kiis正直俺は、今目の前で起きていることを理解できなかった。ただ食堂に来ただけなのに。
俺の目の前にいるのは人を煽ることを生き甲斐としているような男─ミヒャエル・カイザー。
ソイツが食堂に入ってきたときはつい舌打ちをかましてしまった。端正な顔立ちとサッカーの技術以外は生まれたときに捨ててきたのかと聞きたくなるくらい性格が悪いこの男。またいつものように煽られるんだろうなともはや他人事のように思っていた俺に反して、ソイツは珍しくだんまりしていた。
それに違和感を覚えたのは俺だけではないようで、隣で一緒に食べていた黒名や氷織もその手を止めてしまうほどである。急に静まりかえる食堂に、なんとも言えない緊張感が走る。
「…」
「…」
「……お前が静かなんて珍しいな…明日は槍でも降ってくんのか?」
「…………」
…えっなにこいつ。あまりにもなにも言わないこいつに痺れをきらし、俺の方から口を開いた…のに、いつもだったら無駄に豊富な語彙で俺を煽り返してくるだろうこいつは、無言のまま俺をじぃっとみつめているだけ。カイザーの隣にいるネスも調子に乗ってるんですかとでも言いたげな視線を寄越してくるがなにも言わない。
「………おい?おーい????」
「………おい。」
お、と、ちょっと身構える。てかおーいって呼び掛けにたいしておいって何だよイヤホン壊れたか???誤翻訳起こしてるのか??
なんて違うことを考えていると、唐突にソイツはネス、と呼び掛けるとはい、と答えるネスから、食堂に入ってきたときから大事そうに抱えていた箱を受け取り、俺に向かって差し出してきたではないか。
そして冒頭に戻る。
「……?????????」
「……おい、早く受けとれ。」
「……??は?え?贈り先間違えてないですか??」
「…間違っていない。」
「???俺、潔世一ですけど??」
「それであってる」
「…??」
あれ、俺の知らないイサギヨイチがいるのか??カイザー相手に敬語を使ってしまうくらいには困惑してしまった。え、なにこれ新手の嫌がらせ?
「…何だよ急に。どうせ変なものでも入ってるんだろ?そんなもの受けとると思ってんのか??」
「は?ふざけているのか?そんなもの入っているわけないだろう。」
…どうしようこいつテコでも動かないぞ。これがカイザーからでなければ俺も素直に受けとるというのに…。だが
「……もう受け取ったらいいんとちゃう?はよせな時間もなくなるし。」
と、横から声がした。……まあ、確かに大事な食事時間がなくなるのは惜しい。変なもの入ってたら許さねーからなと心のなかで呟き、しぶしぶその箱を受け取った。
「…開けてみろ」
「…うるせぇ…」
恐る恐るその箱を開けて、入っていたのは───
「…………ん?は?え、なに、え、櫛?」
と、なにやらドイツ語で書かれた紙である。余計に意味がわからない。なぜよりにもよって櫛なのか。困惑しているのは俺だけではないようで、隣にいた黒名は遂に固まってしまった。またもや無言の食堂。だが、その沈黙を破ったのは氷織だった。
「なんや、花櫛やないか!」
「うおっ、…え、なにそれ…」
「あー、花櫛っちゅーのは、ほらあれや、舞妓さんとかが髪につけてる飾りもんっつったら分かるか?まあふつーに髪整えたりもできるけど。基本女の人が使うもんやな。」
「ええぇ…」
たしかに、全く変なものではなかった。けど俺男なんですけど…何故このチョイス???
「しかもこの透かし彫りの模様…見たことあると思ったら京都の有名なとこのやん。」
「え、しってんの?てか、なんでそんなに詳しいんだ?」
「ああ、小学校の社会科見学ん時に彫刻してはるの見たんやけど、あんまりにも綺麗やったからなぁ。」
なんてニコニコしながら語ってくる。流石京都出身。
もう一度視線を櫛にうつす。ごてごてした飾りがついているわけではなく、かといって質素すぎるわけでもない。男の俺から見てもとても綺麗なものだった。
「…これ、わざわざ買ったのか?」
「…なにか問題が?」
「いや…ないけどさ…」
いつ買ったんだよ…こーゆーのってネット通販できるのか…?てかここネット通販できるのかなそもそも…。それにしたってびっくり箱でもなんでもない贈り物をされるとは…人生何があるかわかんないもんだな…。そっと櫛を箱にしまいそいつの目を見つめる。
「えーっと…だ、だんけしぇーん?」
「!!」
拙いドイツ語でありがとうと伝える。まあ櫛貰ったわけだし、流石の俺でも礼をいった。
だが、お礼をいっただけのはずなのに、カイザーは見たこともないくらい目を見開いてまるで恋する少女のように顔をほんのり赤く染めていた。
え、そんなに俺が礼を言うのが珍しかったのか?コイツ失礼すぎないか???なんて思っていたとき
「Ich werde dich für den Rest deines Lebens nicht mehr gehen lassen Machen Sie sich auf was gefasst Wenn du mich betrügst, bringe ich dich um」
「っは、?!」
ガシッと両手を掴まれてものすごい早口で何かを言われた。それはそれは翻訳が追いつかないほどの早口である。しかもそのときのカイザーの顔ときたら、それこそプレゼントをもらって喜んでいるような、無邪気なこどもの顔だった。言いたいことを言えて満足したのか、ソイツは“笑顔で“またな、といって出ていった。
───と同時に、食堂内はまたざわめき始めた。アイツはカイザーだったのか、とか、アイツが櫛を買うとか信じらんねーだとか、いろんな所から声が聞こえてきた。それに俺はうんうんとうなずくばかり。それにしても
「…なんだったんだアイツまじで…ちょっと鳥肌たっちゃったんだけど…」
「…故郷が恋しくて情緒不安定になったんじゃないのか」
「えっ…う、うーん、そうなのか?」
アイツがホームシックとかちょっと想像できないけど…まあ、そういうことにしておこう。
「けどその櫛、どーするん?それ結構高いやつやしなぁ。」
「っ、やっぱり?…うーーん…まあでも、別に髪をとく時にだって使えるんだろ?その時にでも使うよ…。」
流石に貰ったものを捨てるほど人間性を捨ててはいない。いくらあのカイザーから貰ったものとはいえ、だ。まあ使うときが来たら使うことにしよう…と心に決めた。
さて、ご飯が冷める前に早く食べなくては。
俺は、会話をに一抹の不安を覚えながらもほかほかの白米に箸をつけた。
▨▨▨
「…っは、くっそ、…」
「…今日の朝とは全然違う態度やったなぁ…まあ違うというか、あれがフツーなんか…」
今日も今日とてフィールドの上を駆け回り試合をしていた。だがやはり、朝のことが尾を引き試合前は少しだけカイザーに目をやった。だが杞憂だったようだ。ミヒャエル・カイザーはやはりミヒャエル・カイザーである。ピッチの上では普段通り傍若無人を極めていた。
「おい何なんだ今のパスは???」
「小学生の方がよっぽど動けるんじゃないのかクソ道化」
…などと、小言を貰う始末である。ちょっとでもコイツを気にかけた数時間前の自分を殴り飛ばしてやりたい。
「…まあ、いつも通りで安心したよ。あんな調子でサッカーされてたら殺すところだったわ。」
「物騒やね…じゃあとりあえずご飯食いに行こか。」
「わかった!あ、そーだ黒名、後で確認したいデータあるんだけど…」
「わかった。飯食って風呂はいったらな。」
「おう!」
カイザーに煽られた後のこの二人との会話は疲労しきった心によく染みる。何気ない会話をしながら三人で食堂に向った。
食堂に近づくにつれ、だんだんといい匂いが漂ってくる。以前のここの食事は酷いものだったが今は自分で決められるほど改善された。
さて何を食べようかなと考えていたときだった。
「世一~、まだ食べるもの決まってないのか?じゃあこれはどうだ?ヴァイスヴルスト。ミュンヘンにいた頃は俺もよく食べたものだ。」
「……カイザー。」
いつのまにやら俺の背後にいたコイツは、突然料理をおすすめしてきた。いや何故。俺がソイツを訝しんでいる間にソイツは勝手に俺の皿にそのヴァイスなんちゃらとやらを乗せていた。
「っおい!勝手にのせんな!」
「何故だ?決まっていないんだろう?」
…まあその通りではある。にやにやと憎たらしい笑みを浮かべるソイツを一瞥し、他のおかずも皿にもった。そのヴァイスなんちゃらという白いソーセージも食べたことがなかったのでよしとする。
「おい世一、俺もおすすめを教えたんだ、お前も教えろ。」
「はぁ??????」
いや何でだよ???心底意味がわからない。てか教えたって別に聞いてないのに勝手に話してきたのはそっちだろ…本当態度最悪だなこいつ…。誰か助けて…と願うが一緒に来ていたはずの黒名と氷織はなにかを感じ取ったのか、いつの間にか席に着いていた。うっ、ひどい、、。
「…なんでわざわざ教える必要があるんだよ…いっつもお前こじゃれたもん食ってんだからそれでも食っとけよ。」
「ははは、何を俺が食べているのか知っているなんて、世一くんは本当に俺のことが好きねぇ。」
「……はぁぁぁ!?!?!?」
食堂内に、大声が木霊した。えっ、なにいってんのコイツ…!?!?やっぱり本当に頭うったのか…?なおってないのか…???さっきもミュンヘンでよく食べたとか言ってたし…本当にホームシックなのだろうか?
「お前それ本気で言ってるなら医者に診て貰った方がいいぞ…??」
「これが世に言う“つんでれ“というやつか。」
「ちっげーし!!つーかどこでそんな日本語覚えてんきてんだよ!!」
「うるさいぞ世一…ここは食堂だぞ。そもそも異文化交流をはかろうとする異国の人間に対して答えてもくれないなんて…冷たい人間だなー世一は。」
お前のせいだよ!!!!!!と、心の中で叫ぶ。口に出して言わなかったのはひとえにコイツの最後の発言が正しかったからである。異文化交流、確かに大事だ。だがコイツの口から“交流“という名が出てくるなんて…誰よりも交流しなさそうな人間なのに…。
「…はぁぁぁぁぁぁ……わかったよもう…クソ…。んー、じゃあ肉じゃが…?日本の家庭では定番だし。」
並んでいる料理を見て肉じゃがをすすめる。和食はレパートリーが多いためどれをすすめるか悩んだが無難なのはやはりこれだろう。さばの味噌煮なんかも考えたが青魚は苦手な人も多いのでやめておく。
「ニクジャガ…それは、よく聞く「和食」というものか?」
「そーそー。うまいよ。」
「ではそれを。」
ジャパニーズフードはうまいからなぁ、なんていいながら肉じゃがを手に取るソイツに、なんとも言えないむず痒さを感じる。今までまともな会話をした覚えが無いためこうやってご飯の話をするのはなんだか新鮮だった。せめてこのくらいいつも会話が成立してくれれば助かるのに。
黒名たちのところに座ろうとしたが如何せん空いていなかったためそれは叶わなかった。はぁ、と一息ついて空いている席に座る。──何故か、カイザーも一緒に。
「…………おい、なんでここに座るんだ。」
「何だ?問題があるのか?そもそも自分のPerleがいるところに座るのは当たり前だろう?」
「ぺ、ぺる…?なに?」
カイザーがしゃべったとたん、別の席から思い切り水を吹き出す音が聞こえた。ゲスナーだった。思い切り噎せているがそんな彼をみてカイザーはクソ汚ねぇと一蹴するだけ。可哀想。
まあ、どこに座ろうとその人の勝手だが如何せん相手はカイザー。なぜ煽りまくるほど嫌いなやつの前に座るのか俺には理解できなかった。そしてペルレとはなんだ。なぜ翻訳されないんだ。なぜゲスナーは水を吹いたんだ。
疑問符だらけの頭で今度はその傍にいたネスに視線をうつす。─自分のご主人様が大嫌いな俺とご飯食べようとしてるよ、こういうときこそレッドカードですとかいって来いよ…。
そんな願いも虚しく、ネスがこちらに目を向けることは一度もなかった。
だが、ちびちびと水を飲みながら、ネスに対しての文句を心の中で呟いていた俺の行動は阻止されるこことなった。─目の前に座る男によって。
「おいおい、そんなにネスを見つめるなんていただけないなぁ、俺のPerleは。流石にこれ以上は「ヤキモチ」をやいてしまうぞ。」
ブフッ!!
「ッゲホ,っ、ゲホッ、っは、!?!?!?っ、」
至るところでカトラリーが床に落ちる音や、噎せこむ音が聞こえてくる。俺もまんまとゲスナーの二の足を踏んでしまった。今コイツは何といった???ヤキモチをやくだと…??さすがの俺でも本物の切り餅を焼くわけではないとしっている。所謂、「嫉妬」。…誰が、誰に?───カイザーが、俺に???
「クソ汚ぇなぁ。可愛い顔が台無しだぞ?」
「ヒィッ!!!」
そういって丁寧にフキンで俺の顔を拭ってくるコイツに冷や汗が止まらない。コイツの情緒、今日一日どうなってんだ…??いつもの煽り散らかしているカイザーはどこにいった。
「…?どうした、そんなに震えて。寒いのか?」
「ああ、いやぁ…えっと…ハハハ…まあちょっと…?」
お前の態度が別人過ぎて震えが止まりませんとは言えなかった。適当にちょっと寒いと答えておく。だが数秒後、軽率に答えた自分を呪った。
「これでも着ておけ。こんなことで試合に支障をきたすわけにもいかないからな。」
「っ」
─カイザーが、自身のパーカーを俺に被せてきたからである。普段のこいつなら「今の世一くんはまるで生まれたての小鹿みたいでてゅねぇ~一人でご飯食べられるのかなぁ?」なんて言葉が飛んできてもおかしくないのに…。人間本当に混乱すると何もしゃべれないものなのか、ともはや現実逃避に至る始末。
「ほら、早く食うぞ。飯が冷める。」
「アッハイ…アリガトウゴザイマス…いただきます…」
フォークを握る手が震えている。何とか白いソーセージを口まで持っていき咀嚼するが、正直いって味がしない。
チラリとソイツを盗み見る。…やはりというか、普段の言動からは考えられないくらい食事の所作が綺麗だった。育ちがいいのだろう。顔だって、悔しいがものすごく整ってるし。…まあ口の悪さと唯我独尊な態度はどこから来たか知らないが。
「…世一、あまり見られると穴が空いてしまうぞ。何だ、もしかして見惚れていたのか?」
「うん……ぅんんんんんんんんんん!?!?!」
やべ、何も考えずにそのまま返事をしてしまった。物凄いことを口走った気がする。じわじわと顔が赤くなるのが自分でもわかった。…こいつの調子がこんなだと、俺まで可笑しくなってしまうのか…。だがあわてふためく俺に反し、ソイツは一瞬目を瞬かせた後悪戯を思い付いた子どものような笑みを浮かべていた。
「…へぇ、なに、世一くんは俺の顔を好きなんだねぇ。」
「~~~~~~っ!!!ばっ、違うし!別にそんなんじゃねーよ!!!!」
「ハイハイ。ツンデレね。」
「ふざけんなっ!!お前それ言いたいだけだろ!?と、にかく!違うからな!!っああ、クソッ、お、覚えとけよバカイザー!!!っ、もういい、風呂はいってくる…」
「ハイハイおやすみ。湯冷めするなよ。」
「余計なお世話だ!!!」
遂に羞恥心が上限に達した俺は居たたまれなくなり、逃げていく敵の常套句のようなものを吐いて急いでその場を後にした。
「意味わかんねぇ意味わかんねぇマジで何なんだよアイツっ!!」
変なことを言ってしまったのも全てアイツのせいだ。そもそも男に可愛いとか意味わからない。目が腐ってんじゃないのか??なのに何で超越視界使えんだよわけわかんねーよ。パタパタと赤くなった顔を冷ますために手をあおいでいると、ふと大事なことに気がついた。普段自分が着ているものよりも、もっとだぼついたそれ。
「……パーカー、返さなきゃじゃん………」
俺は明後日の方を向いて絶望した。今日返しに行く勇気は残念ながら今の俺にはなかった。
…明日もまた、精神をすり減らす一日になりそうだ。
この後、少し遅れて戻ってきた黒名と氷織に生暖かい視線を送られたのは言うまでもない。
▨▨▨
「「あ」」
ここまで遭遇というか言葉が似合う場面もないかもしれない。食堂に行く途中に、その男に出会ってしまった。もはや食堂がゲームで言うイベントが発生するスポットなのではないのかと思い始めた。まあ食堂はみんなが集まるところだし仕方がないといえば仕形がないが。
「Guten Morgen、世一」
「ぐ、ぐーてんもるげん、、、」
いつものように不敵な笑みを浮かべながら挨拶をするカイザーに、同じようにぐーてんもるげんと返す。この言葉はエ◯ァで勝ち気な性格のヒロインが言っていたので知っている。
そしてふと、やるべきことを思い出した。ずっと抱えていたものを、ずいっと差し出す。
「…これ…パーカー。」
「見ればわかる。それで?」
…コイツ。
「~~っ、あり!!がと!!う!!!!ほら、早く受けとれ!!」
「そう怒るな。まあ怒ってる顔も可愛いが。」
「っ、お前、また!!本当に可愛く見えてんなら一回眼球洗ってこい!!」
「はっ、殺人鬼もビックリの発想だな。」
言葉の応酬が続くが、けらけらと笑いながら適当に往なされる。大人が子どもを軽くあしらうようなそれ。…お前、そんなやつじゃないだろ…。ぜぇはぁと一人で朝から汗をかいている俺がバカみたいじゃないか。普通に煽られるよりも疲れるのは何故なのか。だがこれ以上ここで無駄な体力を使うわけにもいかない。早々に無意味だと悟って深呼吸する。
「……もういい。朝飯食うから。」
「それならば同席させてもらおうか。」
「…好きにしろよ……」
「?今日はやけに折れるのが早いな?」
「…どうせお前に言ったって聞かねぇだろうが。」
どうせここでダメだとか嫌だとか言うとめんどくさくなることは目に見えている。人間学ぶことも必要なのだ、無駄なものは無駄なのだと。
「最初からそうやって下ってればいいものを。……ああ、違った。今は対等だったな。すまないな、俺のPerle」
「…はぁ?」
やはりコイツの調子は昨日から変わっていないらしい。急にわけわからないこと話すんじゃねぇよ。そしてまたでたよ、謎の単語「ペルレ」。この単語だけいつも肉声で聞こえるのだ。やはり故障してるのか…?
「いや……気にしたら敗けだな……。」
「?何か言ったか?」
「何もない…」
むやみやたらに煽ってこないコイツは年相応の青年に見えた。…出会いかたが少し違ってれば、こうやって普通に会話できてたりしてたのかななんて妄想しながら食堂へ向かう。けれど、カイザーという天才的なサッカー技術を持つ男に出会えたのは、サッカーというものを通じてで。それがなければそもそも一生関わることなんて無かっただろう。そう思うとやけに不思議である。
「今日の朝食はそうだな…バケットサンドなんていいんじゃないか?」
「……じゃあお前は味噌汁と鮭でも食ってろ。」
「おお、この間お前が食べていたあれか。じゃあ丁度いいな。」
「なにが」
「ああ、使い方を聞こうと思ってな、箸とやらの。」
「…ああ。箸ね。」
食堂へ着き、またもやオススメされたので俺も会話の返事と言う形で返した。カイザーと二人で来たため先に来ていた面子には二度見されたが気にしないでおこう。
そして、箸。日本人の食事の道具といえば圧倒的にこれだろう。何せ使い勝手が非常に良いのである。あれ二本で切ったり掴んだりと万能なのだ。そしてカイザーはドイツ人。箸なんて物とは無縁だっただろう。
「別にいいけど…お前いつもフォークで食ってるじゃん。それじゃダメなのか?」
「…逆に聞くが、仮にお前がドイツに来たとして、そこで出される料理を箸で食べるのか?」
「……食わねぇな」
たしかに、その国にあわせて食べるだろう。要するに、TPOを弁えたいと言うことらしい。意外である。そう言われてしまえば断る理由もなかった。ただ異文化交流を試みるドイツ人が箸の使い方を知りたいと言っているだけ。相手はカイザーだが、バケットにハムや野菜を挟みながらそう自分に言い聞かせる。…わ、めっちゃ西洋料理っぽい。いやそりゃそうなんだけど。カイザーが味噌汁をとったところで、一緒に席へ向かった。またもや黒名と氷織の席は、誰かが意図してそうしたように空いていなかった。
「けど使いかたっつってもなぁ…あ、それこそ氷織に聞いたらいいんじゃね?京都出身だし。俺よりも日本のこと知ってるよ。」
いきなり話を振られると思っていなかったのか、は!?と珍しく声が上がる。だが、俺よりも断然適任だろう。だが、氷織がカイザーに箸の使い方を教えることはなかった。
「おい…。俺はお前に頼んでるんだが。」
「いや…誰でもいいだろ…」
試合中でしか見ないような形相のカイザーが俺を見ていた。俺の話なんてまるで聞いていない。
「誰でもいいならお前でいいだろう。わざわざ食事中のルームメートをこき使おうだなんて最低だな。」
「……」
ド正論過ぎて何も言えなかった。極めつけはカイザーの意見に珍しく首を縦に振っていた氷織である。カイザーにはつかないとか言ってた氷織がカイザーを全肯定していた。…結局こうなるのかよ。まあ、食堂であまりちんたらしているわけにもいかないか。
「んー、こんな感じで中指を箸と箸の間に入れる感じで…真ん中当たりをもったら…こんな感じで。あー、持つ位置は、俺は上の方だけど…とりあえず持ちやすいとこでいいんじゃね?」
「…、難しいな、」
そんなやり取りを冷静に考えたらなかなかにシュールである。ゴールを邪魔され、初対面で啖呵を切られ「憐れな道化」発言をされ。新世代世界11傑の一人であるミヒャエルカイザーに箸の使い方を教えているのである。眉間にシワをよせながら目の前の男は箸と格闘していた。
「っおい、全然持てないぞ…本当にこれであってるのか??」
「あってるわ!まあ外国人にとっちゃ、箸は難しいだろうし、地道にやるしかねーよ。」
「…ちっ。まあいい…」