【飯P】寒空と缶コーヒー 冬が深まり、夕暮れの街は凍えそうに冷えきっていた。空はどんよりと曇り、ずいぶん近く垂れ込めて見える。
それでも、ピッコロさんと並んで歩く街は、いつもよりずっと明るく感じられた。家具を買い替えたいから、持ち帰るのを手伝ってほしいと誘い出したのだ。勿論そんなことは建前で、ただ一緒にカーペットやソファなど見て、同棲をはじめる気分を味わいたかっただけなのだが。
「本当に、持ち帰らなくてよかったのか?」
「うん、宅配で大丈夫です。急がないので」
だったら何故呼んだ、と言いたそうなピッコロさんの言葉を遮るように、僕は唯一持ち帰ることにしたカーテンを大仰に抱え直した。
北風が走り抜けるたび、頬や手の甲が冷やされる。もしかすると、夜は雪になるのかもしれない。ピッコロさんも、デンデに無理やり着せられたコートのポケットへ両手を突っ込んでいる。地球人より寒さには強いと言っていたが、冷たさを感じないわけではないだろう。
すっかり日が沈み、ぽつぽつと街灯がともりはじめる。店の庇や看板も電飾に照らされ、街は少しずつ、夜の気配に染まっていく。行き交う人々は誰も他人を気にしてはおらず、それぞれの家を真っ直ぐに目指していた。
ふと自動販売機が目に入り、僕は足を止めた。
「ちょっと待って、コーヒー買います」
ホットコーヒーを一缶……こういう寒い日は、少し甘いコーヒーが欲しくなる。取り出し口から持ち上げると、熱いほどに温かい。開ける前に少し考えて、もう一缶買った。
「はい、ピッコロさんの」
ピッコロさんは少し驚いた顔をして、静かに首を振った。
「悟飯……忘れたのか? おれは水以外のものは」
「うん、でもポケットに入れとくとあったかいですよ」
ピッコロさんはしばらく缶を見つめ、躊躇いながらも受け取ってくれた。僕が自分のコーヒーを開けている間に、右のポケットに缶を押し込む。再び歩き始めてしばらく経ち、ピッコロさんは僕の方を向いて微笑んでくれた。
「……悪くないな、確かに」
そうでしょう、と胸を張って、コーヒーの最後の一口を飲み干す。寒空の下で飲む缶コーヒーは、あたたかく、甘く、喉を通って胸の底まで落ちていって、身体の芯に火を灯すようだ。
折よく設置されていたごみ箱に空き缶を捨てると、缶と缶のぶつかる音が高く響いた。
ピッコロさんは、相変わらず両手をポケットに突っ込んで歩いている。右手はコーヒーの缶を弄んでいるのか、ほんの少し肘が動くのが身体越しに見える。
角を曲がり、住宅街の細い道へ入る。薄暗くなったのを潮に、僕は身体を一歩分寄せて、ピッコロさんの左のポケットへ手を突っ込んだ。驚いた面差しと目が合う。
「こっちは、僕があっためます」
ポケットの中で手を繋ぎ、指を絡めた。ポケットに入っていた割には、冷えてしまっている。それでも細い指は滑らかで、僕の手をポケットから追い出すこともしなかった。
看板を照らす電飾や、営業中の店の眩しい光がなくなった代わりに、家々の窓からかすかに漏れる明かりが視界に優しくちらつく。あの一つ一つの向こうに、暮らしがある。今日は同棲の「気分」を味わいたくて付き合ってもらったが、いつかは……。
段々と、握った手があたたまってくるのが分かった。かたく緊張していた手のひらが、次第にやわらかくなる。互いの体温を補い合うと、冬の冷たさが遠退いていくようだ。
もう買い物は終わったのに、いつものように「ならばまた」と帰ってしまわないのは、僕の部屋の前までは、付き合ってくれるということだろう。どうせならたまには上がって……いや、泊まって行って欲しいところだが……。
「あの、もしよければですけど」
「なんだ」
「カーテンつけるの、手伝ってもらえませんか? それで少し、ゆっくりしてってほしいな」
何気ない風に言いながらも、握った手についつい力が入ってしまった。下心がありますと告白しているようで、何も言われていないのに、僕はやけに焦ってしまう。
ところが、ピッコロさんは無下に断ることも、僕の妙な焦燥を指摘することもしなかった。
「……そうだな」
神殿を気にしたのか、ピッコロさんは一度だけ空を見上げる。それから僕と目を合わせて、悪戯っぽく笑った。
「この缶も悪くないが……右手も、お前があたためてくれるなら、手伝う」
僕はほんの一瞬だけ呆気にとられ、しかしすぐに気を取り直した。
「そんな、そんなの………勿論です!」
必要以上に力強く答えると、ピッコロさんが、同じほどの力で手を握り返してくれる。絡んだ指の感触は、あたたかく、甘やかで、胸の底まで染みていって、身体の芯に火を灯す。寒空の下で飲む、缶コーヒーのようだった。