いざ、参る 二戦目(ジュナぐだ♀)2024年12月中旬。
「……よしっ。これで完成だ」
アルジュナは出来上がった用紙を広げた。
広げたA4サイズの用紙には数字や文字がぎっちりと書き込まれている。
「我ながら良い出来だ。あとはリツカに見てもらおう」
達成感を得たアルジュナは笑みを浮かべながらスマホを取り出した。
リツカはアルジュナが密かに想いを寄せている女性で、先程の用紙は彼女から頼まれたものだ。
「ん? メッセージアプリにリツカからの通知が来てる……」
(嫌な予感がする)
アルジュナは恐る恐る彼女のからのメッセージを開いた。
『お疲れ、アルジュナ。
ごめんね、風邪ひいちゃって冬コミ行けないです』
*
ピンポーン
リツカ宅のインターホンを押すとすぐ扉が開いた。
「よく来た、アルジュナ。手洗いうがいをしてからリビングに入ってくれ」
マスクをした銀髪の青年が声をかけた。
「…………」
「どうした? うがいは何回すればいいのか悩んでいるのか?」
「……なんで貴様がいるんだ! カルナァ!」
アルジュナは目の前にいるカルナを指さしながら叫んだ。
「あ、アルジュナ。けほっ。ごめんね、大きい声出すと……けほっけほっ。ご近所さんに迷惑……げほっ。かかっちゃうから……けほっけほっ」
ジャージの上に半纏を着込み、マスクをしながらリツカがやって来た。
「大丈夫か、リツカ」
リツカの背後からマスクをしたオルタも現れ、咳き込む彼女の背中をさする。
「し、失礼……苦情が来ましたら必ず私にお伝えください。然るべき罰を受けます。
それよりも具合は大丈夫ですか、リツカ。
必要なものを買ってきたので足りなければ申しつけてください」
リツカ宅に向かう前にアルジュナは、スーパーとドラッグストアに寄って買い物をしていた。
「さすがアルジュナ。買い物に行く手間が省けた。今日は鍋にしよう」
「だからなんで貴様が……!」
「ほらほら。話はリビングで聞くから……げほっげほっ」
「……リツカの風邪がまた悪化したら二人のせい」
オルタはぼそっと呟いた。
リビングに入ると加湿器と空気清浄機の音が鳴っている。
カルナとオルタがそれぞれ用意してくれたものだとリツカは説明した。
「ごめんね。熱は平熱まで下がったんだけど……けほっけほっ。咳が止まらないのと喉もまだ痛くて……」
コタツに入りながらリツカは言った。
「ここのところ、寒さが一段と強くなりましたし、仕事も忙しいと聞きました。疲れが出てしまったんでしょう。ゆっくり養生してください。先程も言いましたが買い物など必要な時は遠慮なく私に言ってください」
「ところで。アルジュナは何故リツカへ会いに来た?」
疑問を口にしながらカルナはアルジュナの前にお茶を出す。
「お見舞いだ。お見舞いに来て何が悪い。それよりも何でお前もいるんだ?」
「? 言ってなかったか? オレが住んでたアパートは火災でなくなってしまってな。新居見つかるまでリツカの家に住まわせてもらっている。あぁ、オルタも理由は違えどオレと同じ状況だ」
「……リツカの家は狭いけど居心地は良い」
オルタはミカンを頬張りながら言った。
「…………」
「アルジュナ? 大丈夫?」
「問題ない。状況把握をしているのだろう」
「けほっけほっ。そ、そうなの? あ、そうそう。けほっ。皆で冬コミ行こうって話だったんだけど……アルジュナは冬コミ行く?」
冬コミは同人誌即売会の一つで、リツカが必ず行くイベントだ。
アルジュナは前回の夏コミを初めて体験した。
「……えっ!? えっ、えぇ……冬コミの日は休みにしましたけど……」
「リツカは風邪で不参戦だが、オレは冬コミに参戦する」
「私はリツカの看病をする……人混みは苦手」
オルタは首を横に振った。
「ふむ。ならオレとアルジュナの二人で参戦か。リツカが欲しい本は決まっているのか?」
「う、うん。欲しい本はアルジュナがまとめてくれてるって言ってくれたんだけど……けほっ。アルジュナ、出来たかな?」
「もちろん。こちらにまとめましたので添削を頼みます」
アルジュナは鞄からA4の用紙をテーブルに広げた。
「……わぁ、凄い」
「……ほぅ。サークル名はもちろんのこと、新刊タイトルと値段も書いたのか」
「……順路が細かい」
三人がそれぞれの感想を呟く。
「現時点では、リツカが欲しい本のサークルは全員参加します」
「…………む? アルジュナ、企業はどのルートだ?」
カルナが尋ねた。
「企業? 何のサークルだ?」
怒りを含めながらアルジュナは答えた。
「けほっけほっ。あのね、カルナ。企業は大変だからアルジュナには頼んでないの」
リツカはアルジュナをなだめながらカルナに伝えた。
「リツカ、企業とは何です?」
「えっとね。けほっけほっ。本やグッズとかを販売するメーカーさんもコミケに出展することがあるの」
「ほう。新商品の販促……ということでしょうか?」
「うん。コミケで先行販売するものや限定販売品とか色々あるんだ。ただ、企業は待ち時間がすごくかかるから……げほっげほっ」
「だが、リツカは冬コミの企業ブースで欲しいものがあるんだろう?」
彼女の背中をさすりながらカルナは言った。
「う、うん……カルデアカンパニーから出るパンを咥えたフォウくんぬいぐるみが欲しい……けど、人気企業だから待ち時間がどれだけかかるか分からないから……けほっけほっ。大丈夫だよ」
「…………行きます」
「えっ?」
「リツカが欲しいものは私が手に入れてみせます」
アルジュナは右手を心臓に掲げ宣言する。
「……聞け、アルジュナ。リツカも言っているが、企業は個人サークルよりも人が多い。お前が思っている以上にだ。冬コミの場合、冷えがお前の体を蝕み、その上待ち時間は三時間以上あると心得よ。これは脅しではなく事実だ」
鋭い目つきをしながらカルナが告げた。
「……カルナが企業へ行き、アルジュナはサークルの買い物をすべきだ。夏コミに参加した時のアルジュナの疲れは相当なものだった。今回のサークルの買い物も数が多い。例えサークルの本が買えなくてもリツカはアルジュナの努力を評価してくれる」
2個目のミカンを食べながらオルタは言った。
「そ、そうだね。その方がいいね」
「いえ、この任務は私にやらせてください。企業の情報を自分の目で確かめたいのです」
迷いのないアルジュナの返答に三人は困惑した。
(……冬コミ参加した後、疲れて風邪ひいちゃったら悪いし……)
(……覚悟を決めたアルジュナに何を言っても無駄だ。奴に託そう)
(……リツカを悲しませることをしなければ好きにすればいい)
「リツカ。どうか、私を企業のほうに参戦させてください」
「…………分かった。カルナも言ってたけど、防寒対策や水分補給とかとかしっかりやってね。本当に……無理だけはしないで」
「えぇ! このアルジュナ、必ずやリツカの期待に応えます!」
*
人が、人が、ヒトが、溢れている。
四方八方に人がいる。前方も人がいて先が見えない。後方にも人がどんどん並んでいく。
狭い会場内で彼は折りたたみ椅子に座り、ただひたすら待ち続けていた。
まだか。まだか。まだか。
右隣の奴は体育座りをしたまま仮眠をとり、左隣の奴はスマホゲームをずっとしている。後ろにいる奴は動画を視聴しているのだろうか。ヘッドフォンから音漏れがしている。
まだか。まだか。まだか。
会場内の冷えがじわじわと彼を蝕んでいく。
カイロを貼っているが寒い。寒い。寒い。
まだか。寒い。まだか。寒い。まだか。寒い。
何故オレはここにいる。こんな極寒の中で何をして―
『ありがとう、アルジュナ』
彼女の声が聞こえた。それはオレが待ち望んでいた言葉だ。
「……えぇ、リツカ。約束通り手に入れましたよ」
笑みを浮かべながらアルジュナは戦利品を渡した。
「……寝言が大きいぞ、アルジュナ」
やれやれとオルタは溜め息を吐いた。
「オルタ。アルジュナの具合、どう?」
「寝言が言えるくらい回復している」
「そう、良かったぁ。あ、カルナが夕ご飯作ってくれたから先に食べよう」
「うん。……リツカ」
「ん? 何?」
「アルジュナが寝込んだのはリツカのせいでない。彼が自分で選んだ結果だ」
「そう……だけど。でもアルジュナが起きたら謝るよ」
「……そうか。リツカは優しいな」
オルタはリツカの頭を優しく撫でた。
『カルナの日記
今年の冬コミは去年よりも寒さが厳しく、来場者数も倍だった。
オレはアルジュナのマップのおかげで、リツカが欲しかった本を手に入れることが出来た。
だが、冬コミ開催前にサークル主も体調不良で欠席してしまったところもあり、全てを手に入れることは夢叶わなかった。
しかし、通販とやらを実施してくれるサークル主もいるとリツカが言っていたので、通販は彼女に任せよう。
企業ブースに参加したアルジュナは、リツカが欲しかったものを無事購入出来た。だが、企業ブースの洗礼を受けたアルジュナは帰宅後に倒れた。いや、疲れ果てて爆睡している。オレが日記を書いている今も尚だ。
幸い発熱など風邪の症状はない。彼も年末年始はリツカの家で過ごすことになりそうだ。リツカの具合も先週に比べれば良くなっている。四人とも無事に年を越せそうだ』
(END)