「ムルソー‼」
意識が千切れる最後に聞こえたのは、大切な人の悲鳴だった。
水底の音。
寒い。
空から降り注ぐ火炎。
暑い。
手足が遠い。
呼吸の仕方を考える。
彼方の轟音が耳の中で響き渡り、体が上に落下していく。
寒い。寒い。
暑い。暑い。
「————……、……?」
「ムルソー? 目が覚めたか?」
顔が冷たいタオルで拭われる。
不快な熱が奪われ、酷く気持が良い。
ここはどこだ。
私は一体。
「こ、っこ……っけほっけほ」
「ああ、喋らなくていい。ここは俺の家だよ。覚えてるか? 決闘の後、お前さん熱で倒れたんだ」
もうあっちあちで、俺が支えなかったら顔面から地面にキスしていたんだぞ。
視界の外の苦笑に水音が混じる。
冷えたタオルが額から首元までもう一度拭い、与えられる心地良さでかすかに息を吐いた。
「水、飲めるか?」
「……」
「そうか。少し体を起こすぞ」
力が入らず、未だ悪寒に襲われる体の下に義手が差し込まれる。
そのままぐっと力を入れて優しく起こされ、自分で頭を支えられず彼に寄りかかった。
しかしペットボトルを渡されても腕がだるくて持ち上げられない。持ち上げようとしても時間ばかりがかかり、その間に思考が絡まっていく。
「うーん、ストロー用意するんだった……貸してくれ」
グレゴールは水を預かると私の口元に寄せ、飲みやすいようそうっと傾ける。
やや痛みを感じる喉でどうにか三口。それ以上は断念したが、乾ききっていた口と体にそれは恵みの雨だった。
「よく飲めました。偉いぞ」
彼は子供にするように優しく頭を撫で、起こした時と同じようにゆっくりと体を寝かせる。
喉が潤ったおかげで幾分か楽だ。煮えたぎるような不快感も若干引いた気がする。
「もうちょいしたら薬も飲もうな。あと飯。レトルトだけど、腹に何か入れた方がいい」
「……」
「うん? うん、分かってる。俺はここにいる。どこにもいかないから、安心しな」
皮膚の指先が額に絡む前髪を払い撫でつける。そこに新しい濡れタオルが乗り、全身を安堵が包む。
あんなに遠かった手を水で冷えた体温が掴み、今度こそ全身から力が抜けていく。
「おやすみ、ムルソー」
止まない耳鳴りをかき分けて届く声。
いつも私を護る声に連れられて、意識を夢に溶かした。