SS(ギルキラ)「しばらくここを離れるよ」
優しく髪を梳きながら彼が言った。
気だるい身体を起こしてキラは隣で縁に座る腰に手を回した。
「……なんで?」
「ミネルバにね、私も乗らないといけなくなったんだ」
「じゃぁ僕も行く」
「キラ」
「やだよ、一人にしないでよギル」
ギルバートの腰にぎゅうぎゅうと抱きついているから彼の顔は見えない。
けれど自分の名を呼ぶその声からは困ったようなニュアンスが含まれていた。
遊びに行くわけではないことは分かっている。
だいたい遊びに行くのなら自分も連れていくはずだ。
「フリーダムと一緒に乗せてよ」
「簡単に言わないでくれ。それにアーモリーワンに行くんだよ。……オーブの代表と会うために」
「あーーー……」
若きオーブ連合首長国の代表首長である金色の彼女。
そして恐らく、彼女の傍に仕えているだろう、藍色の彼。
キラはうーん、と唸る。
「その間だけ僕部屋から出ないから」
「うまくいくかな」
「うまくいかせるんだよ。ギルならできるだろ」
なぜこんなに頑ななのか。
もちろん彼がキラを心配してくれていることは分かっている。
けれども、キラが今いるのはギルがいるからなのに。
それを一人にするなんて。
「どうしても反対するなら僕にも考えがあるよ」
「聞かせてもらえるかな?」
「この間会食した……なんていったっけ?ブタみたいな議員サマ」
「ちょっとお言葉が過ぎるな」
「いいの。あの人に会おうかなぁ。……僕のこと、気に入ってくれたみたいだし」
挨拶に、と繋いだ手を離すことなく色々と聞いてもいない己の武勇伝を語っていた男。
キラを上から下まで舐めまわすように見ていた。
「……キラ」
「どうする?」
にこ、と微笑むと、ギルバートは嘆息した。交渉成立だ。
「僕にも軍服用意してくれる?さすがに私服だと目立っちゃうし」
「私の愛人です、とでも掲げておけばいいんじゃないか?」
「それはやだよ」
何バカなこと言ってるの?とその紫電がギルバートを見遣る。
そんなことをすれば余計目立ってしまうじゃないか。
キラは一糸まとわぬ姿のままベッドから降り、脇においていたペットボトルの水を口にした。
「それは誘っているのかな?」
「さぁ?」
事後、ギルバートによりキレイにされているが、だからこそキラの体中に咲く赤い痕がやたらと扇情的だ。
ギルバートが手を伸ばしたところでーーーーピピッと来客を知らせる音が鳴った。
『議長、お取り込み中申し訳ありません』
その声に反応したのはキラだ。
「レイっ」
『キラ、済まない』
「大丈夫だよ。ちょっと待っててね。僕も話したいことあったんだ」
そう言ってその辺にあったシャツを羽織るととっとと部屋のロックを開け、ギルバートが止めるより早く隣の部屋へ移動する。
「レイ!」
「……キラ、その格好は止めたほうがいい」
「え?」
部屋に入ってきた金髪の美青年ーーーレイに小さく窘められる。
羽織ったシャツはボタンを申し訳程度に二つほど留めただけ。
裾からしなやかな足が惜しげも無く覗いている。
「だめ?」
「俺は気にしないがギルが嫌がるだろう」
くるり、と振り返ればなんとも複雑そうな顔をしたギルバートが立っていた。
「まぁ僕たちしかいないし」
ね?と小首を傾げる姿は相変わらず年上には見えなくて、ギルバートの苦労が窺い知れるようだった。
幼い言動をしたかと思えば、それはそれは妖艶に微笑む時もあり、キラの印象は計り知れない。
だからこそ、その沼に入り込めば出てこれなくなるのだろうとレイはひそりと思っていた。
「それよりさ、ビッグニュースだよ、レイ」
「なんだ?」
「僕もギルとミネルバに乗りまーす!」
へへーと片手を上げて「はーい」のポーズをするキラに、レイの方が目を点にした。こんなレイの姿を見ることなんて稀で、キラはイタズラが成功した子供のようにクスクスと笑った。
「本気か?」
「もちろん」
「オーブの代表はどうするんだ」
「部屋に閉じこもり大作戦だよ!」
「うまくいくか……?」
先程のギルバートと同じようなやり取りになるが、キラは自信満々だ。
なんだろうか。むしろ不安が増す。
「……すまないが、レイもフォローしたくれると助かる」
「まぁキラの為ですから」
やぶさかではない。
そうギルバートに肯定の意を示すと、持っていた書類を渡した。
「その件のスケジュール表になります」
「あぁ、すまないね」
受け取り内容を確認すると、キラへ一つキスを落とした。