進捗①色んな出来事があって、まだ少しなのかもしれないけれど世界が魔法を使えないマッシュくんを認めてくれた後の話ーー。
もうすっかり左頬が綺麗になった彼と、休日に二人で雑誌を読みながら寮のベッドで過ごしていた時に、ふと恋愛特集のページを見ては僕とマッシュくんの二人だけなのにそういう話に自然となってしまったのが奇跡だったのかもしれない。恋愛にあまり興味無さそうな彼から話を振られて、心臓が飛び跳ねて、きっとあの時の僕はまともな顔をできていなかったと思う。
「フィンくんは好きな人とかいるの?」
「えッ…いないよ?」
「これは嘘をついている顔ですな」
「え、えぇ…?」
「フィンくんは嘘を作くときに、少しだけレインくんみたい眉間の皺を寄せるから」
そう言われて思わずバッと勢いよく額を隠す。そんな自分でも知らない癖を当てられた事も、好きな人が居ないことが嘘だとバレたこもどれもが恥ずかしくて、ただ無言に次のページに進めてなんとか話題を変えようとしたけどもそんな考えをマッシュくんが汲み取ってくれる訳なくて、僕の顔をじっと見つめて話の続きを求めてくる。
「……こ、の話続けるの…?」
「うん」
「男二人で、恋愛話って変じゃない…?」
「だってフィンくんの好きな人が気になるから」
「………ぼ…くは黙秘が、いいで、す」
「知りたい」
「ッ……」
「フィンくんは、今顔が赤いのはその好きな人思い出してるから?」
「……」
羞恥心と恐怖が同時に来る。足でシーツに皺をたくさん作るくらい動かして、何とか気持ちを発散させても、何の解決にもならなくてマッシュくんの教えての圧は増すばかり。
「僕もいるよ、フィンくん」
「……え!?…も、しかして…レモンちゃん?」
「ううん違う」
「じゃ…えっと…誰だろ。キミの周りたくさんいるからな…うん…と…」
「知りたい?」
「……そりゃあ気になるけど、それってマッシュくんが教えたら僕も言わなきゃいけない流れにならない?」
「ソソソソソソ、ソンナコトナイ…ョ」
「……じゃあ聞かない。はい!このお話お終い!」
がーんっとご丁寧に口で言っては、どうしようかと珍しくマッシュくんは考え込んでる間に雑誌を閉じてはベッドから逃げた。机にざっと雑誌を仕舞って、煩い鼓動を誤魔化すように胸を叩く。この後どうやって振り向いて、いつも通りになろうかと必死に頭を動かしていると「フィンくん」と優しく呼び掛けられる。
「僕はキミが好きだよ」
「____え…?」
フワッと空気が軽くなった。彼の言葉を何度も頭の中で繰り返して、ゆっくり唾液を飲み込む。
「(あ、れ……??え、っと…ち、がう。きっと彼はそういう意味なんかじゃなくて)」
意味を考えて否定の言葉を探す。それでも期待ばかりが膨れ上がって、体中が何故か震える。
「フィンくん?」
さっきと同じ羞恥心と恐怖が同時に来る。でも違うのは、その怖いの意味が変わった。
違ったらどうしよ、勘違いだったらどうしよう、変わる関係、変わる気持ち、どれも変化が怖い。それでもと勇気を振り絞って振り返る。
「フィンくん顔真っ赤だね」
「……ッ、マ、マッシュくんッ」
「うん」
僕が一歩前に足を出したら、マッシュくんはベッドから降りて僕の手を取った。
「(……マッシュくんの手、いつもよりあったかい)」
「フィンくん、フィンくんの好きな人は?」
「ぼ、僕の好きな人は……ッッ」
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一ヶ月前、そんな流れるような無理矢理させられた告白は、もちろん大成功に終わって僕とマッシュくんは恋人同士になった。
「……いや、本当に恋人になったのかな?!」
恋人になって一ヶ月と少し。特に恋人になったからと言って変わったことは一切ない。本当に一切。
何なら勇気を出してマッシュくんが好きだと伝えたあの日だって、「ありがとう、じゃあ今日から恋人としてよろしくお願いします」って言われて握手しただけだ。いや握手ってなんだ。そのよろしくの意味絶対違うよね!!?
「もしかしてやっぱりマッシュくん意味わかってない…?」
マッシュくんならありえる。もちろん恋人の意味とか好きの意味とかはちゃんと理解していると思うのだけど、友達としての好きが少し大きかったのを勘違いしてそうだと思い込んでるって可能性は大いにある。マッシュくん僕が初めての友達とかなんとか言ってたし…!!!
「あの、ほら…雛鳥が最初に見た人を親って思う、みたいな刷り込みてきな…」
そう一人中庭でブツブツと話し込んでしまう。マッシュくんの気持ちが勘違いなのではないかと思い込んでしまって、変に彼を見れなくなった。名前だけでも変わった関係性に僕は浮かれてしまって、どうなるんだろうと緊張していた。それがこの一ヶ月が過ぎても何も無く、ただの期待損になってしまって虚しくなった。
ほんの少しだけでも変わって欲しかったと思うのはワガママなのだろうか。例えばただ距離感が変わるだけでもよかった。だから勇気を出して僕からほんの少しだけ隣に立ってる時に近くに寄った。でもどうしたの?いつもより近いね?なんて言われて普通に戻ってしまったのだ。そんな彼の悪気のない言葉に、一丁前にショックを受けてそこから何も出来なくなってしまった。
「まぁ…?僕だってェ?マッシュくんが初めての恋人だからさァ…色々わかんないしさァ、仕方ないだけどさァ……ちょっとくらい拗ねてもいいヨネ」
うぅッ…っと壁の角に体を寄せて三角座りで丸まった。ザッザッと芝生が鳴る音の先を見つめては赤い髪が視界に入る。あぁっと少し力が抜けて、気にせず壁に向かった。
「なァにしてんだ?フィン」
「あ…ドットくん…」
「お、おう…すげぇ元気ない声だな。マッシュが探してたぞ?」
「あぁ…うん…今僕そのミジンコになりたくて。ミジンコになったら会いに行くよ…」
「いやホントどうした!!?」
「ほーーん、なるほどなァ!!お前とマッシュが…」
「え、引かないの」
「いやまぁ、マッシュはフィンの事一番気に入ってんのは知ってたし、恋愛だったのはびっくりしたけどよ。そんな驚きはしねぇかな?好き同士ならそれでいいと思うしな」
「ドットくん…」
テイッと少し強めのデコピンが額に響いて思わず目を閉じた。
「んな事より一ヶ月もダチ同士が恋人になったことを報告してくれなかった方がショックだわ」
「あッ……そ、それは……」
「付き合ってれるの隠してたりするのか?」
「あー……意図的に隠してるつもりは……ないんだけど、バレたら面倒かなとは思ってるのと、僕の命の保証が無くなりそうで……多分マッシュくんもそれをわかってるんじゃないかな。それで言わずにいてくれてるのかも」
「あ、あ〜……ウン。なるほどな」
「でも……ドットくんに話せてよかったよ。祝福されるのは……嬉しい」
「当ッたり前よッ!!まぁ正直リア充許さんとは思ってる」
「あはは……」
「まぁでも!!マッシュが恋人がいるってなるとさ…レモンちゃんが…俺にぐふ…」
「あ、やっぱそっちが本音…」
ポンポンっと僕の頭を叩くと、ドットくんは顔を覗き込んでは僕の頬を突いた。
「んで?めでだしめでたしーって話じゃねぇんだろ?喧嘩した訳じゃなさそうだし、どうした」
「……ホントにその…マッシュくんの好きと僕の好きが同じなのかなって思ってさ」
「なんで?」
「……………………変化が、その何一つなくて」
「あぁそういう。……いやあのマッシュだぞ?そんな恋人のエトセトラなんて期待出来るか?」
「………………できない」
「だろ?」
「そ……じゃなくて、マッシュくんは友達以上の好きを恋愛と勘違いしてたらって思ったら」
「それの何が問題あんだよ」
「え、だ、だって勘違い……」
「だから関係あんのかって。フィンはちゃんとアイツが好きなんだろ?」
「う、うん」
「だったら、離さねェって覚悟キメて、フィンの言う通りに勘違いだったとしても、そっから惚れさせればいいんだろーが」
「!!!」
「それともなんだァ?そんな覚悟はねぇって言わねぇよな?」
「ドットくん……!!」
パンッと気合いを入れるために自分の頬を叩くとドットくんが大袈裟に驚く。彼の手を握ってブンブンっと振り回した。
「あ、ありがとう!!!僕頑張る!!!」
「おうよッ!!俺も協力は惜しまないぜ!!ダチの応援なんて当たり前だからな!!」
「うんッ!!」
「んじゃあまずアイツの好みからだな」
バッと紙を出すとドットくんはメモを取っていく。
「まず、あいつの好きな物をあげてこーぜ。シュークリームは絶対だ」
「あ、あとはマッシュくんのお父さん」
「ほうほう……んでプロテインに…」
「他に……」
「他に、他に……?」
「「いやなくね」」
ピタリと筆が止まると同時にドットくんと声が重なり合う。
正直マッシュくんの事は好きだけど、マッシュくんの事は本当にわからない。
「……僕、恋人失格カモシレナイ……」
「うぉい!!早ェ!!あ、そうだ、お前忘れてたわ。真相はどうアレ、マッシュはお前が好きなんだから好みには当てはまるだろ」
「な、何かそう言われると恥ずかしい……」
「んで今の段階での情報で好みを考えると……親父さんとフィンの似てるところは……まずはほらあれだきっと、マッシュはショートヘアが好き」
「極端ッッッ」
「性格は大人しめ……か?おだやかっつーかそんな所だろうな。それに合わせてシュークリームもプロテインも味は甘めだ。アイツが飲んでんのは飲んだことねーけど多分!!っというと、性格と合わせて導かれる答えは……」
「ッ答えは……?」
「マッシュは甘やかされるのが好きッッ!!!」
「どういう推理!?……あ、いやでも当たってるかも。マッシュくんワガママだし……何か少し末っ子ぽい」
「だろ?」
「でも……そうなるとその……僕は何を目指せばいいんだろ」
「あ」
うーーんっと二人で唸っては、ただ冷や汗が流れた。そんな空気に痺れを切らしただろうドットくんがとりあえず俺に任せろっと胸を叩いてくれた。
「俺がフツーにアイツに好きなタイプ聞くわ」
「えッ!!!」
「それが分かるまでは、フィンは自分磨きをしろッ」
「じ、自分磨き」
「そーーう!!!フィンくんにはこの僕めが日々女の子が振り向いてくれるように努力したことを教えて進ぜようではあーりませんかッ!!!」
「は、はい!!!」
「ん、じゃあまず俺の部屋来い。ブツを渡す」
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「…よし、頑張るぞ」
お風呂も全部終わらせて、ドットくんからもらったスキンケア用品を出しては裏に書いてある説明書通りに鏡で確認しては緊張しながらそれを顔に当てた。
『ほらよ』
『なにこれ?』
『それ俺が使ってる化粧水と乳液な。予備でボトルのも買ってたんだよ。メンズ用だが肌が合わなかったらやめろよ?』
『え!?ドットがくん肌の手入れとかちゃんとしてるんだ』
『まぁなッ肌がガサガサとかカッコ悪りぃからな。それやるからケア頑張れよッ』
『す、すごいや…僕には縁のないものだと思ってた…ありがとう』
『フィンお前が今日からすることは…自分磨きだッッ』
そう言われて、ドットくんの勢いにも乗せられてあれよこれよと方法を学んだ。雑誌もたくさんもらってはそれを確認しながら教えてもらったことを思い出しぎこちなくやり始める。
「あ、ってるのかな…?」
「なにしてるの?」
「あ、マッシュくんもお風呂上がったんだね」
「うん、で、それなに?」
「化粧水っと乳液だよ。今日ドットくんから貰ってね、今使ってみてるんだぁ」
「ほへェ」
「効果?とかそういうのはよくわからないんだけど、なんか塗った後さっぱりして気持ちいよ」
「ふーん、よくわかりませんな」
もっちりした気がするその自分の頬を少しにやけて触った。
少しでもマッシュくんへの印象が好印象になったらいいなっとか、本当の意味で好きになってくれたらいいなっとかそんな妄想ばかりをしながらスキンケアを終えた。
「へへッ」
「…」
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