされている。だからこの気持ちを伝えるつもりなどなかった。それに焦凍とは同性同士。気持ちを伝えたところで叶うことはない。
だからこの想いはずっと隠していた。
「どうせ裁判に掛けられるなら…君を愛した罪の方がよかったな…」
自分の想いを貫いて罰を受ける方が…
そんなことを考えていると、月明かりが差し込んでいた窓にふっと影が差した。
雲で光が遮られたのかと顔を向けると、そこには会いたいと思っていた焦凍の姿があった。
「大丈夫…じゃねぇよな」
たった二日、離れていただけなのに、もう何日も会っていなかったような感覚に、出久は慌てて窓へ駆け寄る。
「焦凍くん…」
鉄格子の隙間からそっと手を出し、焦凍の手に触れる。いつもと変わらない暖かい手に、張り詰めていた気持ちがふっと和らぐ。
「今まで堕ちることなんて考えたこともなかった…君と一緒にいられなくなるなんて…」
焦凍の手に触れる出久の手が震えている。明日、この先の自分の運命が決まるのだから当然だ。処刑はあまり行われることはないが、堕天使とされるということは今まで堕天使となった天使に会ったことがないこともあり、どうなってしまうのか全く想像できないのだ。
「お前がどこへ行っても、俺もすぐに近くに行く」
震える手をぎゅっと握ってやり、焦凍は出久の頭を撫でた。
「焦凍くん…ぼ、ぼく、僕は…」
焦凍の優しさに思わず自分の気持ちを吐露してしまいそうになった。けれど今それを伝えることは、賢明ではないともう一人の自分が冷静な判断を下す。
きっとこの想いを伝えれば、優しい焦凍は明日の裁判で出久が天界追放の判決が下されれば、天界の禁忌を犯したと神に進言するだろう。
焦凍と離れてしまうのは悲しい。けれどだからといって焦凍を同じように犯罪者にするわけにはいかない。
「どうした?」
急に黙ってしまった出久の頬に触れると、出久はなんでもないと小さく笑った。ここへ来るのもきっと簡単ではなかっただろう。それでも会いにきてくれた。
それだけで十分だった。今更どうすることもできない。明日の判決を待つしかないのだ。
「来てくれてありがとう、焦凍くん。もう大丈夫」
おやすみ、と精一杯の笑顔を出久は泣くのを堪えながら焦凍へ向けた。焦凍は出久の腕を引いて鉄格子ぎりぎりに来させると、そっと顔を近付け額に口付けた。
「おやすみ…できるだけ、眠れよ」
名残惜しそうに手を離すと、焦凍は翼を一度羽ばたかせると姿を消した。