エッグマン軍との死闘の末、無事に勝利を収めたレジスタンス軍は解散となった。もう戦う必要はないと安堵しながら、故郷に帰る者、残って復興に勤しむ者、旅に出る者など様々だった。
レジスタンス軍の主格となるメンバーが復興に奔走する中、未来世界から来たシルバーはすぐに帰らなければならなかった。手伝えないのを心底申し訳なさそうにしていたが、あまり過去に長居しすぎるのも良くない。それくらい今回の戦いは長期に及んでいた。
「本当は過去に飛ぶこと自体あまり良くないんだよな。それでも何が起こるか分かっていて黙っていられなかったんだ」
そう言いながら困り笑いを浮かべるシルバーは、共に戦った仲間たちにせめて挨拶をしようと先程まで飛び回っていた。
自由気ままなソニックもどうにかこうにか捕まえて、最後にシャドウの元にやってきていた。
復興作業中の仮拠点の隅、人気のない倉庫の中でぽつぽつと言葉を交わす。
今回の戦いで初めてシャドウと仲間関係になったわけだが、互いの戦闘能力の高さや勘の良さも相まって、意見を交わして戦術を練ったり、共闘する機会が多かった。
戦い以外でも互いが精神的支えになっていた。
シルバーの何気ない話も聞いていないようで聞いており、言葉少なにも存外温かみのある返事をくれる。その間は戦いの緊張を一時的に忘れることができる。気づけば自然と二人で過ごす時間が長くなっていた。
故にシルバーはシャドウと初めの頃よりも親密になれたような気がしていたし、終わる頃にはシャドウに特別な気持ちが芽生えていた。
(…まあそれを言うつもりはないんだけどな)
生きる時間軸が違うため、会いたくても安易に会いには行けない。
仮に両思いになれたとて一緒にいられる時間はとても短いだろう。そうなれば恋しい気持ちをずっと抱えていなければならない。そんな状態で普段通り戦える自信などなかった。
ならばこの気持ちはさっぱり諦めて何事もなく別れた方がいい。それでも別れというのはやはり惜しいもので、結局シャドウへの挨拶は最後にとっておいてしまったのだが。
複雑に入り乱れる思考から浮かない表情のシルバーに、シャドウが口を開く。
「今回の君の選択がどうであれ、こうして世界は救われた。目的は果たされた」
タイムトラベルの是非を考えるのは難しい。でも目的通り、この世界を守ることはできた。
シルバーのやったことは無駄ではないと、否定しない言葉に胸が温まる。
シャドウは仲間を傷つけないために嘘をつくような性格ではないと、シルバーはもう知っていた。だからこそその言葉が本心であることもわかる。そういう言葉にもう何度も救われていた。
「そうだよな。それで十分だよな」
シャドウの言葉を噛み締めれば、少し気持ちが軽くなってシルバーから笑みがこぼれる。
瞬間、腕輪の光がチカリと強くなり、シルバーの背後にポータルが現れる。どうやら時間のようだ。ポータルの方に足を向けながらシャドウに向けて緩く手を挙げた。
「…じゃあまたな!また会えたらその時は──」
「待て」
「おわっ!?」
突然手を掴まれて引っ張られてはつんのめったシルバーの体を即座にシャドウが支える。あのまま別れる流れだったのに、と予想外の制止に驚いたシルバーは目を瞬かせた。
「び、びっくりした…何だ?」
「……」
いつもより近い距離に落ち着かない気持ちでおずおずと様子を伺えば、シャドウも黙り込んだままどこか動揺しているようだった。淡々と言葉を並べる普段とは打って変わって迷うように口が僅かに開いたり閉じたりしている。
戦中にだってこんな風に強引に引き止められたことはない。忘れ物をしそうな時だって「忘れるな」と声をかけるのみで、こんなシャドウは珍しかった。
「あんた、大丈夫か?」
いつもと違うシャドウに調子が悪いのか心配になり、掴まれていない方の手でシャドウの頬に触れる。
じんわりと手袋越しに感じる熱がいつもより高い気がした瞬間、その手もシャドウに掴まれた。
「君が好きだ」
両手をしっかり握りながら、決意を宿した紅い瞳が射抜くように金色の瞳を見つめる。
どこか非現実な空間に放り出され、時間がゆっくりになったような感覚に陥りながら、まっすぐ鼓膜を揺らした言葉が頭の中で何度も反芻されていく。
「…へ?」
「君と共にいる時間が愛しい」
畳み掛けるように紡がれる言葉がゆっくり脳で処理されて意味を段々理解していく。
反射的に強張って後退りそうなシルバーを逃がすまいとシャドウが手を引っ張り引き戻す。
「あ、ぅ」
「君の一番そばに、僕を置いて欲しい」
耳に吹き込まれた言葉に呼吸がままならなくなって目が泳ぎ、顔から火が出そうなほど赤くなった。
心のどこかで夢見ていた、幸せすぎる言葉。
シルバーの諦めたはずの気持ちが大きくなっていく。
だが恋人になったとて、どちらも辛い思いをしてしまうと分かっている。断らなければ寂しさに苛まれてきっとまともに戦えなくなる。
頭の中で既に最善の答えは出ていた。それなのに何も出来ずにいるのは何故なのか。
フリーズしているとそのままシャドウに抱きしめられてしまい完全に逃げ場を失ってしまった。ドクドクと忙しない鼓動がシャドウにも伝わってしまっていると思うと居た堪れなくなり、今更押し返す。
「まっ、てくれ、オレは」
「必ず君を幸せにすると誓う」
「ダメなんだ…っオレとあんたは、生きる時間が違うから」
「そんなことは承知の上だ」
「っいいや絶対分かってない!次オレがいつこっちに来るかなんてオレにだって分からないのに…っ、あんたからこれ以上のものを貰っちまったら、オレは──」
感情的になって瞳を潤ませるシルバーの声が荒くなっていく。訴える声に悲痛さが滲んできたところで、その唇を黒い影が瞬く間に塞いだ。
状況を読み込めていないシルバーが瞬きを一つする間に、唇を更に深く押し付けられる。
「っ!?んっぅ」
後頭部を掴まれて顔を後ろに引くことが出来ず、シルバーが体を捩れば開いた足の間にシャドウの足が割って入る。おまけに腰もしっかり押さえつけられれば、がちりと凹凸がはまったように全く動けなくなってしまった。
為す術もなくシャドウの唇を受け入れ続け、段々と思考がぼやけていく。
「っ、んっ、んんぅ……」
「……ん…」
ぎゅっと目を瞑ったシルバーをじっと見つめながらシャドウは唇を押し付け続ける。ふるふると震えるシルバーの体を宥めるように腰をそっとさすれば、小さな腰がびく、と跳ねた。
柔らかくて温かい唇の感触がやがて離れていけば、心底困惑したような顔のシルバーがシャドウを見やる。
「っはぁ…!な、なに、して…」
「君が僕に好意を持っていると分かった以上、手放してはやれない」
「は、」
「それに、君が恐れていることを僕が想定していないとでも?僕は究極生命体だぞ」
その言葉の真意をシルバーは上手く読み取れていないのか不安げに瞳を揺らす。その様子に構うことなく、シャドウはスッとその場に屈む。ゆっくりとした動きでシルバーの手をとり、優しく引き寄せる。
「君をひとりになどさせない。ずっと君の傍にいると誓う」
そう告げながらシャドウはシルバーの手の甲にそっとキスをした。まるでどこぞの王子様が永遠の愛を誓うように。
先ほどシルバーの唇に触れた感触が手の甲で蘇る。柔らかくて、温かくて、これは現実なのだとシルバーに実感させる。
今後身を蝕むであろう孤独を乗り越える方法はまだ分かっていない。だがシャドウがそう言うのなら、という漠然とした安心感があった。
同時にシャドウへの気持ちを許されたような気がして、シルバーの瞳からぽろぽろと涙が溢れ始める。
「あんたを、好きになっていいのか?」
「ああ」
「あんたを、好きだって…言っていいのか?」
「もう言っているも同然ではないか?」
「っ、シャドウ、好き、好きだ、シャドウが好き…っ」
堰を切ったようにシャドウへの思いが溢れては黒い体に抱きつく。漸く回された腕にシャドウはどこか満足気な顔で応えてやる。
ヴォン、と背後のポータルが揺らぎ、未来世界がシルバーを呼ぶ。どうやらゆっくりしている時間ももう無いらしい。
こんなに幸せな時間もすぐに終わってしまう、これから暫く離れ離れだとシルバーは寂しそうに眉を下げた。その顎をするりと掬い上げる。
「そんな顔をするな。言っただろう、君をひとりにはさせないと」
だから安心して帰ればいいと細められた目に、聞き分けの悪い子供みたいにはなりたくなくて頷く。
するりと離れていくシャドウの手が既に恋しくなりながらもゆっくりポータルの方へと進んでいく。
「じゃあ、またな、シャドウ」
「ああ」
微かに笑みを携えたシャドウを覚えていようとじっと見つめながら、眩い光の中に身を投じた。
時を超える独特の浮遊感から解き放たれ視界が開ける。足に確かな地面の感触が伝わって顔を上げれば広がる見知った景色。ソニックたちの元へ向かった時と変わらない世界の様子に、歴史は正しく守られたと安堵する。
また時を超えるのはいつになるか。必要な時にポータルがシルバーを導いてくれるだろうが、それは同時に世界に何かしらの危機が迫ることを意味する。
またすぐに向こうに行きたいなんて、まるで世界に危機が訪れて欲しいと願っているみたいで罪悪感に俯いた。
「…仕方ないことだよな」
こうなるのはわかっていたじゃないかと、自嘲気味に呟いては顔を上げる。
一見変わっていないように見えても過去に干渉した影響がどこかで及んでいるかもしれない。確認する責務がある。
体に光を纏わせ飛び立とうと力を込めようとしたその時───
「シルバー」
黒い風が吹いた。
「……え」
振り向けば確かにそこに彼はいた。
黒い毛並みに控えめな白い被毛。体の所々に走る艶やかな強さを湛えた赤いライン。先程まで自分を抱きしめていた黒いハリネズミの目が、驚くほどの温かみを含んで細められる。
シルバーにとってあまりに都合がよく、非現実的な光景だった。幻覚だ、と思ったシルバーは執拗に目を擦り始める。
「……だめだ、頭おかしくなっちまった…シャドウがこんなところにいるわけ…」
「幻覚の方がいいのか」
「っ、違う!でも普通二百年なんて生きられるわけ───」
じとりと見つめる紅い目を見てハッとする。そしてシルバーの頭の中で、シャドウお決まりのあのセリフが過ぎった。シャドウはやはり分かっていなかったかと言わんばかりにため息をつく。
「もしかして究極生命体って、」
「言っただろう。君をひとりにはさせない、と」
「証明するのに二百年かかったがな」と簡単に告げられる事実に、鼓動が加速する。
いくら究極生命体が不死身でも、過ぎ去ったのは等しく二百年である。普通の生き物では命尽きる、長すぎる時間。あの瞬間から今まで自らを愛する気持ちを胸にずっと生きてきたというのか。
シャドウがシルバーを愛しているという、これ以上無いほどの、愛の証明。
音速に匹敵する勢いでシルバーが飛びついた。
「~~~っ、シャドウ、好きだっ、大好き…!愛してるっ!」
「ああ、知っている」
軽々受け止めたシャドウの体をぎゅうぎゅうに抱きしめる。爆発した愛情を全部伝えたくて、必死になって腕や足を絡め、頬を擦り寄せながら愛を告げた。
シャドウが嫌がる素振りなく受け入れるのでそれに甘んじて暫くそうしていれば、段々と昂っていた気持ちも落ちついてくる。
ちらりとシャドウの顔を伺えば、くすりと控えめに笑うシャドウは幸せそうで。その表情は記憶の中のシャドウとはかけ離れた柔らかさで思わず見入ってしまう。
「?どうした」
「いや、あんたってそんな風に笑えたんだなって思ってさ」
それを聞いたシャドウは一瞬目を丸くするも、また優しげな笑みを浮かべた。
「……そう思うのならそれは君のおかげだろうな」
「オレの?」
「強いて言えばこれからの君、だが。僕が過ごした二百年の間、君との繋がりが何も無かったわけではない」
優しげな笑みが、したり顔の笑みに変化する。何となく嫌な予感がして無意識に身を引くシルバーを、シャドウは見透かしたように腰を抱いて逃がさない。
「僕はこれから君がいつ、どこにタイムリープするのかを知っている。そこで僕と何があったのかも」
「あ、そうか」
考えてみればそうである。ポータルの導きでタイムリープをするシルバーがこれから遡るであろう時間を今までシャドウは生きてきたのだ。
つまりこれから過去に飛ぶシルバーの未来の一部を、既にシャドウは知っている。未来人であったシルバーの未来を逆に把握している。
「反応が初々しい君は新鮮だな。最後に会った君はもう随分と慣れた様子で甘えてきていたから」
「なっ、はぁっ!?」
「君が知らない君を、僕は知っているということだ」
自分が知らない自分とは、とシルバーの頭が騒がしくなる。
どうやら未来のシルバーはシャドウに甘えることが簡単に出来ているらしい。なにも恋人としておかしいことではないのだが、今まで誰かに甘えたことなど無いシルバーはそんな自分が想像つかず、激しい羞恥に襲われる。
いや、恋人だということは甘えること以上にもっとすごいことをしているかもしれない。なんせ二百年だ。会える機会が少なくともそれだけ長い時間であれば十分関係は進んでいるだろう。
ハグは告白されてすぐにしてしまったし、キスもしてしまった。なら、恋人なら、それ以上のことも……?
白いところが見つからないほど茹でダコと化したシルバーにシャドウは笑みが抑えきれない。
なんて言ったって長年思い続けた存在と、これからはもっと長く傍で過ごせるのだから。
上機嫌に乗せられるままシルバーの唇をシャドウの親指がなぞる。押し付けられる指の感触は今のシルバーには刺激が強すぎた。硬直して震えるシルバーに悪戯な笑みを浮かべては、一際甘く、低い声で囁く。
「何、君が驚かないように加減するとしよう。直にどうなるかは、分かっているからな」
シルバーはもう耐えられなかった。羞恥に焼かれたシルバーの叫びが未来世界の空にこだました。