無題18放課後の静まり返った校舎に響く私だけの足音。
カバンに入れ忘れたノートは、たぶん机の中だ。
明日は抜き打ちテストの日だし、赤点回避のためにも復習はしておきたい。
教室前に着き、ドアに手をかけると、中から小さな音が漏れてきて、指先が止まる。
ちゅ、ちゅ、と、どこか湿った音に混じり、
「好き…。」
と甘く囁く声。
…アオイの声だ。
聞き間違いじゃない。
彼女の柔らかいトーンは耳に馴染んでる。
だって…。
胸がざわついて、そっと覗き窓から中を覗いた。
アオイが誰かに抱きついて座ってる。
相手は椅子に腰かけた長身の女の人、長い黒髪が目を引く。
…誰だろう。
1年生じゃなさそう。
アオイは目を閉じてその人に寄りかかり、甘えるみたいに唇を重ねてる。
「ん…好き。」
とまた囁いて、相手も
「あたしも好き。」
と返す。
アオイの茶髪が揺れて、彼女の幸せそうな横顔が刺さる。
息が苦しい。
その時だった。
見るのに夢中になっていた私は、うっかりドアに触れる。
かたん、とドアが鳴った。
しまった、と思う間もなく、黒髪の人がこっちに目を向ける。
金色の鋭い瞳が窓越しに突き刺さって、背筋が凍る。
動かない私に、片手を上げてシッシと追い払う仕草。
アオイはこちらに気づいていないようで、抱きつく彼女に甘えたまま。
私は鋭い視線に耐えきれず、慌てて踵を返した。
廊下を駆け抜ける。
バクバクと自分の鼓動がうるさい。
アオイが誰かをそんな風に好きだったなんて、知らなかった。
あんな顔、私には見せてくれないのに。
あの人、誰なんだろう。
ああ、こんなにも胸が痛い。