2回目のキス 感情の高ぶりのせいか、微かに紅く染まっていた少年の唇の先に、ほんの小さなキスを落とした。
拠点であるマンションのリビングにて、稀に舞い込んでくる情報の取り捨て選択とこれからの戦略について話し合っていた時のことだ。
「……え、」
柴は思う。少しばかり言い訳をさせてほしい。その頃の自分にとって、否、寧ろ彼がこの世界に生まれ落ちた瞬間からずっと、彼はたったひとりの特別な少年だった。自分にとってそうだったように、きっと彼にとっての己もそうであったと信じたい。お互いに口にはせずにしても、お互いの気持ちは分かっていたと思う。それでも恋人と呼ぶにはあまりにも何もかもが足りない関係だった。志を揃えた復讐者とその共犯。保護者と被保護者。親友の子供と父の友人。そのどれもがキスなんて行為にあまりに相応しくなかった。どんなに相手が愛しいと思っていても言葉にするには難しい。そんな関係だった。チヒロの視線が見覚えのある熱を帯びていても、答えられなかった。ふらついた血塗れの身体を抱き留めること。自分に相応しいのはそれくらい。そう思っていたのだ。この時までは。
そう思えば、己の行動はかなり唐突だった気もする。
お互いに身を乗り出してしまう程度に意見の対立が長引いていた。いつもよりもずっと顔が近かった。息がかかるくらいにその顔が近くにあった。冷静なようでいて少し頭に血が上っている様子のあるチヒロを落ち着かせたかった。理路整然と話すチヒロの唇の柔い動きが妙に扇情的に見えてしまった……思えば理由は幾らでもあった。だが、そのどれもがくちづけに値するほどではなくて……
いつもは伏せられがちのその赤い瞳が大きく見開かれるのを、柴は目の角でそっと確認する。
長い睫毛が瞬く間もないくらいにすぐに終わった。
小鳥同士が巣でじゃれ合うような、口先だけの小さなキス。
なのに、柴は全身が震えるのを止められなかった。こんなキスなら何の感情も抱いていない相手にだって幾らでもしてきたと思う。何の意味もない。ただ、同じ器官と器官を合わせるだけの行為。柴にとっては手段のひとつ。それだけでどんな相手も簡単に親愛を、時には大切な情報を許してくれることもあった。
もしかしたら、もうマトモに思い出せないファーストキスの時ですら、こんなに動揺してなかったかもしれない。
唇の先しか触れていないのに。
珍しく気の抜けたような疑問符だけ零して目を丸くしている目の前の少年にだって、きっと伝わってしまっている。
自分勝手にこんなことしといて、なに震えてんねん、アホかいな。
「ごめん、頭冷やしてくるわ」
自己嫌悪と動揺、または羞恥で相手の顔が見られない。言い訳めいたことを言って柴はソファーから立ち上がった。
「柴さん」
すぐに呼び止められて、思わず足を止める。振り返るまでもなく、すぐチヒロの顔があった。
「頭が冷えたら、もうおしまいなんですか?」
少し怒ったような顔がまっすぐにこちらを見ている。
そういう意味ちゃうよ。
ほんま、気にせんでほしい。
ちょお魔が差してもうてん。
一瞬、頭を過ったクソみたいな言い訳は、口に出る前に全て吹っ飛んだ。
「こんなのが、俺のファーストキスなんて酷いです」
血のように赤い両の眼が今にも零れそうなくらいに潤んでいて、柴は射抜かれたように小さく息を飲む。
あかん、
あかん、もう絶対に泣かさんて決めたのに。このままでは、この子はまた泣いてまう。俺のせいで。何もかも俺のせいで。
倫理も屁理屈も全部消炭と化した。
その水が零れてしまう前に、柴の大きな両手はチヒロへと伸びた。
それから、ほんの少し後のこと、
「ん、ぁ……も、もういいです」
「俺がようないねん」
「んぅ……っ」
何ほどもないうちに行われた2回目のキスは、チヒロが音を上げるくらい執拗に、息苦しいほど濃厚に、長く深く続けられたのだった。