EVERLASTING 焦凍は氷結の上に乗ったまま荼毘のいた屋敷を出ると、森の中で氷結から降り出久を抱えたまま小屋へ向かった。大丈夫だから歩けると伝えても、焦凍は出久を離さず吸血鬼だということを証明するかのようなスピードで森の中を進んでいった。
逃げている状況を考えると、自分が歩くよりも早い。ここでまた捕らえられては、せっかく焦凍が助けにきてくれたことが無意味になってしまう。そう気付いて出久は大人しく焦凍に身を委ねた。
小屋に戻ると荷物が投げ入れられた状態のままになっており、帰ってきた焦凍が出久がいないことに慌てて駆け付けてくれたのだとわかる。
繋いだままの手をぎゅっと引かれて、焦凍はゆっくりと出久の方を向く。
『助けに来てくれてありがとう』
出久はゆっくりと唇を動かして告げるとそっと微笑んだ。その笑みに焦凍の胸は押し潰されるかのように痛み、その手を胸の辺りへ引き寄せた。
「黙っていて…悪かった。俺は…」
そこまで話した時、出久が焦凍の手にそっと手を重ね何度も頭を振った。焦凍だけが秘密を抱えていたわけではない。出久も何も言い出せずにいたのだ。彼を責めるのは違う。確かに自分にとって吸血鬼は天敵で、焦凍たち吸血鬼にとって人魚や人間は生きていくための捕食対象だ。
けれどこの数週間一緒に暮らしているが、焦凍から食べられるというような気配を感じたことはなかった。見ず知らずの自分を助け体が良くなるまで居ていいと…いつも優しく接してくれた。だから出久は焦凍に惹かれ、恋をしたのだ。
出久はスケッチブックを取るとそこにペンを走らせる。
『僕も黙ってた… 人魚だったこと。ごめんなさい』
お互い、相手が人間だと思っていた。人間にとって異種族は脅威とされることが多い。吸血鬼にしろワーウルフにしろ、人間を捕食対象としかしていない種族がいるからだ。
ただ会いたいという純粋な気持ちしかなかった二人は、それぞれ人でなかったために本当の自分を隠すしかなかった。相手に対しての気持ちに気付き、自分の正体を話した場合の反応を知るのが怖かった。
今まで何度も吸血鬼だとわかった時の周りの反応を見てきた。恐怖に顔を引き攣らせて逃げる者、物を投げ付けてくる者…殺そうとする者もいた。出久に殺されるならそれは本望に近いが、そんなことを受け入れたならきっと出久が傷付く。それだけはしたくない。そしてそんなことをさせるくらいなら、ずっと吸血鬼だということは黙っていようと思った。
けれど一緒に生活を続けている間に想いは大きくなり、吸血鬼だと黙っていることが苦しかった。そしてその気持ちは出久があの時の恩人だと…人魚だと気付いた時、大きく揺らぎ本当のことを話す機会を探っていた。
その矢先にこんなことになり、自分のことが分かってしまう事よりも出久を失うことへの恐怖に形振り構うことなどできなかった。
そして出久が荼毘に囚われてるのを見て、体の奥に閉じ込めていた吸血鬼としての力が湧き上がるのを感じた。荼毘から出久を取り返すには、この忌み嫌った力を解放するしかないと思ったのだ。
出久に吸血鬼だと気付かれても助けたいと思った。
「お前を失うんじゃないかって、気が気じゃなかった…助けたいって…そう思ったら、嫌だと思っていた力を使ってた」
父と母から受け継いだ能力。右側には父の持つ炎を、左側には母の持つ氷を操る力がある。
「氷と炎…それが俺の持つ吸血鬼の力だ」
左手と右手を交互に見つめて、そっとその手を握った。
『炎…も使えるの?』
出久が見たのは氷だけだった。分厚い扉も破壊してしまうほどの威力のある氷塊。そして助けられ屋敷を出る時にもその氷の力に助けられた。
「ああ…親父が炎の、母が氷の力を持っている。俺はその力を半分ずつ受け継いだ。でも俺は…この血が憎くて…お前たちへの仕打ちを許せなかった…」
焦凍は直接関わっていなかったとはいえ、受けた側はその出来事を忘れることなく後世に語り継いでいく。出久がどう聞いているのかはわからないが、あの時、焦凍を吸血鬼だと認識した時の顔を思い出すと少なからず畏怖の対象ではあったのだろう。
「わりぃ…お前にとって俺は家族の仇だよな…」
出久は焦凍の手を握るとふわりと微笑み、自分の気持ちを書き留める。
『確かに…海の底しか知らなかったから、異種族は怖かったよ。でも君は君じゃないか』
過去は確かに消えることはない。けれど大切なのはそれからどう進んでいくかということ。同じことをずっと繰り返しているのであれば、出久もこんな風に笑っていなかったかもしれない。
吸血鬼にかけられた呪いがあるとはいえ、それでも人魚の血肉を求める者はいるだろう。だからこそ母や一族を守るための魔術を使う勝己たちがいる。それでも出久は異種族の全てが、自分たちを傷つけたいだけだとは思っていなかった。中には仲良くしていける種族がいると信じていた。
だからどんな障害があってもまた会いたいと、話したいと思えた焦凍に出会えたことが本当に嬉しかった。
「あの日、死ぬ気だった。この血を断つために。でも助けられて、それが人魚かもしれないと思ったけれど、俺は会いたいと思った。会っていいのかもわからなかったけど、それでも会いたかった…」
出久と出会えたことは、焦凍にとっては今までのことを覆してしまうほどの出来事だった。
『僕も会いたかった…君が誰であっても、もう一度会いたくて。でも人魚のままでは会えないと思って、それで人間になれる薬を飲んだんだ』
誰かの側にいたいと…それも人間になってまでそうしたいと思える焦凍に出会えたことに神様に感謝したくらいだった。
「お前と会えてよかった…。出久、ずっと俺と…」
互いの気持ちがわかり、これからの話をしようとした焦凍の雰囲気が変わった。どうしたのかと焦凍の顔を覗き込んだ時、小屋の扉を叩く音が響いた。出久の肩が大きく揺れ、指先が白くなる程に強く焦凍の服を握る。