「ドクター、お疲れ様! 午後からは俺が秘書を務……め……」
「こら、そんなに舐めるんじゃない」
この上なくご機嫌に上司の執務室に踏み込んだテキーラは、想定外の事態を目の当たりにして真顔になった。
執務室内に変わったところはない。昼休憩を取っていたのか、ドクターは応接用に据えられたソファに座って寛いでいる。日中には珍しく防護マスクを外していて、いつもは隠されている整った顔立ちを午後イチで見られたのはラッキーではあるのだが、問題はそこではない。
「ほら、大人しくして。口元ばっかり舐めない。いい子だから」
唯一普段と違うのは、腰を下ろしたドクターに飛びかからん勢いでじゃれついている大型犬が一匹いて、その犬が千切れんばかりに尻尾を振りつつ、ドクターの口元を舐めている、ということだった。
「えっ、ドクター、何? どうしたの、その……」
混乱のあまり、まともに言葉にならなかった。
ロドス内で動物を見かけることは、皆無ではないが、それほど多くもない。ハガネガニやオリジムシを飼育しているオペレーターもいるけれど、彼女たちはちゃんと飼育環境を整えて、管理を徹底している。だからこそ珍しかったのだ。ロドス艦内でもとりわけ警備が厳重なドクターの執務室に犬がいるなんて。
「ん? ああ、お疲れ様。どうしたんだ、入口で棒立ちになって」
その場に立ち尽くしているテキーラに気づいたドクターが声を投げて寄越す間にも、ドゥリンの平均身長ほどはある白い毛並みの大型犬はドクターの顔をペロペロと舐め、押し倒す勢いでのしかかっている。
「なんでそんな羨まし――大変なことになってるの……?」
思わず飛び出しかけた本音を何とか抑え込み、平静を装って問いかける。
「この犬のこと? 外勤中のオペレーターが怪我をしていたこの子を保護してきたんだ。幸い、傷は深くなかったし、迷子札もついていたから、飼い主にも連絡済み。あとは引き取りに来てもらうのを待っているところだよ」
「そっか。酷い怪我じゃなくてよかったよ。でも、俺が気になってることはもう一つあって……」
「ん?」
「どうしてその子がそんなにドクターに懐いてるのかってことなんだけど……」
「……そう?」
ドクターは訝しげに首を傾げるが、どこからどう見ても懐きまくっているではないか。