キャラ崩壊してる永倉さんとキャラ崩壊してる斎藤さん 浮かれに浮かれた夏だった。
なんたって、夏を楽しむという洗脳にまんまと引っ掛かっていたのだから、それはもう夏を満喫した。
理性を飛ばすには素面なのに、妙に浮かれた心地で日頃ならしないようなことを色々としたように思う。
例えるならば、ほろ酔い状態。
そんな状態が一年も続いたのだから、最後の最後にマスターと再会し、特異点修正の協力ができたのは僥倖だった。うん、実にいい酔い醒ましになりました。
そういうわけでこれは、洗脳下で腑抜けになった斎藤の、マスターたちが知らぬ夏の一幕である。
プレジデント・アイランド、某所。
斎藤は偶然にも、バッタリ永倉と鉢合わせた。
「げぇ〜、新八じゃん。会えてよかった、元気にしてたか?」
「自分に正直に生きるのか取り繕って生きるのかどっちかにしろよ」
「馬鹿だね、今は遠慮するより欲張りに生きようって時代なんだぜ」
ウィンクすると目潰しされかけた、危ない。
浮かれてアロハシャツを買った斎藤と異なり、永倉はいつも通りのスカジャンを小脇に抱えた白いシャツ姿でいる。
「金欠なの? 僕がアロハシャツを買ってあげようか」
「おまえ、俺のこと煽り散らさないと死ぬ病気なのか?」
「割とね、割と……まぁ、うん……割とそう」
「そう、なのか……」
永倉はなんだか落ち込んでいる様子だったので、斎藤は近くのお土産屋さんに彼を連れて入った。永倉もアロハシャツを着たら元気になるだろう。だって陽気なアロハシャツを着て落ち込んでいたら、きっと悪目立ちをするだろう。目立ちたくないなら元気になるしかない。
ところが永倉は首を横に振った。
「悪ぃが、俺はアロハシャツは買えねぇ」
「僕が買ってやるよ」
「金がないって言ってんじゃねえんだよ」
じゃあなにが問題なのだろう。首を傾げると、永倉はアレコレと説明を始めた。
「蛍の嬢ちゃんがアロハシャツを念入りに眺めていてな、あの目つきは来年辺りにSAIKAでアロハシャツを卸すつもりの目だ。客一号になるために買えねぇ」
「蛍ちゃんの店のファーストアロハになりたいってわけか」
「あぁ、俺がファーストアロハになる」
ならば無理強いはできまい。
「このドラゴンフルーツを食べるタツノオトシゴ柄のアロハシャツ、おまえに似合うと思ったんだけどな」
「なんだよ、そのカッケェ柄は。考えた奴は天才か? く、くそ……だが男は一度決まったことは曲げねぇ……!」
永倉の覚悟を横目に眺め、手にしたアロハシャツを棚に戻す。
願わくばSAIKAの取り扱うアロハシャツに、このドラゴンフルーツを食べるタツノオトシゴ柄アロハシャツがあらんことを……。
そういうわけで、斎藤は暫くお土産屋さんを散策した。その中で目に入ったのは、硝子の置物だった。
形状は球体。中には海の生き物を模したミニチュアが飾られている。
「そいつが気に入ったのか?」
「驚いた、まだいたんだ」
「俺をここに連れてきたのはおまえなんだが」
「はは、ついさっきのことをわざわざ言うなんてボケ防止か?」
二度目の目潰しが飛んできた、本当に危ない。
斎藤は目を守るためにサングラスを装着しながら、置物へ視線を戻した。
「すのーどーむ……ふぅん、このキラキラしたやつが雪みたいに降ってくるからか……こいつは海の中の景色みてぇだが」
ぶつぶつとぼやく声は永倉のものだ。よくまぁ、他人が気にしてるだけのものにそこまで熱心になれる。
「おまえにしちゃ、随分と可愛らしいものをほしがるじゃねぇか。斎藤」
「知らなかったか、僕は可愛いものが好きなんだ。おまえの可哀想な頭もす……ズベァッ」
サングラスがあるから目潰しなんて怖くないと高を括っていたら普通にビンタされた。とても痛い。
「沖田への土産か?」
「んー、どうだろ。屯所には飾るかも」
ビンタされた右頬を擦りながら、屯所に飾るならどこに飾ったら良いだろうかと考える。
「はー、まじでおまえの趣味なのか」
「僕は嘘をつかないからね」
「おまえ、よくそんな真っ直ぐな目で戯言を吐けるなぁ」
永倉は青い瞳にいっそ恐怖を宿して斎藤を見つめた。
「やめろよ、そんなに見られると恥ずかしい」
目潰しを仕掛けたら手を叩き落とされた。悔しい。
「それで、どこが気に入ったんだ?」
「気に入ったって言うかぁ」
「年頃の女子の恋バナみてぇな喋り方やめてくんね?」
「これ、ちょっと屯所に似てるだろ」
「確かに屯所に似てる……え、屯所に似てる!? え、あ……あぁ、なんか雰囲気が……おぉ!」
永倉は生まれて初めてスノードームを見た人のように目を白黒させている。おのぼりさんめ……ちなみに斎藤も初めてスノードームを見た。なにせ、機会がなかったもので。
「仕方ねぇな、馬鹿でもわかるように説明してやるよ。このイソギンチャクが副長で」
「その説明でわかる馬鹿も馬鹿じゃねぇ奴もいねぇよ」
「このチョウチョウウオが総長で」
「あ、なんかわかるかも。わかるかもしれねぇ!」
「この二匹のクマノミが局長と沖田ちゃん」
「やっぱりわかんねー! あと俺はどこだ?」
「おまえは鯉です」
「いねぇじゃん」
みんな海水魚だったのにひとりだけ淡水魚だったことが相当にショックだったらしい。永倉は頭を抱えている。
「ち、ちなみに斎藤は」
「ヌマエビ」
「いねぇじゃん!」
永倉は再び強く頭を抱えたが、なにを思ったかスノードームを手に取ってまじまじと見つめ始める。
「新八……言いづらいんだけど、このスノードームには鯉もヌマエビもいないんだ」
「知ってるわ、馬鹿! こんな熱帯魚のオンパレードから川魚探すかよ!」
「は? 馬鹿って言った奴が馬鹿なんだが?」
「それだと最初から俺を馬鹿って呼んでるおまえがずっと馬鹿なんだが!? あー、くそ。他には蟹の一匹もいやしねぇのか」
なにせスノードームはそこまで大きくない。ミニチュアと言えども、中に入れられる生き物の数は限られている。
イソギンチャクとクマノミ二匹、少し離れて旋回するチョウチョウウオ。
土方は目に入れても痛くない掌中の珠を慈しみ、山南は居てくれるだけで場を温め優しくする。
土方のことは上司として慕っていた。
ひとりの人間としては、どうだったろう。
考えようとして思い浮かぶのは、土方を内包する景色そのものだった。
上司である土方を呼び捨てにして、近藤の方針に頻繁に噛み付く永倉のことを、泥を巻き上げる鯉に例えたのは意地悪であったけど……もし、意地悪を抜きにして考えるならば、
「よし、アナゴだ」
宣言したのは斎藤ではない。
小難しい顔でスノードームを眺めていた永倉である。
「俺とおまえはチンアナゴとニシキアナゴで、今は地中に潜っている。そういうことでどうだ」
「どうだって聞かれても……僕がニシキアナゴでいい?」
「いいぜ、チンアナゴの英名を直訳すると鰻になるからな」
「それさ、チンアナゴじゃなくて鰻でいいだろ」
「……鰻で良いな」
そうして斎藤は、地中にニシキアナゴと鰻が潜んでいるという設定のもと、美しいスノードームを購入した。
マスターが訪れるまでの間に、すっかり埃を被って忘れてしまう一幕だった。
プレジデント・アイランドが遂に修正される頃には、あの日買ったスノードームは果たしてどこにやってしまったのか。それすらももう覚えてはいない。