貴様いつまで下になっているつもりだ問題「おい、小僧」
「……」
「小僧、無視するな、おまえな、」
「…いやいや!なに普通に話しようとしてんの?」
悠仁は、パン!と洗濯物のしわをのばしながら、不機嫌に鼻先に皺を寄せた。
いい天気で、洗濯日和だ。ナナミンはちょっと花粉アレルギーの兆候があるから、洗濯物を外に大々的に干すのを嫌がって、風呂場の室内乾燥を使え使えとうるさいが、悠仁はやっぱり洗濯物は外に干すべきだ、とつよく思っている。室内乾燥では陽のにおいがしないので。
シーツが風にはためいて、ぱたぱたといい音をたてる。シーツを洗ったのは、シーツが汚れるようなことをしたから。このところ、シーツをとてもよく洗っている。そんなことをかんがえて、悠仁はちょっと恥ずかしくなった。
「おい小僧、聞け、言いたいことがある」
洗濯を干す腕にぐぱっと目と口があらわれて言うのを悠仁はげんなりしながら見て、はああ、とため息をこぼした。
「いや、だから、なにフツーにでてきてんのさ。消えろよ、せっかくこんないい天気の日にさあ…」
バスタオルをパン!と大きな音をさせてひろげると、宿儺はうるさそうに目をぱちぱちさせる。
「おい小僧、おまえ、調子にのるなよ」
「うっぜえ…」
「ナナミンとまぐわえたのは俺のおかげだろう。感謝こそすれ、邪険にすることはあるまい」
「…おい、ナナミンのことナナミンて言うなよ」
悠仁はとても嫌なきぶんになって、ぶつぶつと悪態をついた。宿儺はときどきこうやって出てくれば、あれやこれやと悠仁をからかったり、嫌なことを言ってきたりする。
それがとても的を得ていたり、真実だったりもするので、悠仁は最近ますます宿儺のことがきらいだった。
「小僧、これだけは言わせろ。おまえなあ…おまえ、いつまで下になっているつもりだ?」
「ハ?」
悠仁はあんぐりと口をあけて、腕の宿儺をまじまじと見る。
「おまえ、いつまで下になっているつもりだ?」
宿儺はじとっとした目で、悠仁をじっと見ていた。
悠仁は宿儺の言った意味をしばらく考える。考えて、ぼとりと手に持った洗濯物を落とした。
「………!」
あれか、セックスポジションのことか。
悠仁は慌てて落とした洗いたての靴下を拾った。だめだ、もういっかい洗濯しないと。
「あのなあ、おまえのからだは俺のからだでもあるのだ。小僧、おまえも男であろう。いつもいつでもナナミンにいいようにされて、ひんひん雌のように鳴くばっかりで、それでよしとするな、みっともない」
「だ、だからナナミンって言うなって…」
そうか!と思い悠仁は頭をかかえた。そうか、宿儺にいつでも見られていることをわすれていた。悠仁に起こることはなんでも宿儺に筒抜けだ。
「男なら、一度くらい反対になってみようもは思わんのか?」
「え…?」
反対?どういうことだ?と悠仁は首を傾げる。
「小僧もナナミンに魔羅を突っ込んでみたくはないのか、と言うておるのだ」
ギャッ、と悠仁は声をあげた。宿儺はやはりじっと悠仁をみている。
「悠仁くん、どうしました?」
ベランダに七海がやってきた。宿儺はすう、と消える。悠仁はどぎまぎとしながら七海を見上げた。
「誰かと話してました?」
「えっ…いや…」
「そうですか?一緒にやりましょうか?」
「あっ、うん…ありがと…」
七海はかごから手際よくつぎつぎに取り出して洗濯物を干してゆく。風が七海のきんの髪をまきあげて、悠仁はそれに目を細めた。きれいだ。
きれいな人だなあ、といつも思う。こんなきれいな人が、あんな、と思いだして恥ずかしくなる。こんなきれいな人が、いつもあんな、ぎらぎらした目をして自分を抱く。
ほしくてたまらないという顔ですりよってきて、悠仁からいいよ、の言葉をもらうまでありったけの愛のことばをささやいて、いいよと言ってしまえばもうあとは悠仁がやめて、と言ってもやめてくれない。
きのうの晩もさんざんもうやめて、と言ったことを思いだして、悠仁は顔をあつくした。七海は悠仁の顔をのぞきこんで、どうかしたんですか?と心配そうな顔をする。
「いや…大丈夫、なんもないよ。やっぱりふたりでやるとはやいね」
「そうですね。終わったらなにかあたたかいものを淹れましょう」
「いいね」
ほうじ茶?紅茶?コーヒー?なににしましょうかね、とか言いながら、七海はてきぱきと洗濯物を干していく。いつまで下になっているつもりだ?考えたこともなかった、と思う。
ほうじ茶はあたたかくて、悠仁は冷えた指の先を湯呑みにあてて暖をとった。じん、とぬくみは第一関節をすっかりとほぐしていた。ほわ、とあたたかい湯気がふたつの湯呑みからたちのぼる。湯気のすきまから、きょう夕飯どうしましょうかねえ、なんてのんびりしたことをいう七海をそっとみつめて、もんもんとこの場にそぐわないことを考えた。
一度くらい…一度くらい、お願いしてみてもいいかもしれない。なにがって、ナニのはなしだ。一度くらいおれも上でしてみたい、と言ったらこのきれいな人、いったいどんな顔するだろう。いやだ、と頭ごなしに拒否はしない気がする。そうだな、きっと少し考えて、悠仁くん、一緒に解決法を考えましょう、そんな風に言うか、むちゃくちゃ考えて、いいでしょう、悠仁くん、きみを満足させられるか自信はないですが…とお尻を差し出してくれるか、そのへんが想像できそうな七海の反応である。
なんたって、ナナミンはやさしいから、と悠仁は誇らしいような気持ちで七海をみつめる。このひと最高の恋人だからなあ、なんて思う。
ながいことセックスせずにきたふたりだった。セックスしなくてもとても好きだったしうまくいっていたので、セックスしてしまったらどうなっちゃうんだろう、と少し怖い気もしていたけれど、そんなのはほんとうに杞憂だった。まいにちセックスをしても飽きるということはないし、お互いにお互いのことをとても大事に思う気持ちは日に日に大きくなるばかりだ。
だから、考えてもみなかった。悠仁が上になるなんて。悠仁は七海と出会うまえは、女のひとが恋愛対象だとおもっていたし、女のひとの裸に興奮したし、AVには何度も(何度も)お世話になっていたし、自分もいつかそれなりの歳になったら彼女ができて、それでセックスするんだろうなあ、なんて思っていた。
思っていたのに、あまりにもその想像とはちがう未来が自分をまっていて、悠仁はいま屈強で美人な目の前の男のセックスに夢中だ。特に話し合いはしなかったが、なんとなく七海をうけいれたいという思いがつよかったし、自然と悠仁が下になってしまった。そうしてほしくてお尻もちょっとずつ拡げていたし。
だけど、どうだろう、ナナミンが挿れてもいいですよ、と言ったらどうするかな、と考える。いいよ、と言われたらいちどくらい上になってみたい。悠仁だって男だ、挿れて締め付けられて中で出すほうの気持ちよさも、興味はある。俄然ある。考えてもみろ、ナナミンに挿入してみたら、ナナミンどんな顔するだろう。どんな声で、どんなふうに顔をゆがめて、悠仁を受け入れてくれるだろう。
考えたら、どきどきと心臓が音をたてはじめた。ちょっときいてみようかな、と思う。さて、どんなふうにきいてみるのがいいだろうか。さりげなく?それともなにかだいじな話をしたいという風に?さてさて。
「悠仁くん、なにか考え事ですか?」
「ええ?うん、ちょっとね…」
七海が片眉をあげる。
「いったい何を?」
「あー、えーと、うん」
「言えないことですか?わたしに?」
「あー、そうね、そうかも、いや、えーと、言えないっていうか、タイミングをはかってる」
「タイミング?」
七海は湯呑みをおいて、テーブルの上の悠仁の手にじぶんの手を重ねた。大きくタコだらけの骨張った手が、すい、と悠仁の手をなぞる。
「タイミングってなんの?わたしには話しにくいこと?」
碧の瞳が悠仁を射る。悠仁はこの目にとても弱い。
「どんなことなんです?まさか、別れ話じゃないでしょうね」
「ちがうちがう、まさか」
「じゃあなんですか、言ってみて」
「えー…びっくりしないでよ」
「なんですか、ほんと。そんなにインパクトのあることですか?」
「インパクト…はあるとおもう」
「えっなに、いいはなしですか?わるいはなしですか?」
「映画みたいだね?うーん、いいはなしかそうでないかは…ひとによって意見のわかれるところじゃないかな…」
バン、と七海が軽くテーブルを叩いた。
「なんですか、もうッ!勿体ぶらずに言いなさい!」
いらいらしてきた七海に潮時かな、と悠仁は思い、どきどきしながら唇をなめる。なめて、こくん、と唾をのみこみ、口を開いた。
「あー…その…」
「なんですかっ」
「あの…おれ…おれが、その、ナナミンに」
「わたしに?!」
「挿れてみたいって言ったらナナミンどうする?」
「は……」
七海は、息をのんで動きをとめてしまった。しばらくとまったあと、ぱちぱち、と瞬きをして、悠仁のかおをじっとみつめる。
悠仁はそれをみて、苦笑した。言っちゃった、言っちゃった。さて、どうなるかな。
「きみ、それ、いつから思ってたんですか」
いつから?今朝だけど、と言いかけて、七海がとても心苦しい顔をしていることに気づいた。
「そうですよね、こういうことを話し合わずにその…一方的になってしまったことは得策でなかったかもしれません」
申し訳ありません、と七海は頭をちょっと下げた。あれれ、なんだかへんな方向になっちゃったな。
「きみだって男の子ですもんね、その、挿れてみたいと思うのは当然のことです。当然です、なぜわたしはそのことにいままで思い当たらなかったんだろう」
悠仁が口をはさむ隙もない。
「ただ、だからと言ってよそでやってきなさいとはわたしは絶対に言いませんよ、ええ、絶対に」
わかってますよね、と七海は鋭く悠仁を目で牽制する。悠仁は肩をすくめる。そんなの当然じゃん、と、いう意味で。それを七海が正しくとったかどうかは知らないけど。
「ですから、わたしがきみに提示してやれる解決方法はひとつしかありません。悠仁くん、わたしを抱いてください」
「えっいいの」
悠仁はおもわず声をあげた。七海は尋常でなく真剣な目でこっくりと頷く。
「これしかないので。きみがそれで満足するならやぶさかではありません」
ありがとー!と悠仁は思わず七海に抱きついた。おれの恋人、最高じゃん。
さてその日の夜、ことに及ぶにあたってふたりはいっしょに風呂にはいった。いつも悠仁がしている前準備を、七海にレクチャーしなければならない。
だいたい口頭で軽く説明すると、七海はうわ、という顔をして悠仁のあたまを撫でてくれた。
「わたしのためにいつも…そんなことをさせていたとは…」
「慣れればまあなんてことないよ。慣れちゃった」
「わたしは悪い男だ」
きみが甘やかすから。そう言って抱きしめられる。悠仁はきゅんと心臓を鳴らした。ああ〜すき〜!と思いながらぐりぐりとぶあついからだに顔をこすりつけると、七海のにおいが胸いっぱいにはいってくる。
「悠仁くん」
顔をあげるとあごをつかまれて、唇がふってきた。にゅる、と舌がすべりこんできて、前戯みたいなキスに夢中になる。やべー、きもちいいー、と思って七海の顔をみると、七海も気持ちいい!という顔をしていた。そういう顔をみていたら、おなかの奥がきゅんきゅんする。
は、と気づいて七海のお腹の下をみたら、七海の立派なものはもうものすごく立派になっていた。かわいい!と悠仁はおもう。
なぜこんなにかわいいかというセンスオブワンダーを、一生だいじにしていきたいな、とおもう。
かわいい、かわいい、かわいすぎて、めちゃくちゃに抱かれたい…!
「ねえ、やっぱ今度でいいよ」
「は?なにがです?」
七海はとろん、とした顔で悠仁にきく。
「おれ、きょうは挿れるのもういいや」
「ええ?なぜ」
「挿れてほしいからに決まってんじゃん!」
七海はぱちぱちと瞬きしたあと、もし動物なら尻尾をぶんぶん振ってるんじゃないかと思うくらいよろこんで、悠仁にたくさんキスをした。
そのあとはいつものとおりだ。ドッタンバッタンアッハンウッフン。
宿儺は呆れたようにしゃれこうべを闇に向かってなげた。
いつまでも下になってて何が悪い?
悠仁は宿儺にきこえるように、いつもよりたくさんアンアン言ってやったのだった。
fin