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    高間晴

    @hal483

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    高間晴

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    チェズモク。チェズの髪を切るモクの話。

    #チェズモク
    chesmok
    ##BOND

    ■ノスタルジーに浸って


    「モクマさん、私の髪を切ってくださいませんか」
     リビングのソファで、暇つぶしにタブレットをいじっていたときだった。スリッパの音が近づいてきたと思ったら、チェズレイがだしぬけにそう言う。モクマは一瞬何を言われたのか理解できなくて、チェズレイに訊く。
    「え? 何つったのチェズレイさん」
    「ですから、私の髪を切ってほしいと言ってるんです」
     チェズレイは、腰まで届くプラチナブロンドを揺らしながら言った。その髪は流れの半ばをモーブカラーの細いリボンでゆるく束ねている。思えば、はじめて会った頃よりだいぶ髪が伸びたものだ、とモクマは感慨にふける。って、そうじゃなくて。軽く頭を振って思考を呼び戻すと、アメジストの瞳が瞬いてふわりと微笑む。――モクマがこの顔に弱いと知った上でやっているのだから、たちが悪い。
     チェズレイはモクマの隣に座り、その手を取って白手袋の手で包む。
    「お願いします」
    「い、いや。人の髪を切るだなんて、おじさんそんな器用なこと出来ないからね?」
     モクマはチェズレイの手を振り払う。下手なことをしてこの可愛い年下の恋人の美しさを損なってしまうのが怖かった。だがチェズレイは澄ました顔で突いてくる。
    「おや、あなたが理容師免許を持っていることくらい私が知らないとでもお思いですか」
    「あー……」
     そういえば、諸国放浪中だった二十年の間にそんなものを取っていた気がする。モクマは他に、必要に迫られて車の免許はもちろんのこと重機の免許や玉掛けの資格だとか、危険物取扱者の資格なども取得していた。間違いなくチェズレイにはすべて筒抜けだと確信する。
     こいつは逃げられないぞ。この青年はこうと決めたらてこでも動かない事をモクマはよく知っていた。
    「――わかったよ。降参だ」
     モクマが軽く両手を上げると、チェズレイは笑みを深くした。

     リビングの一角に広げた新聞紙を敷き詰め、その上に椅子を置くとチェズレイが座り、首にバスタオルを巻く。モクマは邪魔になるなと思って羽織を脱ぐ。いつの間に調達したのか、本物の理容師が使うヘアカット専用の鋏を手渡されていたモクマは、全くいつから自分に髪を切らせる気だったのかと気が遠くなる。チェズレイの髪のリボンをほどいて自分のシャツの胸ポケットにしまった。鋏片手に、空いた手で櫛を持つ。
    「んで、どんな風にしてほしいの? お姫様」
    「あなたのお好きなように」
    「えー……それ一番困るやつだよ」
     チェズレイの髪はとてもつややかで、いつも丁寧に手入れがされていることを伺わせる。さっきから櫛で梳いているが、全くひっかからないなめらかな櫛通りだ。モクマはそんなチェズレイの髪が大好きで、あまり短く切るのはためらわれた。
    「――背中の真ん中くらいでいいかい?」
    「どうぞご随意に」
     ほんとにこっちの気も知らないで。モクマは櫛を胸ポケットに突っ込むと、ちょっとためらいがちに髪を軽く引っ張って鋏を入れた。しゃき、とかすかな音がしてひと束十五センチほどが切り落とされる。切り始めてしまえば早かった。しゃき、しゃき、しゃき、と鋏が軽快な音を立てればプラチナブロンドが床の新聞紙の上に散らばっていく。まずは大雑把に切ってから、毛先を整える作業に取り掛かる。
    「なあチェズレイ。なんで俺に髪の毛切らせようなんて気になったの」
     この青年が自分が美しくあることに手間や金を惜しまないことはわかっている。だからこそだ。
     チェズレイは小さく微笑んだ気配を見せて、こう答えた。
    「そうですねェ……気まぐれというか、あなたが理容師だった頃に興味が湧いたというか、あなた色に染まってみたかったというか。
     ――どう答えればあなたのお気に召します?」
     それを聞いて心の中でため息をついた。ずいぶん可愛いことを言ってくれるものだ。
     二十分ほど、鋏が毛先を整えるその音だけが響いていた。やがてモクマが後ろに垂らされていた髪をチェズレイの胸の方へひと束ほど持ってきて大きめの手鏡を渡した。
    「はい一丁上がり。こんな感じになったよ」
     チェズレイはまじまじと鏡を覗き込みながら、自分の毛先をつまむ。
    「……まるで、あの頃みたいですね。あなたやボスや怪盗殿と出会って、チームBONDとして駆け回った、あの頃」
     鏡の中で後ろから覗き込んでくるモクマと目が合う。その瞳は懐かしそうに細められていた。
    「あの頃のお前さんが忘れられなくてね」
    「おや。それは掘り下げても?」
     モクマはチェズレイの耳に口を寄せてささやく。
    「続きは今夜ベッドの中で言わせてくれる?」
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