名前の呼び方ノススメ「あのさぁ、僕たちって何年付き合ってるんだっけ?」
突然、成歩堂が突飛なことを言い出した。
まぁ、コイツの発言は大体突飛ではあるのだが……
「さぁな、24の時からだから、簡単に数えても3,4年じゃないか?」
「僕さ、ずっと思ってたことがあるんだけど……」
「なんだ、成歩堂。恥ずかしがらずに言ってみたまえ」
「…………あの、僕たち"コイビト"ってことだよな?」
「……まぁ、そうなるな。それで、なにか気になることでも?」
「うーん、ずっと思ってたけど、なんで僕たち苗字で呼びあってるの?」
―――――――――私としたことが盲点だった。
確かに、私たちはそれぞれ「成歩堂」、彼からは「御剣」と、今まで苗字で呼び合ってきた。
……確かに、普通の男女のカップルだったら下の名前で呼ぶもの……なのだろうか?
「成歩堂、キサマ 私と付き合う前に女性と付き合っていたと、綾里弁護士から聞いたことがあるが……」
「うっ……あぁ……そうだね」
成歩堂は苦い顔をした。まぁ、致し方ない。『あの』事件を思い出すのは彼にとって嫌な思い出なのだろう。
「その女性のことは何と呼んでいたのだ? 前例に倣って、私のことも同じように呼べばいいのではないか?」
「………………………………」
いつもはペラペラと、要らないことまでよく喋る男が突然黙った。
ム……? 知らないうちに、彼の地雷を踏んでしまったのか……?
「……ちゃん」
「……??? すまない、聞こえな……」
「……ちいちゃん……」
……ちいちゃん……?????
確かに、綾里弁護士からはち…なんとかさんと付き合っていたらしいと聞いていたが……
待て、私も担当していた事件だ。その時私は20歳だったことは苦いくらい鮮明に覚えている。
この男は、私が20歳という若さで法廷に立っていた時に、付き合っていた女性のことを『ちいちゃん』と呼んでいたのか……???
――――――予想外すぎた呼び方に何か……私たちの間に変な空気が流れた……
と、いうことはだ。
私の呼び名は……前例に倣うと……
「……成歩堂、ということは……私は……」
「そうだな…………れ……」
「……ミッちゃん……ということか……」
――――――――またしても長い沈黙。
待った、間違えたようだ。
恥ずかしすぎてどこかに隠れたい。
なぜ30も目前の私が……自分のことを『ちゃん付け』しなければいけないのだ……
成歩堂は私から唐突に発せられた「ミッちゃん」発言が彼のツボに入ったようで、腹を抱えて笑っていた。
「おい! 待て、御剣、お前がミッちゃんって言われたいなら僕はミッちゃんっていうけど…
なんだよ! 普通は怜侍に決まってんだろ!」
「い、異議ありッッ! わ、私はっ、前例に倣って発言しただけだッ!」
私としたことが、何たる失態……
「ま、万年筆を落としたようだな……すまない」
「法廷じゃあるまいし。万年筆なんてないだろ、今。
怜侍、僕は別に簡単に言えるけど? あぁ〜、それともミッちゃん? 恥ずかしがってないで僕の名前を呼んでよ。僕は龍一でいいから」
成歩堂がしたり顔で私のことを見つめる……。
コイツ、私の失態が相当面白かったようだ……次、法廷であった時は許さないからな……。
「ミッちゃんは……やめたまえ、あのオバちゃんの顔しか浮かばないッッ!」
「じゃあ怜侍で。はぁ~~~~~お前がミッちゃんって呼ばれたがってたなら、めちゃくちゃ面白かったのに……」
私の失態を面白がるな。
「じゃあ、僕の番ね。はい、怜侍 僕のこと、龍一って呼んでよ」
「り、りゅーいち…………」
「ちょっと違うな? 龍一って、ちゃんと言ってみて」
「……―――――~~~~~!」
いざ名前を呼ぼうとすると顔から火が出そうだ。
なんだ、普通のカップルはこんなことを普段からしているのか……!?
「り、龍一……」
「声がちっちゃい、しかも噛んでる。異議あり」
……このドS弁護士がッッ……!!!!!
「……龍一!」
「なに? 怜侍?」
成歩堂……『龍一』が、私をニヤニヤするような顔で見つめる。
この日から私たちはめでたく下の名で呼び合うようになった―――――のだが、その後日法廷で間違えて「龍一」呼びをしてしまい、成歩堂から怒られたのだった。